旧調査兵団本部―――、
ユーリアさんが果物を持って訪れた。
その持ってきた果物でお菓子を作ってくれると言うので、オレとペトラさんも手伝う事に。
「ねぇ、ペトラは好きな人いないの?」
「はいっ!?」
ユーリアさんの急な質問に驚いたのか、ペトラさんは持っていたリンゴを流しに落としてしまった。
「い、いえっ…私は、そういう人は…っ」
女はこういう話が好きらしい。訓練兵時代、同期の奴らもたまにしてたもんな。
「そうなの?いい人いないの?」
「まぁ…こんな状況ですし…。自分の幸せを考えている余裕はあまり…」
「それはいけないわ…。…ねぇ、リヴァイはどうかしら?」
「はっ、はい!?」
「口と目付きは悪いけど根はいい人だから…そういう対象にならない?彼が恋とかできるのか疑問だけど…」
ユーリアさん…自分の恋人推してどうするんですか…。
疑問に思わないであげてくださいよ…兵長けっこう分かりやすいですよ…。こんな事言ってるのを兵長が知ったらどうなるんだろう。怒る?いや…悲しむ?…兵長がこんな事で?想像できねぇ。
「とんでもないです!兵長をそんな対象に見るなんておこがましいといいますか…っ。尊敬する兵長に邪まな感情は抱けません!」
「やっぱりたっぱがないから?」
「そんな話はしてないです!」
たっぱ…って身長のことか?
ユーリアさんってたまに変わった言い回しするよな…。兵長の影響か…?
「本人も気にしているところだから、そこは触れないであげて…」
いや言い出したの
ユーリアさんじゃないですか。
…ってペトラさんも言いたげな顔してる。
「…そもそも、兵長には
ユーリアさんがいるじゃないですか」
「私?」
「否定されてますけど…お二人の関係は見ていれば分かりますよ。…兵長は、
ユーリアさんのことを…」
「オイ」
ペトラさんの言葉を遮ったのは、低く威圧感のある声。
調理場の入口には私服姿の兵長が。今日は非番に合わせて
ユーリアさんが来るように調整したんだな。
ユーリアさんがここにいるから暇…なのか?様子を見に来たらしい…。
「へっ兵長!お疲れ様です!」
「お疲れ様です」
「ああ」
「あらリヴァイ、お手伝いしに来てくれたの?」
「俺に手伝わせたい事があるのか」
「あなたじゃなければダメって事はない」
「…なら、やらねぇ」
「…あ、リヴァイに皮を剥いてもらいたそうな顔をしているリンゴを発見!」
「ほう……リンゴに顔があるのか」
「傍に来て見てみる?」
「どれ……」
ユーリアさんの隣にいたペトラさんはオレの隣へ移動した。作業台を挟んで向かいにいる兵長と
ユーリアさんを、何となく気まずい空気で控えめに見る。兵長が来たことでオレとペトラさんには妙な緊張感が走るが、
ユーリアさんは変わらず楽しそうに笑っている。
「…ペトラ」
「はい!」
「ずいぶん面白そうな話をしてたじゃねぇか。後で詳しく聞かせてもらおうか」
兵長の言葉を聞いたペトラさんがオレに目を向けた。その目はどうしよう…と言っているように見える。
さっき、兵長は
ユーリアさんのことを好きですよ。…って言いかけたんだろうな。兵長はそれを察して遮った。…
ユーリアさんに気持ちを知られたくなかったわけだ…。
「え?何の話?私にも教えて」
のんきな事を…って思うけど仕方がない。何の事か分かってないのは
ユーリアさんだけだもんな。
「お前には関係ねぇよ」
ユーリアさんにしか関係ない事です。
「仲間外れにするならリヴァイの恥ずかしい事いっぱい喋っちゃうわよ」
「やめろ…」
兵長の恥ずかしい事?…気になる…。
「リヴァイったらこの間スカーフを間違えて…」
「やめろと言っている」
「じゃあ何の話か教えて!」
「………」
恥ずかしい話を暴露されるか告白するかの二択を迫られている…。可哀想…。兵長…顔怖ぇ…っ。
オレとペトラさんはとにかく苦笑いするしかなかった―…。
―いつの間にか天気は荒れ、外は嵐になっていた。
大荒れの中帰らせるわけにはいかないと、
ユーリアさんには古城に泊まってもらうことになった。
リヴァイ班の皆さんが食堂に集まったところで、
ユーリアさんに作ってもらった夕飯を配る。
こんな沢山作る事ってないから、分量が分からなかったわ。味がおかしかったらごめんね。
そう言っていたけど、すげー美味い。兵長は食いたい時にこんな飯が食えるんだと思うと羨ましい。
ユーリアさん一人いるだけで先輩方の雰囲気も違う気がする。兵長の顔も比較的穏やかだ。
「…じゃあリヴァイ兵長、すべらない話をどうぞ!」
「あ…?」
他愛ない話をしていると、突然
ユーリアさんがそう言った。何だその無茶ぶり…唐突過ぎる…!
兵長は眉間に皺を寄せて
ユーリアさんを見ている。それに満面の笑みを返す
ユーリアさん。先輩方は緊張か焦りか分からない複雑な顔だ…。
兵長は小さく息を吐くと語り始めた…。
「…あれは去年の冬だ」
先輩方の、話してくれるんだ…!?って心の声が聞こえて来そう。まぁオレも驚いてるけど。兵長にすべらない話のネタがあるなんて…。
「地面に氷が張っていやがった。気付かずに歩いたら当然滑ってこけそうになるわけだが…まぁ、無事だったって話だ」
………ま、紛うことなきすべらない話…。いや、滑らなかった話…!
「それは…滑らない話っすね!」
「さすがです兵長!」
「異議あり!」
異議?
おおーと小さく拍手をする先輩方を抑え、
ユーリアさんが挙手をした。
「その後滑った私に手を伸ばして一緒に転んだわ!」
「俺が滑らなかった事に変わりはねぇぞ。大体足場の悪いところで二人分の体重を支えられるか」
「リヴァイなのに!」
「お前の中のリヴァイは何者だ」
「超人」
「買い被りすぎだ」
「…待って。支えられないくらい…私の体重が重いって言ってる?遠回しに太ってるって言ってる…?」
「はぁ…?」
ユーリアさんって太ってるのか?全然そんな風には見えないけど…。
先輩方が下を向いて小声で「謝ってください」「謝ってください兵長…」って言ってるのが聞こえる…。
よく分かんねぇけど、オレも謝った方がいいと思う。
兵長は小さく舌打ちをすると、
「少しくらい肥えてる方がいいと、前にも言ったはずだ」
と言った。
いやそれ太ってるって認めてるようなもんじゃないですか!大丈夫なのか?
「…あなたはどんな私だって大好きだもんね」
「………。………当然だ」
「え?冗談なんだけど…」
「……………」
リヴァイ兵長渾身のデレが…正直な気持ちが…、「冗談」の一言に蹴散らされてしまった…。こんな状況で顔を上げられるわけがねぇ…。誰か…先輩、エルドさん…助けてくださいよ…!目配せをするが首を横に振られてしまった。気まず過ぎる…。
「あ、そうだわ。食後のデザートを作ったの!」
ユーリアさんの一言を皮切りにみんながバッと顔を上げた。
「私!準備します!」
「オレも手伝います!」
「俺も!」
真っ先に手を挙げたペトラさんに続いてオレも挙手をした。その後オルオさんも。
「じゃあ食器を片付けましょうか」
「はいッ!」
「リヴァイ、美味しいお紅茶を頂いたから淹れてくるわね」
「…ああ、頼む」
兵長と
ユーリアさんにとってさっきみたいな気まずい空気は日常茶飯事なのか…?何もなかったかのように普通に話している。そもそも二人は気まずくなってなかったのかも知れない。そんな二人の世界観なんて分かるはずねぇ…。…というか、ああいうやり取りは二人でいる時にやってほしいもんだ…。そう思ってるのはオレだけじゃないだろうけど…言えるわけねぇよな…。
日中作った菓子と
ユーリアさんが淹れた紅茶を人数分用意する。
「
ユーリアさん!俺持つっす!」
調理場から食堂までの廊下で、
ユーリアさんから紅茶のカップが乗ったトレイを受け取ろうとするオルオさん。
「大丈夫よ。渡す時に落としたら大変だわ」
「そ、そうっす…よね…」
「ねぇ、それより舌を噛んでみて!血が出るところが見てみたいの!」
「はぁ!?はい!?」
「得意なんでしょ?」
「得意って…!?」
「…見たがってるんだから、やってあげなさいよ」
ユーリアさんの期待の眼差しとペトラさんの催促の目で焦ったようにオレを見てきた…。すいません…そんな目で見られても助けてあげられません…。
そうこうしている内に食堂に着き、
ユーリアさんは少し残念そうに扉の前で立ち止まった。どんだけ見たかったんだ…。
「まぁいいや…とりあえず、扉を開けてくれる?」
「はいっ!」
舌を噛めって指示から逃れられると安心したのか、オルオさんは勢いよく扉を押した。その瞬間、ガンッ!っと嫌な音が響く。オレの立つ位置からは、部屋の中で椅子に座っているエルドさんとグンタさんの絶望的な表情が見えた。
「兵…長…っ」
「無事ですか兵長!?」
二人はすごい勢いで扉の裏に回る。室内に入り扉を閉めてようやく状況が理解できた。
廊下側から押して開ける仕様の扉。室内の扉の前にいた兵長は、突然勢いよく開いた扉に衝突したらしい。額を抑えて固まっている。
「まぁ…大変」
ユーリアさんは持っていたトレイをテーブルに置くと兵長に駆け寄る。
「見せて」
「っ……いや、いい。何ともねぇ」
「あら…赤くなってる…」
「…チッ…」
兵長の額に手を添えた
ユーリアさん。兵長はあまり大事にしてほしくなさそうだけど…、
ユーリアさんがそんな兵長の気を察することはない。
「痛いの痛いの、飛んでけ~!」
額を撫でながら…、…傍から見れば、兵長の頭を撫でながらそう言った
ユーリアさん。兵長を含めた班の全員が口を開けて硬直する。
人類最強の…あのリヴァイ兵長に………そんな、ガキにするような事を………。
「まだ痛い?」
「………い、いや………」
「ならよかった」
よしよし…なんて言いながら兵長の頭をぽんぽんと優しく撫でた
ユーリアさん…。…一体何を見せられてるんだ…。先輩方はというと、全員が驚きつつも照れたようにそっぽを向いている。確かに、見てるこっちが恥ずかしいよな…。二人はいつもこんな事をしているのか…?…って思ったけど、それはなさそうだ。兵長も相当驚いているようで、目を見開いたまま固まっている…。
そんなオレ達に構うことなく、
ユーリアさんは菓子と紅茶をテーブルに並べ始めた。
みんな座って。紅茶が冷めてしまうわ。…
ユーリアさんのその言葉で席に着く先輩方…。その顔を見ればまだ驚いているのが分かる。
兵長は…多分恥ずかしいんだろう。いつも以上に顔を顰めている。
みなさんの表情は気にならないんだろうか。それとも、気付いているけどむしろそれが面白いのか…?
ユーリアさんは一人、楽しそうに笑っている…。
何て言うか…色々すごい人だと思う………。
《人類最強もたじたじな日常》
Ende.