ユーリアさんは聡明な人だ。
読書家で好奇心が旺盛で、色々な事を知っている。一般教養として必要な知識はもちろん、一部の専門的な事にも詳しい。
とても…地下街の出身だとは思えない。オレの地下街へのイメージに偏見があるだけかも知れないけど…。
最近オレはそんな
ユーリアさんに勉強を教えてもらっている。主に、計算と医学…人体に関する事。
兵長の仕事が終わるまでの間だけという約束で、オレは
ユーリアさんの部屋に入る事を許された。
最近はそれが…むしろ、それだけが楽しみで日々の訓練や実験に耐えているようなもんだ。…もうガキじゃねぇけど…、頭を撫でて褒めてくれるのは
ユーリアさんくらいなもんで…そうされるのはやっぱ嫌な気分にはならない。
「この間教えた事をしっかり覚えていたのね。偉いわ」
「
ユーリアさんの教え方がすごく分かりやすいので…」
煽てるわけじゃなくて、本心からそう思っている。…
ユーリアさんにもそれは伝わっているようで、優しく微笑んで頭を撫でてくれた。…照れくさいけど…やっぱ嬉しい。
「じゃあ今日はここからね」
「はい。よろしくお願いします」
普段から
ユーリアさんは人との距離が近く、接触も多い人だ。二人きりで部屋にいてもそれは変わらない。すぐ傍に
ユーリアさんの体温を感じる。…というか、互いの肩が触れ合っている…。前に照れくさくなって距離を置いたら「嫌だった?ごめんなさい…」ってすげーしょんぼりされた事があった。多分、
ユーリアさんを傷付けたと思う…。申し訳なくて、それからはなるべくオレも距離を詰めるようにしてる。嫌じゃないって事を行動で示す為だ。…兵長に見つかったら睨まれるけど、
ユーリアさんを傷付けるよりはマシだ。
…しかし何だってこの人はこんなに距離が近いんだ?他の人にもやってんのかな。………。
「それで、ここがこうなってね…」
声が心地良いんだよなぁ。
ぼーっと
ユーリアさんの横顔を眺める。
まつ毛なげぇ。………あ、ほっぺにまつ毛ついてんな。
「エレン…?どうかした?」
「あ…すみません」
「疲れてしまった?少し休憩しましょうか」
「いや大丈夫です。…あの、
ユーリアさん」
「ん?」
「頬にまつ毛がついてますよ」
「え?どこ…?」
「逆です」
「こっち?」
「もう少し上…」
「とれた?」
「…まだです」
「…とって?」
「え…」
ユーリアさんは目を閉じてオレに顔を向けた。こんな無防備な顔さらしていいのか…?こりゃ兵長も心配になるよな…。
うわぁ…ちっか。…綺麗な顔…じゃなくて、え…触っていいの…?気が引ける…。
「エレン、まだ?」
「あ、すみません…」
考えてても仕方ない。
オレは
ユーリアさんの頬に乗ったそれをそっとはらった。
「とれましたよ」
「ありがとう」
にっこり笑った
ユーリアさんは机に向き直った。オレも、今度は真面目に話を聞こう。
ユーリアさんに申し訳ないからな。
「そろそろリヴァイにお茶を淹れてくるわね」
「あ…はい」
数十分後、
ユーリアさんはそう言って立ち上がろうとした。でも、近すぎた椅子の脚が引っかかり体勢を崩す。
「…っ!」
「!」
思わず抱き留めた…はず。多分、オレは今…
ユーリアさんの体を支えている…。でも…目の前には近すぎてよく分からない人の顔らしきものがあって…、口に何か…柔らかくて温かいものが当たっている…。
…状況が、よく分からない。
それは
ユーリアさんも同じなようで、オレの肩に手を置いたまま固まっている。
数秒後、びくっと一度体を震わせた
ユーリアさんが体勢を整えオレから離れる。
口の感触が消え、目を見開いた
ユーリアさんの顔が見えた。
「ぁ…っ…ご、ごめ…」
ユーリアさんは自分の口を手で抑えながら目を潤ませている。
…なんだ……口と口が、ぶつかったのか…?
「…、…大丈夫ですか
ユーリアさん!怪我は!?」
「ぇ…」
「体勢崩しましたよね?足とか挫いてませんか!?」
「へ…平気よ…」
怪我がなくてよかった…そう呟いたオレを
ユーリアさんはじっと見据えた。その顔は少し赤い気がする。
抱き留めた時に
ユーリアさんの腰に回した手。
ユーリアさんはオレのその手に自分の手を重ねて「ありがとう」と言って離すよう促した。
オレから完全に離れた
ユーリアさんは俯いて呟く。
「ごめんなさい…エレン。わざとじゃないとはいえ…あなたに…、キスをしてしまったわ…」
「キス…?」
「もしかして…初めてだった……?」
あぁ…さっきのって、そうか…。
「はい」
「…ごめんね…」
申し訳なさそうにそう言う
ユーリアさん。
「気にしないでください。ただ口と口がぶつかっただけじゃないですか」
「え?」
柔らかくてあったかくて…全然嫌な気はしなかった。むしろ…ふわっと
ユーリアさんの匂いに包まれた気がして………、
「気持ちよかったです」
「え!?」
「柔らかくて…いい匂いしました」
「や…やめてちょうだい。恥ずかしいわ…」
「あ…すみません。オレ、こういうの良く分かんなくて…同期の奴らにも馬鹿にされてたんですよ。…でも、あなたが近すぎて照れくさかったですけど…嫌じゃなかったです」
「………。…あの…、でもね、こういう事は本当に好きな人としかしちゃダメよ。嫌じゃないからって誰とでもしてはいけないわ」
「しませんよ。
ユーリアさん以外は嫌ですから」
「ぇ………」
ユーリアさんはまた口を抑えて俯いてしまった。…可愛い、なんて…年上の人に失礼な事を思いながらふと扉の方を向いた。
オレは思わず目を見開いて息を飲む。そこにはいつからいたのか…兵長が、今までに見た事のないくらい怖い顔して立っていた。多分今なら…目だけで人を殺せる…。
「へ……兵………長…ッ?何…してるんで…すか………?」
「……………」
《お前の口を削ぐ正当な理由を模索している》
Ende.