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好きです。
下駄箱を開けると、履き潰した上履きの上に小さな紙が置かれていた。
二つ折りにされたそれにたった一言、そう書かれていたのだ。
その言葉を上手く飲み込めなかった私が先ず思ったのは送り主即ち見知らぬ誰かにこの乱雑に入れられた上靴を見られたのかという少しの気恥ずかしさだった。
登校時間真っ只中の今、人が多くざわめく此処をきょろきょろと見回し、手紙というよりメモというに相応しいそれに軽く峻順すると、一応、私の下駄箱に入っていたものだからと言い訳じみたことを考えながら通学鞄にこっそり突っ込んだ。
名前も書かれていないので差出人は勿論不明だし、宛先だって本当に私かも疑わしいが、名も顔も知れぬ相手からのストレートな言葉に一瞬でもときめいてしまったことは私しか知らないことである。
好きです。
翌日も簡素なメモが上履きの上にのせられていた。
今日も今日とて、騒がしさに変わりはない。
あまり生徒が続々と現れる此処に居ても邪魔なだけなので手の中の紙と共に一旦下駄箱を離れた。
今日も差出人は書かれていない。
そして宛名も書かれていない。
通学鞄からノートを引っ張り出し、適当なページの隅を千切ると”下駄箱、間違えてませんか?”とメッセージを書き、軽く折り畳んだ。
再び下駄箱の扉を開け、ローファーに変わったそこに置き、さっさと教室へと向かう。
それにしても、二日連続自分の名前も相手の名前も書き忘れるなんてどんだけおっちょこちょいなんだ。
みょうじなまえさんへ。好きです。
どうやら、宛先は間違えていなかったらしい。しかし変わらず差出人たる自分の名前は書かれていない。
もしかしたら単なるおっちょこちょいでは無く、己が一体誰なのか知られたくないのかもしれない。
少しファスナーの開けられた通学鞄に突っ込むのも三回目である。
さて、どうしたものか。
名も顔も知れぬ相手に好意を伝えられた、なんて大ニュースを私は未だ誰にも話せていなかった。此処に来て漸く春が訪れたと舞い上がっているのも確かなのだが何せ齢15にしてそんな話に縁が無く、寂しい青春を謳歌し始めているのに急にそんなことになっても多くを占めるのは戸惑いなのだ。
しかも何と言っても肝心の相手が分からない。
そんな状況を知識ばかり豊富で、経験の無い私にどうしろというのだ。
自分の正体を明かそうとしないのにこうやって私に想いを伝えたということは、少なからず思うところがあるのだとは思う。
でも、そのままでは私はどうもこうもやりようがないのである。
そして冒頭に戻る。
さて、どうしたものか。
しかし、相手がそうまでして自分が誰かを明かさないのは何故なのだろうか。
自分に余程自信が無いのだろうか。物凄く不細工とか、はたまた度を超えたネガティブとか、色々考えてみるも結局は本人にしか分からないことだ。
いや、待て。今まで当然のように相手は男だと決めつけていたが、もしかしたら実は、女の子なのでは…?
と此処まで考えて思考を中断させた。
予想だにしない状況に混乱して、大概アホになっているようだ。反省である。
翌朝も、次の翌朝も変わらず上履きの上に白い紙は置かれていて、そして私は変わらず通学鞄にそれを忍ばせる。
しかし今日は違う。思いきって誰なのか尋ねることにしたのだ。手段は勿論手紙。私たちが繋がれる唯一の手段だ。
昨日書き上げたそれを手にし軽く深呼吸。
揃えた上履きの上に置いて、返事をくれますようにと祈りながらいつもよりも早足で帰途を辿った。
不安と期待を織り交ぜた心境のうちに下駄箱を開けると、珍しく揃えられた上履きの上には何ものせられていなかった。
これはあの日から初めてのことではあ、と大きな息を吐いた。やっぱり、駄目だったか。
何だか最早臆病な動物を目の前にしたような心境である。
どうやら正体を尋ねるのはアウトだったようだ。
でも、此処から一本化でも何でも進まないことにはずっとこのままだ。向こうは良いのかもしれないがそれでは私としてはあんまりなのだ。だから許してほしい、と届くはずの無い弁解をし続けて今日が終わりそうである。
それでも学生としての責務を果たすべく私はやるべきことを消化しなくてはならない。
課題なんて普段だって面倒臭くてやりたくないのにこんな心境じゃ余計そうである。
適当に記号問題だけ解いて、記述問題は解答を写そうと決め、淡々とページを進めていくことを朝から繰り返して、今漸く終わったところだ。
さっさと提出してしまおうとふらふらと席を立ち、提出当番である週直の元へ向かう。
お願いしますと手渡すと柔らかく対応してくれる藍色の髪の彼は本当に目の保養である。微妙に荒んだ心境が少し落ち着いたような気がする。まさに彼様様。心の中だけでありがとうございますと唱え、私はまた自分の席へと戻った。
「幸村くんってほんっと目の保養だよね~」
昼休み、いつもの面子でいつも通り昼食を摂るなか、不意にそのうちの一人みーちゃんがそう言うと、私含め全員がうんうんと頷く。異論は誰一人として無いだろう。
少し離れた位置、男子と仲良さそうに談笑しながら食事をする幸村くんをこっそり皆で窺う。
「あぁ~今年おんなじクラスになれて良かった~」
「それなそれな!」
「もう学校に来るのが楽しい!」
「居るだけで空気が違うんだよねぇ~!」
「わかる~!」
こうやって騒いでいるうちも私の頭の内は手紙の主に占められていた。
結局授業中も件のことに関して考えっぱなしで正直授業どころでは無く、好きな授業もふわふわとした気分のままろくに集中することも出来なかった。
今日はずっとこのままだろうなと何処か他人事のように考えるも状況の改善には至らない。
焦点を再び幸村くんに合わせ、はあと大きなため息を吐いた。
ため息は幸村くんに全く関係はない。
今私の頭の多くを占め、動こうとしない名前も知れない誰かさんが少し憎らしかった。
昨夜はほとんど眠れなかった。いつもよりも早くベッドに入ったがそれは無駄だったようで、悶々と思考を巡らす頭は私の意思に反し、眠ろうとしなかったのだ。
毎朝眠い目を擦りながら登校するが、今日の眠気は段違いだ。常より更に眠い目を擦りながら上履きの入った指定の下駄箱を開けて、かっ、と目を思わず見開いた。何なら身体は固まった。周りに誰も居なくてよかったと密かに胸を撫で下ろす。
そしてよし、と意識を戻した。其処には、昨日は置かれていなかった白い紙が鎮座していた。
逸る気持ちを抑え、それを通学鞄に少し乱雑に突っ込み、急いで教室に向かった。
“昨日は返事を出来なくてすみませんでした。
名前は伏せさせてください。”
好きです、という言葉以外が返ってきたのは初めてで、答えてくれるかどうかはともかくこうやって質問すればちゃんと返事をしてくれるのかと少しの驚きを感じた。
“名前は伏せさせてください。”
やはり自分に相当自信が無いのだろうかと考えたが、直ぐに無駄な詮索はよそうと思考を中断させた。
大体意味の無いことだ。これは本人にしか分からないことなのだから他人である私がいくら考えたって分かることではない。
白い紙に浮かぶ癖の無い、整ったというよりは綺麗な字を見つめながらそう思った。
“好きです。””好きです。””好きです。””好きです。”
あれ以来何を問うこともしない私の元にはその文言が送られ続けていた。
何となく捨てるに捨てられず自室の棚の一番下の引き出しに入れているのだが毎日溜まっていくそれはその一言しか書かれていないので事情を知らない人が見たら呪いか何かかと思われるかもしれないなと思うと可笑しくなった。
その手紙を見る度に考える。
送り主は一体何がしたいのか。
想いを寄せていることを告げ、それを知った私に何をしてほしいのか。
一人思い悩む日々を過ごす私はよく眠れなくなってしまったのか朝目覚める時間が以前より早まった。
数日は目覚めると自室で何をするわけでもなくぼーっとして時間が過ぎるのを待っていたのだが、一人で部屋にこもっていると答えの出ない問いについての考えが止まらなくなるので、今日からはそもそもの登校時間を早めることに落ち着いた。
いつもギリギリまで布団で粘る娘が早い時間に起きてきたことに母は何かあるのかと聞いてきたが、適当に委員会で朝の仕事が入ったと言って誤魔化すともう何も聞かれることはなかった。
いつもより早い時間帯にいつもと変わらない朝の支度を済ませ、「いってきまーす」と私は家を出た。
時間に余裕があるので、のんびりと自転車を漕ぎながら通い慣れた道を走り、学校へと向かう。
道中、常の登校時間ならばいなかったであろう、犬を散歩させている人とすれちがった。その人の連れた犬がそれはまあ可愛い小型犬で、思わずじいっと見つめた。くりくりとした吸い込まれそうな瞳に名残惜しくも別れを告げペダルを漕ぐ。
朝から良いものを見たなとほくほくした気分で校門をくぐり、駐輪場に自転車を止めた。そして軽くのびをしながら校舎へ足を進める。耳に飛び込んできた朝練中らしい運動部の掛け声を通りすぎ、昇降口前の階段をのそのそと緩慢な足取りでのぼった。
無意識のうちに自身の下足箱のある方へ視線を向けると、ふと人影が現れるのが見えた。何故か見てはいけないもののような気がして、開け放たれた二枚扉から息を潜め、そっと様子を窺う。此方に背を向ける人影は男で、自身を見つめる存在にはどうやら気がついていないようだった。
よおく目を凝らし、何となく考えると、私はその人影の正体に思い当たる人物がいることに気づいた。
人影の正体とはありがたくも同じ教室で学びを共にする幸村くんだった。
部活を引退した今でも早くに登校しているのかという思いと校内から現れたことを鑑みるに既に登校しているはずなのに此処で何をしているのだろうかという思いがむくむくと沸き上がってくる。
少し俯く彼はブレザーのポケットに手を入れ、何かを取り出した。するとやや屈んだ姿勢で、ある下足箱の扉に手をかける。間違っていなければ確か彼の下足箱はもっと上の方の位置にあったはずだ。
そして何ならあの位置は、
幸村くんの手によって開かれた其処には乱雑に放り込まれた上履きがあった。
さらによく目を凝らせば、扉を開いた方とは逆の手に握られているのは折り畳まれた小さな白い紙であった。
それを揃えられていない上履きの上にのせたところで私は手に持った通学鞄を地面に落とした。
私たち二人の他に誰もいない空間にドサッ、という音が大きく響いたことで視線の先の彼が音の発生源即ち私の方を勢いよく振り返った。
此方を唖然とした様子で見つめる幸村くんは事の次第を素早く理解したのか、口を中途半端に開けたままじわじわと頬を染める。
対する私の顔にも徐々に熱が集まっていく。それを自覚すればするほど顔は熱くなるばかりで、気まずい沈黙が私たちの間に広がる。
妙な静寂、二人の視線が交わる。
…
いや君だったんかい!!
下駄箱を開けると、履き潰した上履きの上に小さな紙が置かれていた。
二つ折りにされたそれにたった一言、そう書かれていたのだ。
その言葉を上手く飲み込めなかった私が先ず思ったのは送り主即ち見知らぬ誰かにこの乱雑に入れられた上靴を見られたのかという少しの気恥ずかしさだった。
登校時間真っ只中の今、人が多くざわめく此処をきょろきょろと見回し、手紙というよりメモというに相応しいそれに軽く峻順すると、一応、私の下駄箱に入っていたものだからと言い訳じみたことを考えながら通学鞄にこっそり突っ込んだ。
名前も書かれていないので差出人は勿論不明だし、宛先だって本当に私かも疑わしいが、名も顔も知れぬ相手からのストレートな言葉に一瞬でもときめいてしまったことは私しか知らないことである。
好きです。
翌日も簡素なメモが上履きの上にのせられていた。
今日も今日とて、騒がしさに変わりはない。
あまり生徒が続々と現れる此処に居ても邪魔なだけなので手の中の紙と共に一旦下駄箱を離れた。
今日も差出人は書かれていない。
そして宛名も書かれていない。
通学鞄からノートを引っ張り出し、適当なページの隅を千切ると”下駄箱、間違えてませんか?”とメッセージを書き、軽く折り畳んだ。
再び下駄箱の扉を開け、ローファーに変わったそこに置き、さっさと教室へと向かう。
それにしても、二日連続自分の名前も相手の名前も書き忘れるなんてどんだけおっちょこちょいなんだ。
みょうじなまえさんへ。好きです。
どうやら、宛先は間違えていなかったらしい。しかし変わらず差出人たる自分の名前は書かれていない。
もしかしたら単なるおっちょこちょいでは無く、己が一体誰なのか知られたくないのかもしれない。
少しファスナーの開けられた通学鞄に突っ込むのも三回目である。
さて、どうしたものか。
名も顔も知れぬ相手に好意を伝えられた、なんて大ニュースを私は未だ誰にも話せていなかった。此処に来て漸く春が訪れたと舞い上がっているのも確かなのだが何せ齢15にしてそんな話に縁が無く、寂しい青春を謳歌し始めているのに急にそんなことになっても多くを占めるのは戸惑いなのだ。
しかも何と言っても肝心の相手が分からない。
そんな状況を知識ばかり豊富で、経験の無い私にどうしろというのだ。
自分の正体を明かそうとしないのにこうやって私に想いを伝えたということは、少なからず思うところがあるのだとは思う。
でも、そのままでは私はどうもこうもやりようがないのである。
そして冒頭に戻る。
さて、どうしたものか。
しかし、相手がそうまでして自分が誰かを明かさないのは何故なのだろうか。
自分に余程自信が無いのだろうか。物凄く不細工とか、はたまた度を超えたネガティブとか、色々考えてみるも結局は本人にしか分からないことだ。
いや、待て。今まで当然のように相手は男だと決めつけていたが、もしかしたら実は、女の子なのでは…?
と此処まで考えて思考を中断させた。
予想だにしない状況に混乱して、大概アホになっているようだ。反省である。
翌朝も、次の翌朝も変わらず上履きの上に白い紙は置かれていて、そして私は変わらず通学鞄にそれを忍ばせる。
しかし今日は違う。思いきって誰なのか尋ねることにしたのだ。手段は勿論手紙。私たちが繋がれる唯一の手段だ。
昨日書き上げたそれを手にし軽く深呼吸。
揃えた上履きの上に置いて、返事をくれますようにと祈りながらいつもよりも早足で帰途を辿った。
不安と期待を織り交ぜた心境のうちに下駄箱を開けると、珍しく揃えられた上履きの上には何ものせられていなかった。
これはあの日から初めてのことではあ、と大きな息を吐いた。やっぱり、駄目だったか。
何だか最早臆病な動物を目の前にしたような心境である。
どうやら正体を尋ねるのはアウトだったようだ。
でも、此処から一本化でも何でも進まないことにはずっとこのままだ。向こうは良いのかもしれないがそれでは私としてはあんまりなのだ。だから許してほしい、と届くはずの無い弁解をし続けて今日が終わりそうである。
それでも学生としての責務を果たすべく私はやるべきことを消化しなくてはならない。
課題なんて普段だって面倒臭くてやりたくないのにこんな心境じゃ余計そうである。
適当に記号問題だけ解いて、記述問題は解答を写そうと決め、淡々とページを進めていくことを朝から繰り返して、今漸く終わったところだ。
さっさと提出してしまおうとふらふらと席を立ち、提出当番である週直の元へ向かう。
お願いしますと手渡すと柔らかく対応してくれる藍色の髪の彼は本当に目の保養である。微妙に荒んだ心境が少し落ち着いたような気がする。まさに彼様様。心の中だけでありがとうございますと唱え、私はまた自分の席へと戻った。
「幸村くんってほんっと目の保養だよね~」
昼休み、いつもの面子でいつも通り昼食を摂るなか、不意にそのうちの一人みーちゃんがそう言うと、私含め全員がうんうんと頷く。異論は誰一人として無いだろう。
少し離れた位置、男子と仲良さそうに談笑しながら食事をする幸村くんをこっそり皆で窺う。
「あぁ~今年おんなじクラスになれて良かった~」
「それなそれな!」
「もう学校に来るのが楽しい!」
「居るだけで空気が違うんだよねぇ~!」
「わかる~!」
こうやって騒いでいるうちも私の頭の内は手紙の主に占められていた。
結局授業中も件のことに関して考えっぱなしで正直授業どころでは無く、好きな授業もふわふわとした気分のままろくに集中することも出来なかった。
今日はずっとこのままだろうなと何処か他人事のように考えるも状況の改善には至らない。
焦点を再び幸村くんに合わせ、はあと大きなため息を吐いた。
ため息は幸村くんに全く関係はない。
今私の頭の多くを占め、動こうとしない名前も知れない誰かさんが少し憎らしかった。
昨夜はほとんど眠れなかった。いつもよりも早くベッドに入ったがそれは無駄だったようで、悶々と思考を巡らす頭は私の意思に反し、眠ろうとしなかったのだ。
毎朝眠い目を擦りながら登校するが、今日の眠気は段違いだ。常より更に眠い目を擦りながら上履きの入った指定の下駄箱を開けて、かっ、と目を思わず見開いた。何なら身体は固まった。周りに誰も居なくてよかったと密かに胸を撫で下ろす。
そしてよし、と意識を戻した。其処には、昨日は置かれていなかった白い紙が鎮座していた。
逸る気持ちを抑え、それを通学鞄に少し乱雑に突っ込み、急いで教室に向かった。
“昨日は返事を出来なくてすみませんでした。
名前は伏せさせてください。”
好きです、という言葉以外が返ってきたのは初めてで、答えてくれるかどうかはともかくこうやって質問すればちゃんと返事をしてくれるのかと少しの驚きを感じた。
“名前は伏せさせてください。”
やはり自分に相当自信が無いのだろうかと考えたが、直ぐに無駄な詮索はよそうと思考を中断させた。
大体意味の無いことだ。これは本人にしか分からないことなのだから他人である私がいくら考えたって分かることではない。
白い紙に浮かぶ癖の無い、整ったというよりは綺麗な字を見つめながらそう思った。
“好きです。””好きです。””好きです。””好きです。”
あれ以来何を問うこともしない私の元にはその文言が送られ続けていた。
何となく捨てるに捨てられず自室の棚の一番下の引き出しに入れているのだが毎日溜まっていくそれはその一言しか書かれていないので事情を知らない人が見たら呪いか何かかと思われるかもしれないなと思うと可笑しくなった。
その手紙を見る度に考える。
送り主は一体何がしたいのか。
想いを寄せていることを告げ、それを知った私に何をしてほしいのか。
一人思い悩む日々を過ごす私はよく眠れなくなってしまったのか朝目覚める時間が以前より早まった。
数日は目覚めると自室で何をするわけでもなくぼーっとして時間が過ぎるのを待っていたのだが、一人で部屋にこもっていると答えの出ない問いについての考えが止まらなくなるので、今日からはそもそもの登校時間を早めることに落ち着いた。
いつもギリギリまで布団で粘る娘が早い時間に起きてきたことに母は何かあるのかと聞いてきたが、適当に委員会で朝の仕事が入ったと言って誤魔化すともう何も聞かれることはなかった。
いつもより早い時間帯にいつもと変わらない朝の支度を済ませ、「いってきまーす」と私は家を出た。
時間に余裕があるので、のんびりと自転車を漕ぎながら通い慣れた道を走り、学校へと向かう。
道中、常の登校時間ならばいなかったであろう、犬を散歩させている人とすれちがった。その人の連れた犬がそれはまあ可愛い小型犬で、思わずじいっと見つめた。くりくりとした吸い込まれそうな瞳に名残惜しくも別れを告げペダルを漕ぐ。
朝から良いものを見たなとほくほくした気分で校門をくぐり、駐輪場に自転車を止めた。そして軽くのびをしながら校舎へ足を進める。耳に飛び込んできた朝練中らしい運動部の掛け声を通りすぎ、昇降口前の階段をのそのそと緩慢な足取りでのぼった。
無意識のうちに自身の下足箱のある方へ視線を向けると、ふと人影が現れるのが見えた。何故か見てはいけないもののような気がして、開け放たれた二枚扉から息を潜め、そっと様子を窺う。此方に背を向ける人影は男で、自身を見つめる存在にはどうやら気がついていないようだった。
よおく目を凝らし、何となく考えると、私はその人影の正体に思い当たる人物がいることに気づいた。
人影の正体とはありがたくも同じ教室で学びを共にする幸村くんだった。
部活を引退した今でも早くに登校しているのかという思いと校内から現れたことを鑑みるに既に登校しているはずなのに此処で何をしているのだろうかという思いがむくむくと沸き上がってくる。
少し俯く彼はブレザーのポケットに手を入れ、何かを取り出した。するとやや屈んだ姿勢で、ある下足箱の扉に手をかける。間違っていなければ確か彼の下足箱はもっと上の方の位置にあったはずだ。
そして何ならあの位置は、
幸村くんの手によって開かれた其処には乱雑に放り込まれた上履きがあった。
さらによく目を凝らせば、扉を開いた方とは逆の手に握られているのは折り畳まれた小さな白い紙であった。
それを揃えられていない上履きの上にのせたところで私は手に持った通学鞄を地面に落とした。
私たち二人の他に誰もいない空間にドサッ、という音が大きく響いたことで視線の先の彼が音の発生源即ち私の方を勢いよく振り返った。
此方を唖然とした様子で見つめる幸村くんは事の次第を素早く理解したのか、口を中途半端に開けたままじわじわと頬を染める。
対する私の顔にも徐々に熱が集まっていく。それを自覚すればするほど顔は熱くなるばかりで、気まずい沈黙が私たちの間に広がる。
妙な静寂、二人の視線が交わる。
…
いや君だったんかい!!