「…一雨来そうだな」
「…本当ね」
「急ぐぞ」
「えぇ…。…ねぇ、結婚のお祝いを買いに行かなくちゃいけないわ…。リヴァイ…付き合ってもらってもいいかしら」
「…あぁ。週末は空いている」
「予定を確認してから連絡するわね」
喫茶店を後にした二人は、そんな会話をしながら肩を並べて歩く。
彼女の家へと続く道。当然のように共に行く男の家は、この反対方向にある。彼女を家まで送り届ける事は、この時代で出会った時…中学生の時から変わっていない。
陽が沈み始める時間帯。辺りは夕焼けの赤に染まっていた。
ふと彼女が足を止める。
「…どうした?」
視線の先には、公園で遊ぶ子供達。
迎えに来た親と帰路に着く様子を、穏やかな表情で見つめる。
「………
ユーリア」
「私…、彼を…、…ファーランを愛しているわ」
「………あぁ」
「…だからね、…幸せになってほしい。…休日に子供と公園で遊んで…ああやって手を繋いで帰るの…。お家では可愛い奥さんが美味しいご飯を作って待ってるわ。…何も特別じゃない、そんな普通の幸せを…味わってもらいたいの。せっかく、あんな残酷な世界の事を忘れて生まれ変わったんですもの…。今を楽しんで、笑ってほしいわ…」
「………」
愛しているからこそ、心から幸せを願える。
愛する人の幸せが自分の幸せである。
…それでも、心には抉られるような痛みが残る事を、男は知っていた。
「ごめんなさい。行きましょうリヴァイ」
「………」
歩き始めた彼女は厚い雲が覆う空を見上げた。
「あら…降って来てしまったわ…。急ぎましょう」
そう言って振り返った彼女は、立ち止まったまま動かない男に気づき首を傾げる。
「…リヴァイ?」
「…同じだ」
「え?」
「…あんなクソみたいな世界の記憶があろうが、この平和な時代に生まれた。お前も、普通の幸せってもんを味わうべきだ」
「………でも…私は…、」
「またファーランだけを想って、一人で生きていくのか…?」
「………」
俯き加減だった男は顔を上げ、彼女の目を真っ直ぐ見据える。
「俺は…、掃除ができる。文明の利器フル活用で前よりもっと完璧にこなせる。守るべきルールには従う。この世界の社会に順応できている。仕事は順調だ。物欲はあまりねぇ。ギャンブルも好きじゃねぇから金は使わない方だ。一人暮らしが長ぇから身の回りの事は何でもできる。手間はかけさせねぇつもりだ。お前の性分は分かっている。前世からの付き合いだからな。前もお前を先に見送った。勝手に約束したからだ。お前を置いて行ったりしねぇと。それは今世も変わらねぇ。お前を一人にはしねぇ。………どうだ」
「……どう…って…?」
「お前が奴を想っているのは知っている。前の世からそうだ。俺はずっとそんなお前を見て来た。…だから今度も、その想いごと受け入れる覚悟はある。ファーランの次でいい。俺に気を遣う事はねぇ。お前はお前のままでいい。ただ今度こそ…前世で叶わなかった、お前に触れられる権利を…俺にくれねぇか………っ」
次々と出てくる言葉にまとまりはなく、多辯なわりにはそれが得意ではないように思えた。
「私に触れるのに…何の権利がいるの…?」
「…肩書きが欲しい」
「何の…?」
「…何でもいい」
「…"友達"でも、触れる事はできるわ…」
「………伝わらねぇか。俺の言葉は…。………届かねぇか。ファーランだけを想うお前には………」
分からないわけじゃない。
届かないわけじゃない。
気付かないふりをしていた。前の世から。
頑なに"友達"であり続けた。
彼を裏切り、一番近くにいたリヴァイに甘える事は、彼にもリヴァイにも失礼な事だと思っていたからだ。
時代が変わっても、彼の状況が変わっても、その思いは変わらなかった。
「………ごめんなさい…」
「……………」
…分かってた事じゃねぇか…。
―彼の頬を濡らした雫は…、
《雨の雫か、彼の涙か》
Ende.