〔旧調査兵団本部〕
「オイ…エレン。馬小屋の掃除に何時間かけてやがる」
「す、すみません…」
体調が優れない…なんて、兵長に言っても自己管理もできねぇのかって怒られるだけだ。
この時期の調整日、大方の団員は帰省している。リヴァイ班の先輩方も例外ではなく、この古城にはオレと兵長のみが残されていた。
「あの…」
「何だ」
「兵長は…帰省されないんですか?」
「………」
…しまった。まずい事を聞いた。
兵長は元々都の地下街にいたって前にペトラさんが言ってたっけ。そもそも帰省できる場所なんかないのかもしれない。…オレだってそうじゃないか。
「す、すみません。余計な事を…」
「こんな状況じゃなきゃ、俺にだって寄りたいところの一つくらいある」
「え…」
こんな状況って…。
…オレの監視…か。
「…すみません…」
「無駄口を叩く暇があるなら手を動かせ」
「はい…」
兵長と二人…。気まずい空気の中、掃除を再開した。
…数分後、聞きなれない声が耳に入った。
「リヴァーイ!」
「!」
「…?」
「
ユーリア……」
ユーリアと呼ばれた女性は親しげに兵長に近寄り、ごく自然に兵長の肩に触れた。
あの兵長に触れる人にも驚いたが、触れさせる兵長にも…正直驚いている。
「どうした?留守番に飽きたか」
「帰って来られないって手紙が来たから会いに来たのよ。声が聴きたくて」
「声だけか?」
「もちろん顔も見たかった。元気そうでよかったわ」
「…お前もな」
「!?…」
眉間に皺が寄っていないどころか、こんな穏やかな表情の兵長…、初めて見た……。そうか…。知らなかった。兵長は……、
「あ、あの…!リヴァイ兵長に世話になってます!エレン・イェーガーです!お、奥様…ですね?兵長にはいつも…ッ」
「えっ奥様?」
「チッ……」
「あ、えっと…」
「ふふっ…違うわよ」
「え!?」
「私は
ユーリア・
シュヴァーン。リヴァイとはお友達よ。ね?」
「…さぁな」
と…友達…?…いや、兵長の態度からしてそれは考えにくい。…恋人ってやつか…。
「貴方がエレンね。リヴァイから聞いてるわ。といっても、手紙でだけど」
「はぁ…」
兵長が手紙?そんなマメな人だったのか…。
さっきの話で寄りたいところがあるって言ってたけど、この人のところだったんだな…。
なんか、今日だけで兵長の意外な面をたくさん見た気がする…。
「
ユーリア、用件は何だ?俺に会いに来ただけなら今日は帰れ」
「今来たばっかりじゃない…」
「もうじき日が暮れる。暗くなっちまったら危ねぇだろうが。俺は送ってやれねぇからな…」
「でも…ご飯を作りたいわ。貴方の好きなポトフよ」
「…別に好きじゃねぇが」
「え?昔からこればかりリクエストしてたじゃない」
「…料理の名前なんざ知らねぇからな」
「知ってる料理名を言ってただけって事?なんだ…頑張って色々改良してきたのに…」
「まぁ…あれだ。…お前の作るもんなら、何だっていい」
「そうよね。お腹が満たされれば何だっていいわよね」
「そうじゃねぇよ…」
「………」
「オイ…、
ユーリア…」
「………ふふ、分かってるわ。ちょっと意地悪言ってみただけよ」
「…やめろ。隈が増える」
…これが恋人同士の会話ってやつか…。
兵長…楽しそうだな。無表情だけど…オレでも何となく分かる。
でも隈が増えるってどういう意味だ?眠れないって事か?
ユーリアさんが怒ると眠れなくなる…?何でだ…。
「ところでエレン」
「はい!?」
「体調が優れないんじゃない?」
「え…!?」
「顔色が良くないわ…」
そう言って
ユーリアさんはオレの額に手を当ててきた。反射的に目を閉じる。この人の手、冷たくて気持ちいい…。そう思った瞬間手が離れていった。
「お前はすぐ人に触れる癖を直せ」
「え?そんな癖ないわよ…」
兵長が
ユーリアさんの手を掴んだまま窘めている。もしかしてこれが嫉妬ってやつなんじゃないか?兵長にもそんな事ってあるんだな…。
「エレンよ。クソでも我慢してやがるのか」
「え…?いえ…」
「てめぇの体調も管理できねぇようじゃ困るんだがな」
「すみません…」
「リヴァイ。具合の悪い子を叱っても仕方ないわ。なりたくてなったわけじゃないんだから、もっと優しい言葉をかけてあげて」
「バカ言え。俺はいつだってけっこう優しい。なぁ、エレン」
「はは…。そう…ですね………」
「言わせてる感が否めない」
「そんな事はない」
「もういいわ。ねぇエレン。無理をしてはいけないわ。もう休んで。あとの掃除はリヴァイがやるから」
「オイ」
「でも…」
「いいのいいの。子供は大人の言う事を聞くべきよ」
「はぁ…」
「さぁ部屋に行って」
兵長に目を向けると、さっさと行けと言わんばかりに古城の入口を顎で指していた。
「じゃあ…すみませんが、少し休みます」
「ええ、お大事に」
「はい、ありがとうございます」
少し歩いてから振り返って見ると、二人で掃除を始めていた。
兵長はやっぱどこか楽しそうで、…オレはもっと早く自分から気を回すべきだったと反省した…。
《意外な多面》
Ende.