短編
※20年後以降の円→←ヒロ
※2人共結婚して子供もいます。
ビリッ。ビリビリッ。
静かな部屋の中、紙を破く音だけがやたらと響いて聞こえた。
細切れになった紙きれをゴミ箱へ捨てて、この行動もかれこれ何回目だろうかと思い返す。少なくとも両の指では収まりきらないのは確かだ。
息をついてベッドに寝転がれば見慣れた天井が目に入る。その白さに思い出すのは一つ屋根の下共同生活を送ったあの頃と、その中心にいた彼だった。
手紙を書こうと思ったのは今回が初めてじゃない。
ふと思い立っては便箋を買って、その度に手紙を書いている。宛先はいつも円堂君。内容は近況報告のような他愛ない話ばかりだ。
けれど手紙が彼のもとに届いたことは一度だってない。それは郵便事故や他意のかかるものではなくて、単純に俺が全てを書き終える前に我に返って破り捨ててしまうからだ。
その切れ端たちが辿り着くのは彼のもとなんかではなくこの国のどこかの焼却炉で、それらは他のゴミと混ざり燃やされ、この世界を取り巻く空気となる。その空気がさらに植物を通して酸素になって円堂君に取り込まれて彼の活動の手助けをするというのなら、俺はそれで満足だ。そんな都合のいいことあるわけがないけれど。
ごろりと寝返りを打って時計を見ればちょうど5時を指していた。
そろそろ出掛ける準備でもしようかな。
今日は久しぶりに家族全員で夕食を食べに行く約束をしている。母親は仕事に出掛け、娘は友達と買い物、息子は部活でサッカー、と見事にバラバラな家族だけど、不思議と絆は強いもので集まろうと言えばなんだかんだ集まってくれる。家族っていうものは本当に不思議な繋がりだと思う。
幸せだ。俺は今、幸せなんだ。
ずっと家族が欲しかった。
俺を愛してくれる、俺だけの本当の家族。
それなのにどうしてだろう。円堂君のことを思い出すと、それでも確かに恋と呼ぶに相応しい感情が今でも沸き起こるんだ。その度にその感情をぶつけようと手紙を書こうとする。そして毎回、書き終える前に我に返る。そうして手紙を破り捨てては泣き出したくなるほど切なくなった。
「円堂君」
その名前を声に出すだけでこんなにもあたたかい感情に包まれる。
俺はやっぱり、今でも君が好きなんだ。
◇◆◇
「今日もないか……」
毎朝新聞を取りに郵便受けを開けに行くのは俺の仕事で、朝の日課になっていた。それを始めたのがいつだったかははっきりとは覚えてないけど、中学か高校の辺りからだった気がする。
誰かから手紙が届くのを待っているとかそういうのじゃない。いや、手紙が届いたら嬉しいと思う相手を思い浮かべて期待して毎朝開けてはいるけど、そんな奇跡あり得るはずがないってことはちゃんとわかってる。そもそもアイツがうちの住所を知っているのかどうかも怪しい。
別に「手紙を書くよ」なんて約束もしたわけじゃない。俺が勝手に待ってるだけだ。
そもそも手紙だって俺から書けばいい話で、番号があの頃とまだ変わってないって言うんならメールだって届けられる。それなら手紙以上に瞬間的だ。
でも俺にはそんなことは出来ない。だって、あの頃ですら出来なかったのに。
一度だけ手紙を書こうとしたことがある。結婚の報告をするためだ。結婚式の招待状を添えて、人生で初めてまともに手紙を書いた。結婚するんだからこの想いは捨てようと意気込んで書いた。書けば書くほど一緒に居た頃を思い出して、一緒に居なかった時間を思い出して、笑えるくらいに一緒に過ごした時間なんて全然なかったことに気がついて、それでも好きでいた時間も今こうして手紙を書いてることも何もかもが馬鹿馬鹿しく思えて、気がついたら泣いてた。望めば一緒にいることくらい出来たはずなのに余計なことばっかり考えて振り向いてもらう努力すらしようとしてなかった自分が、馬鹿にしか思えなかった。いっそ誰かに、アイツ、ヒロトに、罵ってもらえでもしたらすっきり出来たに違いない。本当に、馬鹿みたいだ。
結局その手紙は送れなくて、招待状だけ送ることになった。
でも、アイツは結婚式には来なかった。それにどこかホッとしてる自分もいた。
自分の結婚式で、今でも好きなやつに会って、そんなことになったら俺はどうしてただろう。アイツを連れて2人で逃げていたかもしれない。そう考えると恐ろしい。
あれから何年経っただろう。
年も年だし、多分ヒロトも結婚して自分の家庭を持ってるんだと思う。そんな話を人づてに聞いたような気もする。ヒロトの話は積極的に聞かないようにしていたからよくはわからない。
ヒロトにはヒロトの人生がある。それが俺とまた交わるようなことはこの先ずっとないと思う。
もしもヒロトに再び出会うことが出来たなら、俺は一体どうするんだろう。ヒロトにはヒロトの生活があるのに、それでも俺はその手を取って逃げ出すのか。もしそうなった時に、もしもヒロトがその手を拒まなかったら、俺はそれからどうするんだろう。俺にはよくわからない。
それがわかってしまったら、俺はきっともうこの家にはいられないと思う。
だから、それには気付いてしまいたくはなかった。
「ヒロト」
口からこぼれたとても綺麗な響きをした名前は、ストンと心に落ち着いた。その名前は本人を呼ぶことよりもこうしてふと呟くことの方が圧倒的に多かった。
それでも俺は、やっぱりお前が好きなんだ。
どっちも報われないずっと未来の話。
この後は転生して幸せになればいいよ!
でも転生しても2人とも根本変わらないと幸せになれない気がする。
>>2011.10.6
※2人共結婚して子供もいます。
ビリッ。ビリビリッ。
静かな部屋の中、紙を破く音だけがやたらと響いて聞こえた。
細切れになった紙きれをゴミ箱へ捨てて、この行動もかれこれ何回目だろうかと思い返す。少なくとも両の指では収まりきらないのは確かだ。
息をついてベッドに寝転がれば見慣れた天井が目に入る。その白さに思い出すのは一つ屋根の下共同生活を送ったあの頃と、その中心にいた彼だった。
手紙を書こうと思ったのは今回が初めてじゃない。
ふと思い立っては便箋を買って、その度に手紙を書いている。宛先はいつも円堂君。内容は近況報告のような他愛ない話ばかりだ。
けれど手紙が彼のもとに届いたことは一度だってない。それは郵便事故や他意のかかるものではなくて、単純に俺が全てを書き終える前に我に返って破り捨ててしまうからだ。
その切れ端たちが辿り着くのは彼のもとなんかではなくこの国のどこかの焼却炉で、それらは他のゴミと混ざり燃やされ、この世界を取り巻く空気となる。その空気がさらに植物を通して酸素になって円堂君に取り込まれて彼の活動の手助けをするというのなら、俺はそれで満足だ。そんな都合のいいことあるわけがないけれど。
ごろりと寝返りを打って時計を見ればちょうど5時を指していた。
そろそろ出掛ける準備でもしようかな。
今日は久しぶりに家族全員で夕食を食べに行く約束をしている。母親は仕事に出掛け、娘は友達と買い物、息子は部活でサッカー、と見事にバラバラな家族だけど、不思議と絆は強いもので集まろうと言えばなんだかんだ集まってくれる。家族っていうものは本当に不思議な繋がりだと思う。
幸せだ。俺は今、幸せなんだ。
ずっと家族が欲しかった。
俺を愛してくれる、俺だけの本当の家族。
それなのにどうしてだろう。円堂君のことを思い出すと、それでも確かに恋と呼ぶに相応しい感情が今でも沸き起こるんだ。その度にその感情をぶつけようと手紙を書こうとする。そして毎回、書き終える前に我に返る。そうして手紙を破り捨てては泣き出したくなるほど切なくなった。
「円堂君」
その名前を声に出すだけでこんなにもあたたかい感情に包まれる。
俺はやっぱり、今でも君が好きなんだ。
◇◆◇
「今日もないか……」
毎朝新聞を取りに郵便受けを開けに行くのは俺の仕事で、朝の日課になっていた。それを始めたのがいつだったかははっきりとは覚えてないけど、中学か高校の辺りからだった気がする。
誰かから手紙が届くのを待っているとかそういうのじゃない。いや、手紙が届いたら嬉しいと思う相手を思い浮かべて期待して毎朝開けてはいるけど、そんな奇跡あり得るはずがないってことはちゃんとわかってる。そもそもアイツがうちの住所を知っているのかどうかも怪しい。
別に「手紙を書くよ」なんて約束もしたわけじゃない。俺が勝手に待ってるだけだ。
そもそも手紙だって俺から書けばいい話で、番号があの頃とまだ変わってないって言うんならメールだって届けられる。それなら手紙以上に瞬間的だ。
でも俺にはそんなことは出来ない。だって、あの頃ですら出来なかったのに。
一度だけ手紙を書こうとしたことがある。結婚の報告をするためだ。結婚式の招待状を添えて、人生で初めてまともに手紙を書いた。結婚するんだからこの想いは捨てようと意気込んで書いた。書けば書くほど一緒に居た頃を思い出して、一緒に居なかった時間を思い出して、笑えるくらいに一緒に過ごした時間なんて全然なかったことに気がついて、それでも好きでいた時間も今こうして手紙を書いてることも何もかもが馬鹿馬鹿しく思えて、気がついたら泣いてた。望めば一緒にいることくらい出来たはずなのに余計なことばっかり考えて振り向いてもらう努力すらしようとしてなかった自分が、馬鹿にしか思えなかった。いっそ誰かに、アイツ、ヒロトに、罵ってもらえでもしたらすっきり出来たに違いない。本当に、馬鹿みたいだ。
結局その手紙は送れなくて、招待状だけ送ることになった。
でも、アイツは結婚式には来なかった。それにどこかホッとしてる自分もいた。
自分の結婚式で、今でも好きなやつに会って、そんなことになったら俺はどうしてただろう。アイツを連れて2人で逃げていたかもしれない。そう考えると恐ろしい。
あれから何年経っただろう。
年も年だし、多分ヒロトも結婚して自分の家庭を持ってるんだと思う。そんな話を人づてに聞いたような気もする。ヒロトの話は積極的に聞かないようにしていたからよくはわからない。
ヒロトにはヒロトの人生がある。それが俺とまた交わるようなことはこの先ずっとないと思う。
もしもヒロトに再び出会うことが出来たなら、俺は一体どうするんだろう。ヒロトにはヒロトの生活があるのに、それでも俺はその手を取って逃げ出すのか。もしそうなった時に、もしもヒロトがその手を拒まなかったら、俺はそれからどうするんだろう。俺にはよくわからない。
それがわかってしまったら、俺はきっともうこの家にはいられないと思う。
だから、それには気付いてしまいたくはなかった。
「ヒロト」
口からこぼれたとても綺麗な響きをした名前は、ストンと心に落ち着いた。その名前は本人を呼ぶことよりもこうしてふと呟くことの方が圧倒的に多かった。
それでも俺は、やっぱりお前が好きなんだ。
どっちも報われないずっと未来の話。
この後は転生して幸せになればいいよ!
でも転生しても2人とも根本変わらないと幸せになれない気がする。
>>2011.10.6
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