薄暗い森の奥に聳える古びたお城…そこにはゴーストが住み着いていて、あちらの世界へ誘われる──そんな言い伝えがあった。
「──また見ているの?リヴァイ」
月明かりだけが不気味に照らすバルコニー。彼の定位置からは”それ”がよく見えるらしい。
「…見ろハンジ。…
ユーリアが髪を梳かしている」
「いや見えるわけないよね。どれだけ隔たりがあると思ってるの?」
「お前は何の為にそれを掛けている?」
「メガネには数キロ離れた町の無数の建物の中の一部屋にいる個人を特定できるだけの優れた機能はついていないよ。まったく…覗きもほどほどにしておきなよ気持ち悪い」
彼とは違い人並みの視力を持っているハンジは見えるはずがないと分かりつつ町の方へと目をやった。
「
ユーリア……話せる機会があったらカーテンは常に閉めておいた方がいいと教える必要があるね。どこの変態が覗き見ているか分からない」
それは俺の事か?と不機嫌そうに言ったリヴァイに対して、ハンジは そう思ったならそうでしょう。と少し冷たい口調で答えた。
「いくら想っても…今度こそ本当に報われないよ」
先ほどよりも低い真面目な声で発せられたハンジの言葉に酷く顔を顰めたリヴァイ。その表情から読み取れる「そんな事は言われなくても分かっている」という心情は言葉の代わりに鋭い目線で彼女に注がれた。
「そんなに睨んだって仕方ないだろ。…
ユーリアは人間だ。…対して君はどうだ?…今の自分の姿を鏡で見た事はある?」
「……………映らねぇよ」
「………ああ、そうだったね。…青白い顔に、口を閉じていてもはみ出る鋭い牙があるよ。隈も酷い……いやそれは前にもあったかな。まぁとても…人には見えない。人前にも出られない。…そんな姿だ」
「………」
「私たちがこの森から出なくなったのは何故か?人に何と呼ばれ、どんな目で見られてきたか忘れたわけじゃないだろ?巨人に立ち向かったあの頃のように奪われた自由を取り戻す、なんて事はできない。私達の方が異質だからだ。恐れられて当然の存在なんだよ。…だから人とは関わるべきじゃない。そう結論を出したじゃないか」
ゆっくりと瞬きをした後に僅かに目を細めたリヴァイを見てハンジは小さく息を吐いた。
「どうしてだろうね。…エルヴィンもミケもナナバも、…みんな”こっち側”なのに、何で
ユーリアだけが”あっち側”なのかな」
「……………」
それ以降のハンジの言葉は、リヴァイが一切反応を示さなかった事により独り言として宙に消えた。彼女の話にも彼女がその場を離れる事にも興味がないらしい、リヴァイはただただ明かりの消えた遠くの一室をじっと見つめた──。
──物心付いた時から感じていた。私には特別な力があると。
こちらに石を投げてくる同い年くらいの子供達は、その直後に何かに躓き転んで酷い怪我を負っていた。
髪を引っ張っていじめてきた隣のお姉さんは何故か急に精神に異常を来したようで家族と共に引っ越していった。
いつからか私を娘ではなく一人の女として見てくるようになった義父は不幸が続いて他界した。
しつこく言い寄って来ていた人達はいつの間にか町からいなくなっていた。
嫌だなって少しでも思うと、それをしてきた人物に何かしらの不幸が降りかかる。…物心が付いてから今日に至るまで、それは必ず起こっていた。最初こそ気にも留めなかったけど…最近は確信している。
…だから今も、どこかで大丈夫だと思っている…。体を拘束されて身動きがとれず、視覚の自由も奪われているけれど………何となく、無傷で帰れると思う…。ただ一つ不安があるとすれば…私を攫った連中の話から察するにここが森の中だという事…。森には近寄ってはいけないと昔から言われていたから……。何があるのかは分からないけど、知らないからこそ恐怖が生まれるわ。…そういえば輩はどうしたのかしら…。見張りだった一人の男が情けない声を上げてどこかに走って行ったようだったけど…一体何が起こったの?…何か…いたのかな………。
…、…木の葉を踏む音が聞こえる…。誰かが近寄ってきている…?…森の動物…熊だったら食べられてしまう……それか魔物?伝承のゴーストかしら?…どうしよう………怖い………。
「……………」
………目の前に立っている…?人の気配みたいなものは感じないけど…。…息遣いも聞こえないから動物ではないわね。食べられる危険は消えたわ。じゃあ…何だろう。
「………誰か…いるの?」
「……………」
「……………腕を縛っている縄を解いてほしいわ。…お願い」
少しの沈黙の後、急に縄が外された。触られた感覚も刃物で切るような感覚もなかった…どうやって外してくれたのかしら…?
「あ…ありがとう」
「………ああ」
目隠しを取ろうとした時に聞こえた短い返事に思わず手を止めた。その声はどこかで聞いた事があるような気がして…言葉にはできない、懐かしい感じがした。
「あなたは…どうして、この森に…?」
「………さぁな」
目隠しを外して辺りを見回す。…でも人らしい影はなかった。…どこに行ってしまったのかしら?来る時は木の葉を踏んでいたのに…帰りは音を立てないのね。…不思議な人…。
「明日…今と同じ時間にここへ来るわ!助けてもらったみたいだから…お礼がしたいの!…待ってるから…!」
まだそう遠くへは行っていないはずだから、大きめの声でそう言って立ち上がった。…どうしてかは分からないけど…町への帰り道が何となく分かって、森の中から迷わずに帰る事ができた。
………この時の私は、目には見えない彼が家の前まで送ってくれた事に気付く事はなかった──。
──翌日、同じ時間にそこを訪れた。一番得意なお菓子を作って持ってきたけど、…人がいる気配は全くないわ…。
「………ねぇ…?いないの…?…おーいっ!」
しばらくの沈黙の後、昨日と同じように木の葉を踏む音が耳に入りその方へ目をやった。…血の気が引く感覚ってこういう感じかしら…。…大きくて黒い影が近付いてくる………どうしよう、…熊の退治方法なんて分からない………っ。
やっぱり一人で森に入るのは危険だったみたいね…猟銃も持っていないし…。私、生きたまま食べられて死んじゃうのかな…。短い人生だったわ…。強く目を閉じてその時を待つ。
………でも、いくら待っても襲われる事はなかった。…恐る恐る目を開けると、さっき見た位置から動いていない熊が、まるで何かを警戒するようにじっと構えていた。しばらく様子を見ていると、私にお尻を向けて走り去って行った。…よく分からないけど助かったみたい…よかった………。
ほっとしたのもつかの間で、今度はひどい寒気に襲われた。…でも、不思議と嫌な感覚はしないわ。…何なのかしら…?…後ろに、…何かいる………?
「………誰か…、いる?」
「……………」
「………昨日の人………?」
「……………だったらどうする」
「っ…」
思ったよりも近いところから聞こえた声に寒気が増した。…でも、やっぱりその声はどこかで聞いた事がある気がして…、寒気がするのにどこか温かいような…変な感じ…。
「…もしかして今、熊を追い払ってくれた?」
「……………」
「……………ありがとう」
「……………何も言ってねぇぞ」
「ん…でも、何となくそんな気がして…」
「………」
どうしてだろう…?何となく分かるのは…。
「あのね…クッキーを焼いてきたの。紅茶味よ。………紅茶は好き…?」
「……………ああ」
「ならよかった!」
すぐ後ろに立っている気はするけど、恥ずかしがりやの彼はきっとまた音も立てずに去ってしまう…そう思うと振り返れないわ。…体の向きは変えずにお菓子の袋を後ろに回してみた。
「……………どうぞ!」
「……………」
少しの沈黙の後、ふわっと私の手から袋が消えていった。受け取ってくれたみたいね。よかった!
「ねぇ、あなたのお名前を教えて?」
「………」
「あ、私は
ユーリアよ!」
「……………リヴァイ」
「…リヴァイ、」
…不思議と…懐かしいような感じがする。何だろう…声も名前も聞いた事があるような気がするのは…、どうしてかな…。
「
ユーリア………」
「え…?」
「お前は変わらねぇな。………相も変わらず、………変わっている」
…それはつまり、変わっているのか変わっていないのか…どっちなんだろう…?
「それって、良いの?…悪いの?」
「……………悪くねぇ」
悪くない………って事は、良いって事ね!でも何でだろう?今の悪くないは…とーっても良い!に匹敵する気がする!
「素性どころか顔も知れねぇ野郎とよく話をしようと思うもんだ。…尊敬するぜ」
「嫌味を言われている…」
「嫌味?褒め言葉だったんだが」
「褒めるの下手ね。モテないでしょ?」
「ほっとけ。…モテたことくらい……ある」
「ふーん」
「ふーんって何だ。…ったく、急激に興味が失せる癖も健在らしいな」
「そんな事より、紅茶の他には何が好きなの?お礼を渡しに来たのにまた助けてもらっちゃったから…また明日、お菓子を作ってくるわ!」
「……………、」
「何でも作れるわよ!けっこう美味しいんだから!」
「………何でもいい。…作りたいものを作れ」
「んー……考えておくわ」
「ああ。………もうじき日が暮れる。今日は帰れ」
「そうね……それじゃあ、また明日!」
「……………」
薄暗い森の奥に聳える古びたお城…そこにはゴーストが住み着いていて、あちらの世界へ誘われる──そんな言い伝えから森には立ち入る事はもちろん、近寄ってもいけないと言われて育ったはずなのに………あれから毎日通っている。…私のくだらない話にも飽きずに付き合ってくれる、顔も知らない彼に会いに………。
何回か会ううちに確信した……最初から薄々感じてはいたけど、やっぱり彼は…この世の者ではないと…。それでも一緒にいるのは楽しくて…妙な居心地の良さみたいなものがあって…、…明日は何を作って行こうか。何を話そうか。こんな冗談を言ったら、どんな反応をするだろう?なんて…いつの間にか…彼の事ばかりを考えるようになっていた…。
「──
ユーリア…」
今日も彼と、………多分、背中合わせに座っているのかな…?温もりも気配も感じないけど…何となくそんな気がする。…何も特別な事はせず、ただ…座って話をするだけ。それだけの事が…どうしてこんなに………、
「…
ユーリア、」
「ふふっ、あなたって私の名前を呼ぶのが好きね?必要以上に呼ばれている気がする」
「……………」
「あ、嫌なわけじゃないから勘違いしないでね?…あなたの言葉を借りるなら、悪くねぇ!…だから気にしないで、…もっと呼んで?」
「……………お前はあまり…呼ばねぇな」
「え?そうかしら…?」
「……………」
「………リヴァイ?」
「……………」
「…ねぇ、…リヴァイ」
「……………」
「もう!何回呼べばいいの?」
「そう怒るな。…あと一回だ」
「………リヴァイ、」
「…なんだ」
「………呼んだだけっ」
「………
ユーリア」
「ん?」
「………呼んだだけだ」
…こうしてよく私の真似をするところが…、ちょっとだけ可愛い。
リヴァイは…どんな姿をしているんだろう?いつもどんな顔で私の話を聞いているんだろう…。
「…わっ!」
突然降ってきた花弁の雨に驚いて声を上げてしまった。受け皿代わりの掌に淡い桃色の綺麗な花弁が積み重なる。
「まぁ…綺麗ね!わざわざ花弁をかき集めてきたの?」
「お前のアホ面が拝めた。…集めた甲斐があったな」
「アホ面って、ひどいわ!」
「ふっ…」
あ……笑ってる…?………私の顔を見たって言ったけど、私には彼の姿は見えないわ。…どんなふうに笑っているのか見たいのに………。
「ねぇ…、リヴァイ………、」
─────
「…リヴァイ、」
今日も変わらず定位置から町の明かりを眺めているリヴァイの名前を、ハンジは少し低い声で呼んだ。
「毎日会って話をしているくせに、覗きの趣味をやめる気はないんだね」
その言葉に不機嫌そうな表情を作ると用件は何か尋ねたリヴァイ。バルコニーの柵に背を預けるようにして立ったハンジは目線を動かす気配がない…遠くの彼女を見る事に忙しそうなリヴァイを眉を顰めて見遣った。
「彼女と会うようになってどれくらいが経った?…ひと月くらいかな?」
「………だったら何だ」
「まさか触れたりなんてしていないよね?」
「……………」
「ゴーストと呼ばれる私達が人間に触ったら、その人はどうなるか…分かってる?こっちの世界に引きずり込むつもり?」
「……………指一本触れてねぇ」
「ならいいけど…。…リヴァイ、あなたが
ユーリアを大切に思っている事は知っているよ。…昔からそうだ。彼女の幸せを一番に願っているだろ?」
「……………」
微動だにせず遠くを眺め続けているリヴァイを見て、眼鏡のレンズに小さな町の明かりを映したハンジは険しい顔つきで続ける。
「あなたになら見えるでしょう。猟師すら立ち入らない森に入って独りごちる少女が、周りの人にどんな目で見られているか…」
「……………」
「気狂いだと蔑む人ひとり一人に罰を当てていけばあの町から人がいなくなる。それもいつしか
ユーリアのせいになるだろう。もうすでに彼女に関わると不幸が起こるなんて噂してる人もいる。…あの子が大切なら、本当にあの子を想っているなら、もう関わるのはよした方がいい」
僅かに瞳を揺らしたリヴァイはゆっくりと目を閉じると、顔を顰めて俯いた。会いたいから会う。…それが許される関係ではない事を頭では理解していたらしい。それでも毎日約束の場所へと通うのは、感情を抑えられないという人間らしさが働いているのかもしれない。人間とは程遠い姿をしているにも関わらず、人間よりも人間らしい。…ハンジはどこか辛そうな表情を眼鏡を押し上げる仕草で隠した。
「焦がれ続けた彼女と少しの間でも近付けた…本来あり得ない事だ。その奇跡に感謝して、終わりにしよう」
「………何がどうなるわけじゃねぇ……そんな事は分かっている。…ただ、…話ができればそれでよかった。…あいつの声で…あいつのくだらねぇ話が聞ければ…それで…」
『ねぇ…、リヴァイ………、姿を見せて…?………顔が見たい』
「…顔が見たいと言われた。…だが、何も答えなかった。…姿も出さなかった。…お前の言葉が過ぎったからだ。これまで人に何と呼ばれ、どんな目で見られてきたか………こんな森の奥深くに追いやられた理由も忘れちゃいねぇさ。…だから、…こんな姿を見せるわけにはいかねぇ…。…気味悪がられて、嫌われる事くらい…目に見えているからな…」
「…世界は残酷だね。…いつだって私達にだけ手厳しい…」
「……………会えば会うほど欲が出る。…それも分かっている」
「…ああ」
昼間でも薄暗く気味の悪い森の中。リヴァイの目に濁って見えていた景色は、彼女一人いるだけで嘘のように晴れて映っていた。彼女の存在がどれだけ心を穏やかにしたか、…遠くから恋焦がれるだけだった彼女に名前を呼ばれ、話をした…幸福に満ちた時間に自ら終止符を打つ覚悟を決めるには少しばかり時間が必要だった──。
「リヴァーイ?………ねぇ、…おーい?」
毎日決まった時間に訪れては日が暮れるまで話をする。リヴァイにとって楽しみな日課だったそれは、彼女にとってもそうだったらしい。彼が反応を見せなくなって数日が経っても彼女は一人、時間が許す限り彼を待っていた。
反応を見せなければ来ることもなくなる。…早く、こんな森などに足を運ぶ事をやめるよう…、…自分の名前を呼んで待つ事をやめるように願いながら、リヴァイは今日もいつもの定位置から彼女の様子を窺っていた。
「………リヴァイ………、………今日は…りんごのパイを作ってきたの。…あなた、きっと好きよ…」
飽きずに毎日いない者に語りかける彼女を見る彼の顔には心苦しさが表れていた。日に日に元気がなくなっていく彼女の姿に胸が抉れるような痛みに襲われる。
「今日はドーナツよ…。…ドーナツってどうして穴が空いているんだろう?真ん中だけを目に見えない誰かが食べてしまっているのかしら………なんて…。………ねぇ…リヴァイ、………あなただけなのよ…くだらない冗談に付き合ってくれるのは………私の話を聞いてくれるのは………もう…あなただけなの………。お願い、リヴァイ…あなたの声が聞きたい…。………名前を呼んでほしい………」
彼女の様子を遠くから見つめていたリヴァイは、彼女の頬に雫が伝ったのを見て目を見開いた。眉を顰めて一瞬顔を背けると、何を思うのか強く目を閉じた。…小さく舌打ちをして駆け出した彼を、陰から見ていたハンジは呆れたように溜息を吐いて見送った──。
「っ………」
やだわ……何これ…。…ここ数年、泣いた事なんてなかったのに………。
顔を覆ってしゃがみ込んだその時……あの感覚を覚えた。…彼がいるような…、不思議な感覚…。
「………俺ごときに会えないくらいで…泣いてんじゃねぇ」
「え………」
聞きたかった声が頭の上から聞こえた…。…目の前に…立っている…。初めてそうはっきり分かった。…だって、私の目には見た事のない靴が映り込んでいるから。………姿を見せなかった彼がそこにいる…。…見たかった顔が…、…見れる………?
俯いたままゆっくりと立ち上がる。…やっぱり、確かに…目の前にいる…。…住む世界が違う彼の姿を見る事に恐怖を感じるにはあまりにも慣れ過ぎていた。…来てくれた事が嬉しくて…、…姿を見せてくれる事が嬉しくて…、…何も考えずに顔を上げた。
「……………、」
映り込んだのは明らかに人間とは違う姿。…きっと、彼の人となりを知らない人が見たら悲鳴を上げるでしょうね。…でも私には…、…細められたその目がとても優しく見える…。
「………リヴァイ…」
「……………」
優しい目…でもどうして、…悲しそうな顔をしているのかしら…。
「…見えるか。これがお前が見たいと言った姿だ。………人は何と呼ぶ?………化け物、だろ」
化け物…ゴースト…、…この世の者ではない何か…。確かにそう呼んで恐れている。でも………、
「人は臆病な生き物だから…、知らないものを恐れるの。………でも私はリヴァイを知っている。知っているものを恐れたりはしないわ。…化け物ではない。あなたにはリヴァイという立派な名前があるのだから」
目を見開いている…。何か驚かすような事を言ってしまったかしら…?
「お前は本当に……相変わらず変わっている…」
「変わらないけど変わっている…?あなたの言う事は時々難しい」
「何も難しくねぇよ。…変人だって事だ」
「それってダメなの?」
「そんなわけねぇだろ……悪くねぇ。………お前が変わり者でよかったよ」
あ…嬉しそう…。…この声色の時は、こんな顔をしていたんだ…。
…きっと心臓は動いていない。…顔色から察するに血が通っているようにも思えない…。…そんな彼にも触れれば少しは体温があるのか…確かめてみたくなった…。…そっと頬に手を伸ばしてみる。…でも、触れさせてはくれないみたい…距離をとられてしまった…。
仲良くなったと思ったら急に避けて……やっと姿を見せてくれたと思ったら今度はこうして距離をとる………この人はどうして、私にこんなに寂しい思いをさせるんだろう………。
「………オイ、…泣くな。この世の者じゃねぇ…化け物に触ればどうなるか…、…言い伝えではどうなっている?」
「……………分からないわ…。ただ、あちらの世界に誘われる…とはよく言われた…」
「…そうだ。………お前を死なせるわけにはいかねぇ」
「たった一人で孤独に生きるのは…私にとっては死んでいる事と変わらないわ………」
「………」
「あなたなんでしょう?子供の頃からずっと…守っていてくれたのは………。ありがとう…。………でもね、そのおかげで…周りから人がいなくなったわ………」
「……………、」
「……………言ったじゃない…私の話を聞いてくれるのは、もう…あなたしかいないって………」
だけど、それでいいの…。あなたさえいれば…、………あとは何もいらない………。
「だから………連れてって…?………傍にいたい………」
一歩踏み出して彼の胸に手を当てた。…やっぱり、心臓は動いていないみたい…。頬に伸ばした手を、冷たい彼の手に握られる。………触れられたところが……人の肌の色を失っていく………。
「………っ、………まだ、間に合う。………帰るなら、今のうちだ………」
…握った手に力が込められた。…少しだけ、痛いわ………。こんなに強く握っているなら…帰らせる気なんてないじゃない………。
首を横に振って彼の瞳を見つめた。目を細めた彼に髪を撫でられる。…強く腰を引かれ、抱き寄せられた………。体が…変な感じ………、
「リヴァイ………」
「………
ユーリア、」
後悔は…?という問いに、しないと答えた…その瞬間、唇を塞がれた。
………彼の熱を感じたのは…きっと、彼と同じ存在になったから………。住む世界が同じなら温もりも感じられる…。これ以上の幸福は今の私にはない。…後悔する事なんて、あり得ないわ………。
《Kuss von Fluch》
呪いのキスだと人は言うでしょう。でも、私にとっては───………。
Ende.