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死にたいのに、死ねないでいる。
あの文豪とは違って、私には共に死んでくれる人はいない。
夜の真っ暗な海を進み、そして。
私は、そこに溶けるように沈んだ。
今度こそ、永く眠れるやろうか?
目覚めると、私は海辺に倒れていた。
私を起こしたのは、見知らぬ人。
「あなたは誰?」と、思わず尋ねる。
「沙沙貴深月。いや、あんたこそどうしたんだよ?」
「深月さん」
彼は、青い綺麗な瞳をしていた。美しい海みたい。
「私は、十悟。海難事故に遭ったというか、なんというか…………」
私は、とっさに嘘をついた。
「あんた、綺麗だな」
「そうなん?」
「綺麗過ぎる! 直視出来ない!」と、彼は前髪で両目を隠す。
ちょっと面白い。
「あなたは、何歳なん?」
「15歳」
「そんな若いんなら、深月さんというより、深月くんやね?」
「子供扱いすんなよ! そりゃ身長低いけど! なんか背が全然伸びないけど!」
「別に偏食とかやなくて?」
「そんなことねぇよ」
深月くんの肩を借りて、診療所へ。
「人が流れ着くなんて初めてだ」
「そうなんや」
「ほら、入って」
「お邪魔します……」
この島の唯一の医師は、深月くんのお父さんで。
私は、診察を受けることになった。
「…………」
当然、リスカ痕や首元の縄の痕に気付かれてしまう。
「一体どうして?」と尋ねられた。
「その、大層な理由やないんですけど、失恋してしまいまして。それで、何もかもが嫌になってしまったんですよね」
深月くんが持って来てくれた、炭酸の抜けたノープ? とやらを飲む。美味しくはない。
「ご、ごめん!」と深月くんは謝る。
「まあ、水分は水分やから」
それより。
「私、財布も何も持っていなくてですね」
「お金を取ったりはしないよ」と、医師のケンジさん。
「ところで、どうして海に?」
「ケンジさんが見た色々と同じ理由です」
「どういうこと?」
「深月くんは知らんでいいんやよ?」と、やんわりかわす。
お風呂を借りることにした。
今、誰かいたような?
なんやろう?
お風呂から上がると、深月くんとケンジさんが料理を作ってくれていた。
「いただきます」
「にしても、海難事故ね」
深月くんを騙しているのは申し訳ないけれど、子供に聞かせるのも忍びない話である。
私は、愚かな人間だ。
「久々に、こんなちゃんとした料理食べた気がします」
「都会ってそんなヤバいの?」
「いや、私個人の問題なんやけど」
栄養失調を指摘されたし、ここで静養するように促される。
「では、お言葉に甘えて、しばらくお世話になります」
「深月、島を案内してあげなさい」
「15年間分はあるからね! 島に関しての知識は」
「ありがとう」
外へ出る際に、ケンジさんから耳打ちされた。
深月くんを弟みたいに思ってほしい、と。
確かに、歳の離れた弟みたいだ。
「悟って、お菓子何が好き?」
「そんなに食べないかな」
「じゃあこれ、オススメのパイン飴」
「ありがとう」
深月くんが、島にある場所を教えてくれる。
「行くなら、港かなぁ。流れ着いた時は、頭がくらくらしとったからねぇ」
歩きながら、深月くんと話す。
「ここって、星はよく見られるんかな?」
「見れるんじゃない?」
それなら、星座の見える位置で島の場所を割り出せるかもしれない。
港へ到着する。
伝承のししゃ? って噂されとるらしい。
「この辺、何が捕れるん?」
「マダイ」
「たまにタコとか。あと、俺が好きなのが、桜エビ」
「ああ、かき揚げに入っとると嬉しいね」
「悟は、好きな海鮮とかあんの?」
「身近だったのは、お寿司やね」
回転寿司やけど。
「好きな寿司ネタは?」
「穴子とか、やねぇ」
「俺は、サーモンとか」
ケイゾウさんは、元々外の人だったらしい。
公民館なら、伝承の資料があると聞いた。
「公民館行こう」
「そうやね。公民館行きたい」
民家の間を通っていると。
「ありがたや、ありがたや」
なんか拝まれている……。
「綺麗」と何度も言われて、少し恥ずかしい。
「深月も嬉しいじゃろ? 兄ちゃんが出来たみたいで」
「本当にそう!」
ご老人たちが集まって来てしまった。
「ちょ、ちょっと、逃げよう」
深月くんと、人混みを抜け出す。
そして。今度は、子供がふたり。
ヒロちゃんとカズくん。
「お兄さん、ここに住むの?」と、ヒロちゃんが訊いてきた。
「しばらくお世話になるけど、住むとかは分からんかなぁ」
ヒロちゃんは、しょんぼりしてしまう。
「でも、いい所やし、住むのも悪くないと思っとるよ?」
ヒロちゃんは、嬉しそうに笑った。
子供は、無邪気で可愛いなぁ。
公民館へ。
ウミノシシャについて読む。
「悟って、そんな凄い奴なの?」
「普通の28歳男性やよ?」
「悟、28歳なの? 同い年かと思った」
「さすがに無理があるやんねぇ」
「そっか。身長も高いしな」
人魚姫の話を読んだ。
人魚姫に魔法の瓶なんてあったやろうか?
「俺が母さんから聞いてた話と違う。人魚姫は、王子と結婚して終わりだったはず」
「お母さんがハッピーエンド主義なのかもしれんね」
まあ、そういうエンディングのアニメ映画もあるし。
「海の話がいっぱいやね」
「まあ、島だからな」
公民館を出ようとした時。
「あげる」と、ヒロちゃん。
「ありがとう」
貝殻のストラップだ。ブレスレットに着けておこう。
深月くんと、お揃いやねぇ。
崖へ向かう。
深月くんは、崖が怖いらしい。
「深月くんは、無理せんで大丈夫やよ。ひとりで行くから」
「悟は、なんで平気なんだよ?」
「まあ、高い所に慣れてるというかなんというか」
飛び降り自殺をしようとしたこともあるから。
「都会なんて、ビルだらけやよ?」と、誤魔化す。
教会があるであろう辺りに、霧が見えた。
そうして少し眺めていると。
ジンゴと呼ばれる人が来た。
「お前が無理矢理深月を連れて来たのか?」
「いえ、案内だけしてもらおうと思って。いや、言い訳です。私のせいです」
ジンゴさんは、私を歓迎していないみたい。
手首を掴まれ、傷痕が見られてしまった。
ジンゴさんは、私を軽蔑しているよう。
「その傷については、訊かない方がいい感じ?」
「深月くんに聞かせるようなことやないんよ。まあ、とりあえず、ここから離れようか」
聖域へ行くと。
「おい、ここは島の人間以外立入禁止なんだよ」
またジンゴさんに怒られてしまった。
「私としては、島の文化を軽んじる気はないというか」
見張りのように彼が立っているので、診療所へ戻る。
「質問なんやけど、ケイゾウさんは聖域に入ったことあるんですか?」と、ケンジさんに訊いた。
「あると思うよ」
「そうですか。誰が基準を決めてるんやろ?」
「母さんだよ」
深月くん曰く、お母さんは村長みたいな存在なんだそうで。
ふと、読み込まれた本を見付ける。
海の詩だ。
「ケンジさん、この詩は大切なものですか?」
「ああ。好きな詩なんだ。君は、どう思う?」
「そうですね。海の静かで、だけど包み込んでくれるようなところがいいなと思いました」
「うん。なんとなく、悟くんも好きかなと思っただけだから気にしないで」
砂浜へと歩く。
「悟、帰る前に遊んでいかない?」
「そうやねぇ」
深月くんに、手漕ぎ船に乗せてもらった。
「俺、夢を見たんだ。人魚が海辺に打ち上げられてる夢」
深月くんは、照れながら話してくれる。
「だから、悟が夢の中の人魚と重なるっていうか」
「私は人魚やないと思うよ。人魚やったら、こんなことになってないやろうから」
「こんなことって?」
「人魚やったら、溺れたりせんからね」
「そっか。そうだな」
ごめんね、くだらない人間で。
「悟は、グリーンフラッシュ、知ってるか?」
「うん? 知らんね」
「見とけよ」
海が綺麗な緑色に輝いている。
美しい。世界は、こんなにも美しいのに。私は。
深月くんの家に帰る。
どうやら、歓迎会が開かれるらしい。島の人たちが集まっている。
深月くんは、私と島を周るのが楽しかったみたい。
それなら良かった。
不意に、ジンゴさんに腕を強く引かれ、砂浜に連れて行かれる。
やっぱり、私が気に入らないんやろう。
「明日、この島から出るって言え!」
「私としては、急に帰るっていうのは、ちょっと……」
そんなやり取りをしていると、ケイゾウさんがジンゴさんを殴った。
でも、ジンゴさんが正しい。私は、深月くんを傷付けるかもしれないんやから。
深月くんと家に帰る。
歓迎会はお開きになっていた。
ケンジさんに、お風呂に入るよう言われる。
「お風呂、一緒に入ってもいいかもね……」
そうすれば、私がどんな人間か分かるだろうから。
本当のことを教えて、もう近付かないでって言われたら。いや、それでも。
「悟……その、何か困ってることとかあるのか? 話してくれよ…………」
「深月くんに言っても、どうにもならないんよ。もう終わった話なんよ」
「悟は、海難事故に遭ったんじゃないのか?」
「まあ、見れば分かると思うけど、私は、こういう汚い人間なんよ。だから、あんま人魚とか言わん方がええよ?」
「悟は、汚くないよ。それだけは言える」
深月くんは、真っ直ぐ私を見ている。
「悟は、綺麗だよ」
「……ありがとう」
「あーもう、出る!」と、深月くんはお風呂から出て行った。
私がお風呂を出た時、深月くんの姿はなく、ケンジさんに話しかけられる。
「読書感想文の真似事じゃないけど、あの詩を呼んで何か浮かぶことはあった?」
「海に深く沈んでいって、眠るような感じがしましたね」
ケンジさんは、自分の中のイメージを話してくれた。そして、詩を贈ってくれる。
私たちが見ている、ね。
海を眺めたら、海に見られるということ?
深月くんが戻り、話は続く。
ボトルメールから夫婦になったんや。それは、素敵なことやね。
ケンジさんの提案で、私と深月くんは、お互いに手紙を書くことにする。
書いてから。深月くんと、布団を並べて眠ることになった。
夜夜中。私は、海へ行くことにした。
「深月くん、起きて」
「ん~?」
「今から海に行こうと思って」
「なんで?」
「夜の海って綺麗やない?」
「うーん、そうだな。俺も行く」
「いや、私が出てから10分後くらいに来てほしいんよ」
「え? うん、いいけど……」
そう言って、私は海に向かう。
冷たい海に足が浸かると、異形のものに海底に引き摺り込まれた記憶が蘇る。
怖い。あれは一体?
突如、サイレンの音が響いた。そして、不気味に変わる景色。
そうだ、あの人はどこ? 探さないと。
「悟?」
「あ、深月くん。私の親友を探しとるんやけど」
「親友? 人は、いそうにないけど」
「そんなはずないやん。いつも一緒なんやから」
深月くんの自宅へ。
幾分か、冷静になった。あの人が、ここにいるはずがない。
「深月くん、家族写真がないんやけど」
「あれ? そういえば……」
深月くんのお母さんの姿を、一度も見たことがない。
「母さんは、写真を撮られるのが苦手だった」
「……そうなんや」
診療所前へ。
ケンジさんは、具合が悪そうだ。ふたりで聖域へ行くように言われた。
深月くんと聖域を目指そう。
途中、腐ったような異臭がする。
ゾンビみたいな水死体たちが歩くのを見た。
その後。公民館には、カズくんとヒロちゃんの面影がある水死体ゾンビがいた。
深月くんが気付かないうちに出よう。
「深月くん、別のところへ行こう」
「うん。聖域行こう、聖域」
辿り着いた聖域の門には、南京錠がかけられていた。
ジンゴさんを探しに、港へ。
ケイゾウさんが、身を隠して話す。
「悟くん、まだこの島にいたい?」
「元に戻したいし、まだいたいですけど」
「そうか」
ケイゾウさんも、姿が変わってしまったんやろうか。
崖に行くことにした。
「深月くん、崖に行くなら手を繋いで行こうか」
「う、うん」
ジンゴさんはいない。診療所内へ向かう。
ケンジさんが、珊瑚になった?
診療所内を見てから、外へ出る。
そこに、ジンゴさんがいた。
「お前、何が目的で来たんだよ?」
「私が自主的に来たワケではありません。それは、本当です」
「お前、生きたいのか? 死にたいのか?」
「……生きたいです」
今、死ぬのは違う。深月くんを助けたい。
船で逃げるという話をしていたら、ジンゴさんがサメに食われた。
落ちていたジンゴさんが所持していた鍵を拾い、絶句している深月くんの手を引いて聖域へ向かう。
聖域の近くで、異変が起こった。
息が苦しい。冷たい海の中にいるよう。
深月くんが心配している。
深月くんの目、綺麗やなぁ。
精神を落ち着け、呼吸が出来るようになった。
「悟、外に出よう」
「うん」
「たぶん、母さんは悟を説得すると思う。悟が、この島に住むって言ったら、永遠に住むことになる」
「そうしなくていいの?」
「え?」
「私が、この島に永遠に住まなくていいの?」
「俺は、どうしたいんだろうな…………」
深月くんの出す答えが、私の答えになるやろう。
教会があるはずの場所には、幽霊船があった。
とうとう、深月くんのお母さんと相対する。
「深月、悟さんを連れて来てくれたのね」
「……悟を海の上にあげたい」と、深月くん。
「悟さんは、どうしたいの?」
「深月くんの言う通りです。上に、戻りたいです」
「それは、自分で決めたの?」
「最終的には自分で決めました」
元いた場所には、喜びも悲しみも、私の全てがある。
悲しみのない世界には、どんな喜びがあるんやろう?
それは、本当に安寧なんやろうか?
この島は、深月くんを縛り付けてはいないやろうか?
「あなたは、記憶を消せますか?」と、お母さんに尋ねた。
「……消せないわね」
「そうですよね……」
それなら、私は。
「俺は……悟も含めて、この小さな島で収まる器じゃないから」
「そうやね。記憶が消えないなら、この悲しみを抱き締めたまま、思い出の地で生きていきます」
それは、私たちとお母さんの、訣別の言葉だった。
「悟さんに見捨てられたら、この島は枯れてしまうと言われているのに……」
「母さん。十悟は、神様でも人魚でもない。ただの人間だ」
ああ。悪夢のような幽霊船が動いている。
息が苦しい。
必死になって、深月くんと崖まで逃げた。
私は、深月くんの手を握り、海へ飛び込む。
「苦しいでしょう?」と優しい声がした。
この声を振り切って、浮上しなくては。
海上に出ると、魚の姿をした深月くんが目に映る。
「確かに、私のような者はそちらへ行った方がいいのでしょう。でも深月くんには、そもそも選択肢がなかったやないですか。そんなのおかしいですよ」
「確かにそうじゃん」と、深月くんは、今気付いたようだ。
「ふたりで陸に上がってみる?」
「うん。俺、息が出来なかったらどうしよう?」
「そしたら、海に帰してあげる」
陸に上がろうとしたら、波に呑まれる。
「悟くん、ありがとう。深月のことをよろしく」
ケンジさんの声だ。
はい。さようなら。ありがとうございました。
目覚めると、病室にいた。
「悟、顔に傷が」
「え? ああ、大きな傷みたいやね」
まあ、ある程度は化粧で誤魔化せるやろうし。
「深月くんは、息が苦しかったりしない?」
「いや? 大丈夫」
「良かった」
私は、心の底から笑顔になった。
よし。養子縁組で深月くんを保護しよう。
私は、あなたのために生きるよ。
◆◆◆
深月くんへ
私は、ただの死にぞこないです。人魚じゃなくて、ごめんね。
私には、親友がいました。その人は、優しくて、笑顔が素敵な、月のような人でした。
私は、その人のことが大好きで、愛しています。
でも、その感情は相手にとっては気持ち悪いものだったんです。
私が親友に想いを告げた時、「気持ち悪い」と言われ、縁を切られました。
こんなことになるなら、何も言わなければよかった。ずっと隠しておけばよかった。
でも、時は戻りません。親友は、もう帰ってきません。
私は親友を失い、好きな人を失い、光を失いました。
そうして、残された自分は、私には耐えがたいものでした。
自問自答を繰り返す思考。意味のない呼吸。耳障りな心音。ぬるくて気味の悪い体温。そんな全てが鬱陶しくて。
生きるのをやめたいと思いました。
でも、死ねなくて。流れ着いたのが、あなたと出会った海辺です。
この島は素敵なところだと思います。そんな場所でも死にたい気持ちがゼロにならない私は、心を病んでいるのでしょう。
あなたに「綺麗だ」と言ってもらえて嬉しかったです。ありがとう。
悟より
あの文豪とは違って、私には共に死んでくれる人はいない。
夜の真っ暗な海を進み、そして。
私は、そこに溶けるように沈んだ。
今度こそ、永く眠れるやろうか?
目覚めると、私は海辺に倒れていた。
私を起こしたのは、見知らぬ人。
「あなたは誰?」と、思わず尋ねる。
「沙沙貴深月。いや、あんたこそどうしたんだよ?」
「深月さん」
彼は、青い綺麗な瞳をしていた。美しい海みたい。
「私は、十悟。海難事故に遭ったというか、なんというか…………」
私は、とっさに嘘をついた。
「あんた、綺麗だな」
「そうなん?」
「綺麗過ぎる! 直視出来ない!」と、彼は前髪で両目を隠す。
ちょっと面白い。
「あなたは、何歳なん?」
「15歳」
「そんな若いんなら、深月さんというより、深月くんやね?」
「子供扱いすんなよ! そりゃ身長低いけど! なんか背が全然伸びないけど!」
「別に偏食とかやなくて?」
「そんなことねぇよ」
深月くんの肩を借りて、診療所へ。
「人が流れ着くなんて初めてだ」
「そうなんや」
「ほら、入って」
「お邪魔します……」
この島の唯一の医師は、深月くんのお父さんで。
私は、診察を受けることになった。
「…………」
当然、リスカ痕や首元の縄の痕に気付かれてしまう。
「一体どうして?」と尋ねられた。
「その、大層な理由やないんですけど、失恋してしまいまして。それで、何もかもが嫌になってしまったんですよね」
深月くんが持って来てくれた、炭酸の抜けたノープ? とやらを飲む。美味しくはない。
「ご、ごめん!」と深月くんは謝る。
「まあ、水分は水分やから」
それより。
「私、財布も何も持っていなくてですね」
「お金を取ったりはしないよ」と、医師のケンジさん。
「ところで、どうして海に?」
「ケンジさんが見た色々と同じ理由です」
「どういうこと?」
「深月くんは知らんでいいんやよ?」と、やんわりかわす。
お風呂を借りることにした。
今、誰かいたような?
なんやろう?
お風呂から上がると、深月くんとケンジさんが料理を作ってくれていた。
「いただきます」
「にしても、海難事故ね」
深月くんを騙しているのは申し訳ないけれど、子供に聞かせるのも忍びない話である。
私は、愚かな人間だ。
「久々に、こんなちゃんとした料理食べた気がします」
「都会ってそんなヤバいの?」
「いや、私個人の問題なんやけど」
栄養失調を指摘されたし、ここで静養するように促される。
「では、お言葉に甘えて、しばらくお世話になります」
「深月、島を案内してあげなさい」
「15年間分はあるからね! 島に関しての知識は」
「ありがとう」
外へ出る際に、ケンジさんから耳打ちされた。
深月くんを弟みたいに思ってほしい、と。
確かに、歳の離れた弟みたいだ。
「悟って、お菓子何が好き?」
「そんなに食べないかな」
「じゃあこれ、オススメのパイン飴」
「ありがとう」
深月くんが、島にある場所を教えてくれる。
「行くなら、港かなぁ。流れ着いた時は、頭がくらくらしとったからねぇ」
歩きながら、深月くんと話す。
「ここって、星はよく見られるんかな?」
「見れるんじゃない?」
それなら、星座の見える位置で島の場所を割り出せるかもしれない。
港へ到着する。
伝承のししゃ? って噂されとるらしい。
「この辺、何が捕れるん?」
「マダイ」
「たまにタコとか。あと、俺が好きなのが、桜エビ」
「ああ、かき揚げに入っとると嬉しいね」
「悟は、好きな海鮮とかあんの?」
「身近だったのは、お寿司やね」
回転寿司やけど。
「好きな寿司ネタは?」
「穴子とか、やねぇ」
「俺は、サーモンとか」
ケイゾウさんは、元々外の人だったらしい。
公民館なら、伝承の資料があると聞いた。
「公民館行こう」
「そうやね。公民館行きたい」
民家の間を通っていると。
「ありがたや、ありがたや」
なんか拝まれている……。
「綺麗」と何度も言われて、少し恥ずかしい。
「深月も嬉しいじゃろ? 兄ちゃんが出来たみたいで」
「本当にそう!」
ご老人たちが集まって来てしまった。
「ちょ、ちょっと、逃げよう」
深月くんと、人混みを抜け出す。
そして。今度は、子供がふたり。
ヒロちゃんとカズくん。
「お兄さん、ここに住むの?」と、ヒロちゃんが訊いてきた。
「しばらくお世話になるけど、住むとかは分からんかなぁ」
ヒロちゃんは、しょんぼりしてしまう。
「でも、いい所やし、住むのも悪くないと思っとるよ?」
ヒロちゃんは、嬉しそうに笑った。
子供は、無邪気で可愛いなぁ。
公民館へ。
ウミノシシャについて読む。
「悟って、そんな凄い奴なの?」
「普通の28歳男性やよ?」
「悟、28歳なの? 同い年かと思った」
「さすがに無理があるやんねぇ」
「そっか。身長も高いしな」
人魚姫の話を読んだ。
人魚姫に魔法の瓶なんてあったやろうか?
「俺が母さんから聞いてた話と違う。人魚姫は、王子と結婚して終わりだったはず」
「お母さんがハッピーエンド主義なのかもしれんね」
まあ、そういうエンディングのアニメ映画もあるし。
「海の話がいっぱいやね」
「まあ、島だからな」
公民館を出ようとした時。
「あげる」と、ヒロちゃん。
「ありがとう」
貝殻のストラップだ。ブレスレットに着けておこう。
深月くんと、お揃いやねぇ。
崖へ向かう。
深月くんは、崖が怖いらしい。
「深月くんは、無理せんで大丈夫やよ。ひとりで行くから」
「悟は、なんで平気なんだよ?」
「まあ、高い所に慣れてるというかなんというか」
飛び降り自殺をしようとしたこともあるから。
「都会なんて、ビルだらけやよ?」と、誤魔化す。
教会があるであろう辺りに、霧が見えた。
そうして少し眺めていると。
ジンゴと呼ばれる人が来た。
「お前が無理矢理深月を連れて来たのか?」
「いえ、案内だけしてもらおうと思って。いや、言い訳です。私のせいです」
ジンゴさんは、私を歓迎していないみたい。
手首を掴まれ、傷痕が見られてしまった。
ジンゴさんは、私を軽蔑しているよう。
「その傷については、訊かない方がいい感じ?」
「深月くんに聞かせるようなことやないんよ。まあ、とりあえず、ここから離れようか」
聖域へ行くと。
「おい、ここは島の人間以外立入禁止なんだよ」
またジンゴさんに怒られてしまった。
「私としては、島の文化を軽んじる気はないというか」
見張りのように彼が立っているので、診療所へ戻る。
「質問なんやけど、ケイゾウさんは聖域に入ったことあるんですか?」と、ケンジさんに訊いた。
「あると思うよ」
「そうですか。誰が基準を決めてるんやろ?」
「母さんだよ」
深月くん曰く、お母さんは村長みたいな存在なんだそうで。
ふと、読み込まれた本を見付ける。
海の詩だ。
「ケンジさん、この詩は大切なものですか?」
「ああ。好きな詩なんだ。君は、どう思う?」
「そうですね。海の静かで、だけど包み込んでくれるようなところがいいなと思いました」
「うん。なんとなく、悟くんも好きかなと思っただけだから気にしないで」
砂浜へと歩く。
「悟、帰る前に遊んでいかない?」
「そうやねぇ」
深月くんに、手漕ぎ船に乗せてもらった。
「俺、夢を見たんだ。人魚が海辺に打ち上げられてる夢」
深月くんは、照れながら話してくれる。
「だから、悟が夢の中の人魚と重なるっていうか」
「私は人魚やないと思うよ。人魚やったら、こんなことになってないやろうから」
「こんなことって?」
「人魚やったら、溺れたりせんからね」
「そっか。そうだな」
ごめんね、くだらない人間で。
「悟は、グリーンフラッシュ、知ってるか?」
「うん? 知らんね」
「見とけよ」
海が綺麗な緑色に輝いている。
美しい。世界は、こんなにも美しいのに。私は。
深月くんの家に帰る。
どうやら、歓迎会が開かれるらしい。島の人たちが集まっている。
深月くんは、私と島を周るのが楽しかったみたい。
それなら良かった。
不意に、ジンゴさんに腕を強く引かれ、砂浜に連れて行かれる。
やっぱり、私が気に入らないんやろう。
「明日、この島から出るって言え!」
「私としては、急に帰るっていうのは、ちょっと……」
そんなやり取りをしていると、ケイゾウさんがジンゴさんを殴った。
でも、ジンゴさんが正しい。私は、深月くんを傷付けるかもしれないんやから。
深月くんと家に帰る。
歓迎会はお開きになっていた。
ケンジさんに、お風呂に入るよう言われる。
「お風呂、一緒に入ってもいいかもね……」
そうすれば、私がどんな人間か分かるだろうから。
本当のことを教えて、もう近付かないでって言われたら。いや、それでも。
「悟……その、何か困ってることとかあるのか? 話してくれよ…………」
「深月くんに言っても、どうにもならないんよ。もう終わった話なんよ」
「悟は、海難事故に遭ったんじゃないのか?」
「まあ、見れば分かると思うけど、私は、こういう汚い人間なんよ。だから、あんま人魚とか言わん方がええよ?」
「悟は、汚くないよ。それだけは言える」
深月くんは、真っ直ぐ私を見ている。
「悟は、綺麗だよ」
「……ありがとう」
「あーもう、出る!」と、深月くんはお風呂から出て行った。
私がお風呂を出た時、深月くんの姿はなく、ケンジさんに話しかけられる。
「読書感想文の真似事じゃないけど、あの詩を呼んで何か浮かぶことはあった?」
「海に深く沈んでいって、眠るような感じがしましたね」
ケンジさんは、自分の中のイメージを話してくれた。そして、詩を贈ってくれる。
私たちが見ている、ね。
海を眺めたら、海に見られるということ?
深月くんが戻り、話は続く。
ボトルメールから夫婦になったんや。それは、素敵なことやね。
ケンジさんの提案で、私と深月くんは、お互いに手紙を書くことにする。
書いてから。深月くんと、布団を並べて眠ることになった。
夜夜中。私は、海へ行くことにした。
「深月くん、起きて」
「ん~?」
「今から海に行こうと思って」
「なんで?」
「夜の海って綺麗やない?」
「うーん、そうだな。俺も行く」
「いや、私が出てから10分後くらいに来てほしいんよ」
「え? うん、いいけど……」
そう言って、私は海に向かう。
冷たい海に足が浸かると、異形のものに海底に引き摺り込まれた記憶が蘇る。
怖い。あれは一体?
突如、サイレンの音が響いた。そして、不気味に変わる景色。
そうだ、あの人はどこ? 探さないと。
「悟?」
「あ、深月くん。私の親友を探しとるんやけど」
「親友? 人は、いそうにないけど」
「そんなはずないやん。いつも一緒なんやから」
深月くんの自宅へ。
幾分か、冷静になった。あの人が、ここにいるはずがない。
「深月くん、家族写真がないんやけど」
「あれ? そういえば……」
深月くんのお母さんの姿を、一度も見たことがない。
「母さんは、写真を撮られるのが苦手だった」
「……そうなんや」
診療所前へ。
ケンジさんは、具合が悪そうだ。ふたりで聖域へ行くように言われた。
深月くんと聖域を目指そう。
途中、腐ったような異臭がする。
ゾンビみたいな水死体たちが歩くのを見た。
その後。公民館には、カズくんとヒロちゃんの面影がある水死体ゾンビがいた。
深月くんが気付かないうちに出よう。
「深月くん、別のところへ行こう」
「うん。聖域行こう、聖域」
辿り着いた聖域の門には、南京錠がかけられていた。
ジンゴさんを探しに、港へ。
ケイゾウさんが、身を隠して話す。
「悟くん、まだこの島にいたい?」
「元に戻したいし、まだいたいですけど」
「そうか」
ケイゾウさんも、姿が変わってしまったんやろうか。
崖に行くことにした。
「深月くん、崖に行くなら手を繋いで行こうか」
「う、うん」
ジンゴさんはいない。診療所内へ向かう。
ケンジさんが、珊瑚になった?
診療所内を見てから、外へ出る。
そこに、ジンゴさんがいた。
「お前、何が目的で来たんだよ?」
「私が自主的に来たワケではありません。それは、本当です」
「お前、生きたいのか? 死にたいのか?」
「……生きたいです」
今、死ぬのは違う。深月くんを助けたい。
船で逃げるという話をしていたら、ジンゴさんがサメに食われた。
落ちていたジンゴさんが所持していた鍵を拾い、絶句している深月くんの手を引いて聖域へ向かう。
聖域の近くで、異変が起こった。
息が苦しい。冷たい海の中にいるよう。
深月くんが心配している。
深月くんの目、綺麗やなぁ。
精神を落ち着け、呼吸が出来るようになった。
「悟、外に出よう」
「うん」
「たぶん、母さんは悟を説得すると思う。悟が、この島に住むって言ったら、永遠に住むことになる」
「そうしなくていいの?」
「え?」
「私が、この島に永遠に住まなくていいの?」
「俺は、どうしたいんだろうな…………」
深月くんの出す答えが、私の答えになるやろう。
教会があるはずの場所には、幽霊船があった。
とうとう、深月くんのお母さんと相対する。
「深月、悟さんを連れて来てくれたのね」
「……悟を海の上にあげたい」と、深月くん。
「悟さんは、どうしたいの?」
「深月くんの言う通りです。上に、戻りたいです」
「それは、自分で決めたの?」
「最終的には自分で決めました」
元いた場所には、喜びも悲しみも、私の全てがある。
悲しみのない世界には、どんな喜びがあるんやろう?
それは、本当に安寧なんやろうか?
この島は、深月くんを縛り付けてはいないやろうか?
「あなたは、記憶を消せますか?」と、お母さんに尋ねた。
「……消せないわね」
「そうですよね……」
それなら、私は。
「俺は……悟も含めて、この小さな島で収まる器じゃないから」
「そうやね。記憶が消えないなら、この悲しみを抱き締めたまま、思い出の地で生きていきます」
それは、私たちとお母さんの、訣別の言葉だった。
「悟さんに見捨てられたら、この島は枯れてしまうと言われているのに……」
「母さん。十悟は、神様でも人魚でもない。ただの人間だ」
ああ。悪夢のような幽霊船が動いている。
息が苦しい。
必死になって、深月くんと崖まで逃げた。
私は、深月くんの手を握り、海へ飛び込む。
「苦しいでしょう?」と優しい声がした。
この声を振り切って、浮上しなくては。
海上に出ると、魚の姿をした深月くんが目に映る。
「確かに、私のような者はそちらへ行った方がいいのでしょう。でも深月くんには、そもそも選択肢がなかったやないですか。そんなのおかしいですよ」
「確かにそうじゃん」と、深月くんは、今気付いたようだ。
「ふたりで陸に上がってみる?」
「うん。俺、息が出来なかったらどうしよう?」
「そしたら、海に帰してあげる」
陸に上がろうとしたら、波に呑まれる。
「悟くん、ありがとう。深月のことをよろしく」
ケンジさんの声だ。
はい。さようなら。ありがとうございました。
目覚めると、病室にいた。
「悟、顔に傷が」
「え? ああ、大きな傷みたいやね」
まあ、ある程度は化粧で誤魔化せるやろうし。
「深月くんは、息が苦しかったりしない?」
「いや? 大丈夫」
「良かった」
私は、心の底から笑顔になった。
よし。養子縁組で深月くんを保護しよう。
私は、あなたのために生きるよ。
◆◆◆
深月くんへ
私は、ただの死にぞこないです。人魚じゃなくて、ごめんね。
私には、親友がいました。その人は、優しくて、笑顔が素敵な、月のような人でした。
私は、その人のことが大好きで、愛しています。
でも、その感情は相手にとっては気持ち悪いものだったんです。
私が親友に想いを告げた時、「気持ち悪い」と言われ、縁を切られました。
こんなことになるなら、何も言わなければよかった。ずっと隠しておけばよかった。
でも、時は戻りません。親友は、もう帰ってきません。
私は親友を失い、好きな人を失い、光を失いました。
そうして、残された自分は、私には耐えがたいものでした。
自問自答を繰り返す思考。意味のない呼吸。耳障りな心音。ぬるくて気味の悪い体温。そんな全てが鬱陶しくて。
生きるのをやめたいと思いました。
でも、死ねなくて。流れ着いたのが、あなたと出会った海辺です。
この島は素敵なところだと思います。そんな場所でも死にたい気持ちがゼロにならない私は、心を病んでいるのでしょう。
あなたに「綺麗だ」と言ってもらえて嬉しかったです。ありがとう。
悟より
