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Sacrifice
(藤原 視点)
『無邪気な笑顔が 愛らしい妹は、
神に愛されたから 生まれつき幸福 やった』
妹のミサは、俺が産まれた数年後にこの世に産まれ落ちた。
そんなミサは産まれた時から頭の発達が少し遅れてとって。
『一人では何も 出来ない可愛い天使』
ミサは何をするにも手が掛かった。
まるで幼子のように、誰かに手伝ってもらわないと服の一着も着れへん。
オトンは俺らが幼い頃に亡くなって、生活の為にオカンは働いとって、昼間はミサの世話が出来へん。
俺達はとあるクリーニング店の上の階にある借家に住んどる。
俺も学校に通いながら、家賃の代わりにそのクリーニング店の手伝いやら、母の代わりに家事などをしなければならへんくて。
ミサの面倒は見られへんかった。
その為、昼間のミサの面倒は近くのお寺にみてもらっとる。
毎朝お寺まで妹を連れて行くのは俺の役目やった。
お寺に到着すると、住職が出て来てミサの顔を見て嬉しそうに微笑む。
「やぁミサちゃん。おはよう」
「おはよぉございまぁす」
柔らかい笑顔を返すミサ。
次いで俺の顔を見る住職。
「一裕も、おはよう」
「おはようございます……」
住職は再びミサの顔を見ると、嬉しそうな表情を見せる。
「ミサは今日も可愛いね」
住職はそうやって、いつもミサの事を褒めていた。
『誰からも愛される 彼女が妬ましかった』
俺は人に愛される器量に乏しかった。
それもこれも[#ruby=ミサ_あのこ#]が居る所為や。
俺はこんなに頑張って勉強もして、オカンの手伝いもしとるのに……。
なんでミサはいつも遊んでばかり居るんねん。
なんで何かあると俺ばっか怒られんねん。
ミサをお寺へと迎えに行く。
手を繋いで家へと帰る途中、俺は足を滑らせ転んでもうた。
咄嗟に手を離した為、ミサは転ばずに済むんだ。
「だいじょうぶ? お兄ちゃん」
俺の顔を見下げるミサ。
『器量の悪い俺を 憐れみぃへんで……』
ミサに蔑んだ目で見下されているように感じた。
悔しい気持ちに支配される。
ミサを寝かしつけた後、俺は独りお寺へと向かった。
真っ暗な境内に入ると、賽銭箱に小銭を投げ入れて鈴を鳴らす。
今考えれば……あの頃の俺はまだまだ幼かった。
『──惨めな思いにさせる [#ruby=ミサ_あのこ#]なんて死んでまえばええのに……』
ついそんな心にもない事を祈ってしまった。
ある日、そんな祈りを後悔する出来事が起きる。
『あくる日妹は 高熱を出して寝込んだ』
いつものように妹を起こしに行った。
「ミサ、朝やで」
毎朝のことやけど、ミサは目覚めが悪い。
何度呼んでも「う~ん」と唸るばかりで、一向に起き上がろうとせぇへん。
今朝も同じかと思うとうんざりした気持ちになって、俺は深く溜息を吐くと妹のベッドへと近づく。
「早う起きぃ」
ミサを揺さぶり起こそうと体に触れたその時だった。
「ミサ……?」
その体は火のように熱かった。
ミサの顔を覗き込むと、頬を熟れたリンゴのように赤らめ大量の汗をかき苦しそうに呼吸をしている。
明らかに異常な状態だと悟った俺は急いでオカンを呼んで、俺達はミサを抱えて直ぐに病院へと向かった。
待合室で待っとると、医者が話終えたオカンが診察室から出て来る。
俺は心配な気持ちでオカンの顔を見た。
「オカン……ミサの容体は?」
「大丈夫やで。薬を飲んで安静にしていればきっと治るから」
「看病は俺がする」
「お兄ちゃんには学校があるやろ? 看病は私がするから大丈夫やで」
「え……でも、オカンにも仕事が……」
オカンは「大丈夫やから」って言うて微笑みかけてくる。
俺は看病をしながら仕事をするオカンを支える為に、クリーニング店の手伝いも家事も一層頑張った。
忙しく働きながら毎日お寺に通う。
『ごめんなさい神様 あの願いは嘘なんです』
手を合わせて必死に祈った。
ミサ……お願い……死なんで。
もうあんな事お願いへぇへんから。
『懺悔が届いたのか やがて熱は下がった』
数日後、ミサすっかり元気を取り戻した。
今日も愛らしい笑顔を振りまいている。
ホンマ良かった。
けど、俺の憂いが晴れる事は無かった。
『けれど今度は母が 病の淵に倒れた』
ミサの時のように、直ぐにまた元気な顔を見せてくれる筈。
そう願っていた。
オカンを診終えた医者に俺は駆け寄る。
「オカンはの容態は……?」
「…………残念やけど……もう長くは……」
「……そん……な……」
傍らに座り、そのやせ細ってしまった手を握ると、オカンは薄っすらと目蓋を開いた。
「……オカン……」
「お兄ちゃん……」
「大丈夫?」
「……ええ」
俺を安心させる為か、オカンは精一杯の笑顔を見せる。
でもそれが返って痛々しく見えた。
『母が今際の時に遺した言葉は……
──妹 は他人 とは違うから お兄ちゃん が助けてあげてな……』
その言葉を最後に、オカンは永久の眠りについた──。
めっちゃ悲しかった。
涙が枯れてしまうのではないかと思う程泣いた。
でも、いつまでも悲しんではいられへん。
『母が亡くなって 暮らしにも変化が訪れ
生きる為に俺は 朝な夕な働いた』
食べていくにはお金が必要や。
俺は昼間はクリーニング店で、夜は居酒屋で、空いた時間には内職をして働いた。
いつも通り家に居らん間、ミサは今まで通りお寺に預かってもらうんやけど、俺はお寺へと送り迎え出来なくなってまう。
困っとると、近所の男達 が交代でお寺への送り迎えをしてくれる事になった。
ホンマ助かる。
心から感謝すると、俺は仕事に没頭した。
『村の男達は 優しくしてくれたけど、
村の女達は 次第に冷たくなっていった』
ミサの送り迎えを近所の男達 に頼んでからと言うもの、近所の女達 が俺達に対して余所余所しい態度を見せるようになった気ぃする。
思い過ごしかも知れへん。
昔はもっと近所の女達 と会話をしていた気ぃする。
でも、明らかに近所の女達 と必要以上の会話をしなくなった。
なんでやろ?
理由を知りたい。
けど、考え込む余裕もないくらい、俺は忙しかった。
二人で生きて行くのがギリギリな生活。
疲れ果てて家に帰る。
「おかえりぃ、お兄ちゃぁん」
ミサの笑顔が俺を迎えてくれた。
「ただいま、ミサ。まだ起きてたん? 早よ寝なアカンやろ」
「だってぇ~お兄ちゃんにあいたかったんだもぉん」
眠そうに力なく微笑むミサ。
「ミサ……」
俺はそっとその細い体を抱きしめる。
「おにいちゃぁん? どうしたのぉ?」
「大好きやで……ミサ」
「俺もお兄ちゃんだいすきぃ」
俺はこの笑顔を一生守っていきたいと心から思った。
『貧しい暮らしだったけど 温もりがあった……
──肩を寄せあい生きてた それなりに幸福 やった……
それなのにどうして……こんな残酷な仕打ちを……教えて神様!』
こん時に俺は、気付いてへんかった。
何故近所の男達 が俺達に優しかったんかを。
何故近所の女達 が冷たくなったんかを。
ミサが何をされていたんかを。
ミサが妊娠しとった事を──。
『妹が授かった子は 主が遣わし給うた 神の御子ではないのでしょうか?』
『──妹が子供を身篭っていると発覚した夜』
ある夜帰ってくると、クリーニング店の店主のおばさんが、俺の事を店先で待ち構えとった。
「こんな夜遅くにどないしはったんですか?」
「……ちょっとええ?」
「?」
店主に連れられ、何故かお寺へと向かう。
お寺の境内には、近所の男達と妹のミサの姿があった。
状況が呑み込めず、店主の顔を見る。
「……これは一体どう言う……」
「どう言うもこう言うも無いわ! これを見ぃ!」
店主はミサの服を掴み、無理やり捲り上げた。
「イヤや!!」
泣き叫ぶミサ。
「やめてくださいっ!!」
店主の急な行動に驚いた俺やったけど、ミサの腹部を見て硬直する。
ミサのお腹がぷっくりと膨れ上がっていた。
「何……これ……」
動揺する俺の事を店主は怖い顔で睨みつける。
「妊娠してんのよ。検査薬で調べたから間違いないわ」
「妊娠……!? 一体誰の……」
俺は境内に居る男達の顔を見まわした。
誰も俺と目を合わそうせぇへん。
皆、バツが悪そうな顔をして俯いとる。
「……っ──!」
俺は咄嗟に理解した。
何故近所の男達 が俺達に優しかったんかを。
何故近所の女達 が冷たくなったんかを。
ミサが何をされていたんかを!
彼等はミサを凌辱したんや!
「誰や」
俺の言葉に困惑した様子で男達がざわつく。
「誰やっ!! ミサを犯したんは!!!」
『村の男達は互いに顔を見合わせ口を噤んだ。
重い静寂を引き裂いたのは耳を疑うような派手な打音。
クリーニング店の店主が妹の方を張り飛ばした音……』
「ミサっ!!」
張り飛ばされたミサの許へ駆け寄る。
俺は店主を見らみつけた。
俺を睨み返す店主。
『泥棒猫! 可愛そうな子だと 世話を焼いて 恩知らず』
その怒号が辺りに響き渡った。
『──断片的な記憶……断罪的な罵声……
嗚呼……この人は何を喚いてんのやろ? 気持ち悪い。
ぐらりと世界が揺れ 俺は弾け飛ぶように店主に掴み掛かっかっとった……』
けど、男達によって店主から引きはがされると、俺は境内の石畳みへと押さえつけらてまう。
走れんようにするためか、大人たちに靴と靴下を脱がされ、裸足になってしもた。
暴れると、誰かが俺の頭を殴りつける。
額から血が流れ落ち、目に入った。
『緋く染まった視界 苦い土と錆びの味』
お寺から正書を片手に住職が出て来る。
『頭上を飛び交う口論 住職の怒声』
「ミサが孕んだのは悪魔の子や!」
『純潔を 悪魔の血に 災いの種 仏様が ──火炙りだ!』
ミサは火炙りをする為に用意された処刑台へと縛り付けられる。
こんな事……許される筈ない……!
俺は悔しさのあまり拳を握りしめ、非力な自分を呪った。
フツフツと怒りが湧き上がっていく。
近所の男達 に。
近所の女達 に。
『嗚呼……悪魔とはおまえ達の事だ!』
松明を持った数人の男達が妹を囲うと、処刑台に火を点けた。
真っ赤な炎に包まれていく妹と目が合うと、ミサは優しく微笑む。
『──そして……妹は最後に『ありがとう』と言った……』
頬に一筋の涙が流れ落ちる。
一筋……二筋……三筋……と、その量は徐々に増えていき、最終的には大量の涙が俺の頬を濡らした。
人目も憚らずその場で大きな声で泣き崩れる。
いつの間にか俺の体は解放され、お寺の境内からは誰も居んくなっとった。
きっと日常に戻ったんやろ。
広場の中心には跡形もなく焼け落ちたミサの残骸が残っとった。
俺は立ち上がると、その残骸の傍にゆっくりと歩いて行く。
真っ黒な残骸に手を伸ばした。
『心無い言葉 心無い仕打ちが どれ程あの娘を傷付けたやろ
それでも全てを……優しい娘 やから……全てを赦すんやろな……』
冷え切った炭に指先で触れると、ギュッとその手を握る。
『でも……俺は絶対許さへんから』
俺は家に帰り所持金を握りしめると近くのホームセンターへ向かった。
買えるだけ灯油を買うと、それをお寺の近くの茂みへと運び始める。
荷台などない。
自分の手と足で数日に及んでそれを運んだ。
その日は休日やった。
街の人間は、お寺の敬虔な信者のため、老若男女関わらず休日になるとお寺に集まる。
敬虔な信者だった俺も、ミサを連れて休日になるとようお寺に行ったもんや。
俺は、その日もお寺に向かう。
けど、集まりに参加する為ちゃう。
お寺に到着した俺は、茂みに隠して置いた灯油を取り出した。
蓋を取って適当な場所に放り捨てると、灯油缶を掲げ、中身お寺の周りに撒き散らす。
少し余った灯油を、太い木の枝の先端にかけて、マッチで火を灯した。
即席のかがり火を持って、俺はお寺へと土足で上がる。
行き成り現れた俺に、視線が集まった。
『この世は所詮 楽園の代用品でしかないのなら……
罪深きものは全て 等しく灰に還るればええ……』
俺は灯油の染み込んだ地面へ、その枝を放り投げた。
火は見る見る内に燃え広がり、お寺を丸ごと包む大きな炎へと変わってく。
泣き叫びながら逃げ惑い、灰に還って逝く人々。
──裸足の男
凍りつくような微笑を浮かべ──
THE END
(藤原 視点)
『無邪気な笑顔が 愛らしい妹は、
神に愛されたから 生まれつき
妹のミサは、俺が産まれた数年後にこの世に産まれ落ちた。
そんなミサは産まれた時から頭の発達が少し遅れてとって。
『一人では何も 出来ない可愛い天使』
ミサは何をするにも手が掛かった。
まるで幼子のように、誰かに手伝ってもらわないと服の一着も着れへん。
オトンは俺らが幼い頃に亡くなって、生活の為にオカンは働いとって、昼間はミサの世話が出来へん。
俺達はとあるクリーニング店の上の階にある借家に住んどる。
俺も学校に通いながら、家賃の代わりにそのクリーニング店の手伝いやら、母の代わりに家事などをしなければならへんくて。
ミサの面倒は見られへんかった。
その為、昼間のミサの面倒は近くのお寺にみてもらっとる。
毎朝お寺まで妹を連れて行くのは俺の役目やった。
お寺に到着すると、住職が出て来てミサの顔を見て嬉しそうに微笑む。
「やぁミサちゃん。おはよう」
「おはよぉございまぁす」
柔らかい笑顔を返すミサ。
次いで俺の顔を見る住職。
「一裕も、おはよう」
「おはようございます……」
住職は再びミサの顔を見ると、嬉しそうな表情を見せる。
「ミサは今日も可愛いね」
住職はそうやって、いつもミサの事を褒めていた。
『誰からも愛される 彼女が妬ましかった』
俺は人に愛される器量に乏しかった。
それもこれも[#ruby=ミサ_あのこ#]が居る所為や。
俺はこんなに頑張って勉強もして、オカンの手伝いもしとるのに……。
なんでミサはいつも遊んでばかり居るんねん。
なんで何かあると俺ばっか怒られんねん。
ミサをお寺へと迎えに行く。
手を繋いで家へと帰る途中、俺は足を滑らせ転んでもうた。
咄嗟に手を離した為、ミサは転ばずに済むんだ。
「だいじょうぶ? お兄ちゃん」
俺の顔を見下げるミサ。
『器量の悪い俺を 憐れみぃへんで……』
ミサに蔑んだ目で見下されているように感じた。
悔しい気持ちに支配される。
ミサを寝かしつけた後、俺は独りお寺へと向かった。
真っ暗な境内に入ると、賽銭箱に小銭を投げ入れて鈴を鳴らす。
今考えれば……あの頃の俺はまだまだ幼かった。
『──惨めな思いにさせる [#ruby=ミサ_あのこ#]なんて死んでまえばええのに……』
ついそんな心にもない事を祈ってしまった。
ある日、そんな祈りを後悔する出来事が起きる。
『あくる日妹は 高熱を出して寝込んだ』
いつものように妹を起こしに行った。
「ミサ、朝やで」
毎朝のことやけど、ミサは目覚めが悪い。
何度呼んでも「う~ん」と唸るばかりで、一向に起き上がろうとせぇへん。
今朝も同じかと思うとうんざりした気持ちになって、俺は深く溜息を吐くと妹のベッドへと近づく。
「早う起きぃ」
ミサを揺さぶり起こそうと体に触れたその時だった。
「ミサ……?」
その体は火のように熱かった。
ミサの顔を覗き込むと、頬を熟れたリンゴのように赤らめ大量の汗をかき苦しそうに呼吸をしている。
明らかに異常な状態だと悟った俺は急いでオカンを呼んで、俺達はミサを抱えて直ぐに病院へと向かった。
待合室で待っとると、医者が話終えたオカンが診察室から出て来る。
俺は心配な気持ちでオカンの顔を見た。
「オカン……ミサの容体は?」
「大丈夫やで。薬を飲んで安静にしていればきっと治るから」
「看病は俺がする」
「お兄ちゃんには学校があるやろ? 看病は私がするから大丈夫やで」
「え……でも、オカンにも仕事が……」
オカンは「大丈夫やから」って言うて微笑みかけてくる。
俺は看病をしながら仕事をするオカンを支える為に、クリーニング店の手伝いも家事も一層頑張った。
忙しく働きながら毎日お寺に通う。
『ごめんなさい神様 あの願いは嘘なんです』
手を合わせて必死に祈った。
ミサ……お願い……死なんで。
もうあんな事お願いへぇへんから。
『懺悔が届いたのか やがて熱は下がった』
数日後、ミサすっかり元気を取り戻した。
今日も愛らしい笑顔を振りまいている。
ホンマ良かった。
けど、俺の憂いが晴れる事は無かった。
『けれど今度は母が 病の淵に倒れた』
ミサの時のように、直ぐにまた元気な顔を見せてくれる筈。
そう願っていた。
オカンを診終えた医者に俺は駆け寄る。
「オカンはの容態は……?」
「…………残念やけど……もう長くは……」
「……そん……な……」
傍らに座り、そのやせ細ってしまった手を握ると、オカンは薄っすらと目蓋を開いた。
「……オカン……」
「お兄ちゃん……」
「大丈夫?」
「……ええ」
俺を安心させる為か、オカンは精一杯の笑顔を見せる。
でもそれが返って痛々しく見えた。
『母が今際の時に遺した言葉は……
──
その言葉を最後に、オカンは永久の眠りについた──。
めっちゃ悲しかった。
涙が枯れてしまうのではないかと思う程泣いた。
でも、いつまでも悲しんではいられへん。
『母が亡くなって 暮らしにも変化が訪れ
生きる為に俺は 朝な夕な働いた』
食べていくにはお金が必要や。
俺は昼間はクリーニング店で、夜は居酒屋で、空いた時間には内職をして働いた。
いつも通り家に居らん間、ミサは今まで通りお寺に預かってもらうんやけど、俺はお寺へと送り迎え出来なくなってまう。
困っとると、近所の
ホンマ助かる。
心から感謝すると、俺は仕事に没頭した。
『村の男達は 優しくしてくれたけど、
村の女達は 次第に冷たくなっていった』
ミサの送り迎えを近所の
思い過ごしかも知れへん。
昔はもっと近所の
でも、明らかに近所の
なんでやろ?
理由を知りたい。
けど、考え込む余裕もないくらい、俺は忙しかった。
二人で生きて行くのがギリギリな生活。
疲れ果てて家に帰る。
「おかえりぃ、お兄ちゃぁん」
ミサの笑顔が俺を迎えてくれた。
「ただいま、ミサ。まだ起きてたん? 早よ寝なアカンやろ」
「だってぇ~お兄ちゃんにあいたかったんだもぉん」
眠そうに力なく微笑むミサ。
「ミサ……」
俺はそっとその細い体を抱きしめる。
「おにいちゃぁん? どうしたのぉ?」
「大好きやで……ミサ」
「俺もお兄ちゃんだいすきぃ」
俺はこの笑顔を一生守っていきたいと心から思った。
『貧しい暮らしだったけど 温もりがあった……
──肩を寄せあい生きてた それなりに
それなのにどうして……こんな残酷な仕打ちを……教えて神様!』
こん時に俺は、気付いてへんかった。
何故近所の
何故近所の
ミサが何をされていたんかを。
ミサが妊娠しとった事を──。
『妹が授かった子は 主が遣わし給うた 神の御子ではないのでしょうか?』
『──妹が子供を身篭っていると発覚した夜』
ある夜帰ってくると、クリーニング店の店主のおばさんが、俺の事を店先で待ち構えとった。
「こんな夜遅くにどないしはったんですか?」
「……ちょっとええ?」
「?」
店主に連れられ、何故かお寺へと向かう。
お寺の境内には、近所の男達と妹のミサの姿があった。
状況が呑み込めず、店主の顔を見る。
「……これは一体どう言う……」
「どう言うもこう言うも無いわ! これを見ぃ!」
店主はミサの服を掴み、無理やり捲り上げた。
「イヤや!!」
泣き叫ぶミサ。
「やめてくださいっ!!」
店主の急な行動に驚いた俺やったけど、ミサの腹部を見て硬直する。
ミサのお腹がぷっくりと膨れ上がっていた。
「何……これ……」
動揺する俺の事を店主は怖い顔で睨みつける。
「妊娠してんのよ。検査薬で調べたから間違いないわ」
「妊娠……!? 一体誰の……」
俺は境内に居る男達の顔を見まわした。
誰も俺と目を合わそうせぇへん。
皆、バツが悪そうな顔をして俯いとる。
「……っ──!」
俺は咄嗟に理解した。
何故近所の
何故近所の
ミサが何をされていたんかを!
彼等はミサを凌辱したんや!
「誰や」
俺の言葉に困惑した様子で男達がざわつく。
「誰やっ!! ミサを犯したんは!!!」
『村の男達は互いに顔を見合わせ口を噤んだ。
重い静寂を引き裂いたのは耳を疑うような派手な打音。
クリーニング店の店主が妹の方を張り飛ばした音……』
「ミサっ!!」
張り飛ばされたミサの許へ駆け寄る。
俺は店主を見らみつけた。
俺を睨み返す店主。
『泥棒猫! 可愛そうな子だと 世話を焼いて 恩知らず』
その怒号が辺りに響き渡った。
『──断片的な記憶……断罪的な罵声……
嗚呼……この人は何を喚いてんのやろ? 気持ち悪い。
ぐらりと世界が揺れ 俺は弾け飛ぶように店主に掴み掛かっかっとった……』
けど、男達によって店主から引きはがされると、俺は境内の石畳みへと押さえつけらてまう。
走れんようにするためか、大人たちに靴と靴下を脱がされ、裸足になってしもた。
暴れると、誰かが俺の頭を殴りつける。
額から血が流れ落ち、目に入った。
『緋く染まった視界 苦い土と錆びの味』
お寺から正書を片手に住職が出て来る。
『頭上を飛び交う口論 住職の怒声』
「ミサが孕んだのは悪魔の子や!」
『純潔を 悪魔の血に 災いの種 仏様が ──火炙りだ!』
ミサは火炙りをする為に用意された処刑台へと縛り付けられる。
こんな事……許される筈ない……!
俺は悔しさのあまり拳を握りしめ、非力な自分を呪った。
フツフツと怒りが湧き上がっていく。
近所の
近所の
『嗚呼……悪魔とはおまえ達の事だ!』
松明を持った数人の男達が妹を囲うと、処刑台に火を点けた。
真っ赤な炎に包まれていく妹と目が合うと、ミサは優しく微笑む。
『──そして……妹は最後に『ありがとう』と言った……』
頬に一筋の涙が流れ落ちる。
一筋……二筋……三筋……と、その量は徐々に増えていき、最終的には大量の涙が俺の頬を濡らした。
人目も憚らずその場で大きな声で泣き崩れる。
いつの間にか俺の体は解放され、お寺の境内からは誰も居んくなっとった。
きっと日常に戻ったんやろ。
広場の中心には跡形もなく焼け落ちたミサの残骸が残っとった。
俺は立ち上がると、その残骸の傍にゆっくりと歩いて行く。
真っ黒な残骸に手を伸ばした。
『心無い言葉 心無い仕打ちが どれ程あの娘を傷付けたやろ
それでも全てを……優しい
冷え切った炭に指先で触れると、ギュッとその手を握る。
『でも……俺は絶対許さへんから』
俺は家に帰り所持金を握りしめると近くのホームセンターへ向かった。
買えるだけ灯油を買うと、それをお寺の近くの茂みへと運び始める。
荷台などない。
自分の手と足で数日に及んでそれを運んだ。
その日は休日やった。
街の人間は、お寺の敬虔な信者のため、老若男女関わらず休日になるとお寺に集まる。
敬虔な信者だった俺も、ミサを連れて休日になるとようお寺に行ったもんや。
俺は、その日もお寺に向かう。
けど、集まりに参加する為ちゃう。
お寺に到着した俺は、茂みに隠して置いた灯油を取り出した。
蓋を取って適当な場所に放り捨てると、灯油缶を掲げ、中身お寺の周りに撒き散らす。
少し余った灯油を、太い木の枝の先端にかけて、マッチで火を灯した。
即席のかがり火を持って、俺はお寺へと土足で上がる。
行き成り現れた俺に、視線が集まった。
『この世は所詮 楽園の代用品でしかないのなら……
罪深きものは全て 等しく灰に還るればええ……』
俺は灯油の染み込んだ地面へ、その枝を放り投げた。
火は見る見る内に燃え広がり、お寺を丸ごと包む大きな炎へと変わってく。
泣き叫びながら逃げ惑い、灰に還って逝く人々。
──裸足の男
凍りつくような微笑を浮かべ──
THE END