「ねぇ、おじさん」
深いタータンのスカートにベージュのセーターを身に纏う
ユーリア。ベッドに腰かける彼女は結び慣れていない緩いネクタイを引っ張りながら、ソファーに脚を組んで座りこちらに視線を向ける人物に言う。
「色んな犯罪に手を染めるのね。一体どこから拝借してきたの?」
「バカ言うんじゃねぇ…」
「どこかに忍び込んで現役女子高生の制服を掻っ払ってきたんじゃないの?」
呆れたように小さく息を吐き、そんなわけねぇだろ…と呟いたリヴァイは立ち上がるとベッドを軋ませ
ユーリアの隣に腰かけた。彼女の頭を優しく撫でてから、髪の毛で三つの束を作り交差させ始める。
「本当なら高校に入学しているはずだ。お前は聡いからな。いいところに入っていただろう。いい成績を維持し、それなりの大学に入って、結構なところに就職する…。…まぁ、担当編集にはなってほしくないが…」
「………あ、ハンジから借りたのね!レベルの高い学校の制服なんだ!」
「何年前の代物かは考えてやるなよ」
「優しいのね」
「興味がねぇだけだ」
髪の毛を弄んでいた手は、彼女の首元にだらしなく垂れるネクタイを掴む。丁寧に結び直されたそれは本来あるべき姿で彼女の装束に締まりを与えた。
「苦しくねぇか」
「大丈夫」
「しかし早いもんだな。この間までランドセル背負ってやがったくせに…」
「…月日の流れは早いのよ、おじいちゃん」
「怒るぞ」
「怒るって何するの?」
「…お前がされたくねぇ事だ」
「………捨てるの?」
「あ?」
「あなたにされて嫌な事は一つよ。…あなたが私の傍を離れる事、あなたに突き放される事…。…お願いだから捨てないで…。私にはあなたしかいないから…」
「…そんな事ができると思うのか。…お前を失って正気を保てる自信が今の俺にはねぇぞ…」
「ふふ…でもそれいいかも」
「何?」
「私のせいでリヴァイが狂っちゃうの、…嬉しい」
「気が狂って喜ばれてもな…」
リヴァイの太腿に両手を乗せ顔を覗き込む
ユーリア。何が嬉しいのか微笑を絶やさない彼女と数秒間見つめ合い、頭を撫でてから夜空を映したような大きな瞳を手で覆い隠した。
「ん…?…あなたの顔が見えない」
「…見なくていい」
「どうして?」
「………」
「見たい」
「…どうして」
「あなただから」
「………何だ、そりゃあ…」
手探りでリヴァイへと手を伸ばす
ユーリア。肩に触れ、首、頬へと手を滑らせる。彼女の手の感触が心地良いのか、リヴァイのその穏やかな表情が鏡のような窓に映し出される。
「でもなんか…見えないっていいかも。今、全神経を使ってあなたを求めている気がする…」
「………」
「…?何か言って?不安になるわ…」
「いや、そういう事、どこで覚えてくんだと思ってな」
「え?」
「何でもねぇよ…」
光を取り戻した
ユーリアは、ふとその目に入ったテレビを見て口を開いた。
「…ねぇ、そう言えば…私の事、ニュースになったのかしら?小学生の女の子が誘拐された当時よ。普通にテレビを見ていたけど私のニュースを見た事がないわ。こんなに可愛い子が行方不明なのにおかしくない?」
「………まぁ、おかしいな」
「どういう事なのかしら」
「………捜索願だのを出さなかったのかも知れねぇ」
「えー?親が出さなくても学校側が何かするんじゃないの?」
「…こういう事はあるべきじゃねぇが、学校としても騒ぎにする利得がねぇ。保護者が黙ってるならもみ消す事は簡単だ」
「嫌な世の中ねぇ…」
おどけたように見せていた
ユーリアは、どこか寂しそうに眉を下げると独り言のように小さく呟いた。
「………やっぱり私は、いらない子だったんだ…」
それを聞き逃さなかったリヴァイは、眉間に皺を寄せてからそっと彼女の手を握った。
「………お前を必要としている奴ならここにいるが?」
少し驚いたように目を開いた
ユーリアは、嬉しそうにはにかみながらそっと手を握り返す。
「…うん、…私の居場所は、ここにしかないみたい…」
彼の胸に寄りかかり、耳を当てて鼓動の音を聞く。そんな彼女の髪を指で梳かす、その優しい手付きが
ユーリアはとても気に入っているらしい。
「あ…ねぇ、せっかく制服を着ているから、何か高校生らしい事をしたいわ」
「…例えば?」
「んー………思い付かない!」
「思い付いてから言え」
「………じゃあ逆に、高校生らしくない事…。教えてほしい事があるの…。あなたに教えてもらわないと、分からないから…」
握っていた手を口元に持っていくと、リヴァイの指にキスをした
ユーリア。
その様子を目を細めて見るリヴァイは彼女の次の行動を待っているようで、少し傾げるように首を動かした。
ユーリアはリヴァイの首に腕を回して抱き着いてから、耳に唇を当てた。
耳たぶを甘噛みされ、こそばゆさに顔を顰める。くすぐってぇ…というリヴァイの言葉に対する
ユーリアの返事は乱暴なものだった。
ガリッと嫌な音が響きそうな勢いで強く耳を噛まれ、痛みから先ほどよりも酷く顔を顰める。
「っ……痛ぇな…」
いたずらをやってのけた子供のように無邪気に笑い舌を出した
ユーリア。行動とは裏腹なそのあどけない顔に笑みを返す余裕はないらしい。リヴァイは少し手荒く
ユーリアの顎を掴み持ち上げると、その白い首筋に顔を埋め舌を這わした。
「仕返しだ…」
耳元で低く囁くと、そのすぐ下に唇を付け強く吸い上げた。
内出血を起こした白い肌を嘗め上げ、ざまあみろ…と呟く。
「…今 何をしたの?」
「…数日は消えねぇ呪いをかけた」
「呪い…?やり方を教えてほしいわ。私もあなたに呪いをかけたい」
「………」
ユーリアに首筋を見せるように顔を上げ、ここにしろと言わんばかりに自分の耳のすぐ下を人差し指でトントン、と叩いて見せた。素直にそこに顔を近付けた
ユーリアはリヴァイの指示を待つ。
「…”う”と発音しろ」
「う?」
「その口のまま、強く吸え」
「………んぅ、」
「…そうだ、その調子だ」
「っ………ん」
「………いいぞ」
「……………あ、ちょっと赤くなってる」
「初めてにしては上出来だ」
「褒められちゃった!」
付けたばかりのその痣に舌を這わす
ユーリアの後ろ髪を前に流し、露わになったうなじを指でなぞる。そのくすぐったさに小さく息を漏らした
ユーリアは、何を思ってか嘗めていたその場所に歯を立て噛み付いた。
「オイッ…だから痛ぇって言ってんだろ。噛むのはよせ」
「ごめんなさい…」
上目遣いに見つめて素直に謝った
ユーリアだが、その言葉に感情がこもっているようには思えなかった。
「でも…痛がってるあなたが可愛いの」
「可愛いだと…?どういう神経してやがる…」
「私にも痛い事していいわよ?あなたが私を好きだったら…きっとこの気持ちが分かるはずだから」
「ふざけんな。お前の泣き顔なんか見たら隈が増える。…俺はお前の嫌がる事はしねぇ」
「…嫌じゃないのに…。あなたがしてくれる事なら…何だって嬉しいわ」
「…やらねぇぞ。お前の体に傷を付けるような真似ができるか」
「痣は付けたじゃない。私が付けたのよりずっと濃いやつ…」
「印は別だ。時間が経てば消える」
「…やだ」
「あ?」
「消えないように…毎日して?」
「………馬鹿か、お前は…」
だからどこで覚えて来やがる…そう呟いてから唇を重ねた。深く味わうように角度を変えたそれは
ユーリアの余裕を奪うには十分だった。息が上がり目尻に涙が浮かんでいるにも関わらず、離れようとしたリヴァイを引き留めるように強く抱き着いた。
「やめないで…。もっと欲しい…あなたが…」
「……………煽るな」
「だって、愛してくれないから…」
「あ?」
「もっと深く……愛してほしい」
「…これ以上はないが」
「…え?」
「これ以上ないくらい愛してると言っている」
「でも………じゃあ、もっと………触って…?」
「………」
「…体も、愛して…」
首元を見せるように結んでもらったネクタイを緩めた
ユーリア。リヴァイは 一つ、二つと胸元のボタンを外していく彼女の手をそっと握り、唇を付けた。
「………お前今いくつだ?」
「16」
「………なら後2年だ。2年だけ待て。…18になったら、俺はお前を受け入れる…」
「…受け入れるのは私の方だけど…」
「そういう話じゃねぇよ」
彼の真面目な瞳に小さく息を吐いた
ユーリアは、力が抜けたように彼に寄りかかった。
「………犯罪者のくせに、真面目よねぇ…」
「うるせぇよ」
呆れたような彼女の言葉に、少し粗暴な返事を返した。
「怒らないで?」
「…怒ってねぇ」
「………あのね、…今まで何度かあなたの事、犯罪者って言ったけど…本当はそんな風に思ってないのよ?」
「犯罪者には違いねぇだろ」
「ううん…私にとってはヒーローよ。…暗闇から引きずり出してくれた。…ガラスの靴もないのに見つけ出してくれた王子様…」
「…高校生にまでなって何言ってんだ、恥ずかしい…」
「女はいくつになっても夢見る少女なのよ」
「そりゃめでてぇな」
「もう…」
不機嫌な態度を出した
ユーリアの膨らんだように見える頬に指を押し当て萎ませる。
「むくれるな」
「…機嫌直してちょうだい」
「俺にできるか?」
「あなたにしかできない」
「…何が望みだ」
「さっき言った事、もう一回言って」
「…さっき?俺は何を言った?」
「………」
不機嫌そうに視線を逸らした
ユーリアの頬に手を当て、耳元に顔を近付けたリヴァイ。そして愛してる…と呟いた。それを聞いた
ユーリアは嬉しそうにはにかみながらお礼の言葉を述べた。
「ありがとう、嬉しい…。……………誰にも、愛してるって言われた事なかった…。言ってくれたのも、言いたいと思ったのもあなたが初めてよ…。………リヴァイ…愛してるわ…」
どこか悲しそうにも見える
ユーリアの表情を、ゆっくりと瞬きをして見つめるリヴァイ。ふいに立ち上がると、膝を折り彼女の目の前に跪いた。そして、右手に作った握り拳を胸に当て、
ユーリアを真っ直ぐに見据えた。
「………?そのポーズ何?」
「………お前に心臓を捧げる」
「心臓…?…リヴァイは私の物って事?」
「…まぁ、そうだ」
「やった!…じゃあ、私も」
リヴァイの真似をして彼に向って心臓を捧げた
ユーリア。
「あなたに心臓を捧げるわ」
彼女の敬礼に違和感を感じたからか、自分に捧げると言った事が嬉しいのか…ふふ、と小さく笑ったリヴァイに、
ユーリアも満面の笑みを返した―。
《誘拐犯と高校生》
この身はあなたの、あなただけの為に―――。
Ende.