短編⑤
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「あ」
「げ」
放課後の教室。
私だけだったのに、がらりと扉が開いて私と目が合った彼は短く一言。
あ。
対して私も、同じく一言。
げ。
私のこの言葉と顔で察して欲しい。
願わくば出て行って欲しい。
何も見なかったことにして。
そんな私の願いはむなしく、
「・・・・何、泣いてんだよ」
彼は私に近づいてきたばかりか、
ご丁寧に状況まで言葉にしてくれた。
わかってた。
この男・・・ポートガスDエースに、
気を利かせて出て行ってくれることを期待するなんて愚かであると。
「・・・・別に」
「泣いてんだろ」
しかも傷まで抉ってくる。
「別に泣いてることは否定してない」
「その理由、俺には言えねェのかよ」
言えるか。
ただのクラスメイトである彼に、
言えるようなことじゃない。
「たいしたことじゃ、ないから」
「たいしたことじゃないのに泣くのかよ」
「少なくともエースにとっては」
「ならアコにとっては?」
「・・・・たいしたこと、ある」
エースの真剣な表情に、瞳に。
曖昧にするつもりだったのに頷いてしまった。
「で、理由は?」
「成績が、下がった」
ぴくりとエースの眉が動いた。
わかってる、エースの考えてることくらい。
「それくらいで泣くのかよ、って思った?」
「・・・・わり、思った」
「あははっ正直だねエースは」
てっきりそんなこと思ってねェって言うかと思ったのに。
思わず笑ってしまったじゃないか。
「あー、でもアレだろ。お前元が成績いいから補習とかのレベルじゃねェだろ」
「さすがにそこまで落ちてないよ」
「俺は毎回補習だ」
どん。
「いや威張るとこじゃないけども」
「成績が下がったことが直接の原因じゃないんだろ」
「え」
「・・・・それで先生に説教されたとか誰かにいじめられた、とかか?」
・・・ポートガスDエースという男は、
イケメンで気さくで先輩からは可愛がられ、
同学年から信頼され、後輩に頼られる。
そんな人間だけど、
女子慣れしてないところがあり、
特に空気を読むとか、そんなことはしない男。
で、鈍感。
・・・・だと思ってた、けど。
核心を突かれた。
「お説教はされてない。・・・いじめとかも、ない」
「じゃあ親とかか」
ああ、ほら。
話すつもりなんかなかったのに。
どうせ、当てられないと思ってたのに。
「・・・・・親、に」
「怒られたのか?テスト返却今日されたばっかりだろ」
「今日だけじゃないの。私最近成績下がってて」
「・・・・次成績下がったら何か大事なモン取り上げるぞ、ってか?」
どくん、と心臓が跳ね上がった。
せっかく止まった涙がまた溢れ出す。
「・・・・っピアノ」
「ピアノ?」
「私、ピアノが好きで。今度コンクールにも出る予定、で」
でも次成績が下がったらピアノは触らせない。
反抗するならピアノは売り払う。
そう、言われた。
なのに私は今回も頑張れなかった。
前回より更に下がってしまったのだ。
こんなの絶対に許されない。
「・・・謝ってもダメなのか?」
「たぶん、ダメ」
「放課後、たまに聞こえてたのお前だったんだな」
「うん」
「・・・学校で弾くだけじゃ、満足出来ねェよな」
「・・・・うん」
「親御さん、厳しいのか?」
「すっごく」
「俺が一緒に謝っても、ダメか」
「エースのせいにされちゃうじゃん」
「いいんじゃねェ?」
「良くない」
エースは何も悪くないのに。
なのにエースはカラカラと笑って、
「俺が怒られて、アコともう会うなって言われても学校で会える訳だしよ」
それで済めばいいだろ、ってあっさり口にする。
「エースは悪くないのに怒られるなんて私が嫌」
「でもこのままじゃピアノ弾けなくなるんだろ?」
「それも嫌」
エースに迷惑はかけたくない。
でもこのまま、なのも嫌。
じゃあ、どうしたらいい?
泣いてるだけじゃダメだ。
「ってもなァ」
「成績が下がったのは私の努力不足だし」
「でも諦められないんだろ」
「・・・・謝るしか、出来ないけど」
それで許されるとは思ってないけど。
それしか出来ない。
まあそんな自分が不甲斐なくて泣いてたんだけど。
「ピアノ取られたらどうするんだ?」
「・・・ピアノ、やめる」
「やめられンの?」
優しかったエースの口調が少しきつくなった。
「やめる」
「学校でだけでも弾けばいいじゃねェか」
「弾かない」
「好きなんだろ?」
「好きだけど!!」
家で弾けないんじゃ。
土日は学校がないから弾けないし。
そんなんじゃコンクールでもいい成績は取れない。
「じゃあ全部俺のせいってことにしとけよ。な?」
今まで怒っているようだったエースの表情が和らいだ。
それになんだか安心してしまって、
また目の奥が熱くなる。
「・・・・でも、そんなの」
「俺がいいって言ってんだからいいんだよ。今日一緒にお前ん家行くぞ」
だからもう泣くな、と頭をぽんぽんしてくれたエース。
「・・・ありがとう、エース」
こんなのダメだってわかってる、のに。
もやもやを抱えながら私は家までエースを連れて行った。
「・・・どなた?」
エースの顔を見た母が訝しげに尋ねた。
「く・・・クラスメイトのエース、くん」
「直談判に来ました」
「直談判?」
「最近こいつの成績が下がったのは俺のせいなんで」
エースが直談判という言葉を知っていたことに少し驚きつつも(失礼)、
困惑する母に胸が痛んだ。
「・・・・どういうことかしら」
「俺に勉強教えてくれたり、遊んでたりしたから成績が下がっちまったんです」
だからピアノをこいつから取り上げないで欲しい、とエースが深く頭を下げた。
「え・・・・エース・・・」
「俺なら殴られてもいいんで。だからお願いします」
「そうなの?」
母の視線が私に刺さる。
このまま頷いていいの?
・・・・・このままエースだけが怒られて。
私が救われて。
楽しくピアノが弾ける?
「・・・・・ち、がう」
「あら違うの?」
「違くねェ、俺が全部悪いんだ!・・・・です」
「エースは何も悪くない。一緒に謝ってくれるって言って来てくれただけ」
「いや俺が無理やり時間取ったからで!」
「母さんエース怒ってもダメだし私からピアノ没収してもダメだから!したら私・・・っ」
「どうするって?」
「エースと駆け落ちするっ!!」
「まあ」
「え」
・・・・・感情が昂って。
何を言ったの私今。
案の定母さんもエースも目を丸くしてる。
「いいわよ」
「え、いいの?」
よくわかんないけどやった!
「彼の言うことが本当だとしたらピアノよりも大事な人なんだろうし」
嘘だったとしたらあんたがそれだけ愛されてるってことだろうし?と母が笑った。
「あ、有難う母さん・・・」
「有難うございます!」
「父さんには私から言っておくわ」
・・・・ということで一件落着。
翌日学校で会ったエースにお礼のクッキーを渡しがてら、
どうしてあそこまでしてくれたの、と聞いてみた。
「惚れた女が泣いてたらほっとけないだろ」
「え」
「今日も弾いてくれよピアノ」
「ももも、勿論!!」