バイオレント・バイオレンス
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慣れっこ、という言葉は正しくないし語弊が生じるだろうが、この状況は久しいなと目の前の女の子を見て思った。
今朝下駄箱へと入れられていた手紙に記された”昼休み、校舎裏に来てください”という呼び出しに応じやって来てみれば其処で待っていたのは去年同じクラスだった子で、こうして今に至る。
もじもじと緊張した様子のその子をじっと見つめる。きれいにシュシュで束ねられた髪の毛。くる、とカールした睫毛。艶めく唇。やや短めに折られたスカートからは白く柔らかそうな足が伸びる。
何処からどう見てもかわいい女の子は小さく口を開き、「幸村くん…」と文字通り鈴を鳴らすような声で俺の名前を呼んだ。可哀想になるくらい頬を真っ赤に染め上げる姿がとてもいじらしくて「うん?」となるだけ優しく続く言葉を待つ。
すると、その子は意を決したように息を吸い込み、小さな唇を動かした。
「ゆ、幸村くんのこと、去年おんなじクラスだったときから好きでした、わ、わたしと、付き合ってください!」
はっきりと言い切られたそれにふと、去年の彼女の姿が脳裏を過った。
逸れた視線。中途半端に開かれた口唇が紡いだ言葉。今のこの子と同じように可哀想なくらいに頬を染め上げていたが、この子よりずっと瞳は熱を孕んでいた。貫くあの眼差しに溶かされた欲情があのときも、そして今も俺をからめ捕って離さない。
唇を引き結び、ちらちらと此方を窺う目の前の女の子の睫毛が揺れる。落ち着かないようになぞられる指の先を眺めながら思案する。
「…ごめんね、今は、部活に集中したいんだ」
だから、君とは付き合えない、と尤もらしい理由を伝えれば、その子は唇をきゅっと噛みしめ、顔を俯けた。
部活に集中したいという言葉に嘘はない。だが、そもそも俺には彼女がいるのだ。何よりかわいく、誰よりいとおしいあの子がいる以上、頷くことは万に一つもない。
下げられた旋毛が上がる。ただでさえ潤んでいた眼をさらに潤ませ、目を赤くした女の子は睫毛を震わした。そよぐ細い髪の毛。
その瞬間、唇に柔らかい何かが押し付けられた。鼻腔に広がる甘い香り、感触は直ぐに離れていったが、それが眼前の子の唇であることを理解するのに然程時間は必要なかった。
べたりと付着したグロスに唖然としていると、件の女の子は再び視線を下に向け、更に顔を赤らめながら小さく「ご、ごめんなさい幸村くん、でもわたし、」
しかし突如、それを遮るように何かが頭上から降ってきた。緩い放物線を描き、その何かはその子の頭にやや重い音を立て、直撃した。
自分をいきなり襲ってきた衝撃にその子は「、っい」と声を上げ、心底驚いたように辺りを見回す。予想外の出来事、しかも一度に二つも、それに気をやりそうになりながらも同様に辺りを見回し、気がついたのはおそらく同時だ。
それは図らずとも着地点となったその子の殆どすぐ傍に転がっていた。二人して理解が追い付かないというように呆然とその場で立ちすくむ。
それは缶容器のオレンジジュースだった。その飲み口からだくだくと中身を溢す、飲みかけの。
頭上から缶容器のオレンジジュースが降ってくるなど、自然現象である筈がない。しかもそれが中身が中途半端に残っているとなれば尚のことで、すると最早残された可能性、人為的なものであるとしか考えられないのだ。即ち、第三者の誰かがこの現場に居合わせ、真意こそ不明だが己の飲みかけの容器を女の子の頭目掛けて落としたのだろう。
しかし此処は空き教室ばかりの人気など殆ど無い校舎の裏だ。こんなところを訪れる者など、
缶のオレンジジュース。人気の無い校舎。告白現場。キスした女の子。キスされた俺。
其処でふと頭に浮かんだ可能性に、勢いよく頭上を見上げた。見上げたのは二階部分。
其処には当然人など居らず、誰かが居た気配すら無い。何も残らない其処に佇むのは何故置かれているのか分からない自動販売機だけだ。こんな外れの、人など殆どやって来ないところに置いたって誰も買いに来ないだろうに。
しかし俺は知っていた。そんな、こんなところに買いに来る人間を。
その者は他の自販機には売っていないというとある飲み物をいたく気に入っており、よく此処に買いに来ていた。そして、今でもよく傾けている。
その飲み物は、チープなデザインの缶容器に入っていた。ペットボトルならば他のところでも売っているが、缶というと珍しい、100%果汁のオレンジジュース。それを、飲んでいたのは、
ゆっくりと、今一度地面に転がる缶に視点を合わせた。
オレンジをモチーフにしたのであろう見たこともないキャラクターが描かれたチープなデザイン。目を凝らせば、小さく果汁100%と表記されているのが確認できた。
この程度では状況証拠にも成り得ない。この広い学校ならば、同じものを飲んでいる者など他に幾らでもいるだろう。
だが、俺にはそう思えてならなかった。
点と線が、繋がる。
一人、慣れない道を歩む。等間隔にある街灯は何処か覚束ず、閑静な住宅街の印象を怪しいものにしているように思えた。
部活が終わり、何時ものように起動させたスマホに先ず写し出されたのは普段めったにやって来ない送り主からのメッセージで、一瞬思わず目を剥いた。
”部活終わったら家に来て”
至極簡素なメッセージ。送り主に記された、彼女の名前。
そして今、過去数回訪れたことのある彼女の家への道筋を辿っている。久しぶりに訪ねる曲がり角に位置する家に僅かに逸る気持ちを抑えながら歩み寄り、インターフォンを押した。静寂に包まれた家は周囲に暗闇にすっかり溶け込み、何処か物々しい雰囲気を醸し出している。閉めきられたカーテンは外界を強く拒んでいるように感じられた。
微かな音。それと共に玄関扉がゆっくりと開く。唯一の入り口である其処からサンダルを引っ掛けて出てきた彼女は普段通りの陰りを帯びた表情で「いらっしゃい」と言った。促されるままに「お邪魔します」と玄関の敷居を跨ぐと、後ろ手に扉を閉め「上がって」と再び促す彼女に従い、背を向けた。其処で突如後頭部を襲った衝撃に、俺はその場に崩れ落ちた。
今朝下駄箱へと入れられていた手紙に記された”昼休み、校舎裏に来てください”という呼び出しに応じやって来てみれば其処で待っていたのは去年同じクラスだった子で、こうして今に至る。
もじもじと緊張した様子のその子をじっと見つめる。きれいにシュシュで束ねられた髪の毛。くる、とカールした睫毛。艶めく唇。やや短めに折られたスカートからは白く柔らかそうな足が伸びる。
何処からどう見てもかわいい女の子は小さく口を開き、「幸村くん…」と文字通り鈴を鳴らすような声で俺の名前を呼んだ。可哀想になるくらい頬を真っ赤に染め上げる姿がとてもいじらしくて「うん?」となるだけ優しく続く言葉を待つ。
すると、その子は意を決したように息を吸い込み、小さな唇を動かした。
「ゆ、幸村くんのこと、去年おんなじクラスだったときから好きでした、わ、わたしと、付き合ってください!」
はっきりと言い切られたそれにふと、去年の彼女の姿が脳裏を過った。
逸れた視線。中途半端に開かれた口唇が紡いだ言葉。今のこの子と同じように可哀想なくらいに頬を染め上げていたが、この子よりずっと瞳は熱を孕んでいた。貫くあの眼差しに溶かされた欲情があのときも、そして今も俺をからめ捕って離さない。
唇を引き結び、ちらちらと此方を窺う目の前の女の子の睫毛が揺れる。落ち着かないようになぞられる指の先を眺めながら思案する。
「…ごめんね、今は、部活に集中したいんだ」
だから、君とは付き合えない、と尤もらしい理由を伝えれば、その子は唇をきゅっと噛みしめ、顔を俯けた。
部活に集中したいという言葉に嘘はない。だが、そもそも俺には彼女がいるのだ。何よりかわいく、誰よりいとおしいあの子がいる以上、頷くことは万に一つもない。
下げられた旋毛が上がる。ただでさえ潤んでいた眼をさらに潤ませ、目を赤くした女の子は睫毛を震わした。そよぐ細い髪の毛。
その瞬間、唇に柔らかい何かが押し付けられた。鼻腔に広がる甘い香り、感触は直ぐに離れていったが、それが眼前の子の唇であることを理解するのに然程時間は必要なかった。
べたりと付着したグロスに唖然としていると、件の女の子は再び視線を下に向け、更に顔を赤らめながら小さく「ご、ごめんなさい幸村くん、でもわたし、」
しかし突如、それを遮るように何かが頭上から降ってきた。緩い放物線を描き、その何かはその子の頭にやや重い音を立て、直撃した。
自分をいきなり襲ってきた衝撃にその子は「、っい」と声を上げ、心底驚いたように辺りを見回す。予想外の出来事、しかも一度に二つも、それに気をやりそうになりながらも同様に辺りを見回し、気がついたのはおそらく同時だ。
それは図らずとも着地点となったその子の殆どすぐ傍に転がっていた。二人して理解が追い付かないというように呆然とその場で立ちすくむ。
それは缶容器のオレンジジュースだった。その飲み口からだくだくと中身を溢す、飲みかけの。
頭上から缶容器のオレンジジュースが降ってくるなど、自然現象である筈がない。しかもそれが中身が中途半端に残っているとなれば尚のことで、すると最早残された可能性、人為的なものであるとしか考えられないのだ。即ち、第三者の誰かがこの現場に居合わせ、真意こそ不明だが己の飲みかけの容器を女の子の頭目掛けて落としたのだろう。
しかし此処は空き教室ばかりの人気など殆ど無い校舎の裏だ。こんなところを訪れる者など、
缶のオレンジジュース。人気の無い校舎。告白現場。キスした女の子。キスされた俺。
其処でふと頭に浮かんだ可能性に、勢いよく頭上を見上げた。見上げたのは二階部分。
其処には当然人など居らず、誰かが居た気配すら無い。何も残らない其処に佇むのは何故置かれているのか分からない自動販売機だけだ。こんな外れの、人など殆どやって来ないところに置いたって誰も買いに来ないだろうに。
しかし俺は知っていた。そんな、こんなところに買いに来る人間を。
その者は他の自販機には売っていないというとある飲み物をいたく気に入っており、よく此処に買いに来ていた。そして、今でもよく傾けている。
その飲み物は、チープなデザインの缶容器に入っていた。ペットボトルならば他のところでも売っているが、缶というと珍しい、100%果汁のオレンジジュース。それを、飲んでいたのは、
ゆっくりと、今一度地面に転がる缶に視点を合わせた。
オレンジをモチーフにしたのであろう見たこともないキャラクターが描かれたチープなデザイン。目を凝らせば、小さく果汁100%と表記されているのが確認できた。
この程度では状況証拠にも成り得ない。この広い学校ならば、同じものを飲んでいる者など他に幾らでもいるだろう。
だが、俺にはそう思えてならなかった。
点と線が、繋がる。
一人、慣れない道を歩む。等間隔にある街灯は何処か覚束ず、閑静な住宅街の印象を怪しいものにしているように思えた。
部活が終わり、何時ものように起動させたスマホに先ず写し出されたのは普段めったにやって来ない送り主からのメッセージで、一瞬思わず目を剥いた。
”部活終わったら家に来て”
至極簡素なメッセージ。送り主に記された、彼女の名前。
そして今、過去数回訪れたことのある彼女の家への道筋を辿っている。久しぶりに訪ねる曲がり角に位置する家に僅かに逸る気持ちを抑えながら歩み寄り、インターフォンを押した。静寂に包まれた家は周囲に暗闇にすっかり溶け込み、何処か物々しい雰囲気を醸し出している。閉めきられたカーテンは外界を強く拒んでいるように感じられた。
微かな音。それと共に玄関扉がゆっくりと開く。唯一の入り口である其処からサンダルを引っ掛けて出てきた彼女は普段通りの陰りを帯びた表情で「いらっしゃい」と言った。促されるままに「お邪魔します」と玄関の敷居を跨ぐと、後ろ手に扉を閉め「上がって」と再び促す彼女に従い、背を向けた。其処で突如後頭部を襲った衝撃に、俺はその場に崩れ落ちた。