今日の夢見〜獏は密かに夢を見る〜
ここは様々な生き物の精霊が生活する世界。ニンゲンに分かりやすく言えば、”擬人化”かな。
私はミラ。普通の学校に通ってるただのいち植物。今日もきれいなピンクの花が右のこめかみで咲いている。
「─よかった」
最近、植物の間で"未開花症"という花が咲かなくなる病気が流行っているらしい。見た目だけで分からないんだって。単純に開花時期じゃないから咲いてないのか、未開花症で咲いてないのか分からないみたい。
「行ってきまーす」
私はいつも通り、家を出て学校へ向かった。
「ミラちゃん、おはよ!」
「フェリちゃん、おはよー」
いつもと同じ場所で親友のフェリちゃんと合流した。フェリちゃんは私と違って元気いっぱいで"The 可愛い子"だ。目がおっきくて喜怒哀楽が激しい、誰とでも仲良くなっちゃう。
「ねぇねぇ、あの後なんかあった?」
「えっ…と、何もない…かな」
「あちゃ~、ダメだったか」
昨日、フェリちゃんの押しに負けて憧れの先輩とちょっと話をした。緊張してたのと、口下手なせいで全くと言っていいほど話が盛り上がらなかった。せめてフェリちゃんがいてくれれば…!と終始考えていた。
「レーヒス先輩は明るくてみんなの憧れだもんね~。その点本人は鈍感無自覚人たらし属性だから」
「わかる。『あれ、俺またなんかやっちゃいました?』って言いそうだもん」
「あはは!たしかに~!ほんと主人公だよね」
そんな話をしていると、登校中の学生のほとんどが通る大きな交差点が見えてきた。いつもより少ない学生の中で、目立っている男子学生がいた。
「あ、噂をすればレーヒス先輩じゃん!やっぱ主人公は行動力が違うな~」
先輩はおばあさんの手を引きながら、おばあさんの荷物と思われるものを抱えて横断歩道を歩いてた。流石としか言いようがない。これが男女問わず先輩が好かれている理由なんだろうな。
私は先輩に恋をしている。この学校に入る前に、サッカーの春大会を見に行って一目ぼれした。笑顔で楽しそうに試合に挑む姿と、チームメイトを気にかけている姿、頬に鱗のような、青紫の花が咲いていたのが綺麗で、素敵で、未だに思い出してはドキドキしてる。
あぁ…、昨日はもっと話したかったな…。LINEも交換したけど、よろしく!と言っている人気アニメのキャラクターのスタンプより下には何も送られていない。
授業の合間にトーク画面を見ては、何を入力しようかな、とりあえずスタンプを送ってみようかな、と悩んでる。そんなチャンスはことごとく授業開始のチャイムにかき消されてしまう。
授業に集中しなくちゃいけないことは分かっているんだけど、胸の鼓動が邪魔をする。窓の外を見れば、どこかのクラスが体育でサッカーをしている。サッカー…。そろそろ大会の時期だったなあ…。先輩は今年も出るのかな…?少しほかのことを考えただけで先輩がよぎる。
「ではここを…、ミラさん」
ああ、"さん"付けじゃなくて呼び捨てで呼び合える中になれたらな。
「ミラさん?」
「…─は、はい!すみません…」
「大丈夫ですか?ぼーっとしてるみたいですが」
「だ、大丈夫です!昨日寝不足で…。えっと」
…咄嗟にごまかして、授業に集中する。いつの間に4時間目になってたんだ…。ぼーっとしすぎでしょ、私。昨日まではこんなんじゃなかったのに。
授業が終わるチャイムが鳴る。やっとお昼休みだ。私はお弁当をもってフェリちゃんのところへ向かった。
「あぁ~…。どうしよう…」
「ミラちゃん、めっちゃ恋の病にかかってるね」
「ほんとだよ…。私って意外と乙女だったんだ…」
フェリちゃんに慰めてもらいながら食べるお弁当はなんだか温かい気がした。
5時間目は移動教室だ。教科書と筆箱をもって廊下を歩く。
「レーヒスセンパァイ♡ちょっとお話良いですかぁ~?」
先輩の教室の前、上擦った甘ったるい声で先輩に近づいていく一人の女子生徒がいた。
「…あの子、ミラちゃんが嫌いなアカネじゃん」
ドキッと心臓が跳ねる。確かに、あの子は私と波長が合わない。かつて体育で合同チームだった時にちょっとギスギスしたことがある。違うクラスで良かったと未だに思う。
「うん…。あんま見たくないし、もう行こ」
私は二人のすがたに妙な違和感を感じながら足早に教室へ向かった。
午後の授業も全く集中できなかった。アカネちゃんと先輩の関係が気になってしかたなくて、LINEしちゃおうかと何度も悩んだ。
「今日は一日中上の空だったね」
「なんでだろ…。はぁ…」
「今日はゆっくり休も?寝落ち通話なら相手になるからさ!」
「ありがと、フェリちゃん」
登校してきた道をそのまま引き返して家に向かう。街往く精霊たちは怖いほどに距離を開けて歩いてた。
「ただいま」
誰もいない部屋に向かって言っても意味ないけど、つい癖で言ってしまう。5分おきにスマホの通知を確認しては何も来てなくて胸をなでおろす。ふいに目に入ったニュースはまだ"未開花症"について報道している。感染性の病気じゃないみたいだけど、なんだかピリついてる。
いつも通りの行動のはずなのになんだか違和感がある。学校で見たあの光景のせい?それとも、未開花症のせい?妙な胸騒ぎがする。お風呂から上がって髪の毛を乾かす。こめかみには大きなピンクの花。疲れているせいか、少し萎れている。
ベッドに寝転んでスマホの通知を確認する。やっぱりないか…。フェリちゃんの言葉に甘えさせてもらおうかな。友達の欄からフェリちゃんを選び、音声通話を押した。
…はずだった。画面に表示されている名前は「レーヒス」。
「─うそっ!?間違えた…!?で、でも無言で切るわけにもいかないし、こ、心の準備もできてない─!」コール音が切れる。間髪入れずに音が聞こえてきた。
「…どうしたの、ミラさん?急に電話かけてきて…」
「ご、ごめんなさい…!フェリちゃんと間違えてしまって…」
「謝らないで?俺は全然大丈夫だから」
いつものような元気いっぱいの声からは想像できないような、ふわふわとした、柔らかい声音にドキッとしてしまった。ただでさえ間違い電話をかけちゃってドキドキしてたのに、こんな声聞いたら余計ドキドキしちゃう…!
「あ、あの…!明日の放課後って、空いてますか…?」恐る恐る言葉を紡ぎだす。
「ごめん、明日はちょっと用事があってね」
ギュッと胸が締め付けられる。断られた。分かってた。私じゃダメなんだって。
「…あ、でも今週末だったら部活もないし、一日空いてるよ!その日でいいかな…?」
…ん?今なんて?週末?一日空いてる?
「─くぁwせdrftgyふじこlp?!…え、そ、それって─」まるでデートじゃ…?「あ、空いて、ます!そ、の…私なんかに一日いいんですか…?」
「全然!─に?──ん、分かっ─、寝─。ごめん。母さんに話しかけられてた。…じゃ、俺明日早いからもう切るね」
「あ、は、はい!ほんとに急にかけてすみません…」
「大丈夫だよ。俺も元気出たし。ミラさん、おやすみ」
「お、おやすみなさい…」
ティロン、と電話が切れた音がした。まだドキドキが止まらない。週末に憧れの先輩とデート…。一気に進んでしまった。何をするとかではないけど、休みの日に先輩と会えるだけで特別感がある。今日はもう寝てしまおう。私は何とも言えない多幸感を胸に、掛布団に潜り込んだ。
目覚ましのアラームと共に目を覚ます。昨日とは違ったドキドキに、こめかみの花も心なしか鮮やかに見える。
朝ごはんも少し凝ったものを作ってしまった。味はいつもとあまり変わらないけれど。
出かける前の、ちょっとした身だしなみもいつもよりじっくりと整える。
「何してんだろ、私…」
少し赤くなった自分の顔に恥ずかしくなって、玄関に向かう。なんだかいつもと違う一日が始まるような気がした。
「おはよ!ミラちゃん!」
「おはよ、フェリちゃん」
「なんかいつもと違くない?なんていうか…かわいい!」
「─そ、そうかな?!ぜ、全然いつも通りだけど…」
嘘である。何がいつも通りだ。先輩との電話に浮かれて、ドキドキしながら寝て、朝ごはんも身だしなみも全然いつもと違うのに!
「そっかぁ~。…あれ、なんか昨日より精霊 少なくない?」
辺りを見回すと、確かに昨日ほど出歩いている精霊がいない。
「未開花症…かな?やっぱ流行ってんだね」
「みんな怖いんだよ。…まあずる休みの生徒もいるだろうけど」
朝のホームルームでも空席が目立つ。昨日より少ないかな?みんな何も感じてないように見えて意外と気にしてるんだな。
「私たち精霊は特別な生殖をしています。特に植物の精霊は"花"が咲いていないと生殖できません。昨今話題になっている"未開花症"は罹患してしまうと生殖ができなくなってしまいます。要するに子供を作ることができません。まだ皆さんには関係ないと思いますが」
ぼーっとした頭に入ってきた先生の話でクラス中がざわついていた。
「罹患する原因が未だにわかっていませんが、治療はできます。皆さん、少しでも未開花症かな?と思ったら病院へ検査をしに行くか、保健室に来てくださいね」
私も気を付けなきゃ。治るって言われても、花が咲かないのはなぁ…。
結局今日もまともに集中できなかった。先輩はそもそも学校に来てないみたいで、教室を見に行っても会えなかった。
「ねぇ聞いた?アカネ未開花症だったんだって」
「えマジ?昨日めっちゃくっついて写真撮ったから移っちゃったかも…」
「マジ?やば…でもつぼみ開きかけてるし大丈夫そうじゃない?」
「よかった~。でもマジざまぁみろじゃない?」
「ほんと、あの媚び媚び女休んでくれてよかった~」
アカネちゃんが未開花症?…少し喜んでしまった自分がいる。酷い言葉を言われて当然だなんて思っていないけど、”媚び媚び”っていうのはわかる。…というか、昨日あれだけ近づいてたら、未開花症が先輩に移ってたり…!そういえば、大会の季節なのに先輩の頬にはつぼみすら出てなかった。…ってことは先輩も?もしかして今日来てないのは、病院に行ってるから?
「なぁ~に怖い顔してんのっ!」
「っフェリちゃん…。私そんな怖い顔してた?」
「してたよ~。ムスっとっていうか、む~って感じ?」フェリちゃんは顔をコロコロと変えて私の表情を伝えようとしてくれる。
「っふふ。フェリちゃんだと怖くないなぁ。可愛いってずるい」
「え~?ミラちゃんはクールでカッコよかったよ?」
そんな他愛もない話と少し豪華なお弁当が私の不安を和らげてくれた。
昨日と同じ、帰ってくるまで何も集中できなかった。家は落ち着く。ベッドに座ってため息をつく。
「はぁ~…。週末の予定に緊張して一週間何にもできないなんてことあるんだな…」
妙な言い訳くさい独り言を宙に浮かべる。その時、ピロン、とスマホが鳴る。…先輩からだ!
ええと…『ごめん、週末の予定別の日にしていいかな?』
「うっ─」
苦しい。でも、何か返信しなきゃ…。『大丈夫です!』『やっぱり予定ありましたか?』
…ピロン『病院に行ったんだ』ピロン『未開花症だった』ピロン『ミラさんに移ったら迷惑だから』
やっぱり、そっか。『そうだったんですね…』『私に何かできることがあれば、言ってくださいね!』頑張る!と力こぶを作っている犬のスタンプを送信する。ピロン、ありがとう!と笑顔で人気キャラクターのスタンプが送られて来た。ピロン『治るまで2か月はかかるみたいでさ』ピロン『それまでは入院だって』ピロン『電話はできないけど、こうやってはなしてもいいかな?』こんなチャンスめったにない!高鳴る胸を落ち着かせながら文字を入力する。『もちろんです!私も楽しみにしてますね!』続けて照れて顔を隠しているくまのスタンプを送信する。
流石にわざとらしかったかな…。スマホを持つ手と顔が熱い。この間までの消極的な自分が今の私を見たらびっくりするんだろうな。これから毎日、先輩とお話しできるのかな?そんなの、贅沢すぎる…!どうしよう、もうドキドキしてきた─!ちょっと落ち着かないと…。とりあえず横になって目を閉じる。深呼吸をして何も考えないようにする。…ダメ。暗闇に先輩の顔が浮かんでくる。目を閉じても先輩。目を開いていても先輩。うぅ…。どうすればいいの…!
いつのまにか寝てたみたいで、スマホには晩御飯を食べる時間とフェリちゃんからのメッセージが表示されていた。『ミラちゃ~』『今ダイジョブ?』…『暇なったら電話』ちょーだい、と目をうるうるさせている…なんだかよく分からない生き物であろうスタンプが送られてきていた。
とりあえずかけてみる。…「もしもし、フェリちゃん?」
「お~、ミラちゃん!寝てた?」
「うん…。ちょっといろんなことがあり過ぎて…」
「も・し・か・し・て、センパイ?」
「な、なんでわかるの…?」
「この間からずっとそうだも~ん。わかるよ~?何年友達だと思ってんの!」
やっぱりフェリちゃんの声は安心する。聞きなれているっていうのと、なんていえばいいのか分からないけれど、声質が好きなんだろうな。
「そういえば、なんか言いたいことがあったんじゃないの?」
「そーだったそーだった。明後日ヒマ?」
「あ、う、うん。暇…になったよ」
「なんか予定あった?」
「あ…、え─っと、せ、先輩との、で、デートがね」
「ええ!?もうそこまで行ったの?!ミラちゃん意外と大胆だね~」
「で、でも、いろいろあって別の日に、というか無くなった、というかで空いてるよ」
「よかった~!遊園地のチケット貰ったんだけどペアチケットだったの!未開花症流行ってるけど、逆に空いてるかなって。良かったら一緒に行こ!」
「あー、確かに。ていうか、私でいいの?」
「ミラちゃんがいいの!じゃあ決定!時間になったらミラちゃんち行くね!」
「うん、わかった。待ってるね」
「ん!じゃ、また明日~」
「ばいばい」
今週はいろんなことがあるな…。予定が入ったり無くなったり、私はいい人に囲まれて幸せ者だな。よく分からない病気が流行ってるけど、ピンチはチャンスに変わるんだなって改めて思った。
この経験が大人になったら生きてくると信じて、私は晩御飯を作り始めた。今日の晩御飯も普段よりだいぶ豪華になりそう。
私はミラ。普通の学校に通ってるただのいち植物。今日もきれいなピンクの花が右のこめかみで咲いている。
「─よかった」
最近、植物の間で"未開花症"という花が咲かなくなる病気が流行っているらしい。見た目だけで分からないんだって。単純に開花時期じゃないから咲いてないのか、未開花症で咲いてないのか分からないみたい。
「行ってきまーす」
私はいつも通り、家を出て学校へ向かった。
「ミラちゃん、おはよ!」
「フェリちゃん、おはよー」
いつもと同じ場所で親友のフェリちゃんと合流した。フェリちゃんは私と違って元気いっぱいで"The 可愛い子"だ。目がおっきくて喜怒哀楽が激しい、誰とでも仲良くなっちゃう。
「ねぇねぇ、あの後なんかあった?」
「えっ…と、何もない…かな」
「あちゃ~、ダメだったか」
昨日、フェリちゃんの押しに負けて憧れの先輩とちょっと話をした。緊張してたのと、口下手なせいで全くと言っていいほど話が盛り上がらなかった。せめてフェリちゃんがいてくれれば…!と終始考えていた。
「レーヒス先輩は明るくてみんなの憧れだもんね~。その点本人は鈍感無自覚人たらし属性だから」
「わかる。『あれ、俺またなんかやっちゃいました?』って言いそうだもん」
「あはは!たしかに~!ほんと主人公だよね」
そんな話をしていると、登校中の学生のほとんどが通る大きな交差点が見えてきた。いつもより少ない学生の中で、目立っている男子学生がいた。
「あ、噂をすればレーヒス先輩じゃん!やっぱ主人公は行動力が違うな~」
先輩はおばあさんの手を引きながら、おばあさんの荷物と思われるものを抱えて横断歩道を歩いてた。流石としか言いようがない。これが男女問わず先輩が好かれている理由なんだろうな。
私は先輩に恋をしている。この学校に入る前に、サッカーの春大会を見に行って一目ぼれした。笑顔で楽しそうに試合に挑む姿と、チームメイトを気にかけている姿、頬に鱗のような、青紫の花が咲いていたのが綺麗で、素敵で、未だに思い出してはドキドキしてる。
あぁ…、昨日はもっと話したかったな…。LINEも交換したけど、よろしく!と言っている人気アニメのキャラクターのスタンプより下には何も送られていない。
授業の合間にトーク画面を見ては、何を入力しようかな、とりあえずスタンプを送ってみようかな、と悩んでる。そんなチャンスはことごとく授業開始のチャイムにかき消されてしまう。
授業に集中しなくちゃいけないことは分かっているんだけど、胸の鼓動が邪魔をする。窓の外を見れば、どこかのクラスが体育でサッカーをしている。サッカー…。そろそろ大会の時期だったなあ…。先輩は今年も出るのかな…?少しほかのことを考えただけで先輩がよぎる。
「ではここを…、ミラさん」
ああ、"さん"付けじゃなくて呼び捨てで呼び合える中になれたらな。
「ミラさん?」
「…─は、はい!すみません…」
「大丈夫ですか?ぼーっとしてるみたいですが」
「だ、大丈夫です!昨日寝不足で…。えっと」
…咄嗟にごまかして、授業に集中する。いつの間に4時間目になってたんだ…。ぼーっとしすぎでしょ、私。昨日まではこんなんじゃなかったのに。
授業が終わるチャイムが鳴る。やっとお昼休みだ。私はお弁当をもってフェリちゃんのところへ向かった。
「あぁ~…。どうしよう…」
「ミラちゃん、めっちゃ恋の病にかかってるね」
「ほんとだよ…。私って意外と乙女だったんだ…」
フェリちゃんに慰めてもらいながら食べるお弁当はなんだか温かい気がした。
5時間目は移動教室だ。教科書と筆箱をもって廊下を歩く。
「レーヒスセンパァイ♡ちょっとお話良いですかぁ~?」
先輩の教室の前、上擦った甘ったるい声で先輩に近づいていく一人の女子生徒がいた。
「…あの子、ミラちゃんが嫌いなアカネじゃん」
ドキッと心臓が跳ねる。確かに、あの子は私と波長が合わない。かつて体育で合同チームだった時にちょっとギスギスしたことがある。違うクラスで良かったと未だに思う。
「うん…。あんま見たくないし、もう行こ」
私は二人のすがたに妙な違和感を感じながら足早に教室へ向かった。
午後の授業も全く集中できなかった。アカネちゃんと先輩の関係が気になってしかたなくて、LINEしちゃおうかと何度も悩んだ。
「今日は一日中上の空だったね」
「なんでだろ…。はぁ…」
「今日はゆっくり休も?寝落ち通話なら相手になるからさ!」
「ありがと、フェリちゃん」
登校してきた道をそのまま引き返して家に向かう。街往く精霊たちは怖いほどに距離を開けて歩いてた。
「ただいま」
誰もいない部屋に向かって言っても意味ないけど、つい癖で言ってしまう。5分おきにスマホの通知を確認しては何も来てなくて胸をなでおろす。ふいに目に入ったニュースはまだ"未開花症"について報道している。感染性の病気じゃないみたいだけど、なんだかピリついてる。
いつも通りの行動のはずなのになんだか違和感がある。学校で見たあの光景のせい?それとも、未開花症のせい?妙な胸騒ぎがする。お風呂から上がって髪の毛を乾かす。こめかみには大きなピンクの花。疲れているせいか、少し萎れている。
ベッドに寝転んでスマホの通知を確認する。やっぱりないか…。フェリちゃんの言葉に甘えさせてもらおうかな。友達の欄からフェリちゃんを選び、音声通話を押した。
…はずだった。画面に表示されている名前は「レーヒス」。
「─うそっ!?間違えた…!?で、でも無言で切るわけにもいかないし、こ、心の準備もできてない─!」コール音が切れる。間髪入れずに音が聞こえてきた。
「…どうしたの、ミラさん?急に電話かけてきて…」
「ご、ごめんなさい…!フェリちゃんと間違えてしまって…」
「謝らないで?俺は全然大丈夫だから」
いつものような元気いっぱいの声からは想像できないような、ふわふわとした、柔らかい声音にドキッとしてしまった。ただでさえ間違い電話をかけちゃってドキドキしてたのに、こんな声聞いたら余計ドキドキしちゃう…!
「あ、あの…!明日の放課後って、空いてますか…?」恐る恐る言葉を紡ぎだす。
「ごめん、明日はちょっと用事があってね」
ギュッと胸が締め付けられる。断られた。分かってた。私じゃダメなんだって。
「…あ、でも今週末だったら部活もないし、一日空いてるよ!その日でいいかな…?」
…ん?今なんて?週末?一日空いてる?
「─くぁwせdrftgyふじこlp?!…え、そ、それって─」まるでデートじゃ…?「あ、空いて、ます!そ、の…私なんかに一日いいんですか…?」
「全然!─に?──ん、分かっ─、寝─。ごめん。母さんに話しかけられてた。…じゃ、俺明日早いからもう切るね」
「あ、は、はい!ほんとに急にかけてすみません…」
「大丈夫だよ。俺も元気出たし。ミラさん、おやすみ」
「お、おやすみなさい…」
ティロン、と電話が切れた音がした。まだドキドキが止まらない。週末に憧れの先輩とデート…。一気に進んでしまった。何をするとかではないけど、休みの日に先輩と会えるだけで特別感がある。今日はもう寝てしまおう。私は何とも言えない多幸感を胸に、掛布団に潜り込んだ。
目覚ましのアラームと共に目を覚ます。昨日とは違ったドキドキに、こめかみの花も心なしか鮮やかに見える。
朝ごはんも少し凝ったものを作ってしまった。味はいつもとあまり変わらないけれど。
出かける前の、ちょっとした身だしなみもいつもよりじっくりと整える。
「何してんだろ、私…」
少し赤くなった自分の顔に恥ずかしくなって、玄関に向かう。なんだかいつもと違う一日が始まるような気がした。
「おはよ!ミラちゃん!」
「おはよ、フェリちゃん」
「なんかいつもと違くない?なんていうか…かわいい!」
「─そ、そうかな?!ぜ、全然いつも通りだけど…」
嘘である。何がいつも通りだ。先輩との電話に浮かれて、ドキドキしながら寝て、朝ごはんも身だしなみも全然いつもと違うのに!
「そっかぁ~。…あれ、なんか昨日より
辺りを見回すと、確かに昨日ほど出歩いている精霊がいない。
「未開花症…かな?やっぱ流行ってんだね」
「みんな怖いんだよ。…まあずる休みの生徒もいるだろうけど」
朝のホームルームでも空席が目立つ。昨日より少ないかな?みんな何も感じてないように見えて意外と気にしてるんだな。
「私たち精霊は特別な生殖をしています。特に植物の精霊は"花"が咲いていないと生殖できません。昨今話題になっている"未開花症"は罹患してしまうと生殖ができなくなってしまいます。要するに子供を作ることができません。まだ皆さんには関係ないと思いますが」
ぼーっとした頭に入ってきた先生の話でクラス中がざわついていた。
「罹患する原因が未だにわかっていませんが、治療はできます。皆さん、少しでも未開花症かな?と思ったら病院へ検査をしに行くか、保健室に来てくださいね」
私も気を付けなきゃ。治るって言われても、花が咲かないのはなぁ…。
結局今日もまともに集中できなかった。先輩はそもそも学校に来てないみたいで、教室を見に行っても会えなかった。
「ねぇ聞いた?アカネ未開花症だったんだって」
「えマジ?昨日めっちゃくっついて写真撮ったから移っちゃったかも…」
「マジ?やば…でもつぼみ開きかけてるし大丈夫そうじゃない?」
「よかった~。でもマジざまぁみろじゃない?」
「ほんと、あの媚び媚び女休んでくれてよかった~」
アカネちゃんが未開花症?…少し喜んでしまった自分がいる。酷い言葉を言われて当然だなんて思っていないけど、”媚び媚び”っていうのはわかる。…というか、昨日あれだけ近づいてたら、未開花症が先輩に移ってたり…!そういえば、大会の季節なのに先輩の頬にはつぼみすら出てなかった。…ってことは先輩も?もしかして今日来てないのは、病院に行ってるから?
「なぁ~に怖い顔してんのっ!」
「っフェリちゃん…。私そんな怖い顔してた?」
「してたよ~。ムスっとっていうか、む~って感じ?」フェリちゃんは顔をコロコロと変えて私の表情を伝えようとしてくれる。
「っふふ。フェリちゃんだと怖くないなぁ。可愛いってずるい」
「え~?ミラちゃんはクールでカッコよかったよ?」
そんな他愛もない話と少し豪華なお弁当が私の不安を和らげてくれた。
昨日と同じ、帰ってくるまで何も集中できなかった。家は落ち着く。ベッドに座ってため息をつく。
「はぁ~…。週末の予定に緊張して一週間何にもできないなんてことあるんだな…」
妙な言い訳くさい独り言を宙に浮かべる。その時、ピロン、とスマホが鳴る。…先輩からだ!
ええと…『ごめん、週末の予定別の日にしていいかな?』
「うっ─」
苦しい。でも、何か返信しなきゃ…。『大丈夫です!』『やっぱり予定ありましたか?』
…ピロン『病院に行ったんだ』ピロン『未開花症だった』ピロン『ミラさんに移ったら迷惑だから』
やっぱり、そっか。『そうだったんですね…』『私に何かできることがあれば、言ってくださいね!』頑張る!と力こぶを作っている犬のスタンプを送信する。ピロン、ありがとう!と笑顔で人気キャラクターのスタンプが送られて来た。ピロン『治るまで2か月はかかるみたいでさ』ピロン『それまでは入院だって』ピロン『電話はできないけど、こうやってはなしてもいいかな?』こんなチャンスめったにない!高鳴る胸を落ち着かせながら文字を入力する。『もちろんです!私も楽しみにしてますね!』続けて照れて顔を隠しているくまのスタンプを送信する。
流石にわざとらしかったかな…。スマホを持つ手と顔が熱い。この間までの消極的な自分が今の私を見たらびっくりするんだろうな。これから毎日、先輩とお話しできるのかな?そんなの、贅沢すぎる…!どうしよう、もうドキドキしてきた─!ちょっと落ち着かないと…。とりあえず横になって目を閉じる。深呼吸をして何も考えないようにする。…ダメ。暗闇に先輩の顔が浮かんでくる。目を閉じても先輩。目を開いていても先輩。うぅ…。どうすればいいの…!
いつのまにか寝てたみたいで、スマホには晩御飯を食べる時間とフェリちゃんからのメッセージが表示されていた。『ミラちゃ~』『今ダイジョブ?』…『暇なったら電話』ちょーだい、と目をうるうるさせている…なんだかよく分からない生き物であろうスタンプが送られてきていた。
とりあえずかけてみる。…「もしもし、フェリちゃん?」
「お~、ミラちゃん!寝てた?」
「うん…。ちょっといろんなことがあり過ぎて…」
「も・し・か・し・て、センパイ?」
「な、なんでわかるの…?」
「この間からずっとそうだも~ん。わかるよ~?何年友達だと思ってんの!」
やっぱりフェリちゃんの声は安心する。聞きなれているっていうのと、なんていえばいいのか分からないけれど、声質が好きなんだろうな。
「そういえば、なんか言いたいことがあったんじゃないの?」
「そーだったそーだった。明後日ヒマ?」
「あ、う、うん。暇…になったよ」
「なんか予定あった?」
「あ…、え─っと、せ、先輩との、で、デートがね」
「ええ!?もうそこまで行ったの?!ミラちゃん意外と大胆だね~」
「で、でも、いろいろあって別の日に、というか無くなった、というかで空いてるよ」
「よかった~!遊園地のチケット貰ったんだけどペアチケットだったの!未開花症流行ってるけど、逆に空いてるかなって。良かったら一緒に行こ!」
「あー、確かに。ていうか、私でいいの?」
「ミラちゃんがいいの!じゃあ決定!時間になったらミラちゃんち行くね!」
「うん、わかった。待ってるね」
「ん!じゃ、また明日~」
「ばいばい」
今週はいろんなことがあるな…。予定が入ったり無くなったり、私はいい人に囲まれて幸せ者だな。よく分からない病気が流行ってるけど、ピンチはチャンスに変わるんだなって改めて思った。
この経験が大人になったら生きてくると信じて、私は晩御飯を作り始めた。今日の晩御飯も普段よりだいぶ豪華になりそう。
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