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家には、広い庭がある。そこには、色とりどりの花が綺麗に並んでいて、美しい。太陽の日を受けて、花たちは、生き生きと咲き誇る。
そんな庭を作ったのは、ガーデニングが趣味の母と兄だ。ふたりは、休日になると、一緒に花たちの世話をする。
庭には、花以外にもいる。飼い犬である柴犬のポチ太郎だ。犬好きの父が仔犬の頃に引き取ってきた。ポチ太郎は、庭を掘り返すことはあるが、花壇を荒らしたりはしない、賢い犬である。
私の、なんてことのない日常は、誰かの手によって守られているのだろう。例えばそれは、私の友達の仁礼光だったりするのだ。
家の庭の椅子に座り、ふたりで漫画を読んだり、お喋りしたりしながら、私は頭の片隅で考える。
「光ちゃん」
「ん~? どうした、ナマエ~?」
光ちゃんは、のんびりした口調で返事をした。
「ボーダーって大変そうだよね。疲れてない?」
「疲れる! あいつら、アタシがいなきゃなんにも出来ねーからな!」
あいつら、とは隊のメンバーのことだろう。詳しくは知らないが、いつも光ちゃんが面倒を見ているらしい。
「そうだよね。学校もあるのに、ボーダーの任務とかもあるんだもの、疲れちゃうよね」
「だから、ナマエは、ヒカリさんの勉強を助けてくれな!」
「うん、もちろん」
彼女の助けになれるのは、嬉しい。ほんの些細なことだけれど。
「ナマエ、次の巻取ってくれ~」
「はーい」
私は、サイドテーブルから単行本を取り、渡す。
「さんきゅー」
「これ面白いよねぇ」
「そうだな。毎話、引きがしっかりしてて好きだな、アタシ」
「私も」
「お? ポチ太郎が昼寝から起きたみたいだぞ」
「あ、ほんとだ。ポチ太郎、おいでおいでー」
「わん! わふっ」
ポチ太郎は、尻尾を振りながら、私たちの足元へとやって来た。
「相変わらず、可愛いもふもふだなー!」
「もふもふしてもいいよー」
「やった! おーい、ヒカリさんが撫でてやるぞ、ポチ太郎」
光ちゃんは、漫画を椅子に置き、ポチ太郎を撫で回す。
「よしよし」
「わんっ!」
「ふふ」
こういう時間が、ずっと続けばいいのになぁ。
◆◆◆
光ちゃん。私、実は秘密があるの。それはね、あなたのことが好きだってこと。
ミョウジナマエは、仁礼光に恋をしている。
この想いを伝えたら、どうなるのだろう? 良くも悪くも、関係性は変わってしまう?
私は、変わることが恐ろしいの。
あなたは、優しくて強いから、きっと私を拒絶しないでしょう。ずっと友達でいてくれるのでしょう。
でも、告白する前と後では、決定的に何かが変わってしまうと思うの。私は、それに耐えられない。
「ナマエ! おはよう!」
「おはよう、光ちゃん」
今日も、嘘をつくの。私は、あなたに対して友情しか抱いてませんって。
教室でお喋りしたり、昼休みを一緒に過ごしたりして、私は、いつも通りにする。
そして、放課後。光ちゃんは、当然のように私と並んで下校した。
「ナマエって、好きな奴とかいるのか?」
「うーん。どうかな。恋愛って少し怖いかも」
私は、煮え切らない返事をする。
「ナマエは、美人だからなー。寄って来た虫は、ナマエが怖くならないように、ヒカリさんが追い払ってやるよ!」
「……うん。ありがとう」
そういうあなたは、凄く頼もしくて、可愛くて、最強の存在に見える。眩しくて、眩しくて、目を逸らしてしまいそう。
「光ちゃんは、好きな人いるの?」
恐る恐る訊いてみる。
「いないな。ナマエと遊んでるのが一番楽しい!」
「そっか。私も、光ちゃんと遊ぶのが好きだよ」
「両想いだな!」
「うん……」
違う。全然違う。私は、あくまで友達で、きっと恋愛対象に入っていない。
でも、「一番」だって言ってくれた。その言葉を、大切に抱き締める。これがあれば、私は大丈夫。
「ナマエ、どうかしたのか?」
「ううん。なんでもない。あ、そうだ。昨日、ポチ太郎が面白い寝相をしてて。写真見る?」
「見る見る!」
スマートフォンを取り出し、画像フォルダを開く。
「ほら」
「わははっ! まん丸だな!」
あなたの笑顔が、私は大好きよ。
ずっと、凪の中にいたかった。ざわざわする風も、激しい雨もいらない。
ただ静かに、日の光の下に佇んでいたかった。晴れ空へと伸びる、青葉をつけた枝のように。
それ以上は望んでいないから。どうか、このままでいられますように。
ささやかなようで、慎ましいつもりで、その実、とても欲深い願いなのかもしれない。日常が壊されたことのある、この都市で願うには。
隣にいる彼女を、横目で見る。
私、死ぬまで、あなたの友達でいいの。
◆◆◆
私は、閉じている。咲くことのない花の蕾のように。
「ナマエ?」
「あ、ごめんね。ちょっと考え事してた」
隣にいる光ちゃんは、少し心配そうにしている。
「具合悪いのか? おぶってやろうか?」
「あはは。大丈夫だよ。本当に、なんてことないの」
「ならいい」
光ちゃんの親友。それが私。それ以上を望んではいけない。
毎日、そのことを考えている。
学校の靴箱を開けると、手紙が入っていた。
「ナマエ、それ…………」
「な、なんだろう?」
「いや、絶対ラブレターだろ」
「そんなまさか…………」
私は、手紙を鞄にしまう。
「……後で読む」
「そうしてやれ」
教室へ向かい、自分の席に座り、封筒を開けた。
ミョウジナマエ様へ
放課後、校舎裏で待っています。
ああ。あなたは、勇気がある人なんだね。
放課後。光ちゃんに用事があると告げて、校舎裏へ来た。
「ミョウジ」
「はい」
クラスメイトの男子。挨拶とか授業のこととかを、たまに話す人だった。
「好きだ。付き合ってほしい」
「私……好きな人がいるの、ごめんなさい…………」
「そうか。両想いになれるといいな」
「うん、ありがとう…………」
なんて善い人なんだろう。
彼女に好きな人が出来たとして、私は、応援出来る? 祝福出来る?
絶対に出来ない。
きっと、相手を呪ってしまうわ。
誰も、私から光ちゃんを奪わないで。
「ナマエ……」
「えっ……?」
彼が去った後、入れ替わるように光ちゃんが来た。
「ごめん。アタシ、どうしても気になって……ナマエ、好きな人いたんだな…………」
「あ……そ、れは…………」
違うの。断るための嘘なの。
「…………」
私の口が、上手く動かない。言葉が出ない。
「……あなたが好きよ」と、勝手に台詞が漏れ出す。
「私、光ちゃんのことが好き……! ずっと前から……!」
「アタシ?!」
光ちゃんは、驚いている。無理もない。
「恋人になりたい……なりたいよ…………」
私は、いつの間にか涙を流していた。雫が、地面を濡らす。
「分かった! ナマエと付き合う!」
「な、なんで……?」
顔を上げると、彼女が私の手を取り、笑顔を見せていた。
「ヒカリさんは、ナマエが大切だからな!」
「でも、私のこと恋愛として好きじゃないでしょう?!」
「今はな。この先のことは分からん」
光ちゃんは、私を優しく抱き締めて、そんなことを言う。そんな、期待させることを言う。
「ありがとう、光ちゃん…………」
私は、彼女にしがみついて泣いた。
夕焼けが眩しくて、ずっと泣いていた。
◆◆◆
光ちゃんと恋人同士になった、次の日。
学校からの帰り道で、彼女は私と手を繋いでくれた。
「光ちゃん、人に見られちゃうよ?」
「問題ねーな! アタシたちは、悪いことなんてしてねーんだから」
「そうね…………」
私は、あなたの優しさに、つけ込んではいないだろうか? それは、悪いことじゃない?
そう考えたけど、光ちゃんの手の温もりから逃げようとは思えなかった。
私は今、好きな人と手を繋いでいる。その事実だけが、大切で。本当に嬉しかった。
だけど、それが。一週間経った頃には、物足りなくなってしまった。
雨の中、ふたり並んで歩いている時。
「光ちゃん…………」
「どうした? ナマエ」
どうしようもない私は、言ってしまった。
「……キスしたい」
心臓が、早鐘を打っている。
欲深い自分が恥ずかしい。
「うん。分かった」
「いいの?」
「いいぞ」
光ちゃんは、笑いながら答えた。
私は、ゆっくり彼女に近付く。大丈夫、人気はない。
私のオレンジ色の傘と、光ちゃんの赤色の傘が、人目を阻むように重なった。
そして私は、彼女の唇にキスをする。
心臓が飛び出したんじゃないかというくらい、私はドキドキした。
光ちゃんは、少し頬を赤らめて、「ナマエとキスしちゃったなぁ」と、笑顔を見せている。
「い、嫌じゃなかった?」
「全然嫌じゃない。ドキドキした」
「私も…………」
その後、再び歩き出した私たちは、特に何も話さなかった。
「またな、ナマエ」
「うん。またね、光ちゃん」
別れ道。大きく手を振る彼女に、小さく手を振り返す。
それから、どうやって帰ったのか、記憶がない。
「ただいま」
「おかえりなさい。あら? 顔が赤いわよ?」
「は、走って来たから!」
お母さんには、嘘をついた。
自室へ行き、着替えてから、ベッドにダイブする。
枕に顔を埋めて、キスした時のことを思い返した。
唇の感触とか、吐息とか、キスした後の光ちゃんの笑顔とか。
好き。大好き。私は、あなたのことを独り占めしたい。
不意に、ドアをノックする音がした。
「ナマエ」
「お兄ちゃん? 入っていいよ」
「借りてた本、返す」
「あ、うん。机の上に置いといて」
兄が、じっと私を見つめている。
「ナマエ、風邪?」
「違うってば」
「そっか。次の巻、借りてくぞ」
「うん」
漫画を手に、兄は去って行った。
ひとり、考える。
これ以上を望んだら、罰が当たるだろうか?
◆◆◆
自分の中に悪魔がいる。強欲で、罪深い悪魔。
私は、光ちゃんとキスの先をしたくなっていた。
そんな自分が気持ち悪い。
「ナマエ~!」
「なに?」
「今日、ナマエん家行ってもいいか?」
「だ、だめ!」
「え?」
「あ、その、ごめんなさい!」
私は、彼女の前から逃げた。
独りで、帰宅する。光ちゃんから、メッセージが届いていた。
『大丈夫か?』
『なんかあった?』
ごめんなさい。ごめんなさい。
『風邪かも』
『ごめんね』
嘘をついた。きっと、これからもそう。
『そうか』
『お大事に』
『ありがとう』
ごめんなさい。ありがとう。
『ナマエ』
『大好きだ!』
『私も大好きよ』
私とあなたは、同じなのだろうか?
私は、どうすればいいの?
汚い欲は、膨らむばかりだ。
翌日。教室で、光ちゃんといつも通りに話している。話せているはず。
「ナマエ、ちょっと元気ないな?」
でも、あなたには気付かれてしまう。
「大丈夫だよ。光ちゃん、今度の休みに家に来てほしいの」
「分かった」
私は、覚悟を決めた。あなたに嫌われる覚悟を。
次の休日。光ちゃんを自室に招いた。
「ナマエの部屋、わりと久し振りだな?」
「そうね」
窓の外は、雨が降っている。日射しのない曇り空が、私を責めているみたい。
ベッドに並んで座っているふたり。歪な恋人同士。私のせいだ。
「…………光ちゃん」
「ん?」
私は、彼女をベッドに押し倒した。
「光ちゃん、私から逃げて…………」
私の涙が、光ちゃんの頬に落ちる。
「ナマエ」
「…………」
彼女の指先が、私の涙を拭う。
「アタシは、ナマエから逃げない」
「でも……私は、あなたの全てが欲しいの…………」
「アタシも、色々考えたんだ。ナマエのこと。アタシは、アタシをナマエにやってもいい」
「私…………」
涙が止まらない。光ちゃんを汚さないように、顔を両手で覆った。
「泣かないでくれ。アタシは、ナマエのことが好きなんだから」
「私、こんなに気持ち悪いのに…………」
「そんなことあるか! ナマエは、キレイだ!」
光ちゃんが起き上がった音がする。
そして、私を抱き締めてくれた。
「大人になったら、アタシを好きにしたらいい」
「……ありがとう、光ちゃん」
どうか、ずっと一緒にいてほしい。
「ナマエ、顔見せて」
「うん…………」
ゆっくりと両手を下げる。
「ほら、やっぱりキレイだ」と言って、光ちゃんは、私の唇にキスをした。
◆◆◆
家の広い庭には、色とりどりの花が綺麗に並んでいて、太陽の日を受けて、生き生きと咲き誇っている。
私は、光ちゃんと庭の椅子に座り、花壇を眺めながら話した。
「私、この庭が大好きなの」
太陽の光は、あなた。それを受ける木々の枝が、私。その枝には、今は、美しい花が咲いている。
「アタシも好きだ。ナマエん家の庭も、ナマエも」
「ありがとう。嬉しいな」
つい、柔らかく微笑んだ。
「好きよ、光ちゃん」
「ありがとな! ナマエ」
彼女は、ニッと笑う。
そっと腕を伸ばすと、手を繋いでくれた。
ずっと、ミョウジナマエの恋は実らないと思っていたのよ。蕾のまま朽ちていくと思っていたの。
でも、あなたは、私を好きだと言ってくれた。恋人にしてくれた。
まるで、夢みたい。でも、現実なのね。
手に触れた温もりが、目覚めたままであることを教えてくれる。
「ナマエ」
「なに?」
「アタシたち、ずっと一緒にいような!」
「ええ、もちろん」
ミョウジナマエは、仁礼光に全てを賭けよう。私のために。あなたのために。
「光ちゃんのこと、愛してるもの」
「へへ。アタシも、ナマエのこと愛してる!」
「ありがとう」
梅雨が明け、もうすぐ夏が来る。
あなたと、なにをしよう? どこへ行こう?
きっと、ふたりでいれば、なんでも出来る。どこへでも行ける。
同じ夏はないけれど、何度でも、あなたと過ごそう。
「光ちゃん、今日は何をしようか?」
「ポチ太郎連れて、公園に行きてーな!」
「いいね。そうしましょう」
私たちは、ポチ太郎と一緒に、近所の公園へ向かった。
ポチ太郎とボール遊びをしたり、ベンチに座ってお喋りしたり。楽しい時間を過ごした。
たまに子供が、「犬、触ってもいいですか?」とやって来る。
「いいよ。人懐っこい子だから、撫でてあげて」
「ありがとうございます」
ポチ太郎は、わふっと鳴いた。
「おねえさんたちは、友だち?」と、少年に質問される。
「そうよ」
「あと、恋人な!」
光ちゃんは、堂々と答えた。
「なかよしだね」
「うん」
「そうだな」
私たちは、顔を見合せて笑う。
少年が去った後、光ちゃんが言った。
「アタシ、余計なこと言ったか?」
「ううん。嬉しかった」
私は、正直な気持ちを伝える。
「ナマエと付き合ってること、特に報告する気もねーんだけど、隠したくもねーんだよな」
「それは、私もそうよ」
「なんだ。アタシたち、おんなじだな!」
「ふふ。そうだね」
帰り道、ふたりで手を繋いだ。
沈んでいく太陽が、きらきらしている。
夜になっても、私の側の太陽は、ずっと私を照らしてくれていた。
あなたは、私の光なの。
そんな庭を作ったのは、ガーデニングが趣味の母と兄だ。ふたりは、休日になると、一緒に花たちの世話をする。
庭には、花以外にもいる。飼い犬である柴犬のポチ太郎だ。犬好きの父が仔犬の頃に引き取ってきた。ポチ太郎は、庭を掘り返すことはあるが、花壇を荒らしたりはしない、賢い犬である。
私の、なんてことのない日常は、誰かの手によって守られているのだろう。例えばそれは、私の友達の仁礼光だったりするのだ。
家の庭の椅子に座り、ふたりで漫画を読んだり、お喋りしたりしながら、私は頭の片隅で考える。
「光ちゃん」
「ん~? どうした、ナマエ~?」
光ちゃんは、のんびりした口調で返事をした。
「ボーダーって大変そうだよね。疲れてない?」
「疲れる! あいつら、アタシがいなきゃなんにも出来ねーからな!」
あいつら、とは隊のメンバーのことだろう。詳しくは知らないが、いつも光ちゃんが面倒を見ているらしい。
「そうだよね。学校もあるのに、ボーダーの任務とかもあるんだもの、疲れちゃうよね」
「だから、ナマエは、ヒカリさんの勉強を助けてくれな!」
「うん、もちろん」
彼女の助けになれるのは、嬉しい。ほんの些細なことだけれど。
「ナマエ、次の巻取ってくれ~」
「はーい」
私は、サイドテーブルから単行本を取り、渡す。
「さんきゅー」
「これ面白いよねぇ」
「そうだな。毎話、引きがしっかりしてて好きだな、アタシ」
「私も」
「お? ポチ太郎が昼寝から起きたみたいだぞ」
「あ、ほんとだ。ポチ太郎、おいでおいでー」
「わん! わふっ」
ポチ太郎は、尻尾を振りながら、私たちの足元へとやって来た。
「相変わらず、可愛いもふもふだなー!」
「もふもふしてもいいよー」
「やった! おーい、ヒカリさんが撫でてやるぞ、ポチ太郎」
光ちゃんは、漫画を椅子に置き、ポチ太郎を撫で回す。
「よしよし」
「わんっ!」
「ふふ」
こういう時間が、ずっと続けばいいのになぁ。
◆◆◆
光ちゃん。私、実は秘密があるの。それはね、あなたのことが好きだってこと。
ミョウジナマエは、仁礼光に恋をしている。
この想いを伝えたら、どうなるのだろう? 良くも悪くも、関係性は変わってしまう?
私は、変わることが恐ろしいの。
あなたは、優しくて強いから、きっと私を拒絶しないでしょう。ずっと友達でいてくれるのでしょう。
でも、告白する前と後では、決定的に何かが変わってしまうと思うの。私は、それに耐えられない。
「ナマエ! おはよう!」
「おはよう、光ちゃん」
今日も、嘘をつくの。私は、あなたに対して友情しか抱いてませんって。
教室でお喋りしたり、昼休みを一緒に過ごしたりして、私は、いつも通りにする。
そして、放課後。光ちゃんは、当然のように私と並んで下校した。
「ナマエって、好きな奴とかいるのか?」
「うーん。どうかな。恋愛って少し怖いかも」
私は、煮え切らない返事をする。
「ナマエは、美人だからなー。寄って来た虫は、ナマエが怖くならないように、ヒカリさんが追い払ってやるよ!」
「……うん。ありがとう」
そういうあなたは、凄く頼もしくて、可愛くて、最強の存在に見える。眩しくて、眩しくて、目を逸らしてしまいそう。
「光ちゃんは、好きな人いるの?」
恐る恐る訊いてみる。
「いないな。ナマエと遊んでるのが一番楽しい!」
「そっか。私も、光ちゃんと遊ぶのが好きだよ」
「両想いだな!」
「うん……」
違う。全然違う。私は、あくまで友達で、きっと恋愛対象に入っていない。
でも、「一番」だって言ってくれた。その言葉を、大切に抱き締める。これがあれば、私は大丈夫。
「ナマエ、どうかしたのか?」
「ううん。なんでもない。あ、そうだ。昨日、ポチ太郎が面白い寝相をしてて。写真見る?」
「見る見る!」
スマートフォンを取り出し、画像フォルダを開く。
「ほら」
「わははっ! まん丸だな!」
あなたの笑顔が、私は大好きよ。
ずっと、凪の中にいたかった。ざわざわする風も、激しい雨もいらない。
ただ静かに、日の光の下に佇んでいたかった。晴れ空へと伸びる、青葉をつけた枝のように。
それ以上は望んでいないから。どうか、このままでいられますように。
ささやかなようで、慎ましいつもりで、その実、とても欲深い願いなのかもしれない。日常が壊されたことのある、この都市で願うには。
隣にいる彼女を、横目で見る。
私、死ぬまで、あなたの友達でいいの。
◆◆◆
私は、閉じている。咲くことのない花の蕾のように。
「ナマエ?」
「あ、ごめんね。ちょっと考え事してた」
隣にいる光ちゃんは、少し心配そうにしている。
「具合悪いのか? おぶってやろうか?」
「あはは。大丈夫だよ。本当に、なんてことないの」
「ならいい」
光ちゃんの親友。それが私。それ以上を望んではいけない。
毎日、そのことを考えている。
学校の靴箱を開けると、手紙が入っていた。
「ナマエ、それ…………」
「な、なんだろう?」
「いや、絶対ラブレターだろ」
「そんなまさか…………」
私は、手紙を鞄にしまう。
「……後で読む」
「そうしてやれ」
教室へ向かい、自分の席に座り、封筒を開けた。
ミョウジナマエ様へ
放課後、校舎裏で待っています。
ああ。あなたは、勇気がある人なんだね。
放課後。光ちゃんに用事があると告げて、校舎裏へ来た。
「ミョウジ」
「はい」
クラスメイトの男子。挨拶とか授業のこととかを、たまに話す人だった。
「好きだ。付き合ってほしい」
「私……好きな人がいるの、ごめんなさい…………」
「そうか。両想いになれるといいな」
「うん、ありがとう…………」
なんて善い人なんだろう。
彼女に好きな人が出来たとして、私は、応援出来る? 祝福出来る?
絶対に出来ない。
きっと、相手を呪ってしまうわ。
誰も、私から光ちゃんを奪わないで。
「ナマエ……」
「えっ……?」
彼が去った後、入れ替わるように光ちゃんが来た。
「ごめん。アタシ、どうしても気になって……ナマエ、好きな人いたんだな…………」
「あ……そ、れは…………」
違うの。断るための嘘なの。
「…………」
私の口が、上手く動かない。言葉が出ない。
「……あなたが好きよ」と、勝手に台詞が漏れ出す。
「私、光ちゃんのことが好き……! ずっと前から……!」
「アタシ?!」
光ちゃんは、驚いている。無理もない。
「恋人になりたい……なりたいよ…………」
私は、いつの間にか涙を流していた。雫が、地面を濡らす。
「分かった! ナマエと付き合う!」
「な、なんで……?」
顔を上げると、彼女が私の手を取り、笑顔を見せていた。
「ヒカリさんは、ナマエが大切だからな!」
「でも、私のこと恋愛として好きじゃないでしょう?!」
「今はな。この先のことは分からん」
光ちゃんは、私を優しく抱き締めて、そんなことを言う。そんな、期待させることを言う。
「ありがとう、光ちゃん…………」
私は、彼女にしがみついて泣いた。
夕焼けが眩しくて、ずっと泣いていた。
◆◆◆
光ちゃんと恋人同士になった、次の日。
学校からの帰り道で、彼女は私と手を繋いでくれた。
「光ちゃん、人に見られちゃうよ?」
「問題ねーな! アタシたちは、悪いことなんてしてねーんだから」
「そうね…………」
私は、あなたの優しさに、つけ込んではいないだろうか? それは、悪いことじゃない?
そう考えたけど、光ちゃんの手の温もりから逃げようとは思えなかった。
私は今、好きな人と手を繋いでいる。その事実だけが、大切で。本当に嬉しかった。
だけど、それが。一週間経った頃には、物足りなくなってしまった。
雨の中、ふたり並んで歩いている時。
「光ちゃん…………」
「どうした? ナマエ」
どうしようもない私は、言ってしまった。
「……キスしたい」
心臓が、早鐘を打っている。
欲深い自分が恥ずかしい。
「うん。分かった」
「いいの?」
「いいぞ」
光ちゃんは、笑いながら答えた。
私は、ゆっくり彼女に近付く。大丈夫、人気はない。
私のオレンジ色の傘と、光ちゃんの赤色の傘が、人目を阻むように重なった。
そして私は、彼女の唇にキスをする。
心臓が飛び出したんじゃないかというくらい、私はドキドキした。
光ちゃんは、少し頬を赤らめて、「ナマエとキスしちゃったなぁ」と、笑顔を見せている。
「い、嫌じゃなかった?」
「全然嫌じゃない。ドキドキした」
「私も…………」
その後、再び歩き出した私たちは、特に何も話さなかった。
「またな、ナマエ」
「うん。またね、光ちゃん」
別れ道。大きく手を振る彼女に、小さく手を振り返す。
それから、どうやって帰ったのか、記憶がない。
「ただいま」
「おかえりなさい。あら? 顔が赤いわよ?」
「は、走って来たから!」
お母さんには、嘘をついた。
自室へ行き、着替えてから、ベッドにダイブする。
枕に顔を埋めて、キスした時のことを思い返した。
唇の感触とか、吐息とか、キスした後の光ちゃんの笑顔とか。
好き。大好き。私は、あなたのことを独り占めしたい。
不意に、ドアをノックする音がした。
「ナマエ」
「お兄ちゃん? 入っていいよ」
「借りてた本、返す」
「あ、うん。机の上に置いといて」
兄が、じっと私を見つめている。
「ナマエ、風邪?」
「違うってば」
「そっか。次の巻、借りてくぞ」
「うん」
漫画を手に、兄は去って行った。
ひとり、考える。
これ以上を望んだら、罰が当たるだろうか?
◆◆◆
自分の中に悪魔がいる。強欲で、罪深い悪魔。
私は、光ちゃんとキスの先をしたくなっていた。
そんな自分が気持ち悪い。
「ナマエ~!」
「なに?」
「今日、ナマエん家行ってもいいか?」
「だ、だめ!」
「え?」
「あ、その、ごめんなさい!」
私は、彼女の前から逃げた。
独りで、帰宅する。光ちゃんから、メッセージが届いていた。
『大丈夫か?』
『なんかあった?』
ごめんなさい。ごめんなさい。
『風邪かも』
『ごめんね』
嘘をついた。きっと、これからもそう。
『そうか』
『お大事に』
『ありがとう』
ごめんなさい。ありがとう。
『ナマエ』
『大好きだ!』
『私も大好きよ』
私とあなたは、同じなのだろうか?
私は、どうすればいいの?
汚い欲は、膨らむばかりだ。
翌日。教室で、光ちゃんといつも通りに話している。話せているはず。
「ナマエ、ちょっと元気ないな?」
でも、あなたには気付かれてしまう。
「大丈夫だよ。光ちゃん、今度の休みに家に来てほしいの」
「分かった」
私は、覚悟を決めた。あなたに嫌われる覚悟を。
次の休日。光ちゃんを自室に招いた。
「ナマエの部屋、わりと久し振りだな?」
「そうね」
窓の外は、雨が降っている。日射しのない曇り空が、私を責めているみたい。
ベッドに並んで座っているふたり。歪な恋人同士。私のせいだ。
「…………光ちゃん」
「ん?」
私は、彼女をベッドに押し倒した。
「光ちゃん、私から逃げて…………」
私の涙が、光ちゃんの頬に落ちる。
「ナマエ」
「…………」
彼女の指先が、私の涙を拭う。
「アタシは、ナマエから逃げない」
「でも……私は、あなたの全てが欲しいの…………」
「アタシも、色々考えたんだ。ナマエのこと。アタシは、アタシをナマエにやってもいい」
「私…………」
涙が止まらない。光ちゃんを汚さないように、顔を両手で覆った。
「泣かないでくれ。アタシは、ナマエのことが好きなんだから」
「私、こんなに気持ち悪いのに…………」
「そんなことあるか! ナマエは、キレイだ!」
光ちゃんが起き上がった音がする。
そして、私を抱き締めてくれた。
「大人になったら、アタシを好きにしたらいい」
「……ありがとう、光ちゃん」
どうか、ずっと一緒にいてほしい。
「ナマエ、顔見せて」
「うん…………」
ゆっくりと両手を下げる。
「ほら、やっぱりキレイだ」と言って、光ちゃんは、私の唇にキスをした。
◆◆◆
家の広い庭には、色とりどりの花が綺麗に並んでいて、太陽の日を受けて、生き生きと咲き誇っている。
私は、光ちゃんと庭の椅子に座り、花壇を眺めながら話した。
「私、この庭が大好きなの」
太陽の光は、あなた。それを受ける木々の枝が、私。その枝には、今は、美しい花が咲いている。
「アタシも好きだ。ナマエん家の庭も、ナマエも」
「ありがとう。嬉しいな」
つい、柔らかく微笑んだ。
「好きよ、光ちゃん」
「ありがとな! ナマエ」
彼女は、ニッと笑う。
そっと腕を伸ばすと、手を繋いでくれた。
ずっと、ミョウジナマエの恋は実らないと思っていたのよ。蕾のまま朽ちていくと思っていたの。
でも、あなたは、私を好きだと言ってくれた。恋人にしてくれた。
まるで、夢みたい。でも、現実なのね。
手に触れた温もりが、目覚めたままであることを教えてくれる。
「ナマエ」
「なに?」
「アタシたち、ずっと一緒にいような!」
「ええ、もちろん」
ミョウジナマエは、仁礼光に全てを賭けよう。私のために。あなたのために。
「光ちゃんのこと、愛してるもの」
「へへ。アタシも、ナマエのこと愛してる!」
「ありがとう」
梅雨が明け、もうすぐ夏が来る。
あなたと、なにをしよう? どこへ行こう?
きっと、ふたりでいれば、なんでも出来る。どこへでも行ける。
同じ夏はないけれど、何度でも、あなたと過ごそう。
「光ちゃん、今日は何をしようか?」
「ポチ太郎連れて、公園に行きてーな!」
「いいね。そうしましょう」
私たちは、ポチ太郎と一緒に、近所の公園へ向かった。
ポチ太郎とボール遊びをしたり、ベンチに座ってお喋りしたり。楽しい時間を過ごした。
たまに子供が、「犬、触ってもいいですか?」とやって来る。
「いいよ。人懐っこい子だから、撫でてあげて」
「ありがとうございます」
ポチ太郎は、わふっと鳴いた。
「おねえさんたちは、友だち?」と、少年に質問される。
「そうよ」
「あと、恋人な!」
光ちゃんは、堂々と答えた。
「なかよしだね」
「うん」
「そうだな」
私たちは、顔を見合せて笑う。
少年が去った後、光ちゃんが言った。
「アタシ、余計なこと言ったか?」
「ううん。嬉しかった」
私は、正直な気持ちを伝える。
「ナマエと付き合ってること、特に報告する気もねーんだけど、隠したくもねーんだよな」
「それは、私もそうよ」
「なんだ。アタシたち、おんなじだな!」
「ふふ。そうだね」
帰り道、ふたりで手を繋いだ。
沈んでいく太陽が、きらきらしている。
夜になっても、私の側の太陽は、ずっと私を照らしてくれていた。
あなたは、私の光なの。