短編③
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私は何をしていたんだっけ。
目を開けてまず最初に見えたのは見慣れない天井。
包帯の巻かれた腕。
何、これ。
先生目を覚ましました、と誰かの声が聞こえて。
私には混乱しかなかった。
「ベンベックマンだ」
「・・・・・どうも」
愛想の欠片もない顔で私に名乗ったその人は、
私をますます混乱させた。
ベンベックマン。
この人は私の恋人なんだそうだ。
そして私にはその記憶がない。
・・・・・この人とデートの待ち合わせをしている時に、
事故に遭って今この病院にいるらしい。
幸いにも自分の名前や年齢などは覚えてることもあった。
仕事もだいたいのことは覚えてる。
だからまあ生きていくうえでそんな不便はしないだろうなと思っていた矢先のことだった。
・・・・私の、恋人。
この強面の人が。
「ごめん、なさい」
「・・・・アンタが謝ることじゃない」
「・・・・あの、ベックさん」
「何か・・・飲むか?」
「え、えっと・・・・あ、じゃあお茶を」
「・・・・買って来る」
「あ、はい。有難う御座います」
そう言ってくるりと背を向けてしまったベックさん。
・・・・初めて会った気はしないけど、
思い出せない。
戻ってきたベックさんは、
お茶の他に雑誌とお菓子も買ってきてくれた。
「あ、このお菓子・・・・」
「前に美味いと食ってたから好きだと思うが」
「・・・・・好き、です」
このパッケージ、可愛いなあって買ったら味も好みで気に入ってたやつ。
雑誌も。
・・・たぶん前から読んでたもの。
「他に必要なものがあれば言ってくれ」
「有難う御座います、大丈夫です」
「・・・・そうか」
「ベックさんのことも必ず思い出しますから!」
「無理はしなくていい。・・・お前が生きてるだけで、十分だ」
・・・素敵な人だなあ。
こんなに素敵な人を思い出せないなんて。
・・・・申し訳ない。
私はなんて、最低なんだろう。
「そんな顔するな」
「・・・・ベック、さん」
どうして。
「ゆっくりでいいさ」
・・・・どうして、わかってしまうんだろう。
どうしてこんなに優しくしてくれるのだろう。
恋人を忘れてしまうような私に。
・・・・あなたにこんな悲しそうな顔をさせてしまってるのに。
苦しい。
・・・・・私は。
アコが事故に遭った。
目の当たりにした訳じゃないのは幸か不幸か。
故意じゃない、そんなこたァわかってる。
それでも犯人を見れば俺はそいつをどうにかしてしまうだろう。
・・・・だが今何よりも誰よりも憎いのは己自身だ。
俺がもっと早く待ち合わせの場所に着いていれば。
守ってやれたかもしれない。
こんなことには、なってなかったかもしれない。
幸いにも外傷は少なく済んだらしい。
時間がたてば傷も消えると医者に言われた。
・・・・・問題は。
「・・・・あの、ベックさん」
記憶喪失だ。
ベック、と笑顔で俺を呼んでいたことなんてなかったかのように。
困惑した顔でそう呼ぶアコを見るのは。
・・・・見知らぬ他人のように俺を呼ぶ声を聞くのは、正直辛い。
「何か・・・飲むか?」
「え、えっと・・・・あ、じゃあお茶を」
「・・・・買って来る」
「あ、はい。有難う御座います」
逃げるように売店に向かって、
アコの好きな茶を手に取った。
近くにあった甘い菓子が目に入り、それと同時にアコが好んで読んでいた雑誌も購入した。
これ、パッケージも可愛いし味もめちゃくちゃ好みなの!
ベックも食べてみて?
・・・・そう言って笑ってたあの頃が懐かしい。
この雑誌に載っていた庭園にも行ったな。
アコが池に落ちそうになって慌てた俺を笑ったアコが可愛かった。
予想通りアコの反応はいいものだった。
「あ、このお菓子・・・・」
「前に美味いと食ってたから好きだと思うが」
「・・・・・好き、です」
・・・・菓子にも雑誌にも反応するものの、
やはり俺のことは思い出しそうにないらしい。
「他に必要なものがあれば言ってくれ」
「有難う御座います、大丈夫です」
「・・・・そうか」
「ベックさんのことも必ず思い出しますから!」
「無理はしなくていい。・・・お前が生きてるだけで、十分だ」
無理に明るくしようとしているのは明白だった。
記憶がなくて1番つらいのはアコだろうに。
おおかた俺に申し訳ないと思っているんだろう。
・・・・まったく。
「そんな顔するな」
「・・・・ベック、さん」
「ゆっくりでいいさ」
支え甲斐があるってもんだ。
まあ慌てることはない。
いつかは思い出すだろう。
そう思っていた。
しかしその考えが甘かったことを、俺は思い知る。
何回目かの見舞いに行って俺はやられた、と思った。
「・・・・転院?」
「ええ・・・少し前から転院したいとおっしゃってて・・・・」
そんなことは初耳だ。
・・・だが恐らく事実だろうな。
しかも俺には転院先は教えないようにと言ってあるらしい。
看護師が申し訳なさそうに頭を下げた。
やられたな。
俺に申し訳ないとのことだろうが。
そっちがその気なら仕方ない。
事故に遭って、記憶喪失になって。
あの人には内密に転院して。
1ヵ月。
順調にいけばあと1ヵ月もあれば退院できるそうだ。
色々あったなあ。
彼は元気にしているだろうか。
私のことを気に病んではいないだろうか。
・・・・どうか幸せになって欲しい。
私のことなんか、忘れて。
本当に心からそう願ってたのに。
「経過は順調だそうだな、気分はどうだ?」
「・・・・・・・・・どう、して」
綺麗な花束を抱えて病室に入って来た、彼。
驚く私を優しく抱きしめてくれた。
「甘く見てもらっちゃ困る。・・・と言っても必死で探したんだ」
おかげで1ヵ月もかかっちまった、と彼が笑った。
「・・・・そんな」
「言っておくが迷惑なんて思ったことはないぞ。大切な女が辛い思いしてんのに何もしない訳にはいかねェ」
・・・・涙が、ぽろりとこぼれた。
もう無理。
「・・・ごめんなさい。記憶無くして不安だったの。ベックには迷惑かけたくない、私のことで負担になりたくなかった」
「戻ったのか、記憶」
「・・・転院してしばらくしてから」
驚くベックにすべてを話した。
1ヵ月後に退院出来そうなことも。
ベックは優しく聞いてくれて。
包み込んでくれた。
そして今日、無事に退院。
傷も綺麗に消えた。
ベックが来る前迎えに来てくれて。
でも着いたところは私の家じゃ、ない。
「・・・ベック、家間違えてる」
ここはベックの家。
「間違っちゃいない。これから2人で、ここに住むことになる」
「え?」
ベックは荷物を置きながら私をの方を向いて、
「遅くなっちまったが、俺からのプレゼントだ。受け取ってくれないか?」
・・・渡されたのは、指輪と紙。
その紙は・・・・婚姻届け。
「・・・う、そ」
「本当はあの日・・・・アコの誕生日に渡すつもりだったんだ」
「あ!」
あの事故の日私の誕生日だった!
すっかり忘れてた・・・!
「ちなみにアコの両親も了承済みだ」
「ええええ!?」
「説得するのにも時間がかかったがな」
ちゅ、と軽く触れるだけのキス。
・・・ベックの匂い。
「・・・煙草、吸ってなかったの?私が入院してる時」
「禁煙は無理だったが減らしはしたな。病人には良くないだろう」
「・・・ありがとね、ベック」
私はもうこの匂いを忘れない。
この人を忘れない。
・・・・忘れ、たくない。
「それで、返事は?」
「勿論」
ずーっと、側に居ますとも。