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短編

フットボールフロンティア決勝戦。
俺はその大会で初めて“円堂守”という人間を見た。

エイリア石が持つエネルギー成分を擬似的に作り出しそれを摂取することで身体能力を上げるという、影山を使った実験を研崎が取り次いだとかなんとか言っていたので一応様子を見に来たけれど、結局の所エイリア石の5分の1も力が増幅されていないのを見るにエイリア石の力を人間が作り出すことは不可能と言ってもいいだろう。やはりあれは未知の力だ。

俺はそれよりもその対戦相手に興味があった。
5分の1とはいえ人間を超えた力を発揮している世宇子中に対して全く引けを取らない、それどころか逆に巻き返すように勢い付いてきた雷門中。
特にそれが顕著に出ているのはGKでありキャプテンである“円堂守”だった。


そして試合は終わった。

「勝っちゃった……」

結果は雷門中の勝ちだった。

 

そして俺達は、まず最初にフットボールフロンティアに出場したチームを潰して力を示すことで計画の始まりとすることになった。
もちろん雷門中も例外ではなく、勝負の結果はさすがの彼らでも勝利は掴めず、校舎は無残にも破壊されていた。

けれど彼らは諦めなかった。

そして数度の試合を経て、ついにジェミニストームに勝利した。

それを導いたのはやはりあの“円堂守”なのだろうと試合を見ていても思った。
何の力もない、普通の人間のはずなのに、チームメイトを導く力は強いらしい。
もちろんそれだけでなく、GKとしての実力を持っている。
彼のような人がチームを引っ張るというのは、俺達ガイアの持っていないものなのかもしれない。

強くなるため。
そう、より強くなるためなんだ。

言い訳くさいのもわかっていながら、俺は“円堂守”が1人の時を見計らって声をかけたんだ。

 

……会って、話して、わかった。
彼はどこまでも純粋で、真っ直ぐなんだ。

ああ、これは俺には真似できないな。
だって俺は、歪んでしまった。
父さんに愛されるためなら何だってできると、それが正しいことだと、信じている。
それはきっと他人から見たら「何もそこまで」と言いたくなることなんだろう。
でも俺は、間違えてるとは思わない。
俺が他人とは違う感覚でいるだろうと、そういう自覚はしている。

 

円堂君は本当に面白いと、見れば見るほど思ってしまう。
俺が普通じゃないように、ひょっとしたら彼も普通じゃないのかもしれない。……何て言うのは失礼か。

だって本当に、こんな状況なのに、本当に楽しそうにサッカーをするんだ。
羨ましい、なんて俺が思うのは間違っているんだろうけど。
もしかしたらまだ純粋だったあの頃は――まだ何も知らなかったあの頃は、俺もあんな風にサッカーをしていたんだろうか。
それくらいに円堂君の瞳はきらきらしていて、眩しかった。

けれど人は眩しいものには惹かれるものだ。

あわよくばガイアのみんなもあの頃のようなきらきらを取り戻してくれないか。
ひょっとしたらそれが強くなる一番の近道なのかもしれない。

だから俺は円堂君に、雷門中に試合を申し込んだ。

 

その結果、どうだろう。
俺はガイアのみんなに呆れられ、みんなはサッカーが楽しかったあの頃を思い出すどころか、終始つまらなそうだった。
雷門のメンバーも傷つけてしまった。肉体的にも、多分精神的にも。
そして何より円堂君が、俺を見ては何かを言いたそうにしていて、試合に集中して本気で戦ってくれなかった。試合が終わった後も、あのきらきらした笑顔を見せてはくれなかった。

「そんなつもりじゃなかった」なんて言って誰が信じるんだろう。

やっぱり俺には向いてなかったのかな。

 

それでも円堂君達は強くなった。
強くなって、バーンとガゼルの混合チームまで圧倒してみせた。
それが仲間の力だとでも言いたいのか。

それでも俺達にはそのやり方はできない。
俺達は俺達のやり方で強くなる。


そして俺達は負けた。
薄々気付いてはいた。
だけど、負けるわけにはいかなかったんだ。
父さんのために。
俺が父さんに愛されるために。


結局のところ、俺は俺のために生きていた。
けれどそれは無意味なことだったと知った。
だって、父さんが呼ぶ「ヒロト」は俺のことじゃなかった。


俺を、俺のことだけを「ヒロト」と呼んでくれたのは。


「円堂君」

 
君だったんだね。



◇◆◇



あれから俺達は、警察に話を聞かれたり病院で体を検査されたりエイリア石について科学者達に話したりといったことを繰り返し、結局帰って来れたのは二月が経った頃だった。

研究所の崩壊した瓦礫はすっかり片付けられていて、崩壊は免れたらしい吉良の家もお日さま園もかつての姿のまま残されていた。
まるで、何事もなかったかのように。


姉さんは再びその家で暮らし始め、俺達もそのままお日さま園での生活に戻った。
ここに来るのは5年ぶりで、正直あまり「帰ってきた」という感覚はなかった。
確かに何年もここでみんなと過ごしていた記憶はあるのに、人が住んでいた気配すら感じなくなっている白い建物は、どうにも記憶の中にあるあたたかいお日さま園とは一致しなかった。

あの頃よりも人数が増えたお日さま園には世話をしてくれる先生もいなくなっていたので以前よりも自分達の力で過ごしていくしかなかった。
でも心配した姉さんもよく来てくれて、俺達は少しだけ笑顔を取り戻した。
少しずつ、本当に少しずつだけど、俺達は昔の生活に戻ろうとしていた。


けれど、いつもみんなが自然にサッカーをしていたグラウンドには、誰も足を向けていなかった。


ああ、そうだ。
サッカーをやらなくちゃ。

円堂君と約束したんだ。
「サッカーを続けていればまた会える」
それって、サッカーを続けなければ君には会えない、会う資格がないってことなんだろう?


でもどうして、この一歩が踏み出せないんだろう。
みんなとまた普通に、当たり前みたいにサッカーやりたいのに。
それなのにどうして、俺は動けないんだろう。
声が、出せないんだろう。


サッカーをして、また誰かを傷つけるのが怖いだなんて。
ああ、俺はなんて弱いんだろう。


こういう時君なら、真っ先に声をかけるはずだ。

「サッカーやろうぜ!」

って。

 

昔は、賑やかだった頃のお日さま園はどうだったんだっけ。
俺は照り付ける太陽に思い出す。

そうだ。晴矢だ。
晴矢はいつもこういう時、率先して俺達を前に進ませてくれていた。
けれど今、ここに晴矢はいない。
バーンはガゼルと共にお日さま園を出て行ったばかりだった。
そういえばどこに行くとも何のために行くとも何も言わなかった。

2人はもう前に進んでいる。
それに比べて俺は、いったい何をしているんだろう。
これじゃあ本当に円堂君に合わせる顔がない。

「また会える」と約束してくれたあの言葉は、俺への励ましだ。
「サッカーを続けていればまた会える」と、俺に前に進めと言ってくれた。


ここにはもう、晴矢はいない。円堂君もいない。
だったら誰がやるんだ?
答えは簡単だ。
誰だっていいんだ。


俺は覚悟を決めて、そこらに転がったまま放置されていたサッカーボールを拾い上げた。
円堂君じゃなくたって「仲間」は作れる。

そうだろう?
だから……。

俺は思い切り息を吸った。

 

「みんな、サッカーやろうよ!」

 

今ならきっと、あの頃のように、楽しくサッカーができるはずだ。

 


やっぱりヒロトが最初に言ったんだろうな。っていう妄想。
若干円ヒロ風味なのは気のせいじゃない。


>>2016.10.25

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