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君はオレンジ

最後の1日はあっという間に終わってしまって、次の日の朝を向かえ、朝の練習が始まろうとしていた。
俺はそれには参加出来ない。

それなのに、困ってしまう問題が一つ。

「どうしたんだヒロト。早く行こうぜ!」
「あ……うん……」

何故か今日に限って円堂君に手を引かれ、グラウンドへと向かうことになってしまった。
まあボーッとしていたのがいけないんだろうけど。

それに、何の挨拶もなしに立ち去るのもみんなに悪いし、これでいいのかもしれない。



「……どうした基山」
「……えっと……」
案の定、監督に声をかけられて、俺は返事に困ってしまった。
それに対して円堂君は不思議そうに首を傾げた。


そんな時だった。

「あれ?」
みんながいきなり騒つきだした。
何だろうかと思っていると、その答えはすぐ隣から聞くことが出来た。

「緑川!」

……ああ、そうか。俺の代わりか。


「久しぶりだな!みんな!」
緑川の元気な、嬉しそうな声に、みんなも喜びの色で返していた。
一気に歓迎ムードになっていたみんなだったけれど、そんな中、染岡君が気付いてしまった。

「……でも、待てよ。ってことはまた誰かが抜けるってことか?」

その言葉に、みんなが一斉に静まりかえった。
それに驚いたのは、緑川だった。

「言ってなかったのか?ヒロト」
「え!?」
「……」

あっさりと告げられた答えに、みんなは驚いていた。
俺は、申し訳なさとみんなに知られてしまったという現実に、何も言葉に出来なかった。

「……あー、そういうこと」
妙に勘の鋭い緑川は、俺の気持ちを察してくれたみたいだ。

でも、当たり前だけど察してくれるのは事情を知っている緑川だけだ。
他のみんなには、わかるわけがない。
俺がここを出る理由の原因を、俺が一言も説明していないのだから。


「ヒロト……お前、本当に代表から外れるのか?」

円堂君が、まるで繋ぎ止めるかのように俺の上着を掴んで見つめてきた。
その手は少し震えていた。

俺は、戸惑った。
その質問の答えを言ってしまうことが怖かった。
どうせすぐに知られることになるんだって、わかっていても、怖かった。

それでも、ここで嘘をついたって仕方がないんだ。
俺は覚悟を決めて、頷いた。

「……うん。そうだよ」
「なんで……だってお前、実力がないわけじゃないのに。昨日だって俺、お前のシュート全然取れなくてっ」
あまりにも悲痛に訴えてくる円堂君に、顔を背けたくなった。
だけど仲間思いで優しい円堂君をそうさせているのは間違いなく俺で。

「……円堂。ヒロトはな、」
「緑川」
なかなか言いだせなかった俺を見かねて緑川が事情を話そうとしてくれたけど、俺はそれを名前を呼んで遮った。

「俺が言う」

俺が言わなくちゃ意味がないことなんだ。
俺の口から伝えないと。

改めて円堂君に向き合うと、俺の上着を掴んだまま円堂君は俺のことを不安げに見つめてきた。
俺の大好きなその瞳で。

「ヒロト……」
「……円堂君、俺はね……日本に戻って手術を受けるんだ」
「手術……?」
「手術、って……どこか悪いんですか?」
立向居君が驚きながらも心配そうに、俺に尋ねた。

「それは……」
「……ヒロト。隠したって後でバレるぞ。ってか俺が言う」
「……わ、わかってるよ」
言葉に一瞬詰まった俺に釘を刺すように緑川が言ってくる。
わかってるんだ。本当は。
隠し続けることなんて出来ないんだっていうこと。
……本当は、知られたくなかったんだけどな。

「……俺……見えない、んだ」
「……なにが」
「……………………目」
「え……」

ああ、言っちゃった。
皆を騙し続けることは、もう出来ない。


「……いつ、から……?」

擦れた声でおそるおそる尋ねる円堂君に、本当に申し訳なく思った。

「……そうだな。円堂君に出会う、ずっと前かな」

円堂君は、なんで、と小さく呟いた。
「どうして黙っていた?」という意味なのか「どうしてそうなった?」という意味なのかはわからない。あるいは両方なのかもしれない。
俺は、「どうして」の理由ではなく原因の方を話すことにした。


「……こんな話をするのも難なんだけどね。俺、おひさま園に引き取られる前、両親に……虐待、されてたんだ。それで多分突き飛ばされた時か何かにどこかにぶつけたらしくてさ。その時から、かな。……見えなくなったんだ」
「そんな……」
声を漏らしたのは春奈さんで、他にも息をのむ声がたくさん聞こえた。
ああ、本当に、そんなに深刻に受け止められると困っちゃうな。
イナズマジャパンの皆は、本当に優しい。


「……嘘だ」

どうしようかと思っていたら、ぽつりと声が聞こえた。
一番近くにいた、円堂君だった。

「嘘だ。だってお前、あんなにサッカー出来るじゃないか。見えないって……そんなの嘘だ!」
「……確かに、見えないというわりにはいつも的確だったな」
鬼道君が冷静に、と言っても普段よりいくらか気落ちした様子で言う。
そのことに気付いても、気付かなかったふりをして俺は説明する。

「俺、目が見えない分なのか耳はすごく良くてね。人が動いた時に起こす微妙な音とかを聞いて判断してたんだよ。あとは気配とか感覚とかを感じてね」
「……ホント、人間業じゃないよな」
「酷いな。無機物相手にはいつも苦労してるんだよ?」
事情を元から知っている緑川はこの状況に気を遣ってくれているようだった。
緑川には本当に感謝してもしきれない。

それでも円堂君は納得してくれないようだった。

「……でも、やっぱりおかしい。だって、試合だって普通に見てただろ?鉄塔広場に行った時だって、綺麗だって言ってたじゃないか!見えないなんて嘘だ!」
「円堂君……」

俺が嘘をついて皆を騙していたということを、君は嘘だと否定してくれる。
今までの俺を信じてくれている。
これほど嬉しいことなんて、他にあるだろうか。

それでも、嘘つきは俺の方で、今の円堂君は真実を否定している。
だから、ちゃんと認めてもらわないと困る。


「……なあ、ヒロト……」
「円堂君」

すがるように俺の上着の裾を握り込む円堂君を制するように俺は円堂君の名前を呼んだ。
傷つけることになっても、それでも判ってもらわないといけないから。



「……ヒロ、」


「……君のバンダナ、オレンジ色だったんだね」



「……!」

それは見えるからの言葉じゃない。
知らなかったんだ。
君が言葉で教えてくれるまでは。

「……あ……」

昨日のやり取りを思い出して気付いたらしい円堂君は、ゆっくりと俺から離れて二、三歩後ずさった。
……今だけ、目が見えなくて良かったかもしれないなんて、とても自分勝手でずるいことを考えてしまう。
だって、今の円堂君は、俺のせいですごく傷ついた顔をしているだろうから。
その罪を償えるわけでもないけど、せめて少しでも君の傷が癒えるようにと願って、俺は出来る限りの笑顔で言った。



「俺、オレンジって、一番好きな色なんだ」



俺は遥か昔、まだ視界があった頃から太陽と同じ色――オレンジ色が、好きだった。



→あとがき
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