バイオレント・バイオレンス
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細く長く伸びる街灯の下、バス停の直ぐ側に佇む人影に吸い寄せられるように足を向けた。
両の耳をイヤホンで塞ぎながら横向きの画面をリズミカルにタップする其の人は手の中のそれに夢中なようで直ぐ後ろを通り過ぎる者のことなど気にも留めないようだった。
三人分の影を飛ばし、その隣の位置につくと見計らったように真正面、赤い電灯で行き先を映し出した大きな車体が重々しい音を立てながらやって来た。
車内はそれなりに混み合っており、前席は勿論、後部座席も殆ど埋まっていた。
その中でも空いていた二人掛けの座席は続々と埋まり、俺が乗り込み頃には窓側が全て埋まりきり、通路側がぽつぽつと空いているだけとなった。
いの一番に乗り込んでいった目当ての人物は奥の後ろから二番目の二人掛けの座席で縦に持ち替えた端末を弄っており、まだ此方の存在には気づいていなかった。迷いなくその方へと足を運ぶと、其処で漸く視線を上げた女は僅かに目を丸くし、ただでさえ下がった口端をさらに落とした。
「奇遇だね」
脚の間にラケットバッグを下ろしながらそう言うと、舌でも打ちそうな勢いで「…わざとらし」と小さく放たれる。窓際へ詰め、膝の上の通学鞄に肘をつく彼女は目も合わせず「こういうところでは関わらないようにしようって決めたでしょ」続けて言い放った。
「大丈夫だよ、この中に俺たち以外に立海生はいないし、もし此処から先で乗ってくるようだったら君は寝たフリでもすればいい」
「そういうことじゃない」
間髪入れずに返された言葉と共に手の甲をつねり上げられたが、周りに人が居るためかその手は存外すぐに止められた。エンジン音しか響かないこの空間ではそんなひそめられた声すら彼女の本意では無いだろうが否応にも妙な存在感を放つ。
その返答を最後に押し黙り、ふいと窓のほうを向いてしまった見慣れた後頭部を薄く見つめた。
「いつもいの一番に帰るのに、今日はどうしたの」
「……委員会」
「何の?」
「…選管。選挙、もうすぐだから、それの準備」
そうかもう生徒会選挙の時期か、と彼女と同じクラスの友人の顔を頭に浮かべた。そういえば軽く話をしたときにちらとそんなことを言ってたかもしれない。
視線と同様に薄く中身の無い問答は彼女が鞄に顔をうずめたことにより殆ど交わされることもなく、呆気なく其処で絶たれた。横の丸くなだらかな背中は気怠さで覆われた目に見えない刺々しさを孕んでおり、外界を拒絶するように走る景色に写っていた。
次も、その次も、バスがその走りを止めることはなかった。
“次は、■■四丁目、■■四丁目”
穏やかな揺れに身を任せ、何をするわけでもなく薄暗い前方をただぼうっと眺めていると、暫くの間ぴくりとも動かなかった身体がむくりと起き上がった。丸められた背をのそのそと正しながら、緩慢な動作で窓枠上部の停車ボタンを押した彼女は些か乱暴とも云える手つきでイヤホンが繋がった端末を制服のポケットに突っ込んだ。
バスが至極緩やかに停車する。脚の間のバッグと共に腰を上げると、まだ背の曲がったままの姿はすくりと立ち上がった。視線はやはり合わないままで、怠そうに目を伏せた彼女に一言「じゃあね」と言うも、何が返ってくることもなく後ろ姿は早々に去っていった。
無情なブザー音が鳴り、がたがたと騒々しく音を立てながら扉は閉ざされる。
走り出した車内、徐に先程彼女がつねり上げた手の甲に視線をやるが、其処には常と変わらない肌色があるだけでもう何も残されてはいなかった。
両の耳をイヤホンで塞ぎながら横向きの画面をリズミカルにタップする其の人は手の中のそれに夢中なようで直ぐ後ろを通り過ぎる者のことなど気にも留めないようだった。
三人分の影を飛ばし、その隣の位置につくと見計らったように真正面、赤い電灯で行き先を映し出した大きな車体が重々しい音を立てながらやって来た。
車内はそれなりに混み合っており、前席は勿論、後部座席も殆ど埋まっていた。
その中でも空いていた二人掛けの座席は続々と埋まり、俺が乗り込み頃には窓側が全て埋まりきり、通路側がぽつぽつと空いているだけとなった。
いの一番に乗り込んでいった目当ての人物は奥の後ろから二番目の二人掛けの座席で縦に持ち替えた端末を弄っており、まだ此方の存在には気づいていなかった。迷いなくその方へと足を運ぶと、其処で漸く視線を上げた女は僅かに目を丸くし、ただでさえ下がった口端をさらに落とした。
「奇遇だね」
脚の間にラケットバッグを下ろしながらそう言うと、舌でも打ちそうな勢いで「…わざとらし」と小さく放たれる。窓際へ詰め、膝の上の通学鞄に肘をつく彼女は目も合わせず「こういうところでは関わらないようにしようって決めたでしょ」続けて言い放った。
「大丈夫だよ、この中に俺たち以外に立海生はいないし、もし此処から先で乗ってくるようだったら君は寝たフリでもすればいい」
「そういうことじゃない」
間髪入れずに返された言葉と共に手の甲をつねり上げられたが、周りに人が居るためかその手は存外すぐに止められた。エンジン音しか響かないこの空間ではそんなひそめられた声すら彼女の本意では無いだろうが否応にも妙な存在感を放つ。
その返答を最後に押し黙り、ふいと窓のほうを向いてしまった見慣れた後頭部を薄く見つめた。
「いつもいの一番に帰るのに、今日はどうしたの」
「……委員会」
「何の?」
「…選管。選挙、もうすぐだから、それの準備」
そうかもう生徒会選挙の時期か、と彼女と同じクラスの友人の顔を頭に浮かべた。そういえば軽く話をしたときにちらとそんなことを言ってたかもしれない。
視線と同様に薄く中身の無い問答は彼女が鞄に顔をうずめたことにより殆ど交わされることもなく、呆気なく其処で絶たれた。横の丸くなだらかな背中は気怠さで覆われた目に見えない刺々しさを孕んでおり、外界を拒絶するように走る景色に写っていた。
次も、その次も、バスがその走りを止めることはなかった。
“次は、■■四丁目、■■四丁目”
穏やかな揺れに身を任せ、何をするわけでもなく薄暗い前方をただぼうっと眺めていると、暫くの間ぴくりとも動かなかった身体がむくりと起き上がった。丸められた背をのそのそと正しながら、緩慢な動作で窓枠上部の停車ボタンを押した彼女は些か乱暴とも云える手つきでイヤホンが繋がった端末を制服のポケットに突っ込んだ。
バスが至極緩やかに停車する。脚の間のバッグと共に腰を上げると、まだ背の曲がったままの姿はすくりと立ち上がった。視線はやはり合わないままで、怠そうに目を伏せた彼女に一言「じゃあね」と言うも、何が返ってくることもなく後ろ姿は早々に去っていった。
無情なブザー音が鳴り、がたがたと騒々しく音を立てながら扉は閉ざされる。
走り出した車内、徐に先程彼女がつねり上げた手の甲に視線をやるが、其処には常と変わらない肌色があるだけでもう何も残されてはいなかった。