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今日の夢見〜獏は密かに夢を見る〜

夜の森。暗く、どこか不気味に思わせるような雰囲気だ。何処とは言わないが、大分廃れた村の北にある。そこには毎年たくさんの雪が降り、そして沢山の柊が自生していた。
その中の一つ、今にも折れてしまいそうな柊がいた。

その柊は考えることができた。
「私は、一人。」
沢山の仲間に囲まれてもなおそう考えるのであった。

その柊は夢を見ることができた。
「私は、目立ちたい。」
そう願うのも、この柊は枯れてしまった仲間たちを枯れたと思っていないからなのである。
この柊の"枯れた"とは、即ち夢を見ることをやめた時である。まだ仲間たちは夢を抱いていると信じきっていたのだ。

「目立つためには…大きさが必要。」
柊はまず、大きく育たことを夢見た。
所詮逆らえぬ植物の生をこれだけで捻じ曲げてしまうのだ。








「大きくなったら…葉をつけなければ。」
次に葉を沢山つけることを夢見た。
植物にとって、葉は大事な部位だ。




「葉がついたら…花を咲かせなければ。」
そのまた次に花を咲かすことを夢見た。
もうこのときには最初に願った『目立ちたい』という願望など忘れてしまっていたのだ。

「やっと、花が咲いた。」
柊は、純粋に嬉しかった。何もできず、ただそこに生えているだけの自分が花を咲かせることができたのだ。




花は咲いたら散る時が来る。
これまでの一度も花を咲かせたことのない柊はそんなこと知らなかったのだ。
もう時期に、この柊も花を散らす。元々願ったことも忘れて、自らが花を咲かせたことに陶酔していたのだ。







「花が咲いたら…散っている…?いやだ、いやだ…!まだ、私はまだ咲いていたいのに!」
そんなことを呟いても柊は散るのをやめない。
他の柊は枯れてもなお、この柊に呆れ、そして嘲笑していたようだった。


「嗚呼…私は枯れるのか…?」
植物とは、短い生命だ。花が散ればもうすることなどない。柊は諦めたのだ。植物としての生を。一人だけ枯れてしまうという恐怖に怯えながら。

夢を見るのをやめた柊はただ、ただそこに佇んでいた。いつ枯れるのだろうかという不安に駆られながら。
だが、柊はあることに気がついた。
花が咲いていたところに小さな赤い球体が付いていることに。
「これは…何?」
柊は分からなかった。何故これが付いているのか、これはなんなのか。
勿論、この柊は花を咲かせたことは一度もなかった。

だから、柊が実を付けることを知らなかったのだ。
「これはなんなのだろう。…っ。」

不意になにかが体内で蠢くような、否、湧き出るような感覚になったのだ。
それは、かつて願った『目立ちたい』という柊自身の"夢"であった。


「私が、望んでいたのは、…これだ。」

そう気付けた柊は、自らについた赤い果実を枯れ果てた仲間たちに見せつけるように、そして身体中に降り積もる雪を払うように大きく実らせた。

それから柊は植物としての枯れるまでではなく、『夢を枯らす』まで己の生命を続けていた。

幾年かたったある冬、柊は枯れ果ててもなお夢を謳歌するのであった。
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