短編②
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「昼間は賑やかな街なのに、夜はこうも静かだとはな」
「ええ、素敵なところでしょ?それとも大海賊さんにはお気に召さないかしら」
「いいや、気に入ってるさ。俺にはあんたが居れば何処でもいいんだ」
私の住むところは、
広くて賑やかで。
とても素敵なところ。
・・・・そんな街に大海賊、赤髪の船が辿り着いた。
けれど広いこの街のこと。
そう簡単に会えるものでもなし、と右から左に聞き流していた噂。
まさかお気に入りのバーで飲んでいるところに入って来るとは思わなかった。
海賊というのが信じられない程気さくな彼らと話しが合って、
この男・・・ベンベックマンとお酒を酌み交わすのは今日で何回目だろうか。
「ここ、素敵でしょ?夜は静かだから波の音が聞こえるの」
「うちの船に乗れば毎日聞こえる」
「あら、お誘い?」
くすくすと小さく笑えば、彼も煙草を銜えながら笑った。
「言わなきゃわからんなら言うが・・・わかってるんだろ?」
「わからないわ、言ってくれないと」
「・・・毎日俺の隣で酒を飲めばいい、うちの船で」
「・・・・はっきり言ってくれないのね。ずるい」
「こっちは波の音なんざ飽きるくらい聞いてる」
「ここでも聞けるわ、この店に毎日来れば」
ベックマンは煙草を灰皿に押し付けて、軽くため息。
・・・私はその仕草の、彼の指が好き。
言わないけれど。
「・・・そういえば、お頭に口説かれたそうだな」
「ええ、とっても素敵な台詞で」
「・・・何て言われた?」
「内緒」
「・・・素敵、と言った割にはフッたんだな。お頭が嘆いていた」
「素敵なだけじゃ駄目なの」
「難しいことを言う」
「そうね、そう簡単に女心を理解されたらたまらないわ」
私の気持ちが簡単にわかってしまったら、
つまらないの。
だって私も貴方の気持ちがわからないんだもの。
「・・・海賊ってのは、それが手に入りにくいもの程燃えるもんだ」
「知ってる。そして手に入ったらまた別のものに目がいくの」
「お頭はそうかもしれねェが・・・・俺は違う」
「海賊なのに?」
「海賊である前に1人の男だってことを忘れないでもらおうか」
言いながらベックマンは私の髪を一房手に取って口付ける。
・・・・赤髪のシャンクスの右腕、とも呼ばれるこの人がこんなことするなんて。
近づいたベックマンから香る匂いは海の男のもの。
「海賊になったら私のこの髪もきっと痛んでしまうわね」
「俺にはわからないが・・・必要な物があるならどんなものでも手に入れて見せる」
「どんなものでも?」
「女には色々必要なんだろう」
「面倒だって思ったでしょう?」
「お頭の方が面倒だ」
カラン、と目の前のグラスの氷が揺れた。
もう飲み干してから数分は過ぎてる。
「・・・今、何を飲んでた?」
「ムーンライトクーラー」
「・・・ああ、あんたによく似合う酒だ」
「もう1杯、頂こうかしら」
「なら俺も同じものを」
「好きなの、これ」
目の前で注がれていく液体をじっと見つめる。
「・・・それは、妬けるな」
「カクテルに?」
「アコが好きだと言うものすべてにだな」
「面白いこと言うのね」
真面目な顔をして言うベックマンがおかしくて笑ったら、
「俺を面白いと言うのはアコくらいのもんだな・・・」
感慨深げに呟く。
「じゃあ面白いベックマンに乾杯」
「・・・乾杯」
グラスを合わせて乾杯。
・・・同じような日々を、あと何日繰り返すのか。
・・・・あと何日、繰り返せるのか。
私は知らない。
「今日は月が綺麗」
「・・・・月なら、海の上から見るのがいい」
「そうなの?」
「周りは全てが海だ・・・何もない」
「・・・見てみたいわ、そんな光景」
きっと素敵なんでしょうね。
貴方の隣ならなおのこと。
・・・言わないけど。
「見ればいい」
「簡単に言うのね」
「簡単だ」
・・・簡単じゃないわ。
でもそうは言えなくて。
代わりに小さくため息を吐いたら、
「いい女はため息を吐いてもサマになる」
なんて、冗談だか本気だかわからないことを言う。
「どこかのお頭さんみたいなこと言うのね」
「・・・・俺も焼きが回ったようだ」
苦虫を噛み潰したような顔でベックマンが呟いた。
「ねえ、私たちが初めて会った時のこと覚えてる?」
「アコから声をかけてきたんだったな」
「そうよ」
『こんばんわ』
そう声をかけた。
『・・・いい夜だな』
『ええ、本当に』
『俺はベンベックマンだ』
『知ってる。私はアコ。・・・ねえ、玉手箱でも開けたの?』
そう聞いたのは、
彼が白髪だったから。
私の知る彼はもうかなり前だったけど、
黒髪だった気がしたから。
『玉手箱なんて可愛いもんじゃねェのさ』
『大変なのね』
『愚痴を聞かせた詫びだ、ここは出そうお嬢さん』
『結構よ。そんなつもりで聞いたんじゃないもの。それにお嬢さんだなんて失礼』
『・・・そんなつもりはなかったんだがな』
『あら、じゃあどんなつもりだったのかしら』
『美しい女性と酒を飲みたかっただけだ、ってことにしておいてくれ』
『それなら大歓迎。ご馳走様』
それから何となく来ると、彼はいつも居た。
・・・・いつも、
彼が居るといいと、思うようになっていた自分が居た。
「我ながら命知らずだったと思うわ」
「後悔してるのか?」
「してると思う?」
「とてもじゃないがそんな風には見えんな」
「だってしてないもの」
「・・・そうか」
嬉しそうに笑うベックマンは、
「海は音だけで満足か?」
「え?」
「波の音を聞くだけより海は見た方がいい」
「ベックマン?」
咄嗟のことで言葉が出ない私の手を取って、
ベックマンは私を外に連れ出した。
すぐそこが、もう海。
「・・・・・・夜の海も悪くないわ」
真っ暗だけど、月明りに照らされている海は綺麗。
「本当は怖いんじゃないのか?」
「・・・・・怖くないって言ってるでしょ」
「夜の海には何が居るかわからない」
「それは昼も同じよ。でも・・・そうね、今は隣に貴方が居るから」
怖いことなんてないわ。
そう言ったら、
後ろからふわりと包み込まれる感覚。
「そんなこと言ったら離せなくなるってことくらいわかって言ってるんだな、アコ」
「あら、無理やり掻っ攫われるものだと思ってたんだけど」
「・・・それも出来ねェ程あんたに惚れてるのさこっちは」
大海賊の台詞とは思えない弱気な発言。
抱きしめる腕の力も決して強くない。
だから私は彼の腕の中でくるりと身体を回した。
「アコ?」
「顔が見たいの」
「・・・ただのおっさんの顔をか?」
自嘲気味な笑みを浮かべるベックマンに、
思わずくすりと笑ってしまう。
「私が会いたくて毎日のようにお店に行ってたのはただのおじさんの為じゃないんだけど」
「なら、誰の為だ?」
「玉手箱を開けてしまった可哀想な人の為」
「・・・今度はパンドラの箱でも開けてみるとするか」
「どうやって開けるの?」
「掻っ攫わせてもらおうか」
そう言って見せた笑みは海賊のもので。
「なら私は攫われる準備をして待ってるわ」
あのお店で。
本当はずっと、
待ってたの。
貴方に攫われる夜を。