バイオレント・バイオレンス
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再びのっぺりとした質感の彼女が現れた。
薄い微笑みで口も動かさず、ただ静かに
「本当は気づいていたんでしょ」
翌日も廊下側から数えて二列目の後ろから二番目は空席だった。
集合写真から切り取られた彼女はあの素材特有の妙な光沢を放つ。
空間に馴染めないその姿はこの彼女が同じ世界線に存在しない異物であることをありありと示していた。
変わらぬ微笑に薄く口唇が動く。
「本当は気づいていたんでしょ」
その翌日もその席が埋まることはなかった。
空間に定着するように僅かにその質感を柔めた彼女はふ、とまばたきをして、何時ものように双眸を細め口角を少し上げてみせた。
「本当は気づいていたんでしょ」
今日も、彼女は来なかった。
今日の彼女は目を細めることも、ましてや口角を上げることもしなかった。何時ものような微かな笑みを見せず、ただ黙ってじっと此方を見据える。
あののっぺりとした質感を失い、完全に空間と同化したその姿はもう異物でも作り物でもない。
無機質なその視線。暗影を投じたその二つの眼。
他の何でも誰でもなく、これは紛れもなく彼女だ。
彼女は端の下がった唇を静かに動かす。
「本当は気づいていたんでしょ」
チャンネルを変えるように場面は其処でぶつ切りになり、即座に全てが切り替わる。
俺は一人、バスに乗っていた。乗車口から見て、奥の後ろから二番目の二人掛けの座席に腰を下ろし、停車したバスが走り出すのを待っていた。
しかし、何故バスは停車しているのだろうか。前方の降車口も、後方の乗車口も閉まっているというのに、何故。
そもそも、此処は何処なのか。
…いや、違う。此処は、
俺は急き立てられるように前方、降車口の向こうを見る。
たなびくプリーツ。見慣れた制服に身を包む彼女が、其処には居た。
バス停の脇に佇む彼女の貫く眼差しには冷然さも酷薄さも無く、ひたすらに穏やかな澄みを持っていた。
俺の目が合わせられるのを待っていたかのように、口唇はそれからゆっくりと動かされた。
「幸村くん、」
聞こえる筈の無い音が脳髄を直接揺さぶるように響く。
唇は更にその続きを紡いだが、突如掛かったエンジンの音により続く言葉を聞くことはかなわなかった。
発車したバスのなか、俺は頭を抱えるように俯いた。
俺には分からないんだ。君が最後、何と言おうとしたのか。
「本当は気づいていたんでしょ」
ああ、本当は気づいていたさ。とっくにね。
彼女が最後に何と言ったのかも俺は知っている。
そして彼女を駆り立てるものの正体が激情なんかではないことを、本当は知っていた。
あの彼女を彼女足らしめていたのは彼女を内側から灼く炎であった。炎は彼女のひたすらに真っ直ぐな恋心だった。
初めこそ手のひらに収まる程度の小さなものであったが、それは彼女のこころを奪いながら成長していった。日に日に大きくなっていくそれをやっとの思いで彼女は器に押し込め、炎に覆い尽くされそうな心を耐えた。だがあるとき、器からそれは溢れ、炎は彼女を支配した。そして生まれたのが今の俺と彼女だった。
彼女はきっと、もうずっと前から自分で自分が分からなくなっていたのだろう。
それでも根底に残った僅かな自身のこころで俺を突き放した。
もうこの先自分は何をしでかすか分からない、このままではいけない、と。
そして今彼女は俺の前から消えようとしている。何もかもを残したまま、彼女は無色透明の水溶液に溶け込もうとしている。
それでは駄目なのだ。それでは俺も彼女も、戻れないのだ。
翌日、揺れる愛しいプリーツは其処に居た。
たまらず手を伸ばすも、そんなものは知らないとばかりにすり抜けていく。
すれ違う二人、
「なまえ!」
象った彼女の名に妙な懐かしさが込み上げてきた。
思えば、名前を呼んだのはいつ以来か。
振り返った彼女のゆらゆらと揺れる両の眼に思いを馳せる。
口内を刺激するじくじくとした痛みはもう何処かへと去っていった。
やはり、今日も彼女はかわいいのだ。
薄い微笑みで口も動かさず、ただ静かに
「本当は気づいていたんでしょ」
翌日も廊下側から数えて二列目の後ろから二番目は空席だった。
集合写真から切り取られた彼女はあの素材特有の妙な光沢を放つ。
空間に馴染めないその姿はこの彼女が同じ世界線に存在しない異物であることをありありと示していた。
変わらぬ微笑に薄く口唇が動く。
「本当は気づいていたんでしょ」
その翌日もその席が埋まることはなかった。
空間に定着するように僅かにその質感を柔めた彼女はふ、とまばたきをして、何時ものように双眸を細め口角を少し上げてみせた。
「本当は気づいていたんでしょ」
今日も、彼女は来なかった。
今日の彼女は目を細めることも、ましてや口角を上げることもしなかった。何時ものような微かな笑みを見せず、ただ黙ってじっと此方を見据える。
あののっぺりとした質感を失い、完全に空間と同化したその姿はもう異物でも作り物でもない。
無機質なその視線。暗影を投じたその二つの眼。
他の何でも誰でもなく、これは紛れもなく彼女だ。
彼女は端の下がった唇を静かに動かす。
「本当は気づいていたんでしょ」
チャンネルを変えるように場面は其処でぶつ切りになり、即座に全てが切り替わる。
俺は一人、バスに乗っていた。乗車口から見て、奥の後ろから二番目の二人掛けの座席に腰を下ろし、停車したバスが走り出すのを待っていた。
しかし、何故バスは停車しているのだろうか。前方の降車口も、後方の乗車口も閉まっているというのに、何故。
そもそも、此処は何処なのか。
…いや、違う。此処は、
俺は急き立てられるように前方、降車口の向こうを見る。
たなびくプリーツ。見慣れた制服に身を包む彼女が、其処には居た。
バス停の脇に佇む彼女の貫く眼差しには冷然さも酷薄さも無く、ひたすらに穏やかな澄みを持っていた。
俺の目が合わせられるのを待っていたかのように、口唇はそれからゆっくりと動かされた。
「幸村くん、」
聞こえる筈の無い音が脳髄を直接揺さぶるように響く。
唇は更にその続きを紡いだが、突如掛かったエンジンの音により続く言葉を聞くことはかなわなかった。
発車したバスのなか、俺は頭を抱えるように俯いた。
俺には分からないんだ。君が最後、何と言おうとしたのか。
「本当は気づいていたんでしょ」
ああ、本当は気づいていたさ。とっくにね。
彼女が最後に何と言ったのかも俺は知っている。
そして彼女を駆り立てるものの正体が激情なんかではないことを、本当は知っていた。
あの彼女を彼女足らしめていたのは彼女を内側から灼く炎であった。炎は彼女のひたすらに真っ直ぐな恋心だった。
初めこそ手のひらに収まる程度の小さなものであったが、それは彼女のこころを奪いながら成長していった。日に日に大きくなっていくそれをやっとの思いで彼女は器に押し込め、炎に覆い尽くされそうな心を耐えた。だがあるとき、器からそれは溢れ、炎は彼女を支配した。そして生まれたのが今の俺と彼女だった。
彼女はきっと、もうずっと前から自分で自分が分からなくなっていたのだろう。
それでも根底に残った僅かな自身のこころで俺を突き放した。
もうこの先自分は何をしでかすか分からない、このままではいけない、と。
そして今彼女は俺の前から消えようとしている。何もかもを残したまま、彼女は無色透明の水溶液に溶け込もうとしている。
それでは駄目なのだ。それでは俺も彼女も、戻れないのだ。
翌日、揺れる愛しいプリーツは其処に居た。
たまらず手を伸ばすも、そんなものは知らないとばかりにすり抜けていく。
すれ違う二人、
「なまえ!」
象った彼女の名に妙な懐かしさが込み上げてきた。
思えば、名前を呼んだのはいつ以来か。
振り返った彼女のゆらゆらと揺れる両の眼に思いを馳せる。
口内を刺激するじくじくとした痛みはもう何処かへと去っていった。
やはり、今日も彼女はかわいいのだ。