短編③
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取引先に新しく入った若い男の子。
最初の印象はそんな感じ。
礼儀正しくて元気でいい子。
20歳、と言っていたから私より7つ程年下にあたる。
「アコさん!」
なんて笑顔で元気良く名前を呼んでくれる姿が可愛い。
そう思っていた。
「あれ、エース君?今日打ち合わせの予定入ってなかったはずじゃ・・・」
「今日は別部署さんにお世話になるんで」
「あ、そうなんだ。お疲れ様」
「アコさんこれから何処か行くんスか」
「私はこれからお昼」
「じゃあ俺も!!」
「って君これから打ち合わせでしょ?」
「時間、まだあるんで大丈夫ッス」
エース君は食べるのが大好きで、
「何時から?」
「14時から。それに俺この辺で美味い飯屋見つけたからアコさんと一緒に食いたい」
たまに私の知らない名店を見つけては教えてくれたりする。
そしてまたハズレがないものだから、
今回も期待出来ると思われる。
ううん、素敵な誘惑。
今はまだ12時を回ったばっかりだし。
時間は大丈夫。
「おススメは?」
「パエリア。すっげェ美味い」
「乗った!」
「よっしゃ!」
「おいっしい!!!」
魚介の旨味がたっぷりのパエリアはエース君おススメの名に恥じない絶品ぷり。
「だろ?」
「ところで打ち合わせってホントに14時なのよね」
私が確認するとエース君は手帳を開いて、
「間違いねェ、これ」
そこには男の子らしい字で書かれた、
今日の日付とうちの会社の名前、14時の文字。
「なのに何でこんな早く来てたの?」
「あー・・・・・・・・それは」
いつもはっきりきっぱり発言するエース君が珍しく歯切れが悪い。
「・・・・それは?」
「・・・・・アコさんに、会いたかったから」
エース君の食べる手がぴたりと止まった。
「私に・・・用事?」
「じゃなくて。俺、アコさんのことが好きなんで」
今度は私の手が止まった。
と同時にエース君が今度はすごい速さで続きを食べ始め、
「え、あ、えっと」
「ご馳走様でした!」
そう言って深くお辞儀をすると、
5千円札を私の目の前に置いて、
「俺、先行ってます」
と颯爽と行ってしまった。
・・・・・・・お釣り、いつ渡そう。
思わず勢いで言っちまった。
脈があるとは思ってねェ。
・・・・それでも、好きになっちまったんだ。
初めて会った時はキレーな人だな、くらいにしか思ってなかった。
・・・・何回か仕事を一緒にしていくうちに、目が離せなくなった。
っても、アコさんスタイルいいし美人だし優しいし、モテるんだろうなァ。
あーくそっ、情けねェな俺。
「ではこれにて打ち合わせ終了とさせて頂きます」
「有難う御座いました」
・・・・やべ、全然聞いてなかった。
打ち合わせはいつのまにか終了。
アコさん居ないと全然やる気が出ねェ。
会社出る前にもう1回くらいアコさんに会えねェかな。
・・・・会っても、気まずいだけか。
いやでも顔見るくらい。
「エース君」
「っ、アコ・・・・さん」
俺の願いが通じたらしい、まさかアコさんから声をかけてもらえるとは思ってなかった。
「これ、ランチの時のお釣り・・・」
「あ、どうもッス。・・・じゃなくて、別に良かったのに」
アコさんは昼間の時のことなんか何もなかったかのように笑ってお金を俺に渡す。
俺が気になってるのは金のことじゃねェし。
「打ち合わせ終わったの?うまくいった?」
「・・・はい」
・・・・たぶん。
「また私と打ち合わせの時はおススメのお店教えてね。じゃ」
「アコさん!」
「・・・・ん?」
本当に覚えてなかったかのようにそのまま行こうとするから引き留めた。
・・・・心臓が、やばい。
こんなに緊張したこと、今まであったか俺。
「あ、あの・・・昼間の返事、もらえません、か」
アコさんは少し寂しそうに、
困ったように笑った。
「・・・・ごめん、ね」
・・・ああ、だよな。
わかってた。
わかってたのに、
心臓にでっかくて重い石を乗せられらたみたいだ。
「今付き合ってる人、とか」
「居ない」
「じゃあ好きな男」
「居ないよ」
「・・・・っじゃあ俺諦めねェッス」
「・・・エース君、でも」
「何回でも言います。俺アコさんのことが好きです」
・・・・好きでい続けることは、
俺の自由だよな。
「何回でも言います。俺アコさんのことが好きです」
その真摯な瞳に吸い込まれた。
ああ、彼は本気だ。
きっと私を大切にしてくれるだろう。
・・・本当の私を、知らなければ。
「有難う、本当に。でもごめんね。また打ち合わせで会えるの楽しみにしてる」
それだけ伝えて走るのが精一杯だった。
わかってる、エース君はいい子だ。
・・・・とても、純粋な。
だからこそ私なんかと付き合ってはいけないとも同時に強く思う。
「アコ、またフったんだって?」
同期のコに苦笑交じりに話しかけられた。
「・・・・まあ」
「アンタ美人でスタイル良くてモテモテなのにねえ、誰ならOKするのよ」
・・・・誰であってもOKすることはない。
これから先私は誰と付き合う気も、
結婚する気もない。
私は汚い女だから。
思い出すのは誰が育ててやってと思ってるんだ、と私を見る下卑た視線。
お前の身体は俺のものだ、と汚い手で私を触る・・・父親。
そしてそのことを知って私を汚いと軽蔑した好きだった人。
・・・・もうあんな思いは、したくない。
せめて外見だけでも綺麗でありたいと努力していたら、
たくさんの人に好きだと言われるようになった。
・・・そのぶんたくさんの人を断って来た。
もう慣れたと、思ってたのに。
「ここ間違ってる」
「あ・・・すみません・・・」
「明日が期限の書類は大丈夫?」
「あー!!!」
「・・・・しっかりしてよね」
「すみません!!」
・・・・何で今、こんなに心が痛いんだろう。
「はあ・・・・」
思わぬ残業で疲れた、とため息交じりに会社を出たら、
「お疲れ様」
「・・・・・え」
まさかのエース君が、居た。
少しだけ気まずさそうに、
「ストーカーとかじゃないッス」
「ああ、うん」
それはわかってる。
「昼のあの店、夜は踊りとかも見れるっつーから一緒にどうかと思って」
「・・・・よし、ぱーっとやりましょ!」
もうこうなったら飲むしかない。
「何かあったんスか?」
「・・・ちょっとミスを」
「ミスなら俺もいっぱいやらかしてますよ」
と、エース君がいい笑顔。
「エース君はまだ入ったばっかりでしょう?私はもう何年目か・・・・」
「何年やってたってする時はするもんスよ」
「・・・・まあ、ね」
「俺この間飯炊き失敗しちまったし」
「・・・ご飯?」
「水の量間違えてべちゃべちゃの米になって弟に大爆笑されたの、いい思い出」
へらり、と笑うエース君が、可愛くて。
・・・なんか、元気出たかも。
「そのご飯どうしたの?」
「勿論完食ッス」
「あははっ、さすが!」
・・・こんな彼なら、とは思うけど。
年齢も離れすぎてるし。
・・・・何より怖い。
エース君に、汚い女、と言われたら。
私はきっと立ち直れない。
・・・私はもう、彼と関わってはいけない。
「・・・アコさん?」
「・・・・ごめんねエース君。やっぱり今日は帰るね」
「じゃあ送ります」
「大丈夫」
「でも・・・」
「家まで着いてくるの?ストーカーじゃないのに?」
ああ、私最低な女。
「・・・・すんません」
「・・・・ごめんね」
本当に。
あんなに冷たく接したのだから、
もう取引以外で会うことはないと思っていた。
でも彼は、
「おはよう御座います、アコさん」
「・・・・なんで」
「これ、美味いんで良かったら」
差し出されたのは栄養ドリンク。
「私に?」
「朝からアコさんに会えたから俺今日も頑張れます!」
「あり、がとう・・・・」
変わらない笑顔で。
次の日は、
「これおススメのドーナツ。すげェ美味いんで」
「これってあの行列店の!?」
「あ、ちゃんと味確かめてから買ってるんで」
大丈夫ッス、とドーナツだけを渡して自分の会社へ行く彼。
また次の日はなんと、
「これ弁当。・・・俺が作ったやつ」
「エース君の手作り!?」
「俺の自信作!絶対ェ胃袋掴んでみせる!」
・・・太陽みたいに、笑うの。
エース君手作りのお弁当は、
唐揚げに卵焼きにたこさんウィンナーと盛りだくさん。
お腹いっぱいで、あたたかくて美味しかった。
・・・・・・優しい、味。
「アコー!!先輩にフられたぁぁ!!」
仕事のあと同期がそう言って泣いていた。
「・・・今日飲もうか?」
「飲んだって無理・・・・!!」
・・・・・フられるって。
そんなに辛いことだったんだ。
・・・・なのに、彼は。
エース君は。
あんなに優しいお弁当を作ってくれた。
・・・・なのに私は、自分のことしか、考えてなかった。
夜私は初めて彼の会社に会いに行った。
「アコさん!?」
エース君は滅茶苦茶驚いていて、
「お弁当ご馳走様。美味しかった」
「ああ、弁当箱?明日で良かったのに」
「・・・話しがあって」
「話し?」
「この間のスペイン料理のお店、行かない?踊り見たい」
「勿論行く!!」
エース君は2つ返事でOKしてくれて、
賑やかな店内で。
私は自分の過去を話した。
「汚い女なの」
すごく怖かった。自分のことを話すのが。
エース君の、反応が。
「そっか・・・アコさん今まで大変だったんだな」
「え・・・」
「でももう心配しなくていいッスよ。俺がいる」
「・・・・え、エース君・・・?」
俺が居る?
「これからは何があっても俺が守るから」
そう言ってエース君が私の髪を優しく撫でてくれた。
もう大丈夫、と言うように。
太陽みたいに、優しく笑ってくれた。
ああ私は汚くなんかないんだと。
・・・・汚いと言われたあの日から、
久しく心から笑ってなかったんだなあと気づいた。
「・・・私でも、いい?」
「一生守ります、俺が」
絶対。
あの時と変わらぬ瞳が私を捉えるから。
「うん、プロポーズも楽しみにしてる」
「へ!?」
「一生、って言ってくれたでしょう?」
「ももも勿論!!絶対幸せにします!」
取引先の若い男の子と付き合いだした、と噂されて。
「この間の案件締め切りもうすぐなんだけど彼に伝えてくれる?」
と別部署の人に言われたので伝えれば、
「あ」
と真っ青な彼が面白かった。