短編④
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「また残業か?」
「・・・・・残業代はきっちり頂きますのでご心配なく」
秘書の資格をとって、奇跡的に大手会社の社長秘書になれて3年。
仕事は慣れたものの、残業が続くのも無理はないと思う。
「そりゃ勿論だが。たまには飯でも一緒にどうかと思ってな」
「社長があと2人・・・・せめて1人でも秘書を増やして下さればその時は喜んでお食事ご一緒致しましょう」
元々3人居た秘書。
2人が居なくなった。
「俺が辞めさせたかのような口ぶりはやめてくれ」
社長はそう言って苦笑するけど、
「あと少しお給料値上げしていれば辞めなかったのかもしれないのに、ですか?」
「その少し、が厳しいところでな」
ここよりお給料がいいところにスカウトされた、と2人とも行ってしまった。
おかげで今まで3人でやっていた仕事を私が1人で担っているんだもの。
そりゃ残業にもなるってもの。
・・・・まあ、経営者としては賃金の値上げは少しでもしたくないっていうのも理解出来ない訳じゃないけど。
「新しい秘書、募集して下さらないのは何故です?」
「うちよりいい条件があるのに募集したところで来るとは思えねェからな」
「・・・確かに」
「と言いながらアコは残ってくれるんだな、うちに」
「・・・・・それは、まあ」
大学新卒で入ったならここにはもう居なかったかもしれない。
でももう1度別のところで別の職種で数年働いて、
この年齢じゃ駄目だと資格をとってここに来て更に数年。
「新しい人間関係を作るのは面倒ですし・・・ここに慣れてます、し」
何より居心地が良い。
「後悔はさせねェさ」
と、途端に電話が鳴った。
「俺が出よう」
「あ、しゃちょ・・・・」
今の電話嫌な予感しかしないのに!
受話器をとった社長は顔色1つ変えずに小声で2、3言何かを話し受話器を置いた。
「・・・・・・・社長?」
「うちの秘書は自慢だな」
「どういうことですか?」
「いまだにスカウトの電話がかかってくる」
・・・やっぱり嫌な予感は的中したらしい。
「・・・・先方は何とおっしゃってました?」
「望むものは何でも用意してみせるからうちに来るように、とのことだ」
「それで社長は何とお答えになったんですか?」
「伝えておく、と」
正しい対応だと思う。
相手は私を指名してきただろうけど、直前にその気はないと話しをしていた訳だし。
私に代わることもなくそのまま社長が答えることもなく。
伝えておく、と答えるのが正解。
・・・・・そして、今の社長の行動は私を守ってくれたということ。
優しくて器が広くて。
支えるならこの人がいい、と思う。
仕事に必要なものも全部与えてくれるし。
どうせ使うなら気に入ったものがいいだろう、と使っているメモ帳からペン、
手帳に至るまで値段に関わらず好きなデザインのものを選ばせてくれた。
「有難う御座いました」
「あのタヌキは俺のものがとことん羨ましいらしい」
「社長、言葉を御慎み下さい」
「どうせ誰も聞いちゃいねェさ」
「そうですけど・・・・」
「何より今ただ1人残ってる自慢の秘書は美人で有能だからな、無理もないか」
「あらお世辞でも嬉しいです」
「事実だろう?実際タヌキから狙われてる」
「何度も断ってるんですけどね・・・・」
「その話し、社長として興味がある。その仕事は明日俺も手伝うから飯に付き合っちゃくれねェか?」
「・・・・そういうことでしたら」
まあ、報告してなかった私も悪いような気もするし。
「お疲れ」
「お疲れ様です」
社長とグラスを合わせてビールを呷った。
「はあ・・・・・」
染みるなぁ。
「すまないな、俺が不甲斐ないせいで苦労をかけちまって」
「給料あげて頂いても会社が倒産したら元も子もないですし、良くして頂いてますから」
「そう言ってもらえると助かるよ」
「結婚して寿退社させて頂くまでは頑張ります」
「・・・・結婚、か。予定はあるのか?」
「ありません」
ふん。
ふて腐れた顔を見せれば社長が噴出した。
「すまん、だが安心した」
「ええ、安心して下さい。まだまだお世話になりますから」
「いや・・・・まあ、そうだな」
「・・・・・何ですか?」
「まだ俺の側に居てくれ」
「・・・・・・はい」
・・・・・何かドキドキしちゃったんですけど。
「おんやぁ、これはこれは赤髪の社長さんと唯一の秘書さんじゃありませんか、奇遇ですなあ」
・・・・げ、たぬき。
もとい仲間2人を引き抜いたうちより良い条件を出した大手会社の社長。
「ああ、ここは美味いからな」
「しかし変ですなあ、先ほどのお電話では秘書さんはもうお帰りになったとお聞きしましたが?」
「駅前の本屋に居るところを見つけて飯に誘ったんだ」
「それはそれは、私もご一緒しても?」
「仕事の話しもある、出来れば遠慮してくれないか?」
「そうですか・・・・それでは」
たぬきはちらりと私を見て、
「伝言はお聞きいただけたかな?美しい秘書さん」
「・・・確かに聞いておりますが、どのような条件であっても私の意思が変わることは御座いません」
「私はね、君のような美しくて大人しい女が大変好みでしてねえ」
「・・・・どうも」
失礼のない程度の愛想笑いを浮かべた。
「どうやら私と赤髪の社長さんの好みは同じとみた」
「いや・・・俺は大人しい女は好みじゃないな」
「おやおや、これは条件としてはうちの方が良さそうですなあ」
にまにまとした気持ち悪い笑みを無視して目の前の餃子を口に入れたら。
「・・・・・冷めてる」
美味しくない。
「んん?何だね?」
「・・・・食事が不味くなりますのでさっさと消えて頂けません?」
「な、なにを・・・・っ」
「お金だけ求めて働いてる訳では御座いませんし、それに大人しい女性をお求めでしたらやはりお互いに条件は合わないようです」
「そんなことは・・・っ」
「お黙りあそばせ。うちから引き抜いた秘書に逃げられたからってしつこいんだよくそ狸!」
「ひ、ひぃ!!」
たぬき社長が居なくなったところで、
「だっはっは!やっぱりアコは俺と合ってるようだな」
うちの社長は大爆笑。
「私が大人しいだなんて全然人の本質が見抜けないんですね」
「まったくだ。俺はそういうところが気に入ってる」
「・・・・褒めてます?」
「勿論だ。何なら口説いてるんだが」
「・・・・え?」
「会社だろうが男だろうが・・・・他に渡す気はない。まだまだ俺の側に居てくれるんだったな?」
す、と手を取られてにっこり微笑まれて。
・・・・・・・・いやこれは。
完璧に。
「・・・・・・・・・・・愛、ですね」
このドキドキは。
私がこの会社に残ってたのは。
愛です。