ライセンス藤原一裕の夢小説
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いもうと
(夢主 視点)
私は。
産まれてから一度も、感情と言えるものを感じた事がなかった。
あの人と出会うまでは。
そんな、ボロボロだった私を救ってくれたのは、他の誰でもないあの人だった。
彼が涙を教えてくれた。
私の両親は、私が中学生の頃に事故で亡くなった。
一人っ子だった私は親戚の家をたらい回しにされて、肩身が狭かった私は、高校生になった時に一人暮らしを始める。
けど学校でも周りと馴染めなくて、ニ年生になった時に退学届けを出して、高校を辞めた。
思えばそれが、私の人生の転機だったのかも知れない。
高校をやめてからは、時間が沢山出来て。
代わりにお金が無くなった。
お金が必要で、けど学もない非力な私は、体を売る商売を始めた。
最初は、気持ち悪いおじさんに、お金と引き換え自分の身体を触られ、抱かれる事に抵抗があったけど。
それでも沢山のお金を手に入れる事で、私は気を紛らわせていた。
でも、一ヶ月もすると私の身体は限界を超えて、病気になった。
色々なおじさんからもらった 汚い病気。
治すのに時間がかかって、身体で得たお金もその治療費となって 消えていった。
結局。
私には何も残らなかった。
残ったのは辛い過去と病気だけ。
なんとか日常生活が送れるほど快復したけど、バイトが出来るほどの体力はまだない。
家賃をもう払えなくなってしまい、私は逃げるように街を彷徨い歩いた。
毎日、毎日、毎日。
そんな日々を送って、どのくらいか月日が経った頃。
夜中の三時。
渡しは雨が降る街をいつも通り彷徨っていた。
傘なんてもちろん持っていない。
どこに行く訳でもなく、ただふらふらと歩いていた。
何度も転んだり、人にぶつかったりして、倒れそうになる。
それでも行くあてもないまま、私は歩き続けた。
ドンッ──
また人にぶつかった。
いつもならそのまま歩き続けるんだけど……。
もう、足に力が入らない。
「おい……!」
倒れそうになる私の腕を、誰かが掴む。
あぁ、きっとこの人に殴られるんだろうな。
そう思って、私は目を瞑った。
*****
久しぶりに夢を見た。
お家のリビングに、私とお父さんとお母さんが居て。
三人で、ご飯を食べてる。
机の上には沢山の料理が並んでて。
お父さんとお母さんが隣に座っていて。
私が、学校であっまなんでもない出来事を話して、お父さんとお母さんが、それを聞いて笑ってくれる。
楽しかった、あの毎日が。
戻ってきたような気がした──。
*****
目を覚ますと、そこは見覚えのない天井、匂い、光景があった。
私の家……?
いや、違う。
ここはどこ?
わかんない……。
そもそも、昨日の記憶がない。
雨の中歩いていた所までは覚えてるけど……。
「目ぇ覚ましたみたいやな」
誰かの声が聞こえて顔を向けると、浅黒い男の人が隣で横になっていた。
ちょっとイケメンかも。
でもまず、そんな事より……一つのベッドに、二人の男女。
ああ、そっか。
私、また身体を売ろうとしたんだ。
そう思った。
「……幾らくれます?」
「は?」
「私達……ヤッたんですよね?」
「お前、何言うてんの?」
「え……だって……お客さんじゃないの?」
てっきりまた知らないおじさんについて行って、売りをしたんだと思ってた……けど。
この人の反応を見る限り、違うっぽい。
頭がボーッとして、思考が回らない。
「何も覚えてないん? 昨日の事」
「……何も」
「俺とぶつかって、君が倒れそうになったから、俺が腕掴んだらそのまま寝てもうたんやで?」
「そうですか……ここ、アナタの家?」
「そうや」
見た感じ、お金持ちそうな雰囲気。
「君、名前は?」
「……ミサ。アナタの名前は?」
「俺は藤原や。ミサは、高校生ぐらいか?」
「うん。辞めちゃったけど」
「高校を?」
「うん」
藤原さんは急に喋らなくなった。
重々しい空気を、私には何とか出来なくて。
黙っていると、藤原さんがまた話しだした。
「ミサ、家どこ? 送ったるから。オカン心配してんで?」
「お母さんは……居ない。もう死んじゃったから」
「……ならオトンは?」
「お父さんも居ない。ちなみに兄弟もいないよ」
あーあ。
また黙っちゃった。
でも嘘は吐いてないし。
全部全部本当の事。
「オトンもオカンも居らんなに……ミサはどうやって生きてきたん?」
「身体売って、お金貰ってた。病気になっちゃったから、辞めちゃったけど。でも大分病気も治ったから、アナタ……藤原さん……もお客さんかと思って……」
「……そっか。今はどこ住んでんの?」
「街外れのボロ家だけど……
もうすぐ家賃払えなくなっちゃうんだよね」
ねぇ。
ここまで私のことを知ったあなたは、どう思う?
今すぐここから追い出す?
それとも本当にお客さんになる?
私は。
どうすればいい?
「じゃあさ、ここ住まへん?」
「……へ? で、でも……私、何も持ってないし……体だってまだ今は……」
「なんもなくてええよ」
藤原さんは、私の頭を少し雑に撫でてくれる。
久しぶりに感じた人の温もりが、凄く温かく感じた。
よく考えたら、人とこんな風に触れ合うなんて凄く久しぶり。
高校をやめてから、身体目当てのおじさんとしか話していなかったし。
そう思うと、目頭が熱くなった。
「何泣いとん」
泣いてる?
私が?
顔に触れると、涙で手の平が濡れた。
いつからだろう?
泣かなくなったのは。
両親が死んだ時も、涙なんて出なかった。
ただただ信じられなくて。
初めて男性に抱かれる時も、泣かなかった。
ただただ虚しくて。
病気だってわかった時も、泣かなかった。
ただただ不安で。
なのに。
なんで私。
泣いてるんだろう。
「俺な、人見知りやから、誰でもほいほい自分の家に上げるタイプちゃうねんで? でも……ミサは、なんか……助けてあげたいって思ってん」
「藤原さん……私……何も持ってないけど……なんでもしますから、ここに……居てもいい……?」
藤原さんは、私の言葉に笑った。
「さっきも言うたやろ。何もしなくてええから、ここに住んだらええ」
「……でも、何か私に出来る事ないですか?」
「うーん……なら俺の妹になって」
「え? 妹?」
「そ。俺さ、弟は居んねんけど妹は居らんくて、ずっと妹がほしかってん」
こうして私は、藤原さんの妹になった。
「藤原さんは、下の名前なんて言うんですか?」
「下の名前? 一裕やけど」
「なら、これからは“カズ兄”って呼びますね」
「まぁ、ええけど」
言いながら、藤原さんことカズ兄は照れ臭そうに笑う。
その後、私は荷物をまとめると、住んでいたボロ家を出た。
カズ兄も手伝ってくれて、引越しが終わるとカズ兄は直ぐに仕事へ行ってしまったけど。
忙しいのに私の事を手伝ってくれたんだと思うと、どうしようもなく嬉しかった。
少しでもカズ兄の役に立ちたくて、カズ兄の為に料理を作って帰りを待った。
カズ兄が帰ってくるのを零時過ぎても待ち続けて。
いつのまにか私は、眠ってしまっていた。
目が覚めると次の日の朝になっていて、ソファで横になっていた私の身体には毛布がかけられていた。
作って置いた料理は完食されていて、お皿まできっちりと洗い終えていて。
帰ってきた藤原さんが私にわざわざ布団をかけてくれて、私の料理を食べてくれていた事に気づかされる。
机の上にはメモがあって、『うまかった。ありがとう』と書いてあった。
それからは、一日が過ぎるのが早く感じるようになった。
一日一日が、とても大切な物となって。
今まで生きてきて。
こんなにも人の為に何かをしたいと思った事はなかった。
こんなに誰かを想う気持ちが芽生えるなんて、思ってもみなかった。
誰かに優しくされることが凄く嬉しくて。
また、涙が出てきた。
その涙は全て、嬉し涙だった。
今まで涙を流したことがなかった理由を、分かった気がした。
悲しい時。
悔しい時。
怒った時。
痛い時。
私は辛いと感じた時、涙を流さない。
いや、流せない。
けど。
嬉しい時。
私の涙は、流れて来る。
カズ兄と出会ってから、毎日が楽しくて、嬉しくて。
その気持ちが涙となって、現れるんだ。
これからも一杯、嬉し涙を流したいな。
カズ兄の傍に居られたら、もっと泣けるんじゃないかなって思う。
私はそれぐらい、カズ兄の事が好きになってしまったから。
「カズ兄」
「ん? 何?」
「本当にずっとここにいてもいいの?」
「ええって言うたやろ。お前は俺の、妹なんやから」
「ありがとう。カズ兄大好き」
「俺も、大好きやで」
いつか、妹じゃなくて。
カズ兄の彼女になれますように。
THE END
*****
(藤原 視点)
暗い空。
土砂降りの街。
捨てられた犬のように。
凍える少女。
手を差し伸べると。
儚く散ってしまいそうで。
温めたかった。
このままでええ。
俺ん所に居ったらええ。
せやから。
何処にも行かんといて。
俺がずっと傍に居るから。
THE END
*****
(井本 視点)
俺、井本貴史は、今。
発見した事が三つある。
その壱。
藤原に妹が居った事。
弟が居った事は当然ながら知っとった事やけど、こんな可愛ええ妹が居ったなんて知らんかった。
その弐。
藤原がかなりのシスコンやった事。
正直言うてキモイ。
その参。
俺は──
それは俺が楽屋に入った時の事やった。
いつも通りに扉を開けると、そこにはいつも通りじゃない光景がある。
楽屋の中には、知らん女の子が居った。
多分まだ学生の、よう見ると結構別嬪さんな女の子。
「驚いた?」
その子を困惑した気持ちで見ていると、嬉しそうな相方の声が聞こえてきて。
ウンザリした気持ちで声の方を見た。
やって、藤原が嬉しそうな時は決まって面倒な事が待っとる気ぃがして。
「……誰やねん、この子」
「知りたい? 知りたいん?」
「……うっざ。早よ教えろ」
「俺の妹。あの子」
「…………は!?」
俺は思わず藤原と妹と呼ばれた女の子を交互に見た。
「似てへんやん……」
「失礼なやっちゃなぁ」
藤原が手招きをすると、妹は嬉しそうに寄って、藤原の腕に抱き着く。
「コイツが、俺の妹のミサや」
そう言うて、藤原はミサの頭を撫でた。
「ミサです。はじめまして」
ニコっと笑ったミサは、礼儀正しく俺に頭を下げる。
「井本……です」
見れば見る程、藤原の妹っちゅう割に若すぎる気ぃする。
やっぱどう見たって学生やん。
……っちゅうか。
さっきからこの二人、ベタベタしすぎちゃうか?
兄妹やねんな?
藤原も鼻の下伸ばしながらずっとミサの頭撫でてるし。
マジでキモイからやめて欲しいねんけど。
なんかこの兄妹……変や。
これは裏がありそう。
興味あんま無いけど。
「カズ兄っ!」
「ん? 何ぃ?」
「私、先に帰ってもいい?」
「ん、もう帰るんか? 井本、俺も帰るわ」
あっそ、と思いながら藤原に背を向けて楽屋の椅子に腰を下ろす。
でも気になるから、スマホを確認するフリをして二人の事を横目で見てみると。
藤原はミサと、さも当たり前のように手を繋いで、楽屋を後にした。
なんやねん……アレ。
なんやねん……あの子。
俺、井本貴史は、今。
発見した事が三つある。
その壱。
藤原に妹が居った事。
それもあり得へんぐらい、年下の。
その弐。
藤原がかなりのシスコンやった事。
つか、あの子も相当のブラコンちゃう?
その参。
俺は──藤原の妹、ミサの事が。
色んな意味で気になり始めとった事。
ミサっちゅう存在が、これからどんな風に俺達を翻弄していくのか。
まだ俺は知らへん。
THE END
(夢主 視点)
私は。
産まれてから一度も、感情と言えるものを感じた事がなかった。
あの人と出会うまでは。
そんな、ボロボロだった私を救ってくれたのは、他の誰でもないあの人だった。
彼が涙を教えてくれた。
私の両親は、私が中学生の頃に事故で亡くなった。
一人っ子だった私は親戚の家をたらい回しにされて、肩身が狭かった私は、高校生になった時に一人暮らしを始める。
けど学校でも周りと馴染めなくて、ニ年生になった時に退学届けを出して、高校を辞めた。
思えばそれが、私の人生の転機だったのかも知れない。
高校をやめてからは、時間が沢山出来て。
代わりにお金が無くなった。
お金が必要で、けど学もない非力な私は、体を売る商売を始めた。
最初は、気持ち悪いおじさんに、お金と引き換え自分の身体を触られ、抱かれる事に抵抗があったけど。
それでも沢山のお金を手に入れる事で、私は気を紛らわせていた。
でも、一ヶ月もすると私の身体は限界を超えて、病気になった。
色々なおじさんからもらった 汚い病気。
治すのに時間がかかって、身体で得たお金もその治療費となって 消えていった。
結局。
私には何も残らなかった。
残ったのは辛い過去と病気だけ。
なんとか日常生活が送れるほど快復したけど、バイトが出来るほどの体力はまだない。
家賃をもう払えなくなってしまい、私は逃げるように街を彷徨い歩いた。
毎日、毎日、毎日。
そんな日々を送って、どのくらいか月日が経った頃。
夜中の三時。
渡しは雨が降る街をいつも通り彷徨っていた。
傘なんてもちろん持っていない。
どこに行く訳でもなく、ただふらふらと歩いていた。
何度も転んだり、人にぶつかったりして、倒れそうになる。
それでも行くあてもないまま、私は歩き続けた。
ドンッ──
また人にぶつかった。
いつもならそのまま歩き続けるんだけど……。
もう、足に力が入らない。
「おい……!」
倒れそうになる私の腕を、誰かが掴む。
あぁ、きっとこの人に殴られるんだろうな。
そう思って、私は目を瞑った。
*****
久しぶりに夢を見た。
お家のリビングに、私とお父さんとお母さんが居て。
三人で、ご飯を食べてる。
机の上には沢山の料理が並んでて。
お父さんとお母さんが隣に座っていて。
私が、学校であっまなんでもない出来事を話して、お父さんとお母さんが、それを聞いて笑ってくれる。
楽しかった、あの毎日が。
戻ってきたような気がした──。
*****
目を覚ますと、そこは見覚えのない天井、匂い、光景があった。
私の家……?
いや、違う。
ここはどこ?
わかんない……。
そもそも、昨日の記憶がない。
雨の中歩いていた所までは覚えてるけど……。
「目ぇ覚ましたみたいやな」
誰かの声が聞こえて顔を向けると、浅黒い男の人が隣で横になっていた。
ちょっとイケメンかも。
でもまず、そんな事より……一つのベッドに、二人の男女。
ああ、そっか。
私、また身体を売ろうとしたんだ。
そう思った。
「……幾らくれます?」
「は?」
「私達……ヤッたんですよね?」
「お前、何言うてんの?」
「え……だって……お客さんじゃないの?」
てっきりまた知らないおじさんについて行って、売りをしたんだと思ってた……けど。
この人の反応を見る限り、違うっぽい。
頭がボーッとして、思考が回らない。
「何も覚えてないん? 昨日の事」
「……何も」
「俺とぶつかって、君が倒れそうになったから、俺が腕掴んだらそのまま寝てもうたんやで?」
「そうですか……ここ、アナタの家?」
「そうや」
見た感じ、お金持ちそうな雰囲気。
「君、名前は?」
「……ミサ。アナタの名前は?」
「俺は藤原や。ミサは、高校生ぐらいか?」
「うん。辞めちゃったけど」
「高校を?」
「うん」
藤原さんは急に喋らなくなった。
重々しい空気を、私には何とか出来なくて。
黙っていると、藤原さんがまた話しだした。
「ミサ、家どこ? 送ったるから。オカン心配してんで?」
「お母さんは……居ない。もう死んじゃったから」
「……ならオトンは?」
「お父さんも居ない。ちなみに兄弟もいないよ」
あーあ。
また黙っちゃった。
でも嘘は吐いてないし。
全部全部本当の事。
「オトンもオカンも居らんなに……ミサはどうやって生きてきたん?」
「身体売って、お金貰ってた。病気になっちゃったから、辞めちゃったけど。でも大分病気も治ったから、アナタ……藤原さん……もお客さんかと思って……」
「……そっか。今はどこ住んでんの?」
「街外れのボロ家だけど……
もうすぐ家賃払えなくなっちゃうんだよね」
ねぇ。
ここまで私のことを知ったあなたは、どう思う?
今すぐここから追い出す?
それとも本当にお客さんになる?
私は。
どうすればいい?
「じゃあさ、ここ住まへん?」
「……へ? で、でも……私、何も持ってないし……体だってまだ今は……」
「なんもなくてええよ」
藤原さんは、私の頭を少し雑に撫でてくれる。
久しぶりに感じた人の温もりが、凄く温かく感じた。
よく考えたら、人とこんな風に触れ合うなんて凄く久しぶり。
高校をやめてから、身体目当てのおじさんとしか話していなかったし。
そう思うと、目頭が熱くなった。
「何泣いとん」
泣いてる?
私が?
顔に触れると、涙で手の平が濡れた。
いつからだろう?
泣かなくなったのは。
両親が死んだ時も、涙なんて出なかった。
ただただ信じられなくて。
初めて男性に抱かれる時も、泣かなかった。
ただただ虚しくて。
病気だってわかった時も、泣かなかった。
ただただ不安で。
なのに。
なんで私。
泣いてるんだろう。
「俺な、人見知りやから、誰でもほいほい自分の家に上げるタイプちゃうねんで? でも……ミサは、なんか……助けてあげたいって思ってん」
「藤原さん……私……何も持ってないけど……なんでもしますから、ここに……居てもいい……?」
藤原さんは、私の言葉に笑った。
「さっきも言うたやろ。何もしなくてええから、ここに住んだらええ」
「……でも、何か私に出来る事ないですか?」
「うーん……なら俺の妹になって」
「え? 妹?」
「そ。俺さ、弟は居んねんけど妹は居らんくて、ずっと妹がほしかってん」
こうして私は、藤原さんの妹になった。
「藤原さんは、下の名前なんて言うんですか?」
「下の名前? 一裕やけど」
「なら、これからは“カズ兄”って呼びますね」
「まぁ、ええけど」
言いながら、藤原さんことカズ兄は照れ臭そうに笑う。
その後、私は荷物をまとめると、住んでいたボロ家を出た。
カズ兄も手伝ってくれて、引越しが終わるとカズ兄は直ぐに仕事へ行ってしまったけど。
忙しいのに私の事を手伝ってくれたんだと思うと、どうしようもなく嬉しかった。
少しでもカズ兄の役に立ちたくて、カズ兄の為に料理を作って帰りを待った。
カズ兄が帰ってくるのを零時過ぎても待ち続けて。
いつのまにか私は、眠ってしまっていた。
目が覚めると次の日の朝になっていて、ソファで横になっていた私の身体には毛布がかけられていた。
作って置いた料理は完食されていて、お皿まできっちりと洗い終えていて。
帰ってきた藤原さんが私にわざわざ布団をかけてくれて、私の料理を食べてくれていた事に気づかされる。
机の上にはメモがあって、『うまかった。ありがとう』と書いてあった。
それからは、一日が過ぎるのが早く感じるようになった。
一日一日が、とても大切な物となって。
今まで生きてきて。
こんなにも人の為に何かをしたいと思った事はなかった。
こんなに誰かを想う気持ちが芽生えるなんて、思ってもみなかった。
誰かに優しくされることが凄く嬉しくて。
また、涙が出てきた。
その涙は全て、嬉し涙だった。
今まで涙を流したことがなかった理由を、分かった気がした。
悲しい時。
悔しい時。
怒った時。
痛い時。
私は辛いと感じた時、涙を流さない。
いや、流せない。
けど。
嬉しい時。
私の涙は、流れて来る。
カズ兄と出会ってから、毎日が楽しくて、嬉しくて。
その気持ちが涙となって、現れるんだ。
これからも一杯、嬉し涙を流したいな。
カズ兄の傍に居られたら、もっと泣けるんじゃないかなって思う。
私はそれぐらい、カズ兄の事が好きになってしまったから。
「カズ兄」
「ん? 何?」
「本当にずっとここにいてもいいの?」
「ええって言うたやろ。お前は俺の、妹なんやから」
「ありがとう。カズ兄大好き」
「俺も、大好きやで」
いつか、妹じゃなくて。
カズ兄の彼女になれますように。
THE END
*****
(藤原 視点)
暗い空。
土砂降りの街。
捨てられた犬のように。
凍える少女。
手を差し伸べると。
儚く散ってしまいそうで。
温めたかった。
このままでええ。
俺ん所に居ったらええ。
せやから。
何処にも行かんといて。
俺がずっと傍に居るから。
THE END
*****
(井本 視点)
俺、井本貴史は、今。
発見した事が三つある。
その壱。
藤原に妹が居った事。
弟が居った事は当然ながら知っとった事やけど、こんな可愛ええ妹が居ったなんて知らんかった。
その弐。
藤原がかなりのシスコンやった事。
正直言うてキモイ。
その参。
俺は──
それは俺が楽屋に入った時の事やった。
いつも通りに扉を開けると、そこにはいつも通りじゃない光景がある。
楽屋の中には、知らん女の子が居った。
多分まだ学生の、よう見ると結構別嬪さんな女の子。
「驚いた?」
その子を困惑した気持ちで見ていると、嬉しそうな相方の声が聞こえてきて。
ウンザリした気持ちで声の方を見た。
やって、藤原が嬉しそうな時は決まって面倒な事が待っとる気ぃがして。
「……誰やねん、この子」
「知りたい? 知りたいん?」
「……うっざ。早よ教えろ」
「俺の妹。あの子」
「…………は!?」
俺は思わず藤原と妹と呼ばれた女の子を交互に見た。
「似てへんやん……」
「失礼なやっちゃなぁ」
藤原が手招きをすると、妹は嬉しそうに寄って、藤原の腕に抱き着く。
「コイツが、俺の妹のミサや」
そう言うて、藤原はミサの頭を撫でた。
「ミサです。はじめまして」
ニコっと笑ったミサは、礼儀正しく俺に頭を下げる。
「井本……です」
見れば見る程、藤原の妹っちゅう割に若すぎる気ぃする。
やっぱどう見たって学生やん。
……っちゅうか。
さっきからこの二人、ベタベタしすぎちゃうか?
兄妹やねんな?
藤原も鼻の下伸ばしながらずっとミサの頭撫でてるし。
マジでキモイからやめて欲しいねんけど。
なんかこの兄妹……変や。
これは裏がありそう。
興味あんま無いけど。
「カズ兄っ!」
「ん? 何ぃ?」
「私、先に帰ってもいい?」
「ん、もう帰るんか? 井本、俺も帰るわ」
あっそ、と思いながら藤原に背を向けて楽屋の椅子に腰を下ろす。
でも気になるから、スマホを確認するフリをして二人の事を横目で見てみると。
藤原はミサと、さも当たり前のように手を繋いで、楽屋を後にした。
なんやねん……アレ。
なんやねん……あの子。
俺、井本貴史は、今。
発見した事が三つある。
その壱。
藤原に妹が居った事。
それもあり得へんぐらい、年下の。
その弐。
藤原がかなりのシスコンやった事。
つか、あの子も相当のブラコンちゃう?
その参。
俺は──藤原の妹、ミサの事が。
色んな意味で気になり始めとった事。
ミサっちゅう存在が、これからどんな風に俺達を翻弄していくのか。
まだ俺は知らへん。
THE END