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「好きじゃ、付き合って」
挨拶でもするみたいな調子で、何でもないことのように言われたその言葉にみょうじなまえは当惑した。ついでに差しかけていた自転車の鍵も落とした。
のそりと緩慢な動作で屈み、地面に転がるそれを拾い上げた男に「あ、どうも…」と当惑しつつもなまえが言うと男は「で、返事は?」とさっきと全く変わらないトーンで放った。
その男こそ今彼女を当惑の淵に立たせている張本人、仁王雅治であった。
みょうじなまえは自他共に認める地味な女である。
華の無い顔立ちは元より、校則を遵守した制服の着こなし、極端に陰気なわけではないが明朗とも云えない性格、それら全てが彼女の地味さを物語っていた。加えて学力、運動能力、どれを取っても平凡の域を出ないそんな女子生徒が目立つ筈もなく、教室のはしっこで自分と似たような性質の子とこの中学三年間を過ごしてきた。
対してこの男、仁王雅治は常に地味とは対極に位置していた。
全国区のテニス部レギュラーで、やたら派手な銀髪と整った顔立ち。この少ない情報だけでも既に何もかも正反対で、強いて共通点と云ったら同じクラスということだけであった。とは言え当人が何か行動を起こさずともクラスに影響を与える彼と何をしようと影響力皆無の教室の隅の彼女に接点がある筈がなければ、話をしたことも一度として無い。
「あの、もう一度言ってもらえますか…?」
「好きじゃ、付き合って」
間髪入れず、且つ淀みなく再度放たれたその言葉にやはり深まる当惑の念。
繰り返すようだが、彼女と目の前にいる男仁王はまともに関わったことが無いのだ。そして彼女はお世辞にも整った容姿とは言い難く、性格が特別良いというわけでもなく、また仁王のような人間には己など日陰者もいいところだと自分自身への評価を下していた。
それなのに、好き?人生で初めて告白というものを経験した彼女が先ず抱いたのは照れや嬉しさなどではなく、困惑と疑念だった。
百歩譲って仲が良いのならば分かる。しかし先述の通り接触したのは今が初めてで、彼女はクラスでも影の薄い地味女だった。
自分でも異性に好きになってもらえるようなところが思いつかないのに、何故私が?と当惑する彼女の頭にふとそのとき、一つの可能性が浮かんだ。
はじめから何かおかしいと思っていたのだ。
校内の至るところで話題をかっさらっていく彼と、教室の隅で過ごす己とではあまりにも不釣り合いなのだ。
そもそもこの歳で女なら選り取りみどりの彼が本気でこんなことをする筈がなく、もし仮に本気も本気だとしたらその神経を疑うレベルだった。
そう、これは罰ゲーム、もしくはお遊びだ。クラスでも目立たないアイツに嘘告してこい、そんで真に受けたあの女を笑ってやろう、みたいな。モテない地味女をからかってやろう、みたいな。
ぐるぐる巡る思考が叩き出した答えについて考えれば考えるほど、なまえはそうだとしかもう考えられなくなった。彼女の内に湧き上がる困惑と疑念が怒りへとすり替わり、沸々と煮え立っていく。
だって、そんなの悔しいじゃないか。
確かに私は地味で何の取り柄も無いし、異性と話すことだって殆ど無いし、それこそモテないけど、そんなからかいの対象にするなんてふざけてる。大人しい者になら何をしてもいいと思ってるのか。
このままでは気が済まない、となまえは奥歯を噛みしめた。しかしどうしたらこの男の鼻を明かせるか。ストレートに「冗談ですよね?」などと言ってしまえば己がそういう器であることを認めているようで癪だ。
はて、どうすればと暫く考え、彼女は其処で漸く口を開いた。
「じゃあ明日の朝、教室の真ん中で私への愛を叫んでから、跪いてもう一度その言葉を言ってください。そしたら付き合います」
今まで黙って彼女の言葉を待っていた仁王はそれを聞いて二、三度まばたきを繰り返し、「そんなんでええん?」と心底不思議そうに訊ねた。内心勝ち誇った表情ながらもそれをおくびにも出さず、なまえは変わらない表情で仁王の問いに一つ頷いてみせた。
その反応に仁王は満足そうな表情を浮かべ、「その言葉、よぉく覚えておきんしゃい」と言うと、ふらりと去っていった。
今度こそ鍵を差し込み、出来もしない癖に、となまえは消えた背中に思いを馳せ、ペダルに足を掛けた。
翌日、朝練を終え、他の者よりも遅めにやって来た仁王は何時もと何ら変わらない様子で、それをちらと窺ったなまえは己の認識が正しかったことを完全に理解した。ほらやっぱり、と僅かに傾けた意識を友達へと戻す。悪趣味な人間の鼻を明かしてやったことで、彼女の心は何処か晴れ晴れとしていた。
そんな昨日の仁王とのやり取りを終わったものとした彼女に対し当の仁王は、普段は窓際最後尾の自分の席に真っ先に突っ伏すところを一緒にやって来た教卓前の列中間部の丸井の横を徐に陣取った。
それを不思議に思った丸井が声を掛けるより先に仁王はらしくもなく大きく息を吸い込み、喉を開いた。
「みょうじさぁぁぁぁぁぁん!!好きじゃぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」
あまりにいきなりのこと、予想外のことに目を剥いた周囲をよそになまえの座席へ足を向けた仁王は床に膝をつき、周り同様呆気にとられるその座席の主なまえの目を見据えた。
「好きじゃみょうじさん、付き合って」
そして惚れ惚れするほどに美しい笑みを浮かべ、約束じゃろと口唇を動かした男に、たった今己の認識の甘さを痛感した彼女はこの状況にくら、と目眩がした。
男の通り名はそう、”詐欺師”。だったらこれも詐欺の一貫なのか、この通り名に相応しくない率直さは、逆に私を欺くためのそれなのか。
仁王が紡いだ約束という言葉を反芻しながら、未だ当惑の内に居るなまえはやっと一つ頷いてみせるのだった。
挨拶でもするみたいな調子で、何でもないことのように言われたその言葉にみょうじなまえは当惑した。ついでに差しかけていた自転車の鍵も落とした。
のそりと緩慢な動作で屈み、地面に転がるそれを拾い上げた男に「あ、どうも…」と当惑しつつもなまえが言うと男は「で、返事は?」とさっきと全く変わらないトーンで放った。
その男こそ今彼女を当惑の淵に立たせている張本人、仁王雅治であった。
みょうじなまえは自他共に認める地味な女である。
華の無い顔立ちは元より、校則を遵守した制服の着こなし、極端に陰気なわけではないが明朗とも云えない性格、それら全てが彼女の地味さを物語っていた。加えて学力、運動能力、どれを取っても平凡の域を出ないそんな女子生徒が目立つ筈もなく、教室のはしっこで自分と似たような性質の子とこの中学三年間を過ごしてきた。
対してこの男、仁王雅治は常に地味とは対極に位置していた。
全国区のテニス部レギュラーで、やたら派手な銀髪と整った顔立ち。この少ない情報だけでも既に何もかも正反対で、強いて共通点と云ったら同じクラスということだけであった。とは言え当人が何か行動を起こさずともクラスに影響を与える彼と何をしようと影響力皆無の教室の隅の彼女に接点がある筈がなければ、話をしたことも一度として無い。
「あの、もう一度言ってもらえますか…?」
「好きじゃ、付き合って」
間髪入れず、且つ淀みなく再度放たれたその言葉にやはり深まる当惑の念。
繰り返すようだが、彼女と目の前にいる男仁王はまともに関わったことが無いのだ。そして彼女はお世辞にも整った容姿とは言い難く、性格が特別良いというわけでもなく、また仁王のような人間には己など日陰者もいいところだと自分自身への評価を下していた。
それなのに、好き?人生で初めて告白というものを経験した彼女が先ず抱いたのは照れや嬉しさなどではなく、困惑と疑念だった。
百歩譲って仲が良いのならば分かる。しかし先述の通り接触したのは今が初めてで、彼女はクラスでも影の薄い地味女だった。
自分でも異性に好きになってもらえるようなところが思いつかないのに、何故私が?と当惑する彼女の頭にふとそのとき、一つの可能性が浮かんだ。
はじめから何かおかしいと思っていたのだ。
校内の至るところで話題をかっさらっていく彼と、教室の隅で過ごす己とではあまりにも不釣り合いなのだ。
そもそもこの歳で女なら選り取りみどりの彼が本気でこんなことをする筈がなく、もし仮に本気も本気だとしたらその神経を疑うレベルだった。
そう、これは罰ゲーム、もしくはお遊びだ。クラスでも目立たないアイツに嘘告してこい、そんで真に受けたあの女を笑ってやろう、みたいな。モテない地味女をからかってやろう、みたいな。
ぐるぐる巡る思考が叩き出した答えについて考えれば考えるほど、なまえはそうだとしかもう考えられなくなった。彼女の内に湧き上がる困惑と疑念が怒りへとすり替わり、沸々と煮え立っていく。
だって、そんなの悔しいじゃないか。
確かに私は地味で何の取り柄も無いし、異性と話すことだって殆ど無いし、それこそモテないけど、そんなからかいの対象にするなんてふざけてる。大人しい者になら何をしてもいいと思ってるのか。
このままでは気が済まない、となまえは奥歯を噛みしめた。しかしどうしたらこの男の鼻を明かせるか。ストレートに「冗談ですよね?」などと言ってしまえば己がそういう器であることを認めているようで癪だ。
はて、どうすればと暫く考え、彼女は其処で漸く口を開いた。
「じゃあ明日の朝、教室の真ん中で私への愛を叫んでから、跪いてもう一度その言葉を言ってください。そしたら付き合います」
今まで黙って彼女の言葉を待っていた仁王はそれを聞いて二、三度まばたきを繰り返し、「そんなんでええん?」と心底不思議そうに訊ねた。内心勝ち誇った表情ながらもそれをおくびにも出さず、なまえは変わらない表情で仁王の問いに一つ頷いてみせた。
その反応に仁王は満足そうな表情を浮かべ、「その言葉、よぉく覚えておきんしゃい」と言うと、ふらりと去っていった。
今度こそ鍵を差し込み、出来もしない癖に、となまえは消えた背中に思いを馳せ、ペダルに足を掛けた。
翌日、朝練を終え、他の者よりも遅めにやって来た仁王は何時もと何ら変わらない様子で、それをちらと窺ったなまえは己の認識が正しかったことを完全に理解した。ほらやっぱり、と僅かに傾けた意識を友達へと戻す。悪趣味な人間の鼻を明かしてやったことで、彼女の心は何処か晴れ晴れとしていた。
そんな昨日の仁王とのやり取りを終わったものとした彼女に対し当の仁王は、普段は窓際最後尾の自分の席に真っ先に突っ伏すところを一緒にやって来た教卓前の列中間部の丸井の横を徐に陣取った。
それを不思議に思った丸井が声を掛けるより先に仁王はらしくもなく大きく息を吸い込み、喉を開いた。
「みょうじさぁぁぁぁぁぁん!!好きじゃぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」
あまりにいきなりのこと、予想外のことに目を剥いた周囲をよそになまえの座席へ足を向けた仁王は床に膝をつき、周り同様呆気にとられるその座席の主なまえの目を見据えた。
「好きじゃみょうじさん、付き合って」
そして惚れ惚れするほどに美しい笑みを浮かべ、約束じゃろと口唇を動かした男に、たった今己の認識の甘さを痛感した彼女はこの状況にくら、と目眩がした。
男の通り名はそう、”詐欺師”。だったらこれも詐欺の一貫なのか、この通り名に相応しくない率直さは、逆に私を欺くためのそれなのか。
仁王が紡いだ約束という言葉を反芻しながら、未だ当惑の内に居るなまえはやっと一つ頷いてみせるのだった。