―――数年後、
ドンっ!
「いてッ…」
「ッ、悪い…」
仕事終わり、会社を出てすぐに
ユーリアにメールを送る事が日課だ。
返事は大体いつも、駅の改札を通る頃に届く。
大事な話がある…。そんな内容に気を取られていて気が付かなかった。
すれ違った長身の男と肩がぶつかり、持っていた携帯を落とした。
「歩きスマホは危険だからやめろよな」
「あぁ…、」
「画面割れちゃいねぇか……あぁ、大丈夫そうだな。ほらよ」
「すまない」
俺が落とした携帯を拾い上げ、手渡してきた男。
その瞬間初めてまともに顔を見た。
「ッ…」
「…?」
ファーラン………。
今世でこうして対面したのは初めてだ。
目の色も髪の長さも変わっちゃいねぇな…。
「…もしかしてお前…、リヴァイか?」
「…」
まさか、記憶が…?
「
ユーリアの旦那だろ?」
「………あぁ、」
「画面に映ってる連絡先のアイコンがあいつと同じだ。俺も知ってるからな」
「………」
あるわけねぇ…か。
そりゃあそうだ。万一でも記憶が戻ったら、
ユーリアに真っ先に会いに行くだろうからな。そうなりゃあいつだって黙ってねぇ。
「まぁ安心しろよ!お互い結婚してからはまともに会っちゃいねぇからよ。…あいつ元気か?」
「…あぁ。変わらねぇよ、何もな」
一つ変わったとすりゃあ、お前の名を出さなくなった事くらいだ。
「そうか…。聞いてるだろうが、俺達は大学が同じだった」
「らしいな」
「お前は?」
「…中学と高校が同じだった」
「あぁ…どおりで」
「…」
「…実はな、大学に入って…一目惚れしたんだ」
「………あ?」
「まぁそう怒るなよ。今でもそうだろうが、綺麗だろ?そりゃあもう学校のマドンナだったぜ。構外に恋人がいるってもっぱら噂だったがな」
「………」
「いつから付き合ってたんだ?やっぱ中学か?」
「…付き合ってねぇよ…あん時はまだ………」
お前が結婚を決めた年に…一生分誤魔化し続けた感情を認めて告白したからな……。
「はぁ?でも毎日会ってただろ?」
「………」
「…いや別に、ストーカーじゃねぇぞ!偶然見かけたりしただけっつうか……。大学の前まで迎えに来たりしてただろ?…あいつだって、事あるごとにリヴァイがリヴァイがって言ってたんだぜ。あれで付き合ってねぇって方がおかしい」
「………じゃあ、何か…。お前は
ユーリアに恋人がいると思い込んでただけで…あいつに興味がなかったわけじゃねぇって事か…」
「当然だろ?まぁフリーだって知ってても、口説きにいくには少しばかり勇気が足りなかっただろうがな…。高嶺の花ってやつだよ」
「………」
何だ、そりゃあ…。
じゃああの時…、アイツを泣かせたのは俺じゃねぇか…。
俺が大学にまで押しかけたりしてなきゃ…、ファーランが勘違いする事もなかった。勝手な思い込みで
ユーリアを諦めたりしなかったはずだ…。
………俺のせいじゃねぇか…。
「おっと、わりぃ息子から電話だ」
「息子…?」
「今日が3歳の誕生日でな。早く帰って来いって、催促の電話だ」
「そうか………ガキが、いるのか………」
「…なぁ、リヴァイ。…こんな事、俺が言うのはおかしな事なんだがな。…
ユーリアを、よろしく頼むぞ」
「………」
「俺の初恋の人だ…。大事にしてやってくれ」
「ッ…、………了解だ」
「…じゃーな!」
「………あぁ、」
―――――
「おかえりなさい、リヴァイ」
「…あぁ」
家に帰ると
ユーリアが出迎えてくれた。
「…どうしたの?暗い顔をして…」
ユーリアは俺の顔に両手を添えるとそっと上を向かせた。
未だ靴を履いたままの俺と、一段高い所に立つ
ユーリア。目の高さは若干
ユーリアの方が上にある。
心配そうな顔をしている
ユーリア。その瞳には、いつも以上にひどい顔をした俺が映っていた。
「話せる事なら聞くわ。一人で抱え込まないで…」
ユーリアの声は、いつ聞いても心地がいい…。
「ファーランに会った、偶然な」
「あら…そう。元気だった?」
「あぁ。ガキがいるそうだ。今日が3歳の誕生日だと言っていた」
「まぁ…そうなの…。幸せそうでよかったわ…」
ユーリアは心底嬉しそうに笑った。
今度は俺が、
ユーリアの頬に触れる。
その手にすり寄るように少し首を傾げた。
靴を脱いで上がり、
ユーリアを抱き締める…。
「…ファーランは、変わっちゃいなかった。何も。…お前に対する感情もだ。前世の記憶なんかなくても、あいつは確かに、またお前を愛していたぞ…」
「…どういう事…?」
「お前に惚れていたと言われた。初恋だったと」
「………」
「アイツには家庭がある。…だが、お前が本気になれば、真面目に伝えれば、今度こそ…、アイツと一緒になれるかも知れねぇぞ…」
「………リヴァイ」
「言ったはずだ。俺はあいつの次でいいと。お前はお前のままでいいと…」
「聞いて、リヴァイ…」
「俺に気を遣う事はない。お前の好きなようにしろ。…行くなら、今…俺を突き飛ばして行け…」
「………」
「悔いが残らない方を、自分で選べ…」
―俺の背に回されていた腕が離れ、そっと俺の胸を押した…。
…あぁ、そうだ。…分かっている。
俺の腕に収まっていた
ユーリアは一歩下がり、俺を見上げた。
「リヴァイ…、…貴方って、意外と泣き虫ね」
「…なん…だと…」
俺の目元を細い指がなぞる。
「これは何の涙なの…?」
「…、…知るか…」
「…私と別れたい?」
「そんな事誰が言った!俺は…!次の世も、お前以外を愛する事はない…!」
「………えぇ…貴方、私の事大好きだもんね」
「ッ……、…当然だ」
「じゃあどうして自分は、悔いが残る方を選択するの…?」
「…お前が中心だからだ。俺の悔いが残る選択が、お前の幸せだとすれば…優先すべきはお前だ」
「…それはあり得ないわ。貴方が後悔する事で私が幸せになる事はない。貴方が悔やんで、こうして涙を流す事が、私にとって一番辛いの…」
ユーリアは俺の体を強く抱き締めた。
震えるほどに…強く。
「私はまた…貴方を不安にさせていたのかしら…」
「………お前は悪くない。悪いのは…」
「貴方も悪くないわ。…言葉が足りないのがいけないのよ」
「…言葉…。俺がお前に言える言葉なんざ高が知れてる…」
「私のよ。…貴方を安心させる事のできる言葉…。…言った事がなかったわ…」
「………」
「私…今が幸せよ。貴方と一緒になってよかったと、心から思ってる…。
リヴァイ、…愛してるわ…」
―――多分、この言葉を一番望んでいたのだと思う。
リヴァイはまた泣いてしまった。
表情は崩さず、涙だけが一筋流れる…美しい泣き方。…とても愛おしく思う。
…こんな言い方をしたら、貴方は一瞬…不安になってしまうでしょうね。また可愛らしい貴方の反応が見られるわ。
「でもごめんなさい。愛するのは、貴方だけではなくなってしまったわ…」
「………、」
僅かに目を細める…辛そうな顔。可哀想で、可愛いわ…。
「メールは読んでくれた?」
「……あぁ…、大事な話…ってやつか…。…何だ」
「家族が増えるのよ。人類最強の子だわ。…いえ…元人類最強…かな。今はただの社畜だものね」
社畜って言うな…なんて言いながら、眉を顰めて不器用に笑った。
笑っていても、目には涙が溜まっている。
…私はまた、彼を泣かせてしまったようだわ―――。