はきだめ
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(※893パロ)
衝動書きです。設定的には我ながらかなーり好みなのでいつかちゃんと書きたい。
…
頂上に君臨する者がいれば当然その踏み台となる者がいる。
それは世の摂理であり、不変の真理でしかない。
にゃあ。それを肯定するかのように敷居の向こうの猫が鳴いた。
実際口に出してしまえばこっぴどく叱られるだろうが、私はとても世間様には誇れないような家で生まれた。
そう、有り体に言えば私の親はとある反社会的勢力集団の親玉で、そんな男の四人の子供のうちの一人が私だった。
四人のうちの一番下、三人の兄の下に位置する妹。
この世に生を受けて僅か十五年。されど十五年。
私は既に己の立場を重々承知していた。
子供のなかで唯一性別が女の私は家業を継ぐわけにいかず、組同士の繋がりを強固にする手段として嫁に出そうにも特別器量の良くない私には役不足で、要するに私は父にとって自分の妻の忘れ形見である、ただの”子供”でしかなかった。
それはまさに無価値に他ならなかったが、父は僅かに残った温情で本来不要の娘をここまで育て上げてくれた。
私は心底父に感謝していた。
だから、そんな父がお前を娶りたいという人がいる、と言うのなら頷くより他ないし、静かに受け入れるしかなかった。
肯定の意を示したきり、何も言わない娘にこれ以上何を語ることもなく、父はさっさと部屋を出ていった。
尚も居座る沈黙に、一人きりの空間。
残ったのは慣れない正座による僅かな痺れだけであった。
幼い頃、夜布団に入ると、閉め切られた襖と天井が自分を押し潰そうと迫ってくるような感覚に陥って、ひどく怯えていたことを覚えている。耳鳴りのするような静けさに目を瞑って、じっと耐えていたことも。
先週、学校から帰った私に父はただ一言、”来週来る”とだけ言った。それが一体何を意味しているのか瞬時に理解した私は”分かった”とだけ返した。
そうして部屋の隅に小さくまとめられた旅行鞄と二つの段ボールが私の全てだった。
暗闇に目が慣れたのか、薄暗い色をした天井にす、と目を細める。
今まで兄たちも、構成員の人たちも、それなりに優しくしてくれたし可愛がってもくれた。
けどそれだけで、私の中身はいつも己を満たそうと何かに手を伸ばし、その乾きに喘いでいた。そして伸ばした指の先が捉えたのは届かぬ幻影であり、触れることの叶わなかった背中であった。
腹の底にどろりとした黒いものが蠢く。
私は父に感謝こそすれど、恨みを抱いたことはない。
でも、何故私の足りない部分を埋めてくれなかったのかとは思っていた。
母がいれば、何か違ったのかとも思っていた。
母ならば、私の足りない部分を埋めてくれただろうか。
仏壇の写真に写る母は羨むほどの満面の笑みで、生命の輝きに溢れていた。
それを無理やり奪ったのが私だった。私を産み落とすために母はその命を絶たれた。
そして残されたのが父だった。しかしそんな父も既に冷たくなってしまっていた。
私は、私という存在が誕生したときに父を道連れに死んだのだ。
結局、私が長年追い求めていたものとは父でもあり母でもある所詮”何か”でしかなかったのだろう。
その日は元々晴れの予報が出ていたがそれは大幅に外れ、生憎のどしゃ降りの雨であった。
軒先からしとしとと滴り落ちる雨粒を何とはなしに眺めている間にも、石畳の隙間に水は溜まっていく。
門の前に停められた重々しい黒の車から放たれる異様な存在感にゆる、と目を細める。
其処から出てきた男は同様に黒い傘をさし、確かな歩みで此方へ向かってきた。
遠目からでははっきりしなかったが徐々に距離が狭まっていくと勝手に思い描いていたイメージ、尊大さが外見にも滲み出た中年の男とは全く異なり、私よりもずっと長身の若い細身の男だということが分かった。また柔らかそうな雰囲気で、とても父と同業者とは思えなかった。
しかし、何よりも目を引いたのはその容貌であった。そこらの美人も裸足で逃げ出すほど、それはそれは美しく、年上の男とは思えぬそれにすっかり目を奪われた私に男は藍色の髪を傾け雰囲気に違わない柔和な笑みを浮かべた。
本当に、この男が私を娶りたいなどと言ったのか。今更ながらそんな疑念がわき上がる。
「はじめまして、みょうじなまえさん」
騒々しい雨音すら切り裂く澄んだ声は男の性別すら越えた美しさを更に引き立てているようであった。
一拍置いて小さく会釈をし、おずおずとはじめまして、と言うと男は「さあ、行こうか」と車の方向へと足を戻した。
此れにて御天道様の役目は終いであります。
此より出づるのは終わらぬ夜。
閉じた幕の向こうを悔いてはなりません。
私はその言葉に応えるように、傘を開いた。
衝動書きです。設定的には我ながらかなーり好みなのでいつかちゃんと書きたい。
…
頂上に君臨する者がいれば当然その踏み台となる者がいる。
それは世の摂理であり、不変の真理でしかない。
にゃあ。それを肯定するかのように敷居の向こうの猫が鳴いた。
実際口に出してしまえばこっぴどく叱られるだろうが、私はとても世間様には誇れないような家で生まれた。
そう、有り体に言えば私の親はとある反社会的勢力集団の親玉で、そんな男の四人の子供のうちの一人が私だった。
四人のうちの一番下、三人の兄の下に位置する妹。
この世に生を受けて僅か十五年。されど十五年。
私は既に己の立場を重々承知していた。
子供のなかで唯一性別が女の私は家業を継ぐわけにいかず、組同士の繋がりを強固にする手段として嫁に出そうにも特別器量の良くない私には役不足で、要するに私は父にとって自分の妻の忘れ形見である、ただの”子供”でしかなかった。
それはまさに無価値に他ならなかったが、父は僅かに残った温情で本来不要の娘をここまで育て上げてくれた。
私は心底父に感謝していた。
だから、そんな父がお前を娶りたいという人がいる、と言うのなら頷くより他ないし、静かに受け入れるしかなかった。
肯定の意を示したきり、何も言わない娘にこれ以上何を語ることもなく、父はさっさと部屋を出ていった。
尚も居座る沈黙に、一人きりの空間。
残ったのは慣れない正座による僅かな痺れだけであった。
幼い頃、夜布団に入ると、閉め切られた襖と天井が自分を押し潰そうと迫ってくるような感覚に陥って、ひどく怯えていたことを覚えている。耳鳴りのするような静けさに目を瞑って、じっと耐えていたことも。
先週、学校から帰った私に父はただ一言、”来週来る”とだけ言った。それが一体何を意味しているのか瞬時に理解した私は”分かった”とだけ返した。
そうして部屋の隅に小さくまとめられた旅行鞄と二つの段ボールが私の全てだった。
暗闇に目が慣れたのか、薄暗い色をした天井にす、と目を細める。
今まで兄たちも、構成員の人たちも、それなりに優しくしてくれたし可愛がってもくれた。
けどそれだけで、私の中身はいつも己を満たそうと何かに手を伸ばし、その乾きに喘いでいた。そして伸ばした指の先が捉えたのは届かぬ幻影であり、触れることの叶わなかった背中であった。
腹の底にどろりとした黒いものが蠢く。
私は父に感謝こそすれど、恨みを抱いたことはない。
でも、何故私の足りない部分を埋めてくれなかったのかとは思っていた。
母がいれば、何か違ったのかとも思っていた。
母ならば、私の足りない部分を埋めてくれただろうか。
仏壇の写真に写る母は羨むほどの満面の笑みで、生命の輝きに溢れていた。
それを無理やり奪ったのが私だった。私を産み落とすために母はその命を絶たれた。
そして残されたのが父だった。しかしそんな父も既に冷たくなってしまっていた。
私は、私という存在が誕生したときに父を道連れに死んだのだ。
結局、私が長年追い求めていたものとは父でもあり母でもある所詮”何か”でしかなかったのだろう。
その日は元々晴れの予報が出ていたがそれは大幅に外れ、生憎のどしゃ降りの雨であった。
軒先からしとしとと滴り落ちる雨粒を何とはなしに眺めている間にも、石畳の隙間に水は溜まっていく。
門の前に停められた重々しい黒の車から放たれる異様な存在感にゆる、と目を細める。
其処から出てきた男は同様に黒い傘をさし、確かな歩みで此方へ向かってきた。
遠目からでははっきりしなかったが徐々に距離が狭まっていくと勝手に思い描いていたイメージ、尊大さが外見にも滲み出た中年の男とは全く異なり、私よりもずっと長身の若い細身の男だということが分かった。また柔らかそうな雰囲気で、とても父と同業者とは思えなかった。
しかし、何よりも目を引いたのはその容貌であった。そこらの美人も裸足で逃げ出すほど、それはそれは美しく、年上の男とは思えぬそれにすっかり目を奪われた私に男は藍色の髪を傾け雰囲気に違わない柔和な笑みを浮かべた。
本当に、この男が私を娶りたいなどと言ったのか。今更ながらそんな疑念がわき上がる。
「はじめまして、みょうじなまえさん」
騒々しい雨音すら切り裂く澄んだ声は男の性別すら越えた美しさを更に引き立てているようであった。
一拍置いて小さく会釈をし、おずおずとはじめまして、と言うと男は「さあ、行こうか」と車の方向へと足を戻した。
此れにて御天道様の役目は終いであります。
此より出づるのは終わらぬ夜。
閉じた幕の向こうを悔いてはなりません。
私はその言葉に応えるように、傘を開いた。
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