バイオレント・バイオレンス
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夢を、見た。
白む其処には彼女が居て、目を細め口角を僅かに上げていた。
久しく見ていない笑みの表情で、彼女は静かに言い放つ。
「本当は気づいていたんでしょ」
この彼女が、F組の後ろ黒板に飾ってあった集合写真に女生徒と並んで写っていた彼女であることを俺は其処で漸く思い出したのだった。
実に二度目、瞼を開けば其処に彼女は居らず、あるのは同様に生成色の天井であった。
数回まばたきをし、気怠い身体を引き摺り起き上がる。すると身体に掛けられていた布団が滑り落ち、それで今自身が居るのがベッドの上であることに気がついた。
寝起きというのは、つくづく判断力が鈍るからいけない。
両目を軽く擦り、視界が幾分かクリアになったところでぐるりと周りを見回す。
大小様々の本が並べられた棚。机。備え付けのクローゼット。そしてこのベッド。
このあまり物の無い簡素な部屋は当然ながら俺の部屋ではなく、此処を与えられた張本人は姿を消し、既に此処には居なかった。
昨夜部活終わりにこの家を訪ねたところ、住人の一人に昏倒させられ、意識を取り戻すと数度の暴行を受け、首を絞められたことで再度意識を失った。
そして今に至る。閉めきられた青色のカーテンからは薄く光が漏れていた。其処から鑑みるに今はおそらく夜が明けたことで迎えた翌日の朝だろう、と一人結論付け再び部屋を見回す。
気がかりなことはそれこそ幾つもある。しかし先ず何よりも懸念すべきことは昨日家に帰らなかったことを両親にどう説明すべきかということだろう。いくら図体が大きくなろうと俺はまだ高校生という身分で、親の庇護下にある。息子が何の連絡も無しに帰ってこないとなったら、どうするだろうか。あくまで可能性の一つだが、最後に一緒に居たであろう部活のメンバーの家に”息子が帰らない。何か知らないか”なんて連絡が回るかもしれない。大袈裟だが、最悪警察に、なんてことだってあるかもしれない。そんな大事になっていれば非常に困る。
状況はどうであれ、もしこのまま帰れば間違いなく連絡も入れずに何をしていたんだと詰問されるだろう。誤魔化すにも時既に遅しだ。誤魔化しようが無い。
それに万が一、何かもしものことで、彼女のことがバレでもしたら。彼女にも何らかの手が及ぶことは避けようが無い。それだけは何としてでも避けなくては。
さてこの状況、どうするべきか。今からでも実は外泊していたと連絡を入れるべきか。遅すぎることこの上ないし、大事になっていればとても得策とはいえない。しかし入れないよりは余程ましか。この際理由は何だっていい。今は何としてでも俺がこの家に居たということを悟られないようにしなければ。
布団を剥ぎ、床に足をつける。焦りをはらんだ手つきでスマートフォンを求め、制服のポケットをまさぐるが確かに入れた筈の目当てであるそれの膨らみが無く、焦りが加速する。まずい。とてもまずい。確かに此処に入れた筈なのに何故無いのか。単なる思い違いか。ならバッグは、とくまなく部屋を見回すがこれもやはり見当たらない。
しかしその代わりに机上に置かれたものの存在に此処で気がついた。物々しい歩みで机に歩み寄ると、其処には探していたスマートフォンと数枚の男物の下着が詰められたパック、そしてそれらの下敷きにされた白い紙があった。その紙に羅列された文字に吸い寄せられるように焦点を合わせる。
“お風呂 入りたかったらどうぞ 下着は新品のものを置いておきます”
“バッグはリビングに置いたままです テーブルのサンドイッチとおにぎりは食べてもらっていいです いらなかったら残してください”
“スマホ 勝手に使ってごめんなさい”
直線上に並ぶ几帳面そうな文字にパックをひっくり返すと、全国チェーンのコンビニのロゴマークが入っていた。
“スマホ 勝手に使ってごめんなさい”
ふらふらと力の入らない手つきでスマホを起動させる。例えばメッセージアプリでのやり取りを見たのだとしたら、使って、ではなく見て、と表現するだろう。使って、とわざわざ表現したということは、文字通り彼女は使用したのだ。
ならばとタブを開くと、先ず一番に表示されたのはメッセージアプリだった。恐る恐るそれをタップすると、直ぐに画面は切り替わる。開かれたのは母親とのトーク画面であった。直近のやり取りは俺からのメッセージに対する母の返答で終わっていた。
“急でごめんなさい 友達の家に泊まらせてもらいます”
“いいですけど、くれぐれも先方にご迷惑はかけないように”
日付は昨日。時間帯は夜。
時刻はおそらく俺が玄関先で気を失って一時間も経たない頃。勿論送信した覚えはない。
大きく息を吐き出し、安堵からか崩れ落ちるようにしゃがみこんだ。手の中の携帯機器が滑り落ち、床に勢いよく叩きつけられたが、今そんなのは些細なことでどうでもよかった。
激情に呑まれながらも、彼女は冷静だった。ある種、悪魔にも勝るほどに。
シャワーを借り、コンビニの袋に入ったままの野菜サンドと鮭のおにぎりを同じく袋に入っていた麦茶と共に腹に入れる。それでもまだ普段家を出る時間よりも早かったが、早々にこの誰一人として住人の居ない家を出た。
その日、誰に会おうとも何を言われることはなかった。母には”昨日は大丈夫だった?”と言われたが、一言肯定の返事をすればもうその話が持ち上がることはなく、いつもと何ら変わらない一日を過ごした。
そんな何ら変わらない一日のなか、ただ彼女だけがその姿を現すことはなかった。
白む其処には彼女が居て、目を細め口角を僅かに上げていた。
久しく見ていない笑みの表情で、彼女は静かに言い放つ。
「本当は気づいていたんでしょ」
この彼女が、F組の後ろ黒板に飾ってあった集合写真に女生徒と並んで写っていた彼女であることを俺は其処で漸く思い出したのだった。
実に二度目、瞼を開けば其処に彼女は居らず、あるのは同様に生成色の天井であった。
数回まばたきをし、気怠い身体を引き摺り起き上がる。すると身体に掛けられていた布団が滑り落ち、それで今自身が居るのがベッドの上であることに気がついた。
寝起きというのは、つくづく判断力が鈍るからいけない。
両目を軽く擦り、視界が幾分かクリアになったところでぐるりと周りを見回す。
大小様々の本が並べられた棚。机。備え付けのクローゼット。そしてこのベッド。
このあまり物の無い簡素な部屋は当然ながら俺の部屋ではなく、此処を与えられた張本人は姿を消し、既に此処には居なかった。
昨夜部活終わりにこの家を訪ねたところ、住人の一人に昏倒させられ、意識を取り戻すと数度の暴行を受け、首を絞められたことで再度意識を失った。
そして今に至る。閉めきられた青色のカーテンからは薄く光が漏れていた。其処から鑑みるに今はおそらく夜が明けたことで迎えた翌日の朝だろう、と一人結論付け再び部屋を見回す。
気がかりなことはそれこそ幾つもある。しかし先ず何よりも懸念すべきことは昨日家に帰らなかったことを両親にどう説明すべきかということだろう。いくら図体が大きくなろうと俺はまだ高校生という身分で、親の庇護下にある。息子が何の連絡も無しに帰ってこないとなったら、どうするだろうか。あくまで可能性の一つだが、最後に一緒に居たであろう部活のメンバーの家に”息子が帰らない。何か知らないか”なんて連絡が回るかもしれない。大袈裟だが、最悪警察に、なんてことだってあるかもしれない。そんな大事になっていれば非常に困る。
状況はどうであれ、もしこのまま帰れば間違いなく連絡も入れずに何をしていたんだと詰問されるだろう。誤魔化すにも時既に遅しだ。誤魔化しようが無い。
それに万が一、何かもしものことで、彼女のことがバレでもしたら。彼女にも何らかの手が及ぶことは避けようが無い。それだけは何としてでも避けなくては。
さてこの状況、どうするべきか。今からでも実は外泊していたと連絡を入れるべきか。遅すぎることこの上ないし、大事になっていればとても得策とはいえない。しかし入れないよりは余程ましか。この際理由は何だっていい。今は何としてでも俺がこの家に居たということを悟られないようにしなければ。
布団を剥ぎ、床に足をつける。焦りをはらんだ手つきでスマートフォンを求め、制服のポケットをまさぐるが確かに入れた筈の目当てであるそれの膨らみが無く、焦りが加速する。まずい。とてもまずい。確かに此処に入れた筈なのに何故無いのか。単なる思い違いか。ならバッグは、とくまなく部屋を見回すがこれもやはり見当たらない。
しかしその代わりに机上に置かれたものの存在に此処で気がついた。物々しい歩みで机に歩み寄ると、其処には探していたスマートフォンと数枚の男物の下着が詰められたパック、そしてそれらの下敷きにされた白い紙があった。その紙に羅列された文字に吸い寄せられるように焦点を合わせる。
“お風呂 入りたかったらどうぞ 下着は新品のものを置いておきます”
“バッグはリビングに置いたままです テーブルのサンドイッチとおにぎりは食べてもらっていいです いらなかったら残してください”
“スマホ 勝手に使ってごめんなさい”
直線上に並ぶ几帳面そうな文字にパックをひっくり返すと、全国チェーンのコンビニのロゴマークが入っていた。
“スマホ 勝手に使ってごめんなさい”
ふらふらと力の入らない手つきでスマホを起動させる。例えばメッセージアプリでのやり取りを見たのだとしたら、使って、ではなく見て、と表現するだろう。使って、とわざわざ表現したということは、文字通り彼女は使用したのだ。
ならばとタブを開くと、先ず一番に表示されたのはメッセージアプリだった。恐る恐るそれをタップすると、直ぐに画面は切り替わる。開かれたのは母親とのトーク画面であった。直近のやり取りは俺からのメッセージに対する母の返答で終わっていた。
“急でごめんなさい 友達の家に泊まらせてもらいます”
“いいですけど、くれぐれも先方にご迷惑はかけないように”
日付は昨日。時間帯は夜。
時刻はおそらく俺が玄関先で気を失って一時間も経たない頃。勿論送信した覚えはない。
大きく息を吐き出し、安堵からか崩れ落ちるようにしゃがみこんだ。手の中の携帯機器が滑り落ち、床に勢いよく叩きつけられたが、今そんなのは些細なことでどうでもよかった。
激情に呑まれながらも、彼女は冷静だった。ある種、悪魔にも勝るほどに。
シャワーを借り、コンビニの袋に入ったままの野菜サンドと鮭のおにぎりを同じく袋に入っていた麦茶と共に腹に入れる。それでもまだ普段家を出る時間よりも早かったが、早々にこの誰一人として住人の居ない家を出た。
その日、誰に会おうとも何を言われることはなかった。母には”昨日は大丈夫だった?”と言われたが、一言肯定の返事をすればもうその話が持ち上がることはなく、いつもと何ら変わらない一日を過ごした。
そんな何ら変わらない一日のなか、ただ彼女だけがその姿を現すことはなかった。