今日の夢見〜獏は密かに夢を見る〜
「…。─。あ"あ"〜…。出来ない…、どうしてだ…。」
深い森の中、一人の魔法使いが住んでいた。町や村に妙薬を配っている白の魔法使いだ。
「大丈夫かにゃあ…ご主人。」
「ううう…、ここ3日寝てないから心配で、心配で…!」
「ふん、奴には技術が足らんのだ。だから新たに手を出すと必ず失敗する。」
魔法使いの家には4匹の使い魔がいる。
「そ、そんにゃことにゃい!ご主人は凄い魔法使いにゃ!お前みたいにゃおっさんに言われたくにゃい筈だ!」
1匹目、猫のクロ。雨の中、凍え死にそうになっていた故、魔法使いが拾った一番最初の使い魔だ。
「ぬ⁉︎お、おっさんだと…!我はそんな歳ではない!貴様らより少し長生きなだけだ!」
2匹目、カラスの八咫(やた)。足が3本生えている故に殺されかけていたところを魔法使いに助けられた。
「うわあ〜!け、喧嘩してたら、またご主人様に怒られちゃうよぉ!」
3匹目、ウサギのコウ。黒毛の赤眼をしているが故に呪われているとされ森に捨てられたところを魔法使いに拾われた。
「も〜うるさいなぁ。お着替えの邪魔だよ〜?」
4匹目、蛇の袮吐(ねと)。村の呪術で、蠱毒(こどく)というヘビやムカデなどの百虫を同じ容器で飼育し、共食いさせて勝ち残ったものが神霊となるものがある。勝ち残ったのが袮吐であり、魔法使いは引き取った。
魔法使いには掟があり、魔法を使う上で人々に危害を与えない事。薬を作るための薬草を取り過ぎない事。そして、使い魔には必ずオスを選ぶ事。そのため、元々メスだったコウと袮吐は魔術でオスに変えてオスとして、使い魔として生きている。
「…君たち、ちょっと静かにしてくれ…。」
魔法使いがそう言うと、動物達は一斉に部屋に戻った。
魔法使いの家は平屋建てである。裏口から入れば調合室、正面玄関から入れば魔法使いの作った薬品が並ぶ店。その奥が彼らの生活空間になっている。更に奥に廊下があり、その先は部屋は四人の個人部屋になっている。北と南に二部屋ずつ。クロとコウが北、八咫と袮吐が南の部屋を使っている。
「や、やけに遅いにゃ〜…本当に大丈夫か…?」
コウの部屋には皆が集まっていた。いつもとは違い、魔法使いが部屋から出てこないのだ。
「も、もしかしたら部屋で倒れているかも…!見に行った方がいいと思うんだけど─!」
「確かに奴にしては遅すぎるな…今までこんなに遅い事はなかったのだがな…。」
何時もなら部屋に籠っているのは2〜3時間だがこの日は5時間待っても出てこない。
「オレ、見に行ってくる!もう待ってられねぇ!」
「待て、我も行こう。貴様だけでは不安要素しかないからな。」
「そんにゃことねぇ!」
「ご、ご主人〜…?起きてるかにゃ〜…?うぅ、調合室なんて初めて入るにゃ〜…。」
調合室は薬の材料で"乱雑"という言葉が丁度いい部屋だった。
「主 よ、いるか?─というか、あそこで寝ているではないか。」
魔法使いは調合台で寝ていた。別に今日から始まったわけではないが今回はわけが違う。
「ご、ご主人…!起きるにゃ!…お、起きにゃい…。どうしよう!死んでるのか⁈」
「落ち着け、クロ。貴様は動揺し過ぎだ。」
慌てているクロに代わり、八咫が魔法使いを調べた。幸い、死んでいるわけではないし、脈も安定している。
「なら、どうしてご主人は起きにゃいんだ?」
「…なに?─っ!信じたくはないが、多分この薬を多量に吸い込んだんだろう…!。」
その薬は少量なら睡眠を助ける睡眠導入剤になる。だが、多量に摂取してしまうと深い眠りについてしまう。
「ど、どうすればご主人は元に戻るんだ⁉︎オ、オレ…ご主人がいにゃくにゃったら─!」
「落ち着け!取り敢えず、皆のところまで運ぼう。貴様は力だけは無駄に有るだろう。話はそれからだ。」
「…わかった。」
それから、皆は部屋に戻って話し合いを始めた。まずは魔法使いが倒れている状態で薬屋をどうするのか。このまま在庫だけで乗り切れるのか不安なところだ。
「でもにゃあ…オレ、知識がにゃいから…。」
「ぼ、僕…ちょっとなら分かるから…!や、やるよ!」
「待って、それならボクに任せて!ご主人様に入れ込んでもらったんだ♪コウ、調合室に行くよ!」
「わ、わぁぁ!ま、待ってよぉ〜!」
魔法使いが倒れている間、薬の知識を豊富に持つコウと袮吐が店番をすることになった。
すると袮吐がなにか思い出したように話した。
「あ、それと!今のご主人様には"ネバーデルタ"って言う花のお茶が効くから、八咫が取ってきてね♪」
「わ、我か⁉︎…クロも行─」
「行く!オレもご主人を助けたい!」
「…分かった。」
それから二人は"ネバーデルタ"を知るために近所の図書館へ向かった。
「ん〜…、どこに書いてあるんだろうにゃ〜?」
「貴様…その本は動物図鑑ではないのか…?」
「へ⁉︎し、知ってるよ!そんなこと!そそ、そんな、まさか!」
「…ほれ、貴様はこっちを読んでくれ。」
「も、もちろん!分かってるよ!」
彼らは1時間ほどで100冊もの本を読んでいたがそれらしき植物は見当たらない。どの本を読んでもどこにも"ネバーデルタ"と言う名前は出てこない。
「うむ、おかしいな…。袮吐が嘘を吐くとは思えぬが…。」
「あ"あ"あ"!にゃんで出てこねぇんだ!このままじゃ、ご主人が…!」
「…しょうがない、我のツテの所に行こう。あとはそれしかない。」
「…ツテ?」
「にゃあ…まだ着かねぇのか…?」
「もう少しだ、我慢しろ。」
八咫は、旧友に博識な奴がいる、と言い、そのまま海岸線を歩き続けていたのだ。
「ここだ。梓沙 、居るか?」
「…なにぃ〜…?俺氏、絶賛おねむなんですけど…?」
「え…?こいつが八咫のツテにゃのか?」
屋敷の扉越しに名前を呼ばれ、二本足で立ち上がり、眠そうな顔で気怠そうな返事をしたのは犬の様な、もしくは獅子の様な容姿をしていた。
「あれ?八咫ぁ…遂にお前男に手ェ出したのか…?」
「そんな訳ないだろう!こいつは同じ主を持つだけだ!」
「ヘェ…あ、俺氏分かったよぉ〜。お前らが来た理由。ソイツ だろ?」
梓沙はたてがみに櫛を通しながら八咫達が来た理由が彼らの主が病に侵され、薬を探している事をさらっと言い当てた。そして、ネバーデルタの存在も確認していた。
「…その"ネバーデルタ"ってヤツなんだけどさぁ〜、やばい所にしか無さそうなんだよなぁ〜。例えば、あの辺…とか?」
梓沙は窓の外の崖を指差してそう答えた。
「…マジで言ってんのか?オレ、あんにゃとこ行けないし。八咫、行って来てよ。」
「ぬ…貴様、主を助けたくないのか?」
「にゃ…!そう言う訳じゃ…!だ、だって!あんにゃとこ、オレじゃ届かないし…!それに…!!」
「…ま、そうなるだろうな…。」
オレだってできる事なら取りに行きたい、ご主人の最初の使い魔のオレだって、と声を荒らげるクロを見て梓沙と八咫は顔を見合わせていた。
クロが声を荒げてから10分。やっとクロは落ち着いたらしく、二人に頭を下げた。
「ん〜…そんなに主人のことを想ってるなら、梓沙さん手伝おうか?」
「…ほんと?本当に手伝ってくれるのか?」
「う〜ん、もちろんタダじゃないけどなぁ〜。」
「ま、そう言うだろうとは思っていたがな…。」
梓沙が言うには薬剤集めをして欲しい、と言うことだった。
森に生えている植物には魔力を栄養源としているものもある。梓沙は植物のリストをクロに手渡した。
「これ、取って来てよ〜。そしたら、解決策だしてやるから。」
「わ、分かった!行ってくる!」
「あ、そうそう。八咫、お前は残れよなぁ〜。」
「ぬ…?分かった。」
梓沙の屋敷の裏手には小さな森があり、クロはそこで採集を始めた。ちょうどその頃、梓沙と八咫はクロのことについて話をしていた。
「梓沙、何故我をここに残した?」
「"我"?…はは、笑わせてくれるな。お前も随分いい身分になったみてェだな、八咫。昔なら『俺が〜、お前が〜』とか言ってたくせに。」
「…関係ないだろう。それとこれに何の意味があるのだ?」
「っは!関係オオアリだ。…お前の生死とな。」
「我は主にこの命を救われ、生きている!彼奴がいなければ今頃、ここには居ない。」
梓沙はそんなはずはない、と口を開こうとしたが口を閉じ、ただニヤリとするだけだった。
「お前さぁ、気付いてねェの?お前はあの"八咫鴉"なんだぞ?今でさえ鴉の部分は消えたがな。」
「…そんなこと言ったら、貴様だって梓沙なんて名前止めたらどうだ?本当の名はシ…」
「おいおい、俺は獣だぜ?そんな軽く真名を言わないで欲しいなぁ〜。…ま、どちらにせよその花が欲しいのなら、八咫鴉を出すべきだとは思うけどな〜。中途半端なバケモノじゃなくてよぉ。」
「ふん、我は、かつて貴様の事なんてまともに聞いたことなどない。」
そう言うと、八咫は扉に手を掛けた。疑問符を掲げた梓沙にそしてこれからもだ、と言いながら扉の外に向かって行った。
「…へっ。何だよ、あのヤロー。あんな風になりやがってさ…。あいつだけ変わりやがって。おめでたい事じゃねェか…。」
そんな事を閉められた扉に向けながら、梓沙は部屋に戻った。
「クロ、済まない。梓沙と話し込んでしまった。我も手伝おう。」
「や、八咫ぁ…。全っ然見つからにゃいんだけど…」
「な─!こ、これは…!」
そのリストに書かれていたのは実在しない、梓沙が適当に書いた物だった。クロは薬品の知識すら全て把握できているわけではないのに薬草など知っている筈もなかった。二人は足早に屋敷に戻った。
「あ〜、やっぱりな。八咫が見ちゃうと分かっちゃうからクロ一人で行かせたのに…って言うか、八咫に釘刺したかっただけなんだけどね。」
二人は勢いよく扉を開け、梓沙に言い放った。
「梓沙!なんだこれは!全部嘘ではないか!」
「どうりで全然見つかんねぇと思った!酷いにゃ!嘘吐くにゃんて!」
「はいはい、にゃんこは黙ってな。それでさ─」
話をそらすな、というクロを横目に梓沙は話し始めた。
「まず、あんたらのご主人?がさ、どうなってるかは分かってんの?」
「あぁ、調合中に薬品を吸い過ぎたようだ。そのせいで眠りについてしまった様だ。」
「ふ〜ん、何を吸い込んだの?それによってさぁ、変わるんだよなぁ。」
その後も色々魔法使いのことを聞かれ続け、その後にネバーデルタの話をし始めた。
「…成る程ね。まぁ、取り敢えずはネバーデルタ、もといshilba hyxaria 。これが学名。銀の様なものが葉や花に付着していることからこの学名を付けたらしいね〜。ネバーデルタという名の元はNue veld´acha 。」
それから梓沙は次の様なことを語った。
約6000年前の意味で"神の涙"と言う言葉が訛ってネバーデルタと呼ばれる様になったこと。神の涙と呼ばれたシルバ フィクサリアには何でも治せると言い伝えられ、元々その力はなかったが言い伝えられることによってどんどんとその力を付けてきたこと。
「だから、シルバ フィクサリアには万癒の力があると言われているんだよね〜。」
「…へ、へぇー…。」
「クロ、貴様理解してないだろう。まぁいい。万癒の力があるなら話は早い。すぐに取りに行こう。」
「そんな簡単には取れないよぉ?と・く・に!八咫みたいな"中途半端なバケモノ"、はねぇ…。」
「…ならばクロが取るしかないということか。」
「あれれ、動揺しないんだな、お前。ま、いいや。じゃあ、クロにこれ上げる〜。俺氏、優しいねぇ〜。」
渡されたのは液体の入った小さな瓶だった。それを飲めば一週間だけ魔法が使える様になるからねぇ、と付け足した。
クロはその場で飲み干し、外に出て色々試してみることにした。
「ってか、これにゃにが出来るんだ?」
「奴のことだ。どうせ念力、浮遊が出来るようになる魔薬だろう。」
「ま、麻薬!?それってやばいんじゃ…!」
「違う。その麻薬じゃない。"魔薬"。魔法の薬だ。第一、その麻薬はもう1000年前に根絶した。」
「…って事は南暦697年?」
「そうなるな。」
「へぇ…じゃにゃい!どうやって念力出せばいいんだ!」
「…念じるんだろうな。」
「…。にゃんだよそれ。…分かったよ。やれるだけやってみる。」
期限は一週間なのに、もう3日も経った。全然念力が使えるようにならない。いや、使えるんだよ?使えるんだけど…、そこらへんの土に生えてる花ですら抜けないんだ。それなのに空中浮遊しながら、50メートルもある崖の、岩の間にある花を採ろうなんて、オレには、無理だ。多分、コウだったら、きっとおどおどしながら、1日で空中浮遊まで完璧に使いこなせるんだ。袮吐なら、きっと3時間で、余裕綽々こなすんだろうな。
オレ、きっと出来損ないなんだ。所詮、只の死にかけだったんだ。コウは呪われてたし、袮吐は辛い思いをしてたし、八咫だって、どっちかって言ったら元々神様みたいな奴だから…。
あれ…?オレって、何もないじゃん。結局、八咫ができないからオレがやってるだけで、しかも、梓沙から薬をもらわなかったら出来ないってことじゃん…。オレ、本当にご主人のこと助けられるのかな…。…もしかしたら、ご主人は、オレの事、どうでもいいかもしれない。どうしよう、どうしよう。ご主人に、あの人に、嫌われたら。嫌だ、オレ、オレには、あの人しか、いないのに。
「─ロ、クロ、クロ!大丈夫か⁈クロ!」
「…っ。」
「─。良かった…。2日前、訓練の最中急に倒れたんだ。」
「…そっか。…にゃあ、八咫。オレって」
「…しょうもない事を考えるな。貴様に、お前にしか出来ないんだ。俺には、出来ないんだ。俺だって、主人 の役に立ちたい。けれど、今回はお前にしか 出来ない。だから俺の代わりに、みんなの代わりにやってくれ、クロ!」
「…。」
「ここまで言っても分からないのか。」
「…ううん。オレ、感傷的になってたのかも。」
「それに気付けるとは、成長したのだな。…あと2日しかない。行けるか?」
「…無理だなんて言わねぇ!やってやるぜ!」
「…出来た。できた、できた!ほら、八咫!見てよ!」
「煩いな…。我はまだ寝て─。」
「本当に出来たんだって!…うわぁ!」
大きな音を立てながらクロは盛大に地面に落ちた。八咫は呆れたようにクロの手を取った。
「…薬を飲んでから7日。今日の日没が期限だ。どうなんだ?」
「…もうオレ行ける気がする!いや、行ける!」
「本当か?」
「本当だよ!オレだって、唯 の、唯一 の、使い魔だって出来るんだってご主人に言うんだ!」
「そうか…それなら…」
「ん?なんか言った?」
「何でもない。さぁ、向かおう。」
そうして二人は崖の麓に向かって歩いて行った。
崖の麓から見たその花はとても高いところにあった。
「うわぁ…高ぁ。」
「微力ながら我も下から支えよう。触ることは許されないが、支援ぐらいならいいだろう。」
「…よし、ご主人のためだ!早く持って帰らないと!」
「クロ、我の手に。」
「?何で?」
「助走が必要だろう。飛ばしてやる。」
「ありがとう、八咫!…っし、行くぜ!」
「分かった!─っは!」
八咫の掛け声と共にクロは足元に魔法陣を現し、勢いよく飛び上がった。
「─っわ、とと…」
「よし、軌道に乗ったな。そのままゆっくり調節しろ。」
八咫は崖の下から大きな声でクロに話しかけた。
「分かってるよ!何度練習したと思ってんの?」
「…ふ、そうか。ならいいがな。」
クロは崖と平行に飛び、ネバーデルタ目掛けて勢いを増していった。
「あれが…ネバーデルタ…。」
「梓沙から資料を見せてもらったが、ネバーデルタは地盤が緩んでいるところに咲く。くれぐれも崖を崩さぬように採れよ。」
「分かってるって!」
そう言ってから何分、あるいは何十分経っただろうか。普段、それほど集中力が続かないクロだが、練習を続けたおかげで大分集中力がついたようだ。しかし、 崖とクロの距離は僅か50メートル。飛び上がったのは良いが、クロは微妙な調節が出来ないのだ。
「う〜ん…、あと少しなんだけどなぁ…。」
「…今こそ、俺の本来の力を見せる時か…?」「…?どうしたんだ、八咫?」
「…いや、梓沙に言われた事を思い出したんだ。『本来の姿の力を見出してみろ』とな。」
「…いいんじゃねぇの?オレ、八咫のことよく知らないし、色々言えないけどさ、受け入れる自信はある!…あと、その…た、助けてくれる…?ほ、ほら、オレじゃ、届かない…し…。」
「…ふ。色々と言ってくれるな。だが、貴様がそう言うならやってやろう。──!」
八咫が何か唱えたかと思えば、その二本の腕を漆黒の翼に変え、クロに向かって羽ばたいた。その面妖な姿を地上から梓沙は見ていた。
「お、あいつ決心したんだなぁ。…あいつらがシルバ フィクサリアについて無知で良かったよ。ただの薬草だし、別に誰でも採れるっての。…本当にオメデタイ奴だよなぁ。」
そう言いながら、カップにつける口は少し微笑んでいた。
「我の背中に少しだけ乗せてやろう。早く乗れ。」
「…!ありがとう、八咫!じゃあ、少しだけ…。っ!」
八咫はクロを背中に乗せ、崖の近くまで行ってクロを下ろした。
「ここなら行けるだろう。我はまた下で待っていよう。」
「分かった!絶対採って帰るから!」
「いやいや、助かったよ。クロ、ありがとう。流石使い魔だな。」
「へへっ、ご主人が助かって良かった!」
「お前…その前に色々あっただろう。」
採って帰るから、と言った後、クロは無事ネバーデルタを採ることが出来たのだが、梓沙の薬の期限ギリギリだったらしく、崖の上からネバーデルタを手にしたまま落ちて来たのだ。
「─!採れた!八咫!採れ─っうわぁぁぁぁぁ!」
「っ!クロ!─っグゥ⁉︎」
「…こ、怖ぁぁぁぁ‼︎八咫がいて良かったぁ…!」
「…。はぁ…。まあ良い、間に合ったしな。さて、帰るか。」
「ちょ〜っとぉ〜。俺氏に何も無いのぉ?薬あげたのにィ?」
「梓沙か…。…っふ。それならこうしてやろう。」
そう言うと八咫は腕を翼に、足を八咫鴉のそれに変え、梓沙を足で掴み、高く飛び上がった。
「─っ⁉︎はぁぁぁあ⁈…っおわ!ちょ…!下ろせェ!このヤロウ!」
「クロ!我はこのまま連れていく!貴様はそれを無くさないように帰ってくれ!」
「ええ⁈わ、わかった…。八咫、何考えてんだろ…。」
クロは飛んでいく八咫と足の爪で鷲掴みにされている梓沙を見ながら家路についた。
「それってさぁ、俺氏のことも忘れちゃってる感じィ?俺氏、流石に怒るけど。」
「って言うか誰だか知らないけど、連れてきちゃダメじゃないか。全く、うちの子たちが済まないね。」
「本当だよ〜。ちゃんと教育しておいてよ。」
「ふん、貴様が我達の事を羨ましそうに見ていたから、連れてきてやったんだろう。」
「あぁ…。そう言う事ぉ?」
話が分からない、と言いたそうな魔法使いに八咫は梓沙の事を魔法使いに話した。
「そうか、それならうちに来るかい?一人くらい増えても平気な自信はあるんだ。」
「…クロ。君さぁ似てるよね、この人に。」
「そうかな?オレ、まだご主人には追いつかないとこばっかだけどな。」
「謙虚ォ。ま、良いよ〜、居てあげるよぉ〜。梓沙さん何となくここ気に入ったかもねぇ〜。」
「ただいまぁ〜!ボクとコウちゃんが帰って来たよ♪…?誰?シーサー?」
「うわぁぁ⁉︎だ、誰っ⁉︎」
「コウ、袮吐、お帰り!この人はね…」
こうして魔法使いと、一人増えた使い魔は元々の妙薬に加え、梓沙の魔薬によって更に有名になったのであった。
深い森の中、一人の魔法使いが住んでいた。町や村に妙薬を配っている白の魔法使いだ。
「大丈夫かにゃあ…ご主人。」
「ううう…、ここ3日寝てないから心配で、心配で…!」
「ふん、奴には技術が足らんのだ。だから新たに手を出すと必ず失敗する。」
魔法使いの家には4匹の使い魔がいる。
「そ、そんにゃことにゃい!ご主人は凄い魔法使いにゃ!お前みたいにゃおっさんに言われたくにゃい筈だ!」
1匹目、猫のクロ。雨の中、凍え死にそうになっていた故、魔法使いが拾った一番最初の使い魔だ。
「ぬ⁉︎お、おっさんだと…!我はそんな歳ではない!貴様らより少し長生きなだけだ!」
2匹目、カラスの八咫(やた)。足が3本生えている故に殺されかけていたところを魔法使いに助けられた。
「うわあ〜!け、喧嘩してたら、またご主人様に怒られちゃうよぉ!」
3匹目、ウサギのコウ。黒毛の赤眼をしているが故に呪われているとされ森に捨てられたところを魔法使いに拾われた。
「も〜うるさいなぁ。お着替えの邪魔だよ〜?」
4匹目、蛇の袮吐(ねと)。村の呪術で、蠱毒(こどく)というヘビやムカデなどの百虫を同じ容器で飼育し、共食いさせて勝ち残ったものが神霊となるものがある。勝ち残ったのが袮吐であり、魔法使いは引き取った。
魔法使いには掟があり、魔法を使う上で人々に危害を与えない事。薬を作るための薬草を取り過ぎない事。そして、使い魔には必ずオスを選ぶ事。そのため、元々メスだったコウと袮吐は魔術でオスに変えてオスとして、使い魔として生きている。
「…君たち、ちょっと静かにしてくれ…。」
魔法使いがそう言うと、動物達は一斉に部屋に戻った。
魔法使いの家は平屋建てである。裏口から入れば調合室、正面玄関から入れば魔法使いの作った薬品が並ぶ店。その奥が彼らの生活空間になっている。更に奥に廊下があり、その先は部屋は四人の個人部屋になっている。北と南に二部屋ずつ。クロとコウが北、八咫と袮吐が南の部屋を使っている。
「や、やけに遅いにゃ〜…本当に大丈夫か…?」
コウの部屋には皆が集まっていた。いつもとは違い、魔法使いが部屋から出てこないのだ。
「も、もしかしたら部屋で倒れているかも…!見に行った方がいいと思うんだけど─!」
「確かに奴にしては遅すぎるな…今までこんなに遅い事はなかったのだがな…。」
何時もなら部屋に籠っているのは2〜3時間だがこの日は5時間待っても出てこない。
「オレ、見に行ってくる!もう待ってられねぇ!」
「待て、我も行こう。貴様だけでは不安要素しかないからな。」
「そんにゃことねぇ!」
「ご、ご主人〜…?起きてるかにゃ〜…?うぅ、調合室なんて初めて入るにゃ〜…。」
調合室は薬の材料で"乱雑"という言葉が丁度いい部屋だった。
「
魔法使いは調合台で寝ていた。別に今日から始まったわけではないが今回はわけが違う。
「ご、ご主人…!起きるにゃ!…お、起きにゃい…。どうしよう!死んでるのか⁈」
「落ち着け、クロ。貴様は動揺し過ぎだ。」
慌てているクロに代わり、八咫が魔法使いを調べた。幸い、死んでいるわけではないし、脈も安定している。
「なら、どうしてご主人は起きにゃいんだ?」
「…なに?─っ!信じたくはないが、多分この薬を多量に吸い込んだんだろう…!。」
その薬は少量なら睡眠を助ける睡眠導入剤になる。だが、多量に摂取してしまうと深い眠りについてしまう。
「ど、どうすればご主人は元に戻るんだ⁉︎オ、オレ…ご主人がいにゃくにゃったら─!」
「落ち着け!取り敢えず、皆のところまで運ぼう。貴様は力だけは無駄に有るだろう。話はそれからだ。」
「…わかった。」
それから、皆は部屋に戻って話し合いを始めた。まずは魔法使いが倒れている状態で薬屋をどうするのか。このまま在庫だけで乗り切れるのか不安なところだ。
「でもにゃあ…オレ、知識がにゃいから…。」
「ぼ、僕…ちょっとなら分かるから…!や、やるよ!」
「待って、それならボクに任せて!ご主人様に入れ込んでもらったんだ♪コウ、調合室に行くよ!」
「わ、わぁぁ!ま、待ってよぉ〜!」
魔法使いが倒れている間、薬の知識を豊富に持つコウと袮吐が店番をすることになった。
すると袮吐がなにか思い出したように話した。
「あ、それと!今のご主人様には"ネバーデルタ"って言う花のお茶が効くから、八咫が取ってきてね♪」
「わ、我か⁉︎…クロも行─」
「行く!オレもご主人を助けたい!」
「…分かった。」
それから二人は"ネバーデルタ"を知るために近所の図書館へ向かった。
「ん〜…、どこに書いてあるんだろうにゃ〜?」
「貴様…その本は動物図鑑ではないのか…?」
「へ⁉︎し、知ってるよ!そんなこと!そそ、そんな、まさか!」
「…ほれ、貴様はこっちを読んでくれ。」
「も、もちろん!分かってるよ!」
彼らは1時間ほどで100冊もの本を読んでいたがそれらしき植物は見当たらない。どの本を読んでもどこにも"ネバーデルタ"と言う名前は出てこない。
「うむ、おかしいな…。袮吐が嘘を吐くとは思えぬが…。」
「あ"あ"あ"!にゃんで出てこねぇんだ!このままじゃ、ご主人が…!」
「…しょうがない、我のツテの所に行こう。あとはそれしかない。」
「…ツテ?」
「にゃあ…まだ着かねぇのか…?」
「もう少しだ、我慢しろ。」
八咫は、旧友に博識な奴がいる、と言い、そのまま海岸線を歩き続けていたのだ。
「ここだ。
「…なにぃ〜…?俺氏、絶賛おねむなんですけど…?」
「え…?こいつが八咫のツテにゃのか?」
屋敷の扉越しに名前を呼ばれ、二本足で立ち上がり、眠そうな顔で気怠そうな返事をしたのは犬の様な、もしくは獅子の様な容姿をしていた。
「あれ?八咫ぁ…遂にお前男に手ェ出したのか…?」
「そんな訳ないだろう!こいつは同じ主を持つだけだ!」
「ヘェ…あ、俺氏分かったよぉ〜。お前らが来た理由。
梓沙はたてがみに櫛を通しながら八咫達が来た理由が彼らの主が病に侵され、薬を探している事をさらっと言い当てた。そして、ネバーデルタの存在も確認していた。
「…その"ネバーデルタ"ってヤツなんだけどさぁ〜、やばい所にしか無さそうなんだよなぁ〜。例えば、あの辺…とか?」
梓沙は窓の外の崖を指差してそう答えた。
「…マジで言ってんのか?オレ、あんにゃとこ行けないし。八咫、行って来てよ。」
「ぬ…貴様、主を助けたくないのか?」
「にゃ…!そう言う訳じゃ…!だ、だって!あんにゃとこ、オレじゃ届かないし…!それに…!!」
「…ま、そうなるだろうな…。」
オレだってできる事なら取りに行きたい、ご主人の最初の使い魔のオレだって、と声を荒らげるクロを見て梓沙と八咫は顔を見合わせていた。
クロが声を荒げてから10分。やっとクロは落ち着いたらしく、二人に頭を下げた。
「ん〜…そんなに主人のことを想ってるなら、梓沙さん手伝おうか?」
「…ほんと?本当に手伝ってくれるのか?」
「う〜ん、もちろんタダじゃないけどなぁ〜。」
「ま、そう言うだろうとは思っていたがな…。」
梓沙が言うには薬剤集めをして欲しい、と言うことだった。
森に生えている植物には魔力を栄養源としているものもある。梓沙は植物のリストをクロに手渡した。
「これ、取って来てよ〜。そしたら、解決策だしてやるから。」
「わ、分かった!行ってくる!」
「あ、そうそう。八咫、お前は残れよなぁ〜。」
「ぬ…?分かった。」
梓沙の屋敷の裏手には小さな森があり、クロはそこで採集を始めた。ちょうどその頃、梓沙と八咫はクロのことについて話をしていた。
「梓沙、何故我をここに残した?」
「"我"?…はは、笑わせてくれるな。お前も随分いい身分になったみてェだな、八咫。昔なら『俺が〜、お前が〜』とか言ってたくせに。」
「…関係ないだろう。それとこれに何の意味があるのだ?」
「っは!関係オオアリだ。…お前の生死とな。」
「我は主にこの命を救われ、生きている!彼奴がいなければ今頃、ここには居ない。」
梓沙はそんなはずはない、と口を開こうとしたが口を閉じ、ただニヤリとするだけだった。
「お前さぁ、気付いてねェの?お前はあの"八咫鴉"なんだぞ?今でさえ鴉の部分は消えたがな。」
「…そんなこと言ったら、貴様だって梓沙なんて名前止めたらどうだ?本当の名はシ…」
「おいおい、俺は獣だぜ?そんな軽く真名を言わないで欲しいなぁ〜。…ま、どちらにせよその花が欲しいのなら、八咫鴉を出すべきだとは思うけどな〜。中途半端なバケモノじゃなくてよぉ。」
「ふん、我は、かつて貴様の事なんてまともに聞いたことなどない。」
そう言うと、八咫は扉に手を掛けた。疑問符を掲げた梓沙にそしてこれからもだ、と言いながら扉の外に向かって行った。
「…へっ。何だよ、あのヤロー。あんな風になりやがってさ…。あいつだけ変わりやがって。おめでたい事じゃねェか…。」
そんな事を閉められた扉に向けながら、梓沙は部屋に戻った。
「クロ、済まない。梓沙と話し込んでしまった。我も手伝おう。」
「や、八咫ぁ…。全っ然見つからにゃいんだけど…」
「な─!こ、これは…!」
そのリストに書かれていたのは実在しない、梓沙が適当に書いた物だった。クロは薬品の知識すら全て把握できているわけではないのに薬草など知っている筈もなかった。二人は足早に屋敷に戻った。
「あ〜、やっぱりな。八咫が見ちゃうと分かっちゃうからクロ一人で行かせたのに…って言うか、八咫に釘刺したかっただけなんだけどね。」
二人は勢いよく扉を開け、梓沙に言い放った。
「梓沙!なんだこれは!全部嘘ではないか!」
「どうりで全然見つかんねぇと思った!酷いにゃ!嘘吐くにゃんて!」
「はいはい、にゃんこは黙ってな。それでさ─」
話をそらすな、というクロを横目に梓沙は話し始めた。
「まず、あんたらのご主人?がさ、どうなってるかは分かってんの?」
「あぁ、調合中に薬品を吸い過ぎたようだ。そのせいで眠りについてしまった様だ。」
「ふ〜ん、何を吸い込んだの?それによってさぁ、変わるんだよなぁ。」
その後も色々魔法使いのことを聞かれ続け、その後にネバーデルタの話をし始めた。
「…成る程ね。まぁ、取り敢えずはネバーデルタ、もとい
それから梓沙は次の様なことを語った。
約6000年前の意味で"神の涙"と言う言葉が訛ってネバーデルタと呼ばれる様になったこと。神の涙と呼ばれたシルバ フィクサリアには何でも治せると言い伝えられ、元々その力はなかったが言い伝えられることによってどんどんとその力を付けてきたこと。
「だから、シルバ フィクサリアには万癒の力があると言われているんだよね〜。」
「…へ、へぇー…。」
「クロ、貴様理解してないだろう。まぁいい。万癒の力があるなら話は早い。すぐに取りに行こう。」
「そんな簡単には取れないよぉ?と・く・に!八咫みたいな"中途半端なバケモノ"、はねぇ…。」
「…ならばクロが取るしかないということか。」
「あれれ、動揺しないんだな、お前。ま、いいや。じゃあ、クロにこれ上げる〜。俺氏、優しいねぇ〜。」
渡されたのは液体の入った小さな瓶だった。それを飲めば一週間だけ魔法が使える様になるからねぇ、と付け足した。
クロはその場で飲み干し、外に出て色々試してみることにした。
「ってか、これにゃにが出来るんだ?」
「奴のことだ。どうせ念力、浮遊が出来るようになる魔薬だろう。」
「ま、麻薬!?それってやばいんじゃ…!」
「違う。その麻薬じゃない。"魔薬"。魔法の薬だ。第一、その麻薬はもう1000年前に根絶した。」
「…って事は南暦697年?」
「そうなるな。」
「へぇ…じゃにゃい!どうやって念力出せばいいんだ!」
「…念じるんだろうな。」
「…。にゃんだよそれ。…分かったよ。やれるだけやってみる。」
期限は一週間なのに、もう3日も経った。全然念力が使えるようにならない。いや、使えるんだよ?使えるんだけど…、そこらへんの土に生えてる花ですら抜けないんだ。それなのに空中浮遊しながら、50メートルもある崖の、岩の間にある花を採ろうなんて、オレには、無理だ。多分、コウだったら、きっとおどおどしながら、1日で空中浮遊まで完璧に使いこなせるんだ。袮吐なら、きっと3時間で、余裕綽々こなすんだろうな。
オレ、きっと出来損ないなんだ。所詮、只の死にかけだったんだ。コウは呪われてたし、袮吐は辛い思いをしてたし、八咫だって、どっちかって言ったら元々神様みたいな奴だから…。
あれ…?オレって、何もないじゃん。結局、八咫ができないからオレがやってるだけで、しかも、梓沙から薬をもらわなかったら出来ないってことじゃん…。オレ、本当にご主人のこと助けられるのかな…。…もしかしたら、ご主人は、オレの事、どうでもいいかもしれない。どうしよう、どうしよう。ご主人に、あの人に、嫌われたら。嫌だ、オレ、オレには、あの人しか、いないのに。
「─ロ、クロ、クロ!大丈夫か⁈クロ!」
「…っ。」
「─。良かった…。2日前、訓練の最中急に倒れたんだ。」
「…そっか。…にゃあ、八咫。オレって」
「…しょうもない事を考えるな。貴様に、お前にしか出来ないんだ。俺には、出来ないんだ。俺だって、
「…。」
「ここまで言っても分からないのか。」
「…ううん。オレ、感傷的になってたのかも。」
「それに気付けるとは、成長したのだな。…あと2日しかない。行けるか?」
「…無理だなんて言わねぇ!やってやるぜ!」
「…出来た。できた、できた!ほら、八咫!見てよ!」
「煩いな…。我はまだ寝て─。」
「本当に出来たんだって!…うわぁ!」
大きな音を立てながらクロは盛大に地面に落ちた。八咫は呆れたようにクロの手を取った。
「…薬を飲んでから7日。今日の日没が期限だ。どうなんだ?」
「…もうオレ行ける気がする!いや、行ける!」
「本当か?」
「本当だよ!オレだって、
「そうか…それなら…」
「ん?なんか言った?」
「何でもない。さぁ、向かおう。」
そうして二人は崖の麓に向かって歩いて行った。
崖の麓から見たその花はとても高いところにあった。
「うわぁ…高ぁ。」
「微力ながら我も下から支えよう。触ることは許されないが、支援ぐらいならいいだろう。」
「…よし、ご主人のためだ!早く持って帰らないと!」
「クロ、我の手に。」
「?何で?」
「助走が必要だろう。飛ばしてやる。」
「ありがとう、八咫!…っし、行くぜ!」
「分かった!─っは!」
八咫の掛け声と共にクロは足元に魔法陣を現し、勢いよく飛び上がった。
「─っわ、とと…」
「よし、軌道に乗ったな。そのままゆっくり調節しろ。」
八咫は崖の下から大きな声でクロに話しかけた。
「分かってるよ!何度練習したと思ってんの?」
「…ふ、そうか。ならいいがな。」
クロは崖と平行に飛び、ネバーデルタ目掛けて勢いを増していった。
「あれが…ネバーデルタ…。」
「梓沙から資料を見せてもらったが、ネバーデルタは地盤が緩んでいるところに咲く。くれぐれも崖を崩さぬように採れよ。」
「分かってるって!」
そう言ってから何分、あるいは何十分経っただろうか。普段、それほど集中力が続かないクロだが、練習を続けたおかげで大分集中力がついたようだ。しかし、 崖とクロの距離は僅か50メートル。飛び上がったのは良いが、クロは微妙な調節が出来ないのだ。
「う〜ん…、あと少しなんだけどなぁ…。」
「…今こそ、俺の本来の力を見せる時か…?」「…?どうしたんだ、八咫?」
「…いや、梓沙に言われた事を思い出したんだ。『本来の姿の力を見出してみろ』とな。」
「…いいんじゃねぇの?オレ、八咫のことよく知らないし、色々言えないけどさ、受け入れる自信はある!…あと、その…た、助けてくれる…?ほ、ほら、オレじゃ、届かない…し…。」
「…ふ。色々と言ってくれるな。だが、貴様がそう言うならやってやろう。──!」
八咫が何か唱えたかと思えば、その二本の腕を漆黒の翼に変え、クロに向かって羽ばたいた。その面妖な姿を地上から梓沙は見ていた。
「お、あいつ決心したんだなぁ。…あいつらがシルバ フィクサリアについて無知で良かったよ。ただの薬草だし、別に誰でも採れるっての。…本当にオメデタイ奴だよなぁ。」
そう言いながら、カップにつける口は少し微笑んでいた。
「我の背中に少しだけ乗せてやろう。早く乗れ。」
「…!ありがとう、八咫!じゃあ、少しだけ…。っ!」
八咫はクロを背中に乗せ、崖の近くまで行ってクロを下ろした。
「ここなら行けるだろう。我はまた下で待っていよう。」
「分かった!絶対採って帰るから!」
「いやいや、助かったよ。クロ、ありがとう。流石使い魔だな。」
「へへっ、ご主人が助かって良かった!」
「お前…その前に色々あっただろう。」
採って帰るから、と言った後、クロは無事ネバーデルタを採ることが出来たのだが、梓沙の薬の期限ギリギリだったらしく、崖の上からネバーデルタを手にしたまま落ちて来たのだ。
「─!採れた!八咫!採れ─っうわぁぁぁぁぁ!」
「っ!クロ!─っグゥ⁉︎」
「…こ、怖ぁぁぁぁ‼︎八咫がいて良かったぁ…!」
「…。はぁ…。まあ良い、間に合ったしな。さて、帰るか。」
「ちょ〜っとぉ〜。俺氏に何も無いのぉ?薬あげたのにィ?」
「梓沙か…。…っふ。それならこうしてやろう。」
そう言うと八咫は腕を翼に、足を八咫鴉のそれに変え、梓沙を足で掴み、高く飛び上がった。
「─っ⁉︎はぁぁぁあ⁈…っおわ!ちょ…!下ろせェ!このヤロウ!」
「クロ!我はこのまま連れていく!貴様はそれを無くさないように帰ってくれ!」
「ええ⁈わ、わかった…。八咫、何考えてんだろ…。」
クロは飛んでいく八咫と足の爪で鷲掴みにされている梓沙を見ながら家路についた。
「それってさぁ、俺氏のことも忘れちゃってる感じィ?俺氏、流石に怒るけど。」
「って言うか誰だか知らないけど、連れてきちゃダメじゃないか。全く、うちの子たちが済まないね。」
「本当だよ〜。ちゃんと教育しておいてよ。」
「ふん、貴様が我達の事を羨ましそうに見ていたから、連れてきてやったんだろう。」
「あぁ…。そう言う事ぉ?」
話が分からない、と言いたそうな魔法使いに八咫は梓沙の事を魔法使いに話した。
「そうか、それならうちに来るかい?一人くらい増えても平気な自信はあるんだ。」
「…クロ。君さぁ似てるよね、この人に。」
「そうかな?オレ、まだご主人には追いつかないとこばっかだけどな。」
「謙虚ォ。ま、良いよ〜、居てあげるよぉ〜。梓沙さん何となくここ気に入ったかもねぇ〜。」
「ただいまぁ〜!ボクとコウちゃんが帰って来たよ♪…?誰?シーサー?」
「うわぁぁ⁉︎だ、誰っ⁉︎」
「コウ、袮吐、お帰り!この人はね…」
こうして魔法使いと、一人増えた使い魔は元々の妙薬に加え、梓沙の魔薬によって更に有名になったのであった。