今日の夢見〜獏は密かに夢を見る〜
"小説家は体験したことしか書けない"。そんなことが定期的に語られる。異世界の話、未来の話、過去の話。宇宙の話、地底の話、天国の話。小説や創作物は知らない世界を知るには手っ取り早い手段だ。
私は小説を書いている。作家というわけではないが、"話"を作ることが好きで誰に見せるわけでもない書面に筆を走らせている。一度知り合いから「金は出すから、数冊刷ってみないか」と言われたがもったいないという理由で遠慮した。その気持ちは嘘ではない。しかし、半分は嘘である。正直、本として出してしまえば粗が目立ちそうで嫌だったからという理由もあった。
"話"を考えることは楽しい。それを書面に書き出す出さない関係なしにワクワクする。時に学生、時に勇者。またある時は某作品の有名キャラクターの知り合い。私の脳内に生まれては消えゆく世界。儚く唯一の世界なのだ。
私はキャラクターたちがスムーズな会話ができていることが毎回不思議に感じている。自分の脳内で会話を成り立たせているから当然と言えば当然なのだ。しかし、自分の言葉は考え込むのに相手の言葉はすらすらと出てくる。まるで相手が本当にいるように感じる。
人との付き合いは好きではない。理想的な返答をしないから、というのも理由ではある。だから私は一人の知り合いを除いて他人とは慣れ合わない。その知り合いもまともな奴ではない。
「ヨォー!御兄サン、今日もお邪魔するヨ」
あの能天気は唯一私の世界に興味を示してくれる。浮ついたチャラい男でまあまあ顔の整った小洒落たやつである。
「…君、勝手に家に入ってくるのはやめてくれないか。いくら何でも無礼だ」
「君が無視するからだヨ。まったく、親切だろ?どうせ朝飯も喰わずに没頭してるんだろうからネ」
やれやれ、というポーズをとりながら台所へ向かっていった。何か作っているようだが、私には関係ない。何が出てきても喰わされるのが目に見えているからだ。
「ホーラ、おにぎり。具はうめぼしだからね。食べながらでいいから、今日の"話"とやらを聞かせてくれヨ」
「─ン、君に問いたいことがある。私の"話"によって作られた世界。─ぁむ、私の興味が無くなったり、終わらせたりしたとき、どうなると思う」
「ン~?急だねェ。その場合に世界がどうなるかって?…そうだなァ、その世界は"話"を知っている人、つまり俺の中で残るんじゃない?だっていまだに覚えてるヨ。君の話」
その一つ、それこそ日本の地獄の話。主人公は閻魔の知り合いで、閻魔殿には多くの鬼がいる。主人公はほかの国から来た異国の魔物。この話は主人公が日本の地獄から学び、自分の国の地獄をまとめる長になって終わり。もう一つ、日本が銃社会であった現代の話。主人公はトリガーハッピーである。この"トリガーハッピー"とは極度の緊張で銃を乱射してしまうものではなく、銃を撃つこと・乱射が好きであることを指す。主人公は銃規制反対派であり、自分の正義のため、つまり銃が使用できる社会のために戦うダークファンタジーである。主人公は国を相手に独りよがりな正義を振りかざす。銃の扱いだけではなく、運動神経も優れているため簡単には捕まえられない。しかし、あることをきっかけに主人公は追い込まれる。程なくして射殺されて終わり。
「…ご馳走様。─そうか。ではもし、もし君が忘れたらその世界はどうなる」
「そう来たかァ。あ、その皿もらうヨ、片づけてくるから。─それにしても君、他人のことを追い込むの好きだネ?うーん…その時は本当の意味で"消滅する"んじゃないかな。だって君、本に残したがらないからサ」
「…私はその消滅した世界をいくつも知っている。君に話していない話など数多にある。数秒で興味を無くした話、たいして面白くなかった話。これらは存在がなかったことになる。先ほどまで存在していたのに、だ。私は命を生み出しては殺す、いわば神のようなもの。慈悲のない神なぞ誰が信仰するのだろうか?考えすぎているのか?私は向いていないのだろうか?そのようなことを考えてしまうときがあるのだ。」
「─なァるほどネ。優しい君のことだから、そのことに縛られてはいないかと杞憂してたんだ。別の意味で杞憂じゃなかったネ」
ハハハ、と手を拭きながら隣のソファーに座る。私も此奴のように楽観的に考えられたらどれほど楽に生きてこられただろうか。
「でもサ、そんなに考えられるなんて、やっぱり君は小説家に向いてると思うヨ!君が"話"について語っているときはとても楽しそうだけどな。…マ、普通の人には違いが分からないだろうけド」
「君、ニヤニヤするな。気持ち悪いぞ。…確かに、その時は楽しいのだ。心躍る冒険に、胸ときめくラブロマンス。天使や悪魔、妖怪に精霊まで。私は想像するのが好きなのだろう。その分愛着が湧く」
「うんうん分かるよォ。全部大切な世界だもんネ」
「─君が言わないでくれ。君は作っては壊しているだろう」
「…アハ、やだなァ。壊してるんじゃなくて素材にしてるんだよ。複数の作品のカケラを繋げて作品にするのが俺の作品」
私の家にもいくつかある。「おすすめだから」と言われ押し付けられたものだ。彼は陶芸家で、主に観賞用の皿や花瓶を作っている。それらの作品のほとんどが継ぎ接ぎである。いくつか作品を完成させ、それを破壊する。そのかけらを継ぎ合わせているからだ。
私も継ぎ接ぎの作品を思いつくことがある。いわゆる"クロスオーバー"にも満たない駄作であるが、壊してつなげることなどしない。
「ねェ、結局何に悩んでるのサ?世界が消えることか?…大丈夫だ、君の世界は君の中で生きてるんだから」
「でももし、私が忘れてしまったら」
「忘れないだろ?さっき君は"慈悲のない神"と言ったネ。─慈愛の神だ。君は君のたくさんの世界を愛してるんだから。それに、その"話たち"はそんなに嫌い?」
「…ふ、そんなわけないだろう。─そうだね。私は自分の作る話がとても好きだ。だから今まで辞めていない。辞めるはずないのだ」
私は原稿用紙を手に取り、思うままに文字を連ねる。次はどのような話にしようか、と心と筆は踊る。
「こうなると、もう話しかけられないネ」
後ろから玄関の扉が閉まる音がする。私はこれからも振り返りながら話を書き続ける。これまでの世界を消滅させないように。
私は小説を書いている。作家というわけではないが、"話"を作ることが好きで誰に見せるわけでもない書面に筆を走らせている。一度知り合いから「金は出すから、数冊刷ってみないか」と言われたがもったいないという理由で遠慮した。その気持ちは嘘ではない。しかし、半分は嘘である。正直、本として出してしまえば粗が目立ちそうで嫌だったからという理由もあった。
"話"を考えることは楽しい。それを書面に書き出す出さない関係なしにワクワクする。時に学生、時に勇者。またある時は某作品の有名キャラクターの知り合い。私の脳内に生まれては消えゆく世界。儚く唯一の世界なのだ。
私はキャラクターたちがスムーズな会話ができていることが毎回不思議に感じている。自分の脳内で会話を成り立たせているから当然と言えば当然なのだ。しかし、自分の言葉は考え込むのに相手の言葉はすらすらと出てくる。まるで相手が本当にいるように感じる。
人との付き合いは好きではない。理想的な返答をしないから、というのも理由ではある。だから私は一人の知り合いを除いて他人とは慣れ合わない。その知り合いもまともな奴ではない。
「ヨォー!御兄サン、今日もお邪魔するヨ」
あの能天気は唯一私の世界に興味を示してくれる。浮ついたチャラい男でまあまあ顔の整った小洒落たやつである。
「…君、勝手に家に入ってくるのはやめてくれないか。いくら何でも無礼だ」
「君が無視するからだヨ。まったく、親切だろ?どうせ朝飯も喰わずに没頭してるんだろうからネ」
やれやれ、というポーズをとりながら台所へ向かっていった。何か作っているようだが、私には関係ない。何が出てきても喰わされるのが目に見えているからだ。
「ホーラ、おにぎり。具はうめぼしだからね。食べながらでいいから、今日の"話"とやらを聞かせてくれヨ」
「─ン、君に問いたいことがある。私の"話"によって作られた世界。─ぁむ、私の興味が無くなったり、終わらせたりしたとき、どうなると思う」
「ン~?急だねェ。その場合に世界がどうなるかって?…そうだなァ、その世界は"話"を知っている人、つまり俺の中で残るんじゃない?だっていまだに覚えてるヨ。君の話」
その一つ、それこそ日本の地獄の話。主人公は閻魔の知り合いで、閻魔殿には多くの鬼がいる。主人公はほかの国から来た異国の魔物。この話は主人公が日本の地獄から学び、自分の国の地獄をまとめる長になって終わり。もう一つ、日本が銃社会であった現代の話。主人公はトリガーハッピーである。この"トリガーハッピー"とは極度の緊張で銃を乱射してしまうものではなく、銃を撃つこと・乱射が好きであることを指す。主人公は銃規制反対派であり、自分の正義のため、つまり銃が使用できる社会のために戦うダークファンタジーである。主人公は国を相手に独りよがりな正義を振りかざす。銃の扱いだけではなく、運動神経も優れているため簡単には捕まえられない。しかし、あることをきっかけに主人公は追い込まれる。程なくして射殺されて終わり。
「…ご馳走様。─そうか。ではもし、もし君が忘れたらその世界はどうなる」
「そう来たかァ。あ、その皿もらうヨ、片づけてくるから。─それにしても君、他人のことを追い込むの好きだネ?うーん…その時は本当の意味で"消滅する"んじゃないかな。だって君、本に残したがらないからサ」
「…私はその消滅した世界をいくつも知っている。君に話していない話など数多にある。数秒で興味を無くした話、たいして面白くなかった話。これらは存在がなかったことになる。先ほどまで存在していたのに、だ。私は命を生み出しては殺す、いわば神のようなもの。慈悲のない神なぞ誰が信仰するのだろうか?考えすぎているのか?私は向いていないのだろうか?そのようなことを考えてしまうときがあるのだ。」
「─なァるほどネ。優しい君のことだから、そのことに縛られてはいないかと杞憂してたんだ。別の意味で杞憂じゃなかったネ」
ハハハ、と手を拭きながら隣のソファーに座る。私も此奴のように楽観的に考えられたらどれほど楽に生きてこられただろうか。
「でもサ、そんなに考えられるなんて、やっぱり君は小説家に向いてると思うヨ!君が"話"について語っているときはとても楽しそうだけどな。…マ、普通の人には違いが分からないだろうけド」
「君、ニヤニヤするな。気持ち悪いぞ。…確かに、その時は楽しいのだ。心躍る冒険に、胸ときめくラブロマンス。天使や悪魔、妖怪に精霊まで。私は想像するのが好きなのだろう。その分愛着が湧く」
「うんうん分かるよォ。全部大切な世界だもんネ」
「─君が言わないでくれ。君は作っては壊しているだろう」
「…アハ、やだなァ。壊してるんじゃなくて素材にしてるんだよ。複数の作品のカケラを繋げて作品にするのが俺の作品」
私の家にもいくつかある。「おすすめだから」と言われ押し付けられたものだ。彼は陶芸家で、主に観賞用の皿や花瓶を作っている。それらの作品のほとんどが継ぎ接ぎである。いくつか作品を完成させ、それを破壊する。そのかけらを継ぎ合わせているからだ。
私も継ぎ接ぎの作品を思いつくことがある。いわゆる"クロスオーバー"にも満たない駄作であるが、壊してつなげることなどしない。
「ねェ、結局何に悩んでるのサ?世界が消えることか?…大丈夫だ、君の世界は君の中で生きてるんだから」
「でももし、私が忘れてしまったら」
「忘れないだろ?さっき君は"慈悲のない神"と言ったネ。─慈愛の神だ。君は君のたくさんの世界を愛してるんだから。それに、その"話たち"はそんなに嫌い?」
「…ふ、そんなわけないだろう。─そうだね。私は自分の作る話がとても好きだ。だから今まで辞めていない。辞めるはずないのだ」
私は原稿用紙を手に取り、思うままに文字を連ねる。次はどのような話にしようか、と心と筆は踊る。
「こうなると、もう話しかけられないネ」
後ろから玄関の扉が閉まる音がする。私はこれからも振り返りながら話を書き続ける。これまでの世界を消滅させないように。