ライセンス藤原一裕の夢小説
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むかえ
(藤原 視点)
俺は、恋をした。
それはある夜のこと──。
仕事からの帰り道。
腕時計は深夜二時過ぎを指し示しとった。
「雨ダル……」
降り頻る雨にうんざりしながらも歩いとると、とある歩道橋が目につく。
「──?」
橋の中央辺り。
鉄柵の上に何かが居るのが見えた。
目を凝らして注視してみると……。
「──!!?」
それは、人間やった。
おそらく誰かが歩道橋から飛び降りようとしとる。
俺は差しとった傘を捨て、思わず駆け出した。
とてもやないけど見て見ぬフリなんてとてもやないけど出来へん……!
歩道橋の階段を滑りそうになりながら駆け登る。
間に合え……!!
俺は鉄柵の上に腰をかけて今にも飛び降りようとしとるその人物の身体を両腕で抱え、橋の内側へと引き戻した。
「いやっ! 離して!!」
え、女の子!?
腕の中に納まった華奢な身体と、その甲高い声で、今さなながらその人物が女の子やっちゅう事を悟る。
「落ち着けって……大丈夫やからっ……」
「いやあぁ!!」
俺はその子が安心できるように背中を擦りながら、優しく抱きしめた。
最初は混乱しとった女の子も、暫くすると落ち着きを取り戻したようで、大人しくなる。
そっと顔を上げたその子は、やっぱり泣いとって。
俺は、何故かその瞳を見た時、心に不思議な気持ちを抱いた。
何も言えずにその瞳を見つめ続けよると、雨に濡れたその子のクチが微かに動く。
「…………お願い……連れ出して……」
「え」
「……もう……生きていたくない……」
咄嗟に。
体が動いて。
──ギュッと。
女の子を抱きしめた。
「そんなこと……言うたらアカンよ……」
腕の中でその子は小さく震えだす。
ハッと我に返った俺は、とにかく身体を温める為に女の子を自宅まで送る事にした。
着とった上着を女の子の肩にかけてあげ、歩道に投げ捨てた傘を拾って女の子に差してあげる。
雨が降る暗い歩道を歩きながら、その子から色々と話を聞いた。
どうやら彼女はとある会社に勤める会社員で、職場の人間関係が上手くいかず、過労も重なってあんなこと をしてもうたらしい。
話を聞きながら、俺は自分の学生時代と重ね合わせてもうて、心が痛なった。
家の前まで到着すると、雨が凌げる軒下まで女の子を送り、俺は踵を返す。
「じゃぁ、俺ここで」
「え……」
女の子は名残惜しそうな顔をして、俺の服の掴んだ。
「あのっ、よかったらお茶でもどうですか?」
「え、でも……」
未婚の女性の家に男が上がり込むのって、常識的にどうなん?
「助けて頂いたお礼もしたいですし……」
「……」
俺も、ここで別れるのはどうも惜しく思えて、今日だけは彼女のお言葉に甘える事にした。
ちょっとお茶を飲むだけの心算が、シャワーまで貸してもろて。
リビングで暖かい飲み物を飲みながら温まっとると、ふいに女の子が口を開く。
「自己紹介……まだでしたよね? 私……ミサって言います」
へぇ。
ミサちゃん、って言うんや。
可愛ええ名前やな。
「あ、えっと……俺は──」
「知ってます。ライセンスの藤原さん……ですよね?」
言うてミサちゃんは小さく笑った。
……なんや、笑った方が可愛ええやんか。
俺は心のどこかでホッとした。
「俺のこと知ってたんや……ちょっと恥いな……」
「はい。テレビでは……その……見たことないんですけど……YouTubeとかBOOK・OFFのDVDのお笑いのコーナーとかで観たことあって……」
「ああ……そうなんやぁ……」
……俺、もっとテレビの仕事も頑張らなアカンかも。
その後も他愛もない話に花を咲かせ、気が付くと朝方に立っとった。
「ほな、俺は帰るわ」
「あっ、駅まで送ります!」
「ええよ。女の子の独り歩きは危ないんやで?」
「なら、せめてお家の外まで送らせてください」
そう言うてミサちゃんは、ホンマに家の前まで俺のことを送ってくれる。
俺を見送るミサちゃんの表情は、少し暗かった。
「またな、ミサちゃん」
そう言うて小さく手を振ると、その俺の言葉にミサちゃんは目を丸くして驚いて見せる。
「また会ってくれるんですか……?」
その表情が、何処か明るくなった。
俺は小さく微笑みを返して。
「おん、また会お」
「はい……!!」
こうして、俺は帰路へと着いた。
──次の日。
俺は何となく、ミサちゃんの最寄りの駅の前へとやって着とった。
ざわつく人々の群れ。
その中で一人、俯くミサちゃんを見つけて。
「ミサちゃーん」
こちらへと顔を上げたミサちゃんに向かって、思いっきり手を振って見せる。
するとミサちゃんはハッとして、俺に笑顔を向けた。
「藤原さん……!」
さっきまで俯いとったのがまるで嘘みたいに、嬉しそうな笑みで俺のもとへと駆け寄ってくる。
「よく俺って分ったなぁ?」
ちなみに今の俺は、身バレ防止用に帽子を被り、マスクと伊達眼鏡をつけとる。
「声でわかりました」
そっか、そっかぁ。
俺、ええ声しとんもんなぁ(美声)
「藤原さんもお仕事帰りですか?」
不思議そうに首を傾げるミサちゃんの仕草は、あざとくも見えるが、なんとも可愛らしく感じる。
「いんや? ミサちゃんがちゃんと会社行けとるかなぁ? と思て」
“会社”と言う単語にピクリと反応を見せたミサちゃんは、その笑顔を曇らせた。
あ……ちょっと野暮なこと言うてもうたかも。
「悪い……大丈夫か?」
俺は優しくミサちゃんに尋ねる。
するとミサちゃんは、少し震え始めた。
「行けては、います……でも……」
昨日ぶりの涙声と涙目。
見てるこっちまで悲しくなって。
まだ問題は解決できてへんって事がわかった。
まぁ、昨日の今日やしな……。
「なぁミサちゃん。俺、車で来てんねんけど、良かったら送ってこか?」
「え……いいんですか……?」
「ミサちゃんがOKなら、俺は大歓迎や。ちょっとここで待っとって」
俺は近場のコインパーキングに停めとった車を、駅のロータリーまで回した。
車から降りて助手席のドアを開けると、ミサちゃんの方へ顔を向ける。
「ありがとうございます……」
ミサちゃんは弱々しく笑みを俺に向けると、助手席にへと腰を下ろした。
優し目にドアを閉め、運転席へと戻った俺は、車を発進させる。
車が走る間も、ミサちゃんは少し俯いたままやった。
何か、言葉をかけてあげたい。
そんな気持ちになって、俺は口を開く。
「……会社、行きたないのは……俺にもちょっと分かるよ」
ミサちゃんは少し顔を上げて、俺の方を見た。
「俺も行きたない時やってあるし、ミサちゃんの気持ちもちょっと分かんねん。学生時代の頃の話やけど、人間関係とか……イジメ……とかで、不登校になりかけた事あるし」
「……藤原さんにも……そんな時があったんですね……」
「おん。ほら俺、人見知りやし? そりゃあ上手くイケへんこともあるよ。……そんな時は、逃げてもええんちゃうかな?」
「……え……逃げ、る……?」
これは、ただの俺の気持ちやけど。
でも、もし俺なんかの言葉で。
ミサちゃんの心に何か与えられるんやったら。
「ええと思うよ、逃げても」
なんも知らへん癖にって、言われたってもええから。
ミサちゃんに伝えたい。
「ミサちゃんはまだ若いんやから、逃げ道が沢山あると俺は思うで」
「……」
「あ、もちろん死なへん方向でな!」
「…………そうですね」
ミサちゃんは、少し砕けた笑みをした。
「ありがとうございます……ちょっとだけ、気持ちが晴れました」
「そっか。良かった」
なんも知らへん癖にって、言われんでホンマに良かった。
「あの……なら、ひとつだけ、お願いがあります」
「お願いって……俺に?」
「はい」
「なに?」
ミサちゃんが頑張れるんやったら、なんでもやったるつもりやけど。
「たまにでいいので……またこうやって、駅まで迎えに来てくれませんか?」
「そんなんでええの?」
言われんでも、そうするつもりやったけど。
「俺なんかで良かったら、いくらでも迎えに行ったるよ」
ちょうど赤信号になって車が停まったから、俺はミサちゃんに微笑みを向けると。
「ありがとうございます!」
ミサちゃんは嬉しそうに笑った。
それからっちゅうもの、時間が空けば俺はミサちゃんを駅まで迎えに行くようになった。
ミサちゃんが会社に行ってることが分って、迎えに行くと毎回嬉しくなる。
けどそれ以上にミサちゃんに会える事が嬉しかった。
俺やっぱ好きみたい。
ミサちゃんのこと。
「ニヤニヤすんな。キショいねん」
楽屋でミサちゃんのことを考えとると、相方の井本がそう言うてきた。
「ええやろ、別にぃ」
俺はニヤニヤが止まらへん顔を背け、井本に背を向ける。
「なんかええ事あったん? マジでキモいねんけど」
「……」
なんとなく、井本にミサちゃんのことを話した。
ご丁寧にミサちゃんの写真とか見せたりして。
ちょっと恥ずかったけど、話して良かったと思う。
「ふぅん。良かったやん」
言葉の割には興味なさそうな表情の井本やけど。
相方なりに祝福してくれとるのが、長年一緒に居る俺にはわかった。
不意に壁の時計が目に入る。
「あ、そろそろお迎えの時間やわ。行ってきまーす」
楽屋に井本を残して、俺は駅へミサちゃんを迎えに行った。
駅から出て来る人々の群れを見詰める。
今日も一人俯いて歩いてるんかな、ミサちゃん。
──そんな君を、俺は待ってたんかな?
──そんな俺だけの君を、待ってたんかな?
そう言えば、ミサちゃんは勤めとった会社を辞めて、転職したらしい。
今日は、新たな会社に通い始めたミサちゃんと初めて会う。
少しドキドキしながら、駅のロータリーに停めた車の中からミサちゃんを待った。
車窓からミサちゃんの姿を見つけて、俺は目を疑う。
ミサちゃんは、同い年くらいの女の子と楽しそうに笑顔で喋りながら駅から出て来た。
……そっか。
転職、成功したんやな。
良かった。
喜ばしいことや。
やのに……なんで?
心が。
痛いくらい。
ドクドクすんの?
あ、そっか。
これはきっと。
泣かんくなったミサちゃんに。
俺はもう必要ないんや、って。
思ったから。
──君にはもう、俺だけちゃうもんな?
俺は黙って車を発進させた。
多分もう、迎えには行かんくて大丈夫やろう。
俺なんかが迎えに行くよりも、会社の人とかと帰った方がええはずやし。
その内会社で恋とかして、彼氏が出来て……そうなったら、俺は邪魔になるだけやろうし。
俺は、さよなら、も言わずに別れを決めた。
きっとミサちゃんは。
走り去る俺の車にすら気づかず。
笑って歩いてくんやろうな──。
*****
あれから数日が経った。
ミサちゃんと決別してからの俺は、っちゅうと。
ただミサちゃんと出会う前に戻っただけ──の筈やねんけど。
以前よりもミサちゃんのことを考えるようになってもうて。
「なぁ。最近のお前……何か凹んでへん?」
ある日、眉間に皺を寄せた井本にそんな事を言われた。
「……別に」
こんな時ばっか敏感な井本に少し腹が立って、俺の眉間にも皺が寄る。
「声低っく。絶対なんかあったんやろ」
「何もないよ」
俺は井本に背を向けた。
アカン。
喧嘩になりそう。
「あの子 の事やろ? なんちゅうったっけ……ミサちゃん? やっけ?」
井本は俺のこと意外と見とる。
それが逆に腹立たしい。
やって……ミサちゃんの話なんかしたら……。
また迎えに行きたなるやろ?
「ミサちゃんは無事に転職して元気になりました。友達も出来て順風満帆になりました。はい、めでたしめでたし。喜ばしい事やろ? 俺の凹む理由にならへん」
井本を黙らせたくて、俺は早口でそう捲くし立てた。
「喜ばしく思ってるようには見えへんけど……ふぅん。そっか、元気になったんか」
言いながら、井本は眉間の皺をより一層深くする。
「そんで? 迎え行かんくなってお前は凹んどる、ちゃうことか?」
「せやから、凹んでへんって言うてるやろ」
「なら何で迎えに行かへんねん? ミサちゃんがお前に、もう来んなっちゅうたんか?」
「……言うてへん……けど」
「ああ、そう言うことか。ヒーロー気取りで“ええ人”のまま去ろうっちゅうことか」
「……ちゃう」
「ホンマ恰好ええなぁ、お前は。流石、吉本男前ランキング伝送入りやなぁ」
その言い草に本格的に腹が立って、俺は井本の胸倉に掴みかかった。
井本は怯む様子を微塵も見せず、眼を飛ばしてくる。
「ほんなら……なんぼでも迎え行けや……このアホ!」
怒りの怖声。
逆に俺が怯まされた。
俺がウジウジとるから。
叱咤激励してくれたんやろうな。
けど……。
「ミサちゃんは……今頃会社の人と仲良く帰っとる筈や。俺はその時間を大切にして欲しい。せやから……もう俺は要らんねん……」
「なら……もうええわ!」
胸元を掴む俺の手を剥がすと、井本は怒った様子で楽屋から出て行った。
「漫才のオチか……アホのもと」
ごめん、井本。
ありがとう。
俺は近くの椅子に腰を落とし、俯いた。
帰る気ぃにもなれんくて、誰も居らん楽屋でぼーっとする。
何十分……いや、何時間経った頃やろう。
楽屋のドアが、
──ガチャ!!!!
勢い良く扉が開いた。
俺は跳ね上がりそうになるぐらい驚いて、ドアの方に体ごと向ける。
そこには、息を切らした井本の姿があった。
「え……何ごと……?」
井本は膝に手を突いて呼吸を整えると、顔を上げて俺を見る。
「……お前……ホンマに迎え行かん心算か?」
「……は……? その話はもう終わったやろ……」
「待ってんねん」
「……?」
「あの子! ミサちゃん! お前のことずっと待ってんねん!」
「…………へ」
どういうこと……?
「さっき駅の前通りかかったら、お前に見せてもろた女の子が居って……話聞いてみたら、ある人が迎えに来うへんから毎日夜まで待っとる……って!」
「はぁ……!?」
おい、ちょっと待てよ!?
俺が行かへんくなってからもう随分経つで!?
毎日待っとるって……。
「……早よ行ったれ!!!!」
井本の言葉に、俺は弾かれたようにその場から走り出した。
ミサちゃん……ごめんな。
もう少しだけ……待っとって!
車で駅までやって来ると、井本の言うた通り、ミサちゃんが待っとった。
「ミサちゃん……!!」
車から飛び出てミサちゃんのそばへと駆け寄る。
ミサちゃんは顔を上げると。
俺を見て、少し涙を浮かべながら微笑む。
「藤原さんっ……!!」
顔を見れただけで、こない嬉しいなんて。
ミサちゃんも俺のもとへ駆け寄ってきて。
その体を
──ギュッ
と抱き寄せた。
両腕で包んだ小さな体が愛しいくて堪らん。
「ごめん……ホンマにごめん……!!」
「……藤原さん……」
ミサちゃんは震えながら、背に腕を回して俺に抱きつく。
頬にはポロポロと涙が落ちてきとった。
また泣かせてもうた……。
「ごめんな……」
俺が弱々しくそう言うと、ミサちゃんは腕の中で首を横に降る。
「藤原さん……私……ずっと会いたかった……」
俺も。
俺もや……!
「……急に迎えに来てくれなくなったから…………私っ……嫌われたのかなって、思って……」
「そんな訳ないやん……こんなに好きやのに……!」
「──! ……うれしい……」
好きや。
大好き。
駅を出る人々の群れの中に。
一人だけ。
俺に微笑んでくれる。
君が──ミサちゃんが居って。
それだけでええ。
俺は。
それだけでええねん。
せやから──
「これからは、ミサちゃんのこと……恋人として迎えに来ても……いいですか?」
ちょっと照れ臭くなって。
敢えて敬語を使ってみた。
俺の言葉に。
ミサちゃんは笑顔で頷いて。
赤く染まる俺の頬に、背伸びをしてそっとキスをした。
「よろこんで……!」
その眩しい笑顔に。
俺まで笑顔になって。
──chu
ちいさな、おむかえの口づけを交わした。
THE END
(藤原 視点)
俺は、恋をした。
それはある夜のこと──。
仕事からの帰り道。
腕時計は深夜二時過ぎを指し示しとった。
「雨ダル……」
降り頻る雨にうんざりしながらも歩いとると、とある歩道橋が目につく。
「──?」
橋の中央辺り。
鉄柵の上に何かが居るのが見えた。
目を凝らして注視してみると……。
「──!!?」
それは、人間やった。
おそらく誰かが歩道橋から飛び降りようとしとる。
俺は差しとった傘を捨て、思わず駆け出した。
とてもやないけど見て見ぬフリなんてとてもやないけど出来へん……!
歩道橋の階段を滑りそうになりながら駆け登る。
間に合え……!!
俺は鉄柵の上に腰をかけて今にも飛び降りようとしとるその人物の身体を両腕で抱え、橋の内側へと引き戻した。
「いやっ! 離して!!」
え、女の子!?
腕の中に納まった華奢な身体と、その甲高い声で、今さなながらその人物が女の子やっちゅう事を悟る。
「落ち着けって……大丈夫やからっ……」
「いやあぁ!!」
俺はその子が安心できるように背中を擦りながら、優しく抱きしめた。
最初は混乱しとった女の子も、暫くすると落ち着きを取り戻したようで、大人しくなる。
そっと顔を上げたその子は、やっぱり泣いとって。
俺は、何故かその瞳を見た時、心に不思議な気持ちを抱いた。
何も言えずにその瞳を見つめ続けよると、雨に濡れたその子のクチが微かに動く。
「…………お願い……連れ出して……」
「え」
「……もう……生きていたくない……」
咄嗟に。
体が動いて。
──ギュッと。
女の子を抱きしめた。
「そんなこと……言うたらアカンよ……」
腕の中でその子は小さく震えだす。
ハッと我に返った俺は、とにかく身体を温める為に女の子を自宅まで送る事にした。
着とった上着を女の子の肩にかけてあげ、歩道に投げ捨てた傘を拾って女の子に差してあげる。
雨が降る暗い歩道を歩きながら、その子から色々と話を聞いた。
どうやら彼女はとある会社に勤める会社員で、職場の人間関係が上手くいかず、過労も重なって
話を聞きながら、俺は自分の学生時代と重ね合わせてもうて、心が痛なった。
家の前まで到着すると、雨が凌げる軒下まで女の子を送り、俺は踵を返す。
「じゃぁ、俺ここで」
「え……」
女の子は名残惜しそうな顔をして、俺の服の掴んだ。
「あのっ、よかったらお茶でもどうですか?」
「え、でも……」
未婚の女性の家に男が上がり込むのって、常識的にどうなん?
「助けて頂いたお礼もしたいですし……」
「……」
俺も、ここで別れるのはどうも惜しく思えて、今日だけは彼女のお言葉に甘える事にした。
ちょっとお茶を飲むだけの心算が、シャワーまで貸してもろて。
リビングで暖かい飲み物を飲みながら温まっとると、ふいに女の子が口を開く。
「自己紹介……まだでしたよね? 私……ミサって言います」
へぇ。
ミサちゃん、って言うんや。
可愛ええ名前やな。
「あ、えっと……俺は──」
「知ってます。ライセンスの藤原さん……ですよね?」
言うてミサちゃんは小さく笑った。
……なんや、笑った方が可愛ええやんか。
俺は心のどこかでホッとした。
「俺のこと知ってたんや……ちょっと恥いな……」
「はい。テレビでは……その……見たことないんですけど……YouTubeとかBOOK・OFFのDVDのお笑いのコーナーとかで観たことあって……」
「ああ……そうなんやぁ……」
……俺、もっとテレビの仕事も頑張らなアカンかも。
その後も他愛もない話に花を咲かせ、気が付くと朝方に立っとった。
「ほな、俺は帰るわ」
「あっ、駅まで送ります!」
「ええよ。女の子の独り歩きは危ないんやで?」
「なら、せめてお家の外まで送らせてください」
そう言うてミサちゃんは、ホンマに家の前まで俺のことを送ってくれる。
俺を見送るミサちゃんの表情は、少し暗かった。
「またな、ミサちゃん」
そう言うて小さく手を振ると、その俺の言葉にミサちゃんは目を丸くして驚いて見せる。
「また会ってくれるんですか……?」
その表情が、何処か明るくなった。
俺は小さく微笑みを返して。
「おん、また会お」
「はい……!!」
こうして、俺は帰路へと着いた。
──次の日。
俺は何となく、ミサちゃんの最寄りの駅の前へとやって着とった。
ざわつく人々の群れ。
その中で一人、俯くミサちゃんを見つけて。
「ミサちゃーん」
こちらへと顔を上げたミサちゃんに向かって、思いっきり手を振って見せる。
するとミサちゃんはハッとして、俺に笑顔を向けた。
「藤原さん……!」
さっきまで俯いとったのがまるで嘘みたいに、嬉しそうな笑みで俺のもとへと駆け寄ってくる。
「よく俺って分ったなぁ?」
ちなみに今の俺は、身バレ防止用に帽子を被り、マスクと伊達眼鏡をつけとる。
「声でわかりました」
そっか、そっかぁ。
俺、ええ声しとんもんなぁ(美声)
「藤原さんもお仕事帰りですか?」
不思議そうに首を傾げるミサちゃんの仕草は、あざとくも見えるが、なんとも可愛らしく感じる。
「いんや? ミサちゃんがちゃんと会社行けとるかなぁ? と思て」
“会社”と言う単語にピクリと反応を見せたミサちゃんは、その笑顔を曇らせた。
あ……ちょっと野暮なこと言うてもうたかも。
「悪い……大丈夫か?」
俺は優しくミサちゃんに尋ねる。
するとミサちゃんは、少し震え始めた。
「行けては、います……でも……」
昨日ぶりの涙声と涙目。
見てるこっちまで悲しくなって。
まだ問題は解決できてへんって事がわかった。
まぁ、昨日の今日やしな……。
「なぁミサちゃん。俺、車で来てんねんけど、良かったら送ってこか?」
「え……いいんですか……?」
「ミサちゃんがOKなら、俺は大歓迎や。ちょっとここで待っとって」
俺は近場のコインパーキングに停めとった車を、駅のロータリーまで回した。
車から降りて助手席のドアを開けると、ミサちゃんの方へ顔を向ける。
「ありがとうございます……」
ミサちゃんは弱々しく笑みを俺に向けると、助手席にへと腰を下ろした。
優し目にドアを閉め、運転席へと戻った俺は、車を発進させる。
車が走る間も、ミサちゃんは少し俯いたままやった。
何か、言葉をかけてあげたい。
そんな気持ちになって、俺は口を開く。
「……会社、行きたないのは……俺にもちょっと分かるよ」
ミサちゃんは少し顔を上げて、俺の方を見た。
「俺も行きたない時やってあるし、ミサちゃんの気持ちもちょっと分かんねん。学生時代の頃の話やけど、人間関係とか……イジメ……とかで、不登校になりかけた事あるし」
「……藤原さんにも……そんな時があったんですね……」
「おん。ほら俺、人見知りやし? そりゃあ上手くイケへんこともあるよ。……そんな時は、逃げてもええんちゃうかな?」
「……え……逃げ、る……?」
これは、ただの俺の気持ちやけど。
でも、もし俺なんかの言葉で。
ミサちゃんの心に何か与えられるんやったら。
「ええと思うよ、逃げても」
なんも知らへん癖にって、言われたってもええから。
ミサちゃんに伝えたい。
「ミサちゃんはまだ若いんやから、逃げ道が沢山あると俺は思うで」
「……」
「あ、もちろん死なへん方向でな!」
「…………そうですね」
ミサちゃんは、少し砕けた笑みをした。
「ありがとうございます……ちょっとだけ、気持ちが晴れました」
「そっか。良かった」
なんも知らへん癖にって、言われんでホンマに良かった。
「あの……なら、ひとつだけ、お願いがあります」
「お願いって……俺に?」
「はい」
「なに?」
ミサちゃんが頑張れるんやったら、なんでもやったるつもりやけど。
「たまにでいいので……またこうやって、駅まで迎えに来てくれませんか?」
「そんなんでええの?」
言われんでも、そうするつもりやったけど。
「俺なんかで良かったら、いくらでも迎えに行ったるよ」
ちょうど赤信号になって車が停まったから、俺はミサちゃんに微笑みを向けると。
「ありがとうございます!」
ミサちゃんは嬉しそうに笑った。
それからっちゅうもの、時間が空けば俺はミサちゃんを駅まで迎えに行くようになった。
ミサちゃんが会社に行ってることが分って、迎えに行くと毎回嬉しくなる。
けどそれ以上にミサちゃんに会える事が嬉しかった。
俺やっぱ好きみたい。
ミサちゃんのこと。
「ニヤニヤすんな。キショいねん」
楽屋でミサちゃんのことを考えとると、相方の井本がそう言うてきた。
「ええやろ、別にぃ」
俺はニヤニヤが止まらへん顔を背け、井本に背を向ける。
「なんかええ事あったん? マジでキモいねんけど」
「……」
なんとなく、井本にミサちゃんのことを話した。
ご丁寧にミサちゃんの写真とか見せたりして。
ちょっと恥ずかったけど、話して良かったと思う。
「ふぅん。良かったやん」
言葉の割には興味なさそうな表情の井本やけど。
相方なりに祝福してくれとるのが、長年一緒に居る俺にはわかった。
不意に壁の時計が目に入る。
「あ、そろそろお迎えの時間やわ。行ってきまーす」
楽屋に井本を残して、俺は駅へミサちゃんを迎えに行った。
駅から出て来る人々の群れを見詰める。
今日も一人俯いて歩いてるんかな、ミサちゃん。
──そんな君を、俺は待ってたんかな?
──そんな俺だけの君を、待ってたんかな?
そう言えば、ミサちゃんは勤めとった会社を辞めて、転職したらしい。
今日は、新たな会社に通い始めたミサちゃんと初めて会う。
少しドキドキしながら、駅のロータリーに停めた車の中からミサちゃんを待った。
車窓からミサちゃんの姿を見つけて、俺は目を疑う。
ミサちゃんは、同い年くらいの女の子と楽しそうに笑顔で喋りながら駅から出て来た。
……そっか。
転職、成功したんやな。
良かった。
喜ばしいことや。
やのに……なんで?
心が。
痛いくらい。
ドクドクすんの?
あ、そっか。
これはきっと。
泣かんくなったミサちゃんに。
俺はもう必要ないんや、って。
思ったから。
──君にはもう、俺だけちゃうもんな?
俺は黙って車を発進させた。
多分もう、迎えには行かんくて大丈夫やろう。
俺なんかが迎えに行くよりも、会社の人とかと帰った方がええはずやし。
その内会社で恋とかして、彼氏が出来て……そうなったら、俺は邪魔になるだけやろうし。
俺は、さよなら、も言わずに別れを決めた。
きっとミサちゃんは。
走り去る俺の車にすら気づかず。
笑って歩いてくんやろうな──。
*****
あれから数日が経った。
ミサちゃんと決別してからの俺は、っちゅうと。
ただミサちゃんと出会う前に戻っただけ──の筈やねんけど。
以前よりもミサちゃんのことを考えるようになってもうて。
「なぁ。最近のお前……何か凹んでへん?」
ある日、眉間に皺を寄せた井本にそんな事を言われた。
「……別に」
こんな時ばっか敏感な井本に少し腹が立って、俺の眉間にも皺が寄る。
「声低っく。絶対なんかあったんやろ」
「何もないよ」
俺は井本に背を向けた。
アカン。
喧嘩になりそう。
「
井本は俺のこと意外と見とる。
それが逆に腹立たしい。
やって……ミサちゃんの話なんかしたら……。
また迎えに行きたなるやろ?
「ミサちゃんは無事に転職して元気になりました。友達も出来て順風満帆になりました。はい、めでたしめでたし。喜ばしい事やろ? 俺の凹む理由にならへん」
井本を黙らせたくて、俺は早口でそう捲くし立てた。
「喜ばしく思ってるようには見えへんけど……ふぅん。そっか、元気になったんか」
言いながら、井本は眉間の皺をより一層深くする。
「そんで? 迎え行かんくなってお前は凹んどる、ちゃうことか?」
「せやから、凹んでへんって言うてるやろ」
「なら何で迎えに行かへんねん? ミサちゃんがお前に、もう来んなっちゅうたんか?」
「……言うてへん……けど」
「ああ、そう言うことか。ヒーロー気取りで“ええ人”のまま去ろうっちゅうことか」
「……ちゃう」
「ホンマ恰好ええなぁ、お前は。流石、吉本男前ランキング伝送入りやなぁ」
その言い草に本格的に腹が立って、俺は井本の胸倉に掴みかかった。
井本は怯む様子を微塵も見せず、眼を飛ばしてくる。
「ほんなら……なんぼでも迎え行けや……このアホ!」
怒りの怖声。
逆に俺が怯まされた。
俺がウジウジとるから。
叱咤激励してくれたんやろうな。
けど……。
「ミサちゃんは……今頃会社の人と仲良く帰っとる筈や。俺はその時間を大切にして欲しい。せやから……もう俺は要らんねん……」
「なら……もうええわ!」
胸元を掴む俺の手を剥がすと、井本は怒った様子で楽屋から出て行った。
「漫才のオチか……アホのもと」
ごめん、井本。
ありがとう。
俺は近くの椅子に腰を落とし、俯いた。
帰る気ぃにもなれんくて、誰も居らん楽屋でぼーっとする。
何十分……いや、何時間経った頃やろう。
楽屋のドアが、
──ガチャ!!!!
勢い良く扉が開いた。
俺は跳ね上がりそうになるぐらい驚いて、ドアの方に体ごと向ける。
そこには、息を切らした井本の姿があった。
「え……何ごと……?」
井本は膝に手を突いて呼吸を整えると、顔を上げて俺を見る。
「……お前……ホンマに迎え行かん心算か?」
「……は……? その話はもう終わったやろ……」
「待ってんねん」
「……?」
「あの子! ミサちゃん! お前のことずっと待ってんねん!」
「…………へ」
どういうこと……?
「さっき駅の前通りかかったら、お前に見せてもろた女の子が居って……話聞いてみたら、ある人が迎えに来うへんから毎日夜まで待っとる……って!」
「はぁ……!?」
おい、ちょっと待てよ!?
俺が行かへんくなってからもう随分経つで!?
毎日待っとるって……。
「……早よ行ったれ!!!!」
井本の言葉に、俺は弾かれたようにその場から走り出した。
ミサちゃん……ごめんな。
もう少しだけ……待っとって!
車で駅までやって来ると、井本の言うた通り、ミサちゃんが待っとった。
「ミサちゃん……!!」
車から飛び出てミサちゃんのそばへと駆け寄る。
ミサちゃんは顔を上げると。
俺を見て、少し涙を浮かべながら微笑む。
「藤原さんっ……!!」
顔を見れただけで、こない嬉しいなんて。
ミサちゃんも俺のもとへ駆け寄ってきて。
その体を
──ギュッ
と抱き寄せた。
両腕で包んだ小さな体が愛しいくて堪らん。
「ごめん……ホンマにごめん……!!」
「……藤原さん……」
ミサちゃんは震えながら、背に腕を回して俺に抱きつく。
頬にはポロポロと涙が落ちてきとった。
また泣かせてもうた……。
「ごめんな……」
俺が弱々しくそう言うと、ミサちゃんは腕の中で首を横に降る。
「藤原さん……私……ずっと会いたかった……」
俺も。
俺もや……!
「……急に迎えに来てくれなくなったから…………私っ……嫌われたのかなって、思って……」
「そんな訳ないやん……こんなに好きやのに……!」
「──! ……うれしい……」
好きや。
大好き。
駅を出る人々の群れの中に。
一人だけ。
俺に微笑んでくれる。
君が──ミサちゃんが居って。
それだけでええ。
俺は。
それだけでええねん。
せやから──
「これからは、ミサちゃんのこと……恋人として迎えに来ても……いいですか?」
ちょっと照れ臭くなって。
敢えて敬語を使ってみた。
俺の言葉に。
ミサちゃんは笑顔で頷いて。
赤く染まる俺の頬に、背伸びをしてそっとキスをした。
「よろこんで……!」
その眩しい笑顔に。
俺まで笑顔になって。
──chu
ちいさな、おむかえの口づけを交わした。
THE END