短編③
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「ふつつかものですが、よろしくお願いします」
頭を上げると柔らかい笑みで私を見つめるその人は、
私の旦那様になる人。
「・・・こちらこそ」
・・・でも何処か困ったように見えてしまうのは、きっと私も同じ気持ちだからだろうと思う。
困っている。
・・・・何故ならこの結婚は、恐らくお互いに望んでいない結婚だからだ。
いわゆる政略結婚、というやつで。
私の方は父(の会社)が。
向こうにとっても会社にとって都合のいい結婚。
ただそれだけ。
「あ、おはよう御座います。ちょうど朝ご飯の支度が出来たところですよ」
まるでロボットのように顔色1つ変えない彼女に思わず苦笑した。
お互いに望んでいない結婚だとは言え。
「ああ、有難う。頂くよ」
消えない敬語、果ては睨み付けられる始末。
「・・・どうぞ」
同棲が始まってまだ間もない。
これからのことに不安を覚えながらもテーブルに並べられた見事な料理には目を輝かさずにはいられねェ。
「美味そうだ、頂きます」
彩り鮮やかなサラダに、こんがり焼けたトースト、
カリカリに焼かれたベーコンに綺麗な目玉焼き。
「アコも一緒に食わないか?」
「お構いなく」
「・・・・そうか」
会社の為、とは言え。
惚れた女の1人、居たもんだが。
しがない会社員にはどうにも出来ないモンだなァ。
おはようって言葉くらい返したらどうですか。
そんな言葉を思わず飲み込んだ。
噂では私の結婚相手・・・シャンクスさんには好きな人が居るらしいし、
私も相手も望んでない結婚。
だからそのうち破談になる。
・・・だから私は、彼のことを絶対に好きになったりはしないの。
絶対に。
「今帰った」
「おかえりなさい」
「今日はお土産があるんだ、一緒に食べないか?」
その日シャンクスさんは仕事帰りに有名店のケーキを買って来てくれた。
「・・・有難う御座います。今お茶淹れますね」
「いや、俺が淹れよう。アコは座っててくれ。慣れない家事で疲れただろう」
「たいしたことはしてませんから。・・・シャンクスさんのおかげで」
シャンクスさんは同棲と同時に家事に便利なものはすべて買い揃えてくれた。
だから料理に洗濯、掃除その他諸々そこまで大変ではない。
・・・でも正直甘い物は嬉しい。
「他に必要なものがあれば言ってくれ、いつでも購入する」
「・・・はい」
「ああ、それと」
「・・・はい?」
「明日からは一緒に飯を食いたい」
・・・一緒にご飯を。
ただそれだけなのにとても真摯な瞳に、一瞬引き込まれてしまった。
「・・・わかり、ました」
・・・好きになんて、ならない。
「アコ、明日は休みなんだが」
気持ちはなくても寝室は一緒。
「はい、何処かへお出掛けですか?」
「いや、買い物があれば車出そうと思ってるんだがどうだ?」
「・・・じゃあ、お願いします」
そう言えばお味噌と醤油が少なくなってた。
「ついでに夜は外食でも・・・いや、やめておこう」
「・・・行きたいお店があるなら付き合いますけど」
いくら気持ちがないとは言え一緒に食事が嫌な程じゃないのに、と思っていたら。
「アコの手料理が1番美味い。・・・ああ、そうなるとアコが大変だな」
「え」
「たまには俺が作ろう。料理は割と得意なんだ」
食べたいもの、あるか?なんて。
・・・嬉しくないなんて言えない。
「・・・生姜焼き」
「任せとけ、腕によりをかける」
「有難う御座います、楽しみです」
この心臓のドキドキと、
抑えられない溢れて来る感情。
・・・駄目。
「・・・アコ」
「ひゃっ・・・!?」
不意に首に伸びて来た逞しい腕に驚いた。
「すまん・・・ゴミがついていた」
「あ・・・有難う、御座い・・・ます」
「おやすみ、アコ」
「・・・おやすみなさい」
何でそんなに優しく笑いかけるの。
何でそんな目で私を見るの。
・・・・他に好きな人がいるくせに。
同棲を始めてわかったことは、
アコが料理が上手いということ。
一生懸命に家事を努めようとする姿が愛おしいということ。
元々容姿端麗とは思っていたが、
笑うと可愛いということ。
お互いに幸せにならない結婚なら、
場合によっては婚約破棄も、と考えていたが・・・もっと一緒に過ごしたいとさえ思うようになった。
「美味しい。・・・です」
特製の生姜焼きに顔を綻ばせるアコに心が温かくなる。
こんな顔が見れるならたまには料理も悪くない、か。
「そりゃ良かった。ああ、そういや明日は遅くなるから夕飯は必要ない」
「わかりました。・・・飲み会、ですか?」
「女は居ない、心配することは何もないさ」
「べっ別に心配なんて・・・っ!!」
「・・・なんて?」
「してない・・・こともない・・・・」
頬を紅潮させて小さく呟くアコがたまらなく愛おしくてそっと抱きしめた。
「しゃ、んくす・・・さん・・・」
今はまだ、もう少しこのままで。
次の日予想通り帰宅が遅くなってしまった。
先に寝ていていいと言ってあるから、
起こさないようにとそっと家に帰れば。
台所からいい匂い。
水でも飲むかと行ってみれば置かれたメモを見つけた。
『味噌汁、出来てます。夜でも朝でも気が向いたらどうぞ』
・・・・俺は、幸せモンだなぁ。
蜆が美味い。
私は好きになってはいけない人を好きになってしまった。
でもこの思いは捨てよう。
彼に嫌われる努力をしなくちゃ。
だってどうせこんな結婚・・・いつかは破談になるんだから。
「アコ、明日は何処かへ行かないか?」
デートのつもりで誘ってみたが、
「買い物なら必要ないので」
・・・最近妙にそっけなく感じる。
「必要なものでなくていい。アコが欲しいものでも」
「お気になさらず。明日は・・・予定があるので」
朝食は作っておきます。
その言葉の通り、次の日目が覚めた時にはアコの姿はもうなく、
ダイニングのテーブルにぽつんと冷めた朝食が置かれているだけだった。
まあ、たまにはこんな日もあるか。
などと軽く考えていたことを俺は数週間後に後悔する。
「・・・・・アコ?」
朝アコの姿のないことが増えた。
夜帰れば居るが、早々に寝てしまう。
・・・・俺は、何かしたか?
記憶を探ってみるが心当たりはない。
ガチャリとドアが開いて帰って来たアコに安堵しながら、
「アコ、出掛けてたのか?」
「すみません牛乳をきらせていたので買いに行ってました」
「なら一緒に朝食を、」
「私はもう済ませましたので」
「・・・・そう、か」
・・・・このままじゃ駄目だ。
1人じゃどうにもならないと結論づけて、
信頼できる友人を家に呼んだ。
「・・・・っつー訳でな、ベック」
「元々お互いに望んでない結婚だ、そんなもんだろう」
・・・そうだな。
「アコには悪いが諦めてもらうしかないな」
「なら想いはしっかり伝えるんだな」
「どうしたら伝わるもんか・・・」
「そのまま言えばいいだろういつもみたいに」
「それが出来たらこんな相談してねェさ。・・・・うまく、言えねェんだが」
「その真剣な顔見せてやれ」
「・・・・あァ」
シャンクスさんの友人が来てると言うのでお茶とお菓子を用意して持って行こうとした矢先。
部屋の外でそんな会話を聞いてしまった。
ああ、ついに想い人に気持ちを伝えるのね。
こんな素敵な人なら断られるはずもない。
お別れ・・・・・・かぁ。
それなら。
「この結婚、なかったことにして下さい」
こんな優しい人にこの言葉を言わせる前に。
私が言う。
ベックさんが帰った後夕飯の買い物でも一緒に行かないかと誘われたので今しかないと思った。
「は・・・・?」
「今まで有難う御座いました。さようなら」
元々少ない荷物だったから大丈夫。
笑顔でそう伝えて家を出た。
「アコ!!」
叫ぶシャンクスさんの声を背中に受けて。
・・・・頑張って、あなたはあなたの好きな人に思いを伝えて下さいね。
情けないことにすぐに動けなかった自分が憎い。
何が何だかわかりゃしねェ。
このまま追いかけてもいいのか?
何故嫌われたのか、本当に嫌われたのかもわからないまま。
どんな言葉をかけたらいい?
どんな顔で側に居て欲しいと言えば伝わるんだ。
「・・・・考えてる場合じゃないな」
アコが何処へ行ったかもわからないまま足を動かした。
コンビニでもない、図書館でもない。
近くの公園にも居ない。
前に聞いたアコの実家にも。
・・・・思い当たる友人は居ない。
いや、知らないと言った方が正しいか。
知ってるようで知らないことの方が多いということを思い知らされた。
・・・アコのおはよう、がどれだけ力になったか。
また聞きたい。あの声を。
見たいんだ、あの笑顔が。
「アコ・・・・」
・・・そう言えば前に買ったケーキ、喜んでくれてたな。
不意に思い出して店まで行ってみて驚いた。
「・・・・アコ!」
「えっ・・・・なん、で」
「こんなところに居たのか・・・」
「・・・・失恋記念にやけ食いでもしようかと」
思って。
何処か気まずさそうに呟くアコを抱きしめた。
「失恋したならちょうどいい。俺とずっと一緒にいてくれないか・・・・?」
「は・・・・・?」
「側に居て欲しいんだ、妻として」
「だつ、だってシャンクスさん好きな人!」
「今はアコだけを愛してる」
俺にはアコが居ないと駄目なんだ。
「・・・・・シャンクスさんを好きで、いいですか・・・・?」
「好きでいてくれるか・・・?」
「この結婚を、望んでも・・・いい、ですか」
「ああ、実は俺も望んでいるんだ」
2人で1つになることを。
後日、俺とアコの薬指にはめられた指輪。
刻印された文字は、
utraque unum 2人で1つ。
(おはよう、シャンクス)
(おはよう、アコ)
今日も側に居てくれて、有難う。