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※現パロ(風味)
ぽかぽかとした陽気の昼下がり。
ソファーの背もたれに身体を預けながら、何やら雑誌を見ているらしいリゾットに、珍しいなという思いと何を読んでいるんだろうという好奇心から、そろそろと歩み寄った。
しかしちょうど背後を取った、というところで彼の手元のそれはぱたん、と閉じられてしまった。中身を拝むことは出来ず終いだ。顔を出した好奇心がしおしおと萎びていってしまうのを感じながらも、せめて表紙だけでも見てやろうと私はリゾットの銀の髪の横から覗こうと次の行動に出た。
「……もし、思い出を固めて一つの石にすることが出来るなら、お前はどうしたい」
いよいよその目的のものを拝んでやろう、というところでリゾットはまるで図ったようにそう問うてきた。鼓膜を揺らした落ち着いた声音に今度こそ、私の好奇心は元の位置である深い深い巣穴に戻っていってしまった。
こちらを見ることなく、窓のほうをぼんやりと眺めながら彼は唐突に問いを投げ掛けたが、それを受け取った当の私は返答に窮してしまった。
もう長いこと一緒にいる故の勘か、リゾットの問いかけが彼の気まぐれにより溢された戯言のようにも、逆にそうでないもののようにも取れる気がしたからだ。
こればかりは私の捉え方であり、心得違いの可能性だって捨てきれないが、そのあまりに唐突で、さらに突拍子も無い内容に適当に答えることだけはなんとなくだけど少し気が引けて、私は咄嗟に答えることが出来なかった。
結局え~、だとかう~ん、だとか意味の無い言葉を繰り返した挙げ句、私はあとででもいい?と彼に問うこととなった。
やはりリゾットはこちらを見ないまま、ああ、とだけ言った。
後日、私はリゾットが普段籠っている書斎に、彼の留守中手紙を置いた。
自分一人しか居ない家でしきりに周囲に人影が無いか確認して忍び込む様はさながらスパイ映画の主人公。抜き足差し足忍び足で主の居ない部屋に足を踏み入れ、素早くいかにも重たそうな机の上に置いておく。
ミッションコンプリート、とついこの間リゾットと見に行ったばかりの映画中盤で主人公の冷静沈着な上司が言っていたセリフが私の頭を過った。デキる人間の仕事というのはいつだって素早く正確なものなのよ、と私は少し芝居掛かった口調で己の仕事ぶりを讃えた。
さあ、本来の仕事に戻りましょう、と踵を返したところで、なんと我が家のキューティフェイスこと愛猫が足にすり寄ってきた。にゃ~ん、と実に愛らしい声音でこちらを魅了するリゾットと私のアイドル。
いやはや、見つかってしまった。これじゃあエージェント失格で組織の冷徹サブリーダーに、アラスカへの左遷命令でも出されてしまうかもしれない。
なんて思ったけど、私はあくまでその辺の女でしかないので関係ないなと元も子もないことを考えた。
喉を鳴らす愛猫の脇に手を入れ、そういえば映画でもだいたい一番可愛い子がいっちばん油断ならないんだよなあ、とあの映画の結末を思い起こした。
そのまたさらに数日後、マーケットから帰ると、ダイニングテーブルの上に真っ白な封筒が置いてあった。
家を出る前は無かったのに、とこのところ徹夜続きでマーケットに行く前はまだベッドの中に居たのにすっかり寝癖も整えてソファーでカップに口をつけるリゾットに視点を移した。
白い封筒はまっさらで、宛名も送り主の名前も記されてはいなかった。「誰の?」無防備な後ろ姿を晒す彼にそう聞くと、お前宛てだと返ってきた。ふーん、と適当に溢し、きれいに折り目のついた封筒を開く。
中に入っていたのは封筒と揃いの便箋ではなく、深い赤の輝く指輪だった。
手のひらに乗せたそれをひとしきり見つめ、私はあの日と同じく背中を向けたままのリゾットに再び焦点を合わせた。無意識に上がる口角を、無理に抑えるような真似はしなかった。
視線の先の彼が再びカップに口をつける姿に、尻尾を揺らす彼女は相変わらず甘い声で鳴いた。そんな二人を目に収め、私はさらに笑みを深めた。
「あのとき、」
ふと物を言った私に、リゾットは「ん?」と小さく返事をし、私のつむじに鼻先をうめた。
ペットが飼い主に似る、というのはあるらしいがもしかしてその逆もあったりするのだろうか。じゃれつくような彼の行動に、私はふとそんなことを考えた。
しかし今の彼の仕草はどちらかというと犬のそれに近い。それに対して件のあの子は正真正銘立派な猫だ。こんなことを言えばきっと怒られてしまう。猫と犬は全っ然違うでしょうが!みたいな感じで。そうしたら、まだ我が家に来たばかりの頃のようにカーテンを無惨にも切りつけられたぼろぼろの布切れにしてしまうかもしれない。もしくは私のロングスカートがずたずたになるかの二択。
と、ここまで考えて止めた。あの子は聡いから何か怪しいことを考えていると気づいた時点できっと、もう寝ている私の背中に乗ってくれなくなるに違いない。そうすれば自動的にあの気まぐれにやってくれるあのかわいいかわいい癒しのふみふみもしばらくお預けだ。そんな事態は断固として避けたい。さすれば口に出した日が最後。言わぬが花とはまさにこのこと。
「あのとき、どうしたんだ?」
おっと、キューティーかつビューティーなあの子に気をとられ過ぎたようだ。
続きを促してくれたリゾットに感謝しつつ、ゆるく口唇を動かした。
「あのとき、思い出が石にできるとしたら、っていう質問に私、手紙で返したでしょ」
「ああ、珍しいことをするもんだと」
「その手紙、もし出来るんだったら、ずぅっと前に二人で見た夕焼けの色を石にしてしまいたい、と返したよね」
「ああ、よく覚えてる」
「それも本当なんだけど、」
「ああ」
「そのずぅっと前に、あの色がまるでリゾットの眼ぇみたいだな、って思って、自分でも不思議なんだけどそれと同じくらい、私とリゾットが何年一緒にいても大丈夫そうだったらそのときは、ずっと一緒にいれたらいいなあ、って思ったからなんだよ」
そして何年一緒にいても大丈夫だったねえ、と私は目尻を下げた。頬を綻ばせた私と同じように彼もまたそうだな、とあの問いを投げた日の昼下がりのような笑みを浮かべた。
そういえば、あのとき珍しく読んでいた雑誌は何だったのだろうか。日の光に照らされた少し固い銀色に指を通しながら、今になってよみがえってきた好奇心が行く宛もなくさ迷う。
まあ、それでもいいのだ。
私とリゾット、両方の左手の薬指で輝く小さなガーネットを見て、婚約した日のことを二人でいつでも思い出すことが出来れば、ね!
ぽかぽかとした陽気の昼下がり。
ソファーの背もたれに身体を預けながら、何やら雑誌を見ているらしいリゾットに、珍しいなという思いと何を読んでいるんだろうという好奇心から、そろそろと歩み寄った。
しかしちょうど背後を取った、というところで彼の手元のそれはぱたん、と閉じられてしまった。中身を拝むことは出来ず終いだ。顔を出した好奇心がしおしおと萎びていってしまうのを感じながらも、せめて表紙だけでも見てやろうと私はリゾットの銀の髪の横から覗こうと次の行動に出た。
「……もし、思い出を固めて一つの石にすることが出来るなら、お前はどうしたい」
いよいよその目的のものを拝んでやろう、というところでリゾットはまるで図ったようにそう問うてきた。鼓膜を揺らした落ち着いた声音に今度こそ、私の好奇心は元の位置である深い深い巣穴に戻っていってしまった。
こちらを見ることなく、窓のほうをぼんやりと眺めながら彼は唐突に問いを投げ掛けたが、それを受け取った当の私は返答に窮してしまった。
もう長いこと一緒にいる故の勘か、リゾットの問いかけが彼の気まぐれにより溢された戯言のようにも、逆にそうでないもののようにも取れる気がしたからだ。
こればかりは私の捉え方であり、心得違いの可能性だって捨てきれないが、そのあまりに唐突で、さらに突拍子も無い内容に適当に答えることだけはなんとなくだけど少し気が引けて、私は咄嗟に答えることが出来なかった。
結局え~、だとかう~ん、だとか意味の無い言葉を繰り返した挙げ句、私はあとででもいい?と彼に問うこととなった。
やはりリゾットはこちらを見ないまま、ああ、とだけ言った。
後日、私はリゾットが普段籠っている書斎に、彼の留守中手紙を置いた。
自分一人しか居ない家でしきりに周囲に人影が無いか確認して忍び込む様はさながらスパイ映画の主人公。抜き足差し足忍び足で主の居ない部屋に足を踏み入れ、素早くいかにも重たそうな机の上に置いておく。
ミッションコンプリート、とついこの間リゾットと見に行ったばかりの映画中盤で主人公の冷静沈着な上司が言っていたセリフが私の頭を過った。デキる人間の仕事というのはいつだって素早く正確なものなのよ、と私は少し芝居掛かった口調で己の仕事ぶりを讃えた。
さあ、本来の仕事に戻りましょう、と踵を返したところで、なんと我が家のキューティフェイスこと愛猫が足にすり寄ってきた。にゃ~ん、と実に愛らしい声音でこちらを魅了するリゾットと私のアイドル。
いやはや、見つかってしまった。これじゃあエージェント失格で組織の冷徹サブリーダーに、アラスカへの左遷命令でも出されてしまうかもしれない。
なんて思ったけど、私はあくまでその辺の女でしかないので関係ないなと元も子もないことを考えた。
喉を鳴らす愛猫の脇に手を入れ、そういえば映画でもだいたい一番可愛い子がいっちばん油断ならないんだよなあ、とあの映画の結末を思い起こした。
そのまたさらに数日後、マーケットから帰ると、ダイニングテーブルの上に真っ白な封筒が置いてあった。
家を出る前は無かったのに、とこのところ徹夜続きでマーケットに行く前はまだベッドの中に居たのにすっかり寝癖も整えてソファーでカップに口をつけるリゾットに視点を移した。
白い封筒はまっさらで、宛名も送り主の名前も記されてはいなかった。「誰の?」無防備な後ろ姿を晒す彼にそう聞くと、お前宛てだと返ってきた。ふーん、と適当に溢し、きれいに折り目のついた封筒を開く。
中に入っていたのは封筒と揃いの便箋ではなく、深い赤の輝く指輪だった。
手のひらに乗せたそれをひとしきり見つめ、私はあの日と同じく背中を向けたままのリゾットに再び焦点を合わせた。無意識に上がる口角を、無理に抑えるような真似はしなかった。
視線の先の彼が再びカップに口をつける姿に、尻尾を揺らす彼女は相変わらず甘い声で鳴いた。そんな二人を目に収め、私はさらに笑みを深めた。
「あのとき、」
ふと物を言った私に、リゾットは「ん?」と小さく返事をし、私のつむじに鼻先をうめた。
ペットが飼い主に似る、というのはあるらしいがもしかしてその逆もあったりするのだろうか。じゃれつくような彼の行動に、私はふとそんなことを考えた。
しかし今の彼の仕草はどちらかというと犬のそれに近い。それに対して件のあの子は正真正銘立派な猫だ。こんなことを言えばきっと怒られてしまう。猫と犬は全っ然違うでしょうが!みたいな感じで。そうしたら、まだ我が家に来たばかりの頃のようにカーテンを無惨にも切りつけられたぼろぼろの布切れにしてしまうかもしれない。もしくは私のロングスカートがずたずたになるかの二択。
と、ここまで考えて止めた。あの子は聡いから何か怪しいことを考えていると気づいた時点できっと、もう寝ている私の背中に乗ってくれなくなるに違いない。そうすれば自動的にあの気まぐれにやってくれるあのかわいいかわいい癒しのふみふみもしばらくお預けだ。そんな事態は断固として避けたい。さすれば口に出した日が最後。言わぬが花とはまさにこのこと。
「あのとき、どうしたんだ?」
おっと、キューティーかつビューティーなあの子に気をとられ過ぎたようだ。
続きを促してくれたリゾットに感謝しつつ、ゆるく口唇を動かした。
「あのとき、思い出が石にできるとしたら、っていう質問に私、手紙で返したでしょ」
「ああ、珍しいことをするもんだと」
「その手紙、もし出来るんだったら、ずぅっと前に二人で見た夕焼けの色を石にしてしまいたい、と返したよね」
「ああ、よく覚えてる」
「それも本当なんだけど、」
「ああ」
「そのずぅっと前に、あの色がまるでリゾットの眼ぇみたいだな、って思って、自分でも不思議なんだけどそれと同じくらい、私とリゾットが何年一緒にいても大丈夫そうだったらそのときは、ずっと一緒にいれたらいいなあ、って思ったからなんだよ」
そして何年一緒にいても大丈夫だったねえ、と私は目尻を下げた。頬を綻ばせた私と同じように彼もまたそうだな、とあの問いを投げた日の昼下がりのような笑みを浮かべた。
そういえば、あのとき珍しく読んでいた雑誌は何だったのだろうか。日の光に照らされた少し固い銀色に指を通しながら、今になってよみがえってきた好奇心が行く宛もなくさ迷う。
まあ、それでもいいのだ。
私とリゾット、両方の左手の薬指で輝く小さなガーネットを見て、婚約した日のことを二人でいつでも思い出すことが出来れば、ね!