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今日の夢見〜獏は密かに夢を見る〜

「…様、どうか…ど…許し…下さ…」

  暗い部屋、一人の人間がベッドの上でうなされていた。

「…!っはぁ、はぁ、…。…なんだ…また、前世の記憶か…っ」

 彼は前世の記憶を持ち、容姿もその前世の姿の名残がある。人間というには鋭すぎる目、キバのように尖った歯を持つ青年。ヴィルという名前である。
 寝ぼけ頭に響いたのは少し離れた場所にある固定電話であった。

「!…んだよ、びっくりした…。誰だ?えっ…と【アニマ】…?あぁ、あいつか。もしもし?」
「あ!やっと出てくれた!おはよう、ヴィル!」

 電話口から聞こえた声は古くからの友人であるアニマであった。アニマも前世の記憶を持つ。唯一前世の名残と言えるものは、アニマと会った者に「何が記憶に残っているか」と問えば誰もが"白い髪の毛"と答えるソレ●●であろう。

「朝から元気だな…お前…こっちは寝起きなんだよ」
「あのさ、今から会える?」
「はぁ?なんでまた…」
「お願い!」
「ったく、しょうがねぇなぁ。行ってやるか…」

 アニマの我儘に渋々付き合うため、はねた髪の毛を水で直し顔をすすぎ、服を着替えて玄関の扉を開けた。
 ヴィルは待ち合わせ場所である近所の公園に着いた。昼過ぎの公園で、砂場やブランコで遊んでいる小さな子供に混ざってニコニコと滑り台から降りてきたのは白髪の友人である。

「あ、ヴィル!こっち!」
「なんなんだよ、いきなり呼び出しやがって」
「ごめん、ごめん。ちょっとさ、これ貰ったから。一緒に行こうよ」

 アニマから手渡されたのは二枚一組の紙切れだった。色とりどりの乗り物の上に"大好きなひと時を!サザンクロス遊園地"と書かれている。

「はあ?遊園地?なんでまた…」
「なんか友達が行けなくなっちゃったみたいでさ。譲ってもらっちゃった」
「そうじゃなくてさ、なんで俺な訳?」
「なんとなーく、ヴィルが良かったんだ」
「へぇ…ま、俺も暇だし。いいけど」

 駅に向かって歩みを進める。休日のせいか駅は混み合い、多くの家族でごった返している。

「何だか懐かしいね」
「…ああ。いつぶりだろうな。人間になってから、だいぶ月日が経つのが早く感じるようになったからな」

 遊園地の最寄り駅終点の電車が到着した。満員電車とまではいかないが、平日の倍くらいは人が乗っているだろう。かろうじて空いていた向かい合いの席に左右で別れるように座った。

「そうだよね。前世は色々あったし、ヴィルは、凄かったよね」
「は?何のことだ?」

 ヴィルは眉をひそめながら頬杖をついた。窓の外は住宅街から畑、ビル群と景色を変えていた。
 ヴィルとアニマは今では人間であるが、その前世は所謂天使と悪魔である。もちろんヴィルが悪魔、アニマが天使である。天使や悪魔に寿命はないが、死という概念は存在する。

「何のことも何も、天界も人間界も大混乱させたこと。ヴィルはいつも無理するから。でも、絶対自分の身を滅ぼすようなことはしないでね。ヴィルは僕の大切な家族なんだから」
「…るせぇな、まあ、あん時は俺も無知で力任せだったからな。その節は世話になったな」
「僕らはもう転生したんだから、そんな改まらなくても良いのに。僕は大切な家族を護っただけ」
「バカな奴だな。俺を護ったらお前も罪を被ったかも知れねぇのに」
「そう言うところ、変わらないよね。ヴィルは」
「それはお互い様だろ?」
「そうかもね」

「次はカイサート、カイサート、終点です」



 車掌が終点のアナウンスをした。まだ駅は見えないがアニマは興奮しているようだ。 

「あ!着いたね!早く行こう!」
「ったく、まだ着いてねぇって。お前はいつも気が早ぇなぁ…」

 子供のようにはしゃぐアニマに呆れながら、距離が開かないようにヴィルは追いかけた。
 駅から出ているバスももれなく混んでいて、ヴィルはもう少し遊園地が近ければ歩いて行った方がマシだと感じていた。
 
「駅からバスが出てて良かったね!」
「いつになくテンション高いな、お前。まぁ、歩けない距離じゃないけど、…疲れるだろ?遊べる体力残しとかないとな」

 ヴィルは適当な言い訳をしてごまかした。アニマの言葉は純粋故の鋭さを持っている。乾いた笑いを浮かべながら目線をそらした。

「そうだね!楽しめなくなっちゃう!…あ!ねぇ、あれ!みたことあるよ!僕、あれに乗ってみたいな」

 指さした先では、乗り物が高いところから落ちていき、乗客が悲鳴を上げていた。"超落下!ジェットドロップコースター"というらしい。

「お前、ああいうの得意なのか?」
「わかんない。でも、楽しそう!」
「まあ、俺も楽し…」

 その時、どこからか歓喜の悲鳴ではない、明らかに事件性のある悲鳴が聞こえてきた。

「っ!なんだ?!どっから…!」
「あっちみたい!行ってみよう!」
「おい!行った方が危ねえって!…くそっ!」

 アニマは良くも悪くも行動が速い。ヴィルは目の前を走る白い頭の友人を見失わないように人込みをかき分けて走った。
 人だかりはヒーローショーなどをやる特設ステージを中心にできていた。ステージ上には青年が一人、包丁を持って立っていた。ヴィルとアニマが歩み寄ろうとすると、包丁を向け威嚇してきた。

「こっちに来るな!来たら殺す!」
「どうしよう…!興奮状態だよ…!取り敢えず落ち着かせなきゃ…」
「そんなんどーだっていいんだよ!おらぁ!てめぇ、ふざけんじゃねーぞ!」
「っ!ヴィル!待って…!」

 無理矢理ヴィルを止めようとしたアニマだったが、寸でのところで腕をつかみ損ねた。

「うるさい!邪魔するな!」
「…ゥグ!?」

 青年の顔面目掛けて構えた拳が当たる前に、包丁がヴィルの首を切り裂いた。飛び出した鮮血が観客の悲鳴を呼んだ。あまりにも衝撃的なステージに、職員も驚いているようだ。

「ヴィル!!」
「なんなんだよ!離せっ!」
「─ッ暴れるな!このっ!」

 青年の体のどこかしらをつかもうとヴィルは手を伸ばしたが、負傷している体では届くことはなかった。青年は明確な殺意をヴィルに向け、包丁を握り直した。

「お前も、この世から消えろ!!!」

 青年は弱った獲物を仕留める肉食獣のように全体重をかけヴィルに向かう。

「ヴィル!!!!」

 アニマはヴィルの元へ駆け寄った。意地でも助けたかったからだ。だが、青年はもはや誰が立ち塞がろうと止まるそぶりを見せない。

「っ!…は?─っておい…ニマ"、ア"ニ"マ"!!」
「ぐはっ…っ。ヴィル、良かっ、た…」
「─っくそ…!…ッんで…!」

 ヴィルの目の前でアニマの腹に包丁が刺さった。ドクドクと流れる血にアニマは驚きもしなかった。

「なんで…!俺なんかのこと…!俺が…!俺だけ死ねば…!」
「…ィルは、ヴィルは…ずっと僕と、な、か良く…して…くれた、から」
「なんで…!俺は…あの時から、…迷惑をずっ…とかけて来た…!」
「…そんな、こ、と…ないよ…。僕は、…れし、かっ…た。…から、また、来世で、会おう…?」

 古くからの友人に手を伸ばそうとしても、手は届かない。

「…そんな…!─俺、が…ッ!…い…」
「じゃ…ま…ね…ぼ、く….は、ヴィルを…」

 ぼやけ暗くなっていく視界の中で、前世からの行いを思い出していた。

「(…ああ、前世での行いが今に祟っているんだな…神に願えないのなら俺は何に願えばいい?何を犠牲にすれば…。アニマに、命を…)」

 そんなことを考えていたヴィルの頭に流れ込むのはアニマの声であった。 "ヴィルはいつも無理するから。でも、絶対自分の身を滅ぼすようなことはしないでね。ヴィルは僕の大切な家族なんだから"。その言葉に自分が更なる過ちを重ねようとしていることに気づかされた。

「(…アニマ。やっぱ俺は…神よ。どうか、どうか許してくれ。…俺は、幾多の罪を犯して来た。今、その罪の重さを理解した。あまりにも遅すぎるであろうか。それでも、それでも俺を赦してくれるのであれば、贖罪の機会を与えてくださるのであれば、彼の元へ、アニマのところへ往かせてくれ)」

 次に意識が戻ったときには、真っ白な空間にいた。ここに来るのは人間に転生する前以来である。ヴィルが辺りを見回すと、イヤになるほど見覚えのある姿がそこにはあった。その人影はヴィルの方に向かって、笑顔で話しかけてきた。

「聞いてたよ。そんなに僕のこと好きだったんだね」
「違ぇよ。引け目感じてんだよ」
「バカだなあ、ヴィルは。僕は別に何とも思ってないよ。それに、どっちかっていうと僕のせいだし」
「そんなことねえだろ。…お互い様にしようぜ」
「そうだね」

 二人は笑いながら、どこかへ歩いて行った。元居た天界か、はたまた地獄か。二人の新たな旅路を祝福する鐘はどこからか儚げなく鳴り響き続けていた。
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