短編③
夢小説設定
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それは本当に、ほんの一瞬のことだった。
手が触れた。
目が合った。
たったの、一瞬。
「おっと、失礼」
・・・・ただ、それだけで。
「・・・・こちらこそ」
私は・・・・恋をした。
小さい街の小さい本屋。
そんな場所で、
探していた本に手を伸ばして、たまたま同じタイミングで隣から伸びて来た手。
瞬間的に触れ合っただけ。
そんなことでこんな気持ちになるなんて。
なんて王道。
なんてありきたり。
・・・・なんて、つまらない女。
鮮やかな赤い髪。
整った顔立ち。
高い背。
優しい声。
「あ・・・どうぞ?」
「いや、そちらが先だった」
「私は急ぎでもないので・・・」
ネットでも買えるし。
「俺もだ。気にしないで買ってくれ」
ここまで言われて断るのは逆に悪いかと、
「ではお言葉に甘えさせて頂きますね。有難う御座います」
素直にお礼を言って本を取った。
「代わりに、と言っちゃなんだが」
「・・・・はい?」
レジに向かおうと足を動かした瞬間また声をかけられて。
「これも何かの縁だ、また会えた時には感想を聞かせてくれ」
「・・・ええ、その時には是非」
会釈をして今度こそレジに向かい、会計を済ませてお店を出た。
・・・・もう、会うこともない。
と思いつつ、家に帰ってネットで今日買った本を検索。
・・・・そして、愕然。
ない。
何処のサイトも在庫なしの文字。
もしかして彼はそれを知っていた?
だから本屋に来て、ようやく見つけて。
・・・・それを私が奪って。
・・・・だから次に会えたら感想を聞かせてくれ、って言ったの?
・・・・悪いことしちゃった。
たぶんもう会うことはない。
・・・・それでも、会えたらいいなと思ってしまった。
「また会ったな」
「・・・・うそ」
思わず口から出てしまったのは仕方ないと思う。
まさか本当にまた会えるなんて思ってなかった。
数日後、あの本屋に行ったのは本当に気まぐれだったから。
「それで、感想を聞かせてもらっても?」
「え、あ・・・えっと」
恐らくまだ読めていないだろう彼にネタバレにならないように、と考えて。
「海に・・・・行きたくなりました」
・・・自然と出て来た言葉に我ながら何だそれはとツッコミたくなった。
でも彼は私を馬鹿にするようなことはせず、
「行かないか?」
と笑顔で一言。
「はい?」
「海に、だ。そこで詳しい話しを聞いてみたい。車がそこに停めてあるんだ」
「・・・ええ、構いません」
不思議。
・・・・この人は、何処か私を引き寄せる。
それから2人で海に行って、
たくさんのことを話した。
「まさかまた会えるとは思ってませんでした」
「俺は会えると思ってた」
「・・・何故?」
「毎日居ればいつかは会える」
・・・そう、何でもないことのようにしれっと言ってのけた彼に胸が締め付けられた。
彼はシャンクス、と名乗った。
「本がお好きなんですか?」
「小難しいのはよくわからねェ。・・・が、本の匂いは好きだな」
「ああ・・・わかります。落ち着きますよね」
「今も落ち着いてると言ったら笑うか?」
「え?」
「アコは本より落ち着く。ずっと側に居たいもんだ」
「・・・・嬉しい、です」
どうしようもなく胸が締め付けられたその瞬間、
ぽつ。
ぽつ。
ザァァァ・・・・一気に空から降って来た雨。
「っ大変!」
「車に急ごう。アコ、こっちだ」
慌てて2人で車に入ったけど、既にびしょ濡れ。
・・・2人で顔を見合わせて、笑った。
彼の側に居たい。
これを愛と呼ばずして何と呼ぶのだろう。
また本屋で会おう、と約束して。
数日後。
今日も会えるかしら、と本屋に向かって歩いていた。
今日はどんなことを話そう、とドキドキして。
本屋の中に彼の姿を見て心臓が止まった。
・・・隣で、彼と腕を組む女の人が、いたから。
・・・・ああ、なんだ。彼女居たんじゃない。
恋人・・・もしくは奥さん、かな。
一瞬だったなあ、私の恋。
・・・シャンクスが買えなかった本、持ってきたのに。
渡せないわね、これじゃ。
自然と涙が零れ落ちた。
同時に涙とは違うものが頬に当たった。
・・・・また、雨。
この間は幸せの雨だった。
今日の雨は・・・悲しい雨。
最近アコが本屋に来ない。
この間の雨で体調を崩したりしてるんだろうか。
・・・家、聞いておけば良かったな。
今のままじゃ見舞いにも行けやしねェ。
せめて連絡先だけでも・・・次に会ったら。
そう思った矢先、アコが入って来たのが見えた。
「アコ、」
久しぶり、と言おうとした俺に無言で近寄ってきたアコは1つの袋を渡し、
「もう来ないので、これ差し上げます」
「・・・いきなりどうしたんだ?」
「駄目ですよ、浮気は」
と笑った。
「・・・見たのか?」
「この間、ここで。シャンクスさんにその気はなくても奥さん、誤解しちゃいます」
「・・・婚約者なんだ」
「・・・大事にしてあげてくださいね」
「アコ、聞いてくれ」
「さよなら」
・・・・あんな顔をさせるつもりはなかったのにな。
手元に残された袋の中身は、あの時の本。
・・・これで終わりにさせてたまるか。
本を渡したことで、完全に彼との繋がりを絶った。
あれからもう1週間行ってない。
・・・・もうあの場所にさえ行かなければ、本当に会うことはない。
きっと。
一瞬の恋だったなあ。
これからは本はネットで買おう。
思わせぶりなことしないで、って怒れば良かったかな。
・・・ううん、怒らなくて良かった。
勝手に恋しただけだもの。
日常に戻ろうと、スーパーのチラシを手に取った。
あ、卵安い。行かなきゃ・・・!
「見つけた」
「え」
見つけた、そう声を掛ければ酷く驚いた顔のアコが振り返った。
「まっ・・・・なん、し、失礼しま・・・っ」
目をまん丸くして、それでも瞬時に逃げようとした腕を掴んだ。
「待ってくれ、話しがしたいんだ」
「卵が安いので買いに行かないと!」
「卵なら後で俺がいくらでもプレゼントする」
「私不倫はしない主義なんです・・・!!」
「婚約は破棄した」
「何故!?」
「元々お互いに望まない結婚だったんだ。断る理由がないから婚約してただけだったんだ」
「で、でも・・・・!」
「だから破棄させてもらった。謝罪もした」
「・・・・どう、して」
揺らぐ瞳に胸が痛んだ。
「・・・アコが好きだから、と言ったら怒るか?」
あの日あの時、手が重なった瞬間。
俺は確かに心を奪われた。
「・・・・・・私も、好きです」
アコの頬に落ちた涙を掬うように口づけた。
「そういえば本屋以外で会えると思ってませんでした・・・」
とアコが困惑していたので、
「あの本屋を利用するってことはこの辺を通る可能性が高い。この辺で毎日見張ってれば会えると踏んだんだ」
「・・・この間も毎日って言ってましたけど、お仕事行かなくていいんですか?」
「今はまだ締め切りまで余裕があるんだ」
「・・・締め切り?」
「ああ、この本」
「あ、それ」
「俺が作者だ」
「・・・・・・・・・・・・嘘」
「無事に出たはいいが誤字があった気がして確認しようとしたら、手が重なったんだ」
「そんな・・・」
「だからこの本はアコが持っててくれねェか?」
「・・・・はい」
真っ赤にしたアコが可愛くて、
そのうち本でプロポーズでもするか、と考えながら2人で海に向かった。
手が触れ合ったのは一瞬。
恋をしたのも一瞬。
・・・だが、この愛は永遠だ。