今日の夢見〜獏は密かに夢を見る〜
ある時代のある所。2つの集落は詠み人と呼ばれる子供をそれぞれの天体物に捧げていた。一方の集落は太陽を見る"日詠み"を、もう一方の集落は月を見る"月詠み"を。2つの集落は決して関わってはいけなかった。
「…こんなの見ても役立たないよ。」
そう言って、ソアは本を閉じた。
「(どうせ、みんなが求めているのは僕じゃなくて、僕の力なんだ。)」
ソアは本に記されているように、日詠みとして
太陽に捧げられた少年だった。
常に掛けられる声はソア本人ではなく、"日詠み"としての言葉だった。元々秀才だった彼はそれすらも人生の枷となっていたのだ。
「もし、僕が日詠みじゃなかったら…あるいは、もっと博識で人にものが言える性格であったら─。」
「…う〜ん、読んで見たけどよく分かんなかったなぁ。」
そう言って、ルニは本を閉じた。
「(わたしに、求められているのは何なんだろう…?)」
ルニは本に書いてあったように月詠みとして月に捧げられた少女だった。
ルニは話をすることが好きだった。だから、話しかけられるのは苦ではなかった。それが、どんな酷い事に使われようとも。
「もし、わたしが月詠みじゃなかったら…それとも、もっと物分りが良くて内気だったら─。」
二人は見ず知らずの関係ながらお互いの存在を認知していた。離れていようとも対になる者。光と影のある存在。
その日も二人はいつものように要望を聞いてそれに答えていた。
「月詠み様、少しお聞かせください。私はどうすればあの方を受け入れられるのでしょうか…」
「…んーと、わかった!聞いてみるね!…えっとね、"自分のものにすれば良い"んだって!」
「─っ、わ、かりました…。自分のモノに─」
「ばいばーい!」
「月詠み様、次は私に─」
ルニは話ができるだけで嬉しかった。会話だけが自分の存在を認められているような気がしていたからだ。月詠みになる前まで誰かに構ってもらえるような人ではなかった。母親は家を出て行き、父親は必死に働いている。その衰弱しきった時、月詠みに選ばれたのだ。
「…はぁ〜あ、今日も疲れたなぁ…うーん、日詠みってどんな子かな?」
その疑問はいくら月に聞けど返ってこなかった。月詠みと言えど、ルニも人の子。好奇心にはそう簡単には逆らえずにいた。
「…今度、村のギリギリのところまで行ってみよう…かな!内緒にしなきゃ…!」
「日詠み様、私の母親は今後どうなりますでしょうか…!病気をしております故、生死に関わるのではと─!」
「…"死に足を突っ込んでいる、司祭のところにある妙薬を使え"。…だそうです。」
「あぁ、そうなのですね…早く、早く薬を─!」
「次の方、どうぞ。」
「日詠み様、私は─」
他人の絶望した姿を見るのは数えられる程ではなかった。自分への問いかけは太陽への問いかけだと疑わない村人をソアは軽蔑していた。日詠みになればもっと勉強が出来る、と両親に言われたソアは純粋にそれを受け入れた。だが、日詠みとなってしまった今、勉強など全く出来ず誰かの絶望を聞くだけの存在になってしまった。
「(本を読むことすら許されない。読んでも良いのは僕たち日詠み月詠みの逸話だけ…)」
「…僕"たち"…か。」
彼は太陽にしか聞こえないような小さな声で呟いた。人として生まれた以上、同類を求めるのは無理のない事だ。それがどれだけ遠く、触れてはいけないもの同士だと分かっていても。
「(掟に触れてしまう…。それでも、それでも僕は、きっとこの好奇心は止められない。)…あぁ、貴方は、少しだけ、僕に時間をくれるでしょうか…。」
その日の明け方、太陽と月は大きく輝いていた。
「(地図だと…この辺の筈だけど…)」
「地図、読み方これで合ってるのかな…?」
二人はお互いの村の境まで辿り着き、顔を見合わせたが、同じような顔をしていることには気付かなかった。
「…っ!き、君は…?」
「え、えーと、わたしはルニ!こっちの村の…つ、月詠み…!」
「き、君が月詠みなの⁉︎ぼ、僕も日詠みなんだ!は、初めまして…。ソアって言うんだ。」
それは彼女らの年頃の子供のする会話に変わりはなかった。ただ生い立ちが変わっているだけで。それだけ、彼女らが背負ったモノは大きすぎたのだ。
「(ずっと、こうやってルニちゃんと他愛もない話をしていられたらどれくらい楽しいんだろう。)」
「(ず〜っとソアくんと話せてたら、きっと、村の人たちと話すよりず〜っと楽しいんだろうな。)」
日詠みと月詠みが出会ってはいけない。幽閉され、外の世界を見ることを禁止された彼らにとって好奇心は彼らの全てを狂わせた。
ソアは知識と愛嬌を。ルニは才能と気弱を。
それは全て無知と秀才がお互いの欲しかったモノ。
「…ねぇ、─これから僕たちの村が壊れて、僕たちしか残らなかったら─どうする?」
「…ん〜、─、ついてく!一緒に色んなところに行こう!」
「…そっか。」
「えへへ、どこに行こうかな?ウミも見たいし〜、ケエキも食べて見たい!」
「僕も…!」
それを知り、求めた彼らは禁じ手を犯してしまった。故に自由となった。別に後悔などしていない、あるいは永遠に知ることはないだろう。
たとえそれが2つの村を壊そうとも、変えられることの無い事実であった。
そして二人はそれぞれ配偶者を持ち、死ぬまで幸せに暮らしていた。
「パパ〜、これ読んで?」
「どれを読めば─っ!…ふふ、わかったよ。」
「ママ!ご本読んで!」
「は〜い!…わぁ!懐かしい!」
「パパの話もしてあげようかな。"日詠み月詠み"のお話。」
「ママのお話もしちゃおっかな〜!"日詠み月詠み"のお話。」