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(※元ネタは幼き日のギアッチョが犯した過ち※)
「泣かない泣かない」
なまえはまるで赤子でもあやすような調子で、己より幾分も幼い目の前の子供へ震える指先をのばした。
既に自分の言うことを聞かなくなり始めている身体に、彼女は微かに眉を寄せ、苛立ち混じりに口の中だけで舌を打った。
彼女の様相の変化はほんの僅かと言っていいものであったが、今彼女と相対する目の前の子供、ギアッチョはそんな変化をも素早く察知し、肩を揺らす。まるく見開かれた両の眼には、なまえが醸し出す小指の先にも満たないほどの小さな刺々しさが余すところなく映し出されていた。
それに、なまえは震えの止まらない手に力を込め、自身を呆然とした様で見つめ返す彼を抱き寄せた。
ただその際彼の身体は僅かに傾けられただけであったため、どちらかと言えば彼女の身体が子供に寄せられた、というほうが実際は正しかった。
布に埋まる頭が自身の肩部を押す感覚に、彼女はまだ己の身体に通う神経が働いていることを知り、ひそかに安堵した。
されるがままのギアッチョの子供らしいやわらかな髪に鼻を寄せ、かたかたと鳴る奥歯を必死に押し込める。込み上げる安堵の情と同時に、なまえは自身の肉体が着々と石に成り行こうとしていることも確かに感じていた。
腕の中の小さな身体が身を捩る。力が入り過ぎていたか、となまえは腕をゆるめたが、本当にその力がほどけたかどうかの判断が出来るほど、彼女には自分の身体を思いのままに操れるだけの力は残されていなかった。「泣かない、泣かない」
なまえはこの状況、自身の腕の中の小さな子だけにはこれ以上この不安を悟らせてはならない、と侵食されていくように働きを失っていく頭で思考した。彼女の深層心理には、まだ大人というには未熟さの過ぎた己よりもさらに未熟で、ずっと幼いギアッチョにまで同じものを植えつけさせてはいけない、という意識が図らずも深く根を張っていた。
果てのない不安と沈み行く感覚。なまえは小さな背中から、やっとの思いで枯れた枝のように冷えた指を動かした。まだまろく、幼さそのものの輪郭をなぞる。次いでほうと吐かれた彼女の息は白く色づいていた。
文字通り、彼女は石になろうとしていた。身体中の熱という熱を奪われ、芯で微かに燃ゆる命綱とも云える灯火も今まさに消え行こうとしていた。
「だ、い、じょうぶ、だ、から」
すっかり動きの鈍くなった口唇が紡いだ言葉は、灯火と同じように今にも消え入ってしまいそうなものであった。
遠のいていく意識でか細い自身の声を反芻しながら、もうとうに動かなくなってしまった指の先を焦点の定まらない視界でなまえはぼんやりと眺めていた。
かわいそうなくらいに弱々しい声音ははじめギアッチョに対して向けたはずのものであったが、今となっては果たして彼と自身のどちらに対して呟かれたものなのか、判然としなかった。
重々しく、途方もない侘しさだけを残し、幽幽たる其処で眠りにつこうとする彼女は、自身の意思の外縁で下ろされたまぶたの裏に見た。それは、教会の中心で何者であろうと蔑にせず、平等にやわらかな眼差しを注ぐ聖なる母の像であった。
なまえの眼が最後に移したのは、それだった。
それだけだった。
な、かない、なか、ない。
尚もうわごとのように、そして念じるように、今彼女を唯一今生へと取りすがらせている生命線に、ギアッチョはまともに耳を貸すこともしていなかった。また、何の感慨も抱いていなかった。
さらに言えば、そのまるい二つの眼には涙など浮かんではいなかった。いやに空虚なそれは何処か遠くを見つめるように其処に存るだけだった。ギアッチョの心は空洞だった。
幼い子供の双眸に見た身を知る雨は、彼女が刻々と近づく今際の際に見た幻だった。
ギアッチョは、なまえのひどくひんやりと染み渡るように凍えた背に、まだ幼さの抜けないあどけない手を回した。
遠い何処かを眺めるように浮かんでいた眼差しは、彼女の身体のどこよりも凍てつき、また不可解なことにびっしりと氷に覆われた脚に一心に注がれていた。
はじめから簡単なことだったのだ。
霞んだ視界では、見えるものも見えやしない。ただそれだけのことだった。
「泣かない泣かない」
なまえはまるで赤子でもあやすような調子で、己より幾分も幼い目の前の子供へ震える指先をのばした。
既に自分の言うことを聞かなくなり始めている身体に、彼女は微かに眉を寄せ、苛立ち混じりに口の中だけで舌を打った。
彼女の様相の変化はほんの僅かと言っていいものであったが、今彼女と相対する目の前の子供、ギアッチョはそんな変化をも素早く察知し、肩を揺らす。まるく見開かれた両の眼には、なまえが醸し出す小指の先にも満たないほどの小さな刺々しさが余すところなく映し出されていた。
それに、なまえは震えの止まらない手に力を込め、自身を呆然とした様で見つめ返す彼を抱き寄せた。
ただその際彼の身体は僅かに傾けられただけであったため、どちらかと言えば彼女の身体が子供に寄せられた、というほうが実際は正しかった。
布に埋まる頭が自身の肩部を押す感覚に、彼女はまだ己の身体に通う神経が働いていることを知り、ひそかに安堵した。
されるがままのギアッチョの子供らしいやわらかな髪に鼻を寄せ、かたかたと鳴る奥歯を必死に押し込める。込み上げる安堵の情と同時に、なまえは自身の肉体が着々と石に成り行こうとしていることも確かに感じていた。
腕の中の小さな身体が身を捩る。力が入り過ぎていたか、となまえは腕をゆるめたが、本当にその力がほどけたかどうかの判断が出来るほど、彼女には自分の身体を思いのままに操れるだけの力は残されていなかった。「泣かない、泣かない」
なまえはこの状況、自身の腕の中の小さな子だけにはこれ以上この不安を悟らせてはならない、と侵食されていくように働きを失っていく頭で思考した。彼女の深層心理には、まだ大人というには未熟さの過ぎた己よりもさらに未熟で、ずっと幼いギアッチョにまで同じものを植えつけさせてはいけない、という意識が図らずも深く根を張っていた。
果てのない不安と沈み行く感覚。なまえは小さな背中から、やっとの思いで枯れた枝のように冷えた指を動かした。まだまろく、幼さそのものの輪郭をなぞる。次いでほうと吐かれた彼女の息は白く色づいていた。
文字通り、彼女は石になろうとしていた。身体中の熱という熱を奪われ、芯で微かに燃ゆる命綱とも云える灯火も今まさに消え行こうとしていた。
「だ、い、じょうぶ、だ、から」
すっかり動きの鈍くなった口唇が紡いだ言葉は、灯火と同じように今にも消え入ってしまいそうなものであった。
遠のいていく意識でか細い自身の声を反芻しながら、もうとうに動かなくなってしまった指の先を焦点の定まらない視界でなまえはぼんやりと眺めていた。
かわいそうなくらいに弱々しい声音ははじめギアッチョに対して向けたはずのものであったが、今となっては果たして彼と自身のどちらに対して呟かれたものなのか、判然としなかった。
重々しく、途方もない侘しさだけを残し、幽幽たる其処で眠りにつこうとする彼女は、自身の意思の外縁で下ろされたまぶたの裏に見た。それは、教会の中心で何者であろうと蔑にせず、平等にやわらかな眼差しを注ぐ聖なる母の像であった。
なまえの眼が最後に移したのは、それだった。
それだけだった。
な、かない、なか、ない。
尚もうわごとのように、そして念じるように、今彼女を唯一今生へと取りすがらせている生命線に、ギアッチョはまともに耳を貸すこともしていなかった。また、何の感慨も抱いていなかった。
さらに言えば、そのまるい二つの眼には涙など浮かんではいなかった。いやに空虚なそれは何処か遠くを見つめるように其処に存るだけだった。ギアッチョの心は空洞だった。
幼い子供の双眸に見た身を知る雨は、彼女が刻々と近づく今際の際に見た幻だった。
ギアッチョは、なまえのひどくひんやりと染み渡るように凍えた背に、まだ幼さの抜けないあどけない手を回した。
遠い何処かを眺めるように浮かんでいた眼差しは、彼女の身体のどこよりも凍てつき、また不可解なことにびっしりと氷に覆われた脚に一心に注がれていた。
はじめから簡単なことだったのだ。
霞んだ視界では、見えるものも見えやしない。ただそれだけのことだった。