私という一頁の物語
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6月25日。私は、27歳になった。
「なんか俺に言うことない?」
「ないね」
相変わらず、弟は素っ気ない。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
通勤する弟を見送り、家事を済ませる。
家事は嫌いだ。向いてない。つるぎ座は家庭的なんて、嘘だよ。
画面の暗いスマートフォンが、ちかちかと小さく光っている。
メッセージアプリを起動すると、実母からの誕生日祝いの文言の後に、「誰々さんと結婚したらどうか?」だの「孫の顔が見たい」だの、そんな勝手な要望が連なっていた。最悪だ。
一番心にダメージを負わされたのは、「ボーダーなんてやめなさい」というもの。母は、ボーダーのアンチであり、とある新興宗教に浸かっているのである。
その新興宗教は、「近界へ行けば、人類はひとつ先のステージへ進める」と喧伝しているもので。厄介なことに、信者は少なくない。
そんな母に愛想を尽かし、父は女を作って、出て行った。いや、女は昔からいたのだ。父は、不倫をしていたのである。別れた両親は、それぞれ再婚し、実家には、私と弟が残された。実は私には、父の再婚相手である義理の母と、その子供である義理の弟がいる。どちらにも会ったことはないし、会う気もないが。
参ったな。これから、仕事なんだけれど。
私が病んでる場合ではない。
「よし」
チョコレートをひとつ、口に放り込む。甘いものは、幸せの味がする。
「俺は、大丈夫」
ぴしゃり、と両頬を叩き、気合いを入れた。
そして、ボーダー本部へ向かう。直通の通路を歩き、カウンセリングルームへ。
さあ、勝負服に着替えて。
私は、変身するような気持ちで、白衣を着た。
本日最初のカウンセリングの予約者は、と。
「君か。迅悠一くん」
予約時間ぴったりに、彼はやって来た。
「こんにちは、砂子さん」
「こんにちは、迅くん。さあ、座って」
「はーい。ぼんち揚いります?」
「いただこう。緑茶を淹れるよ」
マグカップをふたつ用意し、緑茶を注ぐ。
「それで? 何か困り事でも?」
マグカップを手渡しながら、彼に質問した。
「困ってないことの方が少ないですよ」
「そうだね。君には、厄介事ばかり任せているから。申し訳ないと思っているよ」
手の中の水面が、少し波立つ。
「いや、まあ、裏で色々やるのは、おれの趣味なんで、いいんですけど」
「けど?」
「時々、揺れそうになる」
「揺れる…………」
未来予知の副作用。それは、一体どんな重荷なんだろう。私では、それを肩代わりすることは出来ない。
重荷を背負わされて、綱渡りをしているかのような少年。無理難題を解き続けるという枷。
「私たちはね、君の善性に付け込んでいるんだよ」
「おれの善性?」
「そう。迅くんは、善い子だから。出来て当たり前。失敗したら、君のせい。そんな風に思う人もいる」
「…………」
「どうか、ゆるさないでくれ。君の辛さを、どうにも出来ないことを」
「……砂子さんって、正直者ですね」と笑い、彼は一口お茶を飲んだ。
「おれは、大丈夫です。でも、たまに、ここに来てもいいですか?」
「もちろん。歓迎するよ」
「ありがとうございます」
私は、正直者ではない。嘘が言えないだけだ。
その後、ふたりで、ぼんち揚を齧り、緑茶を飲む。梅雨明けはまだかな、とか、今年の夏にやりたいことは? とか、他愛ない話をする。
君が、ただの少年になれる瞬間を作れたなら、私のしていることにも意味があったな。
「なんか俺に言うことない?」
「ないね」
相変わらず、弟は素っ気ない。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
通勤する弟を見送り、家事を済ませる。
家事は嫌いだ。向いてない。つるぎ座は家庭的なんて、嘘だよ。
画面の暗いスマートフォンが、ちかちかと小さく光っている。
メッセージアプリを起動すると、実母からの誕生日祝いの文言の後に、「誰々さんと結婚したらどうか?」だの「孫の顔が見たい」だの、そんな勝手な要望が連なっていた。最悪だ。
一番心にダメージを負わされたのは、「ボーダーなんてやめなさい」というもの。母は、ボーダーのアンチであり、とある新興宗教に浸かっているのである。
その新興宗教は、「近界へ行けば、人類はひとつ先のステージへ進める」と喧伝しているもので。厄介なことに、信者は少なくない。
そんな母に愛想を尽かし、父は女を作って、出て行った。いや、女は昔からいたのだ。父は、不倫をしていたのである。別れた両親は、それぞれ再婚し、実家には、私と弟が残された。実は私には、父の再婚相手である義理の母と、その子供である義理の弟がいる。どちらにも会ったことはないし、会う気もないが。
参ったな。これから、仕事なんだけれど。
私が病んでる場合ではない。
「よし」
チョコレートをひとつ、口に放り込む。甘いものは、幸せの味がする。
「俺は、大丈夫」
ぴしゃり、と両頬を叩き、気合いを入れた。
そして、ボーダー本部へ向かう。直通の通路を歩き、カウンセリングルームへ。
さあ、勝負服に着替えて。
私は、変身するような気持ちで、白衣を着た。
本日最初のカウンセリングの予約者は、と。
「君か。迅悠一くん」
予約時間ぴったりに、彼はやって来た。
「こんにちは、砂子さん」
「こんにちは、迅くん。さあ、座って」
「はーい。ぼんち揚いります?」
「いただこう。緑茶を淹れるよ」
マグカップをふたつ用意し、緑茶を注ぐ。
「それで? 何か困り事でも?」
マグカップを手渡しながら、彼に質問した。
「困ってないことの方が少ないですよ」
「そうだね。君には、厄介事ばかり任せているから。申し訳ないと思っているよ」
手の中の水面が、少し波立つ。
「いや、まあ、裏で色々やるのは、おれの趣味なんで、いいんですけど」
「けど?」
「時々、揺れそうになる」
「揺れる…………」
未来予知の副作用。それは、一体どんな重荷なんだろう。私では、それを肩代わりすることは出来ない。
重荷を背負わされて、綱渡りをしているかのような少年。無理難題を解き続けるという枷。
「私たちはね、君の善性に付け込んでいるんだよ」
「おれの善性?」
「そう。迅くんは、善い子だから。出来て当たり前。失敗したら、君のせい。そんな風に思う人もいる」
「…………」
「どうか、ゆるさないでくれ。君の辛さを、どうにも出来ないことを」
「……砂子さんって、正直者ですね」と笑い、彼は一口お茶を飲んだ。
「おれは、大丈夫です。でも、たまに、ここに来てもいいですか?」
「もちろん。歓迎するよ」
「ありがとうございます」
私は、正直者ではない。嘘が言えないだけだ。
その後、ふたりで、ぼんち揚を齧り、緑茶を飲む。梅雨明けはまだかな、とか、今年の夏にやりたいことは? とか、他愛ない話をする。
君が、ただの少年になれる瞬間を作れたなら、私のしていることにも意味があったな。