「ごめんなさい…具合が悪いからもう寝るわね」
私の言葉を聞いてこの世の終わりみたいな顔をしたリヴァイ…。それって心配している顔なの?大袈裟じゃない…?
「どこが…どう悪い?」
「体が怠くて頭が痛いわ…。耳鳴りもするし吐き気も少し……でも横になれば良くなるから。心配しないで」
「………俺に出来る事は?」
…笑って見せたけど…苦笑いになってたかも。あなたにして欲しい事は今のところないわって…口で言った方が良かったかな。酷く顔を顰めた…自分の事を役立たずだなんて思ってなきゃ良いけど…。
「…クソの役にも立たねぇか」
あらら…。
「…お薬を部屋に持って来てくれると助かるわ」
「分かった」
些細な事でも甘えた方が良さそうね…。前に気を使い合うような仲じゃないだろって言われた事があるけど、本当に…頼られた方が嬉しいみたい。
部屋に向かおうと思って二、三歩進んだところで突然強く抱き寄せられた。…びっくりしてリヴァイの顔を見ると私以上に驚いたような顔をしている。
「真っ直ぐ歩く事もできねぇのか…」
「あ………」
真っ直ぐ…歩いていたつもりだったけど、フラフラしてて転ぶと思ったから抱き留めてくれたのね…。
「ごめんなさい、大丈夫よ。ありがとう」
「………」
眉間に皺が寄っている…。険しい顔付きだけどなんか…目が優しいのよね。…心配してくれているんだなぁって、瞳を見れば分かる。なかなか離してくれないけど…どうしたらいいのかしら…。ギューって強く抱き締められているみたいで少し恥ずかしいわ。…温かいから落ち着くけど。
「…気を付けろ…」
「うん」
腕の力を弱めたかと思ったら今度は肩を抱かれた。…リヴァイに支えられながらゆっくり部屋まで歩く。
さすがに一人で歩けるんだけど…心配で手を貸したいと思っているなら甘えてもいいわよね…。
部屋に入ると「薬を持ってくる」と言って行ってしまった。
…今すぐにでも横になりたいけど…寝間着に着替えなければベッドには入れない…。苦しいから下着も外したいし…。リヴァイは今出て行ったばかりだから大丈夫…だと思ったけど、彼の行動が素早いのか私がのろまなのか…服を脱いだところで扉が開かれた。
「入るぞ」
「あー…」
「っ………」
おパンツ一枚の姿を見られてしまった…。まぁ、後ろ姿だからいっか。
「ノックを忘れたわね?」
「…声を掛ければいいと判断した………すまない」
「ん…」
シャツのボタン…全部留めるの面倒だわ。どうせお布団に入るから二個飛ばしでいいや。胸元はだけちゃってるかしら?でもおっぱい出てなきゃいいわよね。リヴァイなら変な目で見ないし。
服を着てから薬とお水の入ったコップを持ったまま部屋の入口に立ち尽くしているリヴァイに声を掛けた。何だか気まずそうに顔を逸らしているけど…どうして裸を見られた私よりも見たこの人の方が恥ずかしがってるの…?
「……………」
ベッドに横になって彼の様子を窺っているけど…たかが下着姿を見たくらいの事にずいぶん動揺しているのね…。まだ顔を背けたままじっとしているわ…。コップのお水が手の温度で温くなっちゃうんじゃないかしら?
小さく溜息を吐いてからやっと動いた。
………あ、私が脱ぎ散らかした服を拾ってくれてる…。そんな事はしなくていいのに………ほら、嫌なんでしょう?胸用の下着を見てものすっごい険しい顔してる…。そんな怖い顔するくらい照れるなら拾わなくていいわよ……私も恥ずかしくなってきた。
「…オイ、…薬を飲んでから寝ろ」
隠れるように掛布団に包まったらそう言われてしまった。…分かっているけれどもう起き上がれないわ…。
「そこに置いておいて…後で飲むわ…」
「今飲め」
「んー…」
「ほら」
上体を起こされた…もう…強引なんだから………。
「っ……………チッ…」
あら………ボタン二個飛ばしははだけ過ぎだったみたい。舌打ちしたリヴァイに胸倉を掴まれるみたいにシャツを握られた。
「服くらいちゃんと着ろ…クソ…」
「クソは言い過ぎ!」
「言い過ぎなもんか。見られちゃまずいとは思わねぇのか」
「ギリギリ見えなかったはず」
「チッ!」
そんなに怒る事?もう…。
怒りながらも私のシャツのボタンをきっちり留めてくれた…優しい…。水の入ったコップを持たせると包みから出した薬を私の顔の前に差し出した。
「………なんか、………お母さんがいたらこんな感じなのかしら?」
「…知るか。口開けろ」
「んぁ」
病気の時に心配して世話を焼いてくれるお母さん…。でもリヴァイは男の人だからお母さんじゃないかぁ。
口に入れてもらったお薬を水で流し込んだ…。………水が口の端から垂れてしまったのは体調不良のせいで頭がぼーっとしているからであって私が水もまともに飲めないドジな奴だからでは絶対にない。リヴァイにそう弁解したいけど言葉にする事すら怠いわ…。
あら……素手で拭ったわ。…私の口元を手で…。すぐそこにハンカチがあるのに…。潔癖症でもこういう事はできるのね。食べ回しや飲み回しも平気だし、手にキスをされた事だってあるわ。あまり過度な潔癖症では恋人が出来た時に大変かもって思ってたけど、その心配はなさそうね。
「…水もまともに飲めねぇのか」
「…うん…って言ったら口移しで飲ませてくれる?」
「おちょくる元気はあるらしい」
「怒ってるー」
「寝ろ」
「ん…」
横になったらお布団を掛けてくれた。…リヴァイって案外世話好きなのかしらね。確かに部下にも慕われているし…面倒見は良い方なのかも。
「何かあったら呼べ」
その言葉を最後に眠りに落ちてしまったみたい。三時間くらい経って目が覚めたけど、…吐き気は治まったわ。頭痛と体の怠さは抜けていないけれど…。
お風呂入りたいなぁ…。…でもベッドから出るのは辛いわ。せめて体を拭きたい…。
「………リヴァイ、」
…さすがにこんな小さい声では聞こえないよね。と思ったのに扉の向こうから返事が聞こえてびっくりしてしまった。
「起きたのか?入るぞ」
「うん…」
な…何故…。ずっと扉の前にいた…なんてありえないわよね?トイレかお風呂に用事があったのかな。すごくタイミングが良かったのね。
「どうした」
「えっと…」
体を拭きたいから桶にお湯を汲んできてー!って…あんまりわがまま過ぎるかな…。そこまでさせるのは申し訳ないわね。
「…何でもない」
「何かあるから呼んだんだろ」
「何にもない時も呼ぶわよ」
「………それは良いが…何か言いたげな顔だ」
「そう?じゃあ何が言いたいか当ててみて」
「………風呂か?」
「すごい!どうして分かるの?」
「適当だ」
「本当?当たってるわよ!」
「風呂のお湯を汲んできたからこれを使え」
「まぁ…」
私が起きるタイミングも体を拭きたいと思った事も全部見通せるのは何なのかしら?何かの能力者なの?…こんなに面倒を見てくれるとは思ってなかったわ。
「あなたって優しいのね…。…こんなに優しいのにどうしてモテないのかしら?」
「……うるせぇぞ…」
「もしかしてここまで優しいのって私に対してだけなの?」
「……………かもな」
「ふふ………私のこと好きね!」
「……………。言っておくがお前が俺にした事を真似ているだけだ」
私がしてあげた事をそのままお返ししてくれているって事?確かにリヴァイが体調を崩した時は体を拭いてあげるところまでやってあげたけれど…。
「じゃあ………体、拭いてくれる?」
「…………、…………いや…それはお前………」
「背中、届かないから」
「…………………………」
なんかめちゃめちゃ考えてる…。まぁ…そうね。なんか知らんがこの人は私にあまり触れないようにしている気がする。私から触れると硬直してしまうし…。潔癖だからスキンシップが得意ではないのだと思うけど、体を支えたり必要な時に触れる分には抵抗がないみたいでよく分からない。
体が弱っていて看病している今は無駄なスキンシップではないと思うんだけど…嫌なのかなぁ…。…それとも恥ずかしいとか?さっき着替えを見ただけで照れてたもんね…。恥ずかしがるべきは私の方だと思うけど…。
「服…脱いでもいい?」
「待て。…お前は………」
「うん?」
「………お前の認識はどうか知らないが、…俺はこれでも正常な男なんだが」
「正常な男…?……女性の体の形を見て性的興奮をしてしまうという事かしら?」
「…相手によるが………まぁ、そうだ」
「相手によるなら大丈夫じゃない!私相手に今更ね?」
「………は?」
「え…?」
なんか怒ってる…?何か気に障るような事言った?
「………、………はあ…。…お前、自分が何とも思っていないからと言って野郎相手にそんな事頼むんじゃねぇ…」
「何とも思っていないって?」
「異性という認識じゃねぇから恥じらいもクソもねぇのは分かるが、男は全員クソ野郎だって事を忘れるな」
「………リヴァイはクソ野郎じゃないわ」
「………分からねぇぞ」
「リヴァイだけは違う」
「……………」
「それに、恥じらいもクソもないんじゃなくてあなたの事を信じているから甘えたいだけ…。…体が辛い時に…一番頼りになる人がこうしてそばに居てくれるんだもの…。………それとも頼られるのは迷惑?」
「………お前に対して迷惑だと思った事は一度もない。…ただの一度も」
「…ならよかった」
…服、脱いじゃおう…。さっきリヴァイに留めてもらったボタンを上から順に外していく。
「……………、」
………見てる…。えっと、…部屋から出て行かないから背中を拭いてくれるという事だとは思うけど…、これはどういう状況?服を脱ぐ私を凝視している…。さっきまでの照れ屋さんなリヴァイはどこに行っちゃったの?
なんか…恥ずかしくなってきた…。
リヴァイに背中を向けて服を脱いだ。…髪の毛邪魔よね…前に持って来なきゃ。…あ、私の長さでもギリギリ髪ブラが出来るわ!…なんて、そんな際どい報告いらないわよね…。
「……………」
「…ねぇリヴァイ!私でも髪ブラが出来るわ!」
「は?何だそれは…」
「………なんでもない」
沈黙に耐え切れずに言ってしまった。なんか喋ってくれないと気まずいなぁ。信頼出来るリヴァイとはいえ男性に半裸を晒している訳だし…まぁ私のわがままでこうなっているようなものだけれど…。
「チッ…お湯が冷めちまった」
「ぬるい方がいい」
「…そうか。…拭くぞ」
「うん、お願いします」
お湯に浸けたタオルを肌に乗せてくれた。…あったかい。そーっと、優しく優しく温かいタオルで背中を撫でるように拭いてくれる。
「…気持ちいいわ」
「………よかったな」
「リヴァイは優しいね」
「………。………だから、お前にされた事をやってるだけだ」
「じゃあ私以外にもこういう事してあげてるの?」
「するか。俺にこういう世話を焼くのはお前しかいねぇ。なら同じような事を俺がしてやるのもお前しかいねぇだろうが」
「ちょっと何言ってるか分かんないです」
「頭悪いのか?」
「リヴァイの口が悪い件について」
「俺の口が悪いのなんて今に始まった事じゃねぇ」
「確かに。…じゃあ…私がしてほしい事をあなたにしてあげればいいって事ね?」
「………全く同じ事をしてやるわけじゃねぇぞ…」
「ハグは?」
「しねぇ」
「添い寝」
「するわけねぇ」
「キスは?」
「…できねぇだろ。お前が俺に」
「寝てる時にしてるわよ」
「はっ………は?」
「あなた、寝てる時まで眉間に皺寄せてるから…それがとれるように。…おまじない?」
「……………寝込みを襲うな…」
「起きてる時にしてほしいの?」
「………」
「後でしてあげるね~」
「………ガキに向けるような言い方やめろ」
「ぷぷぷっ」
「笑うな」
ちょっと不機嫌そうな声に聞こえるけど相変わらず体を拭いてくれる手付きはとっても優しい。このままずーっとやってもらいたいくらい気持ちいいわ…。いつの間にか頭痛も和らいだし、眠くなってきた…。
「…んんっ、ぁ…、」
「………、わ…悪い」
へ…変な声出ちゃった…。タオルの感触じゃない何か………多分、リヴァイの指が背中をなぞったから…。そういえば私、背中けっこう敏感だったんだ…。人に触られるの久しぶりだから忘れてたわ…。
「ごめんなさい…私、背中…ダメなの。…触られると…その………」
「………、………ず、ずっと拭いていたが?」
「タオルで拭くのと人の手の感触は違うじゃない…。…どうして指でなぞったの?くすぐったいわ…」
「………魔が差した………すまない。………だから言ったんだ…俺も例外じゃねぇって」
「ん…?…別に…これだけでクソ野郎だなんて思わないけど…。…触りたくなっちゃったの?」
「………傷のひとつもねぇと思ったら手が出ていた…」
「私の背中………綺麗?」
「………ああ」
「ふふっ。背中だけじゃないのよ?体に傷なんてひとつもないわ…。あんな所で生まれ育ったのに私の体が綺麗なのは、リヴァイ…あなたのおかげでもあるのよ」
「……………」
「…全部見せてあげよっか?」
「………馬鹿が」
「怒られちゃった!」
「…具合はもういいのか」
「ん…頭がちょっと痛いけどもうだいぶいいわ」
「………だが顔色が悪い。…さっさと治すよう努力しろ。明日の朝には万全の状態じゃなきゃいけねぇ」
「どうして?」
「仕事に支障が出るだろうが」
「…私の体調が悪いと心配で仕事が手に付かないと。私のこと大好きね!」
「うるせぇ服着ろ」
「怒られちゃった~」
いつも否定しないのよね。つまりは本当に私のことが大好きって事よね?嬉しいわ!
「………お前…少し肥えた方がいい」
「え?」
「もっと飯を食え。…転んだだけで折れそうな体しやがって…」
そんなに細いかしら…?けっこう肉付きいい方だと思うんだけど……リヴァイからしたらまだ足りないのね。
「でも太るのは嫌…。歳をとると痩せづらくなるのよ?」
「痩せる必要がどこにある」
「太ければ太いほどいいの?…リヴァイってデブ専…?」
「お前に限った話だ」
「私だけはどんなに太ってもいい。むしろ体重や体積が増える事で存在感も増すから太れって?」
「…存在感は今でも十分だが…、………まぁ、その解釈でいい。すぐに壊れるようなザコじゃ困るからな。脂肪でも付けて鎧の代わりにでもしろ」
「脂肪も私の一部…"私"が増える事を望むなんて………私のこと好き過ぎない?」
「………、………まともじゃねぇ会話をしている気がするんだが?」
「大切な話よ!太って見た目が変わってもあなたに嫌われないなら安心だもの」
「くだらねぇ話だ。多少の見た目の変化で何が変わる」
「多少の変化じゃないかも……激太りなんて事も有り得るわ!恐ろしい……」
「細いか太いかなんてそれ自体がくだらねぇほど些細な事だろうが」
「そ…そっか…?…そうね…。…私である事に変わりはないものね…」
「そういう事だ」
…どんな見た目だろうと関係ないって…、そんな男前な事をこんなふうに自然に言えるのね…びっくり。まぁどんなに望まれても私の美に反するからこれ以上は太らないけれど。
「ふふっ……ねぇ、タオル絞って?前は自分で拭くから。…それとも前も拭いてくれる?」
「……………」
「…怖い顔大会があったらきっと優勝できるわね」
タオルを受け取って背中以外を拭き始めたけど…、今何してるのかしら?振り返って確認すると目が合った。…えーっと、体を清める半裸の女の後ろ姿をただじっと見つめていたという事でいいわね。
「………恥ずかしいんだけど…?」
「………、………悪い…」
体の向きを変えて顔を逸らした。…今更だろとか意地悪言ってもいいのに…優しいのね。
やっぱりシャツのボタンを全部留めるのは面倒で、さっきと同じく二個飛ばしで適当に留めたらリヴァイが舌打ちをしながら全部留めてくれた。
「リヴァイ…優しいあなたが大好きよ」
「…良いように使える"良い奴"が好きなだけだろ」
「ひねくれ者」
「その良い奴になってやってる俺のどこがだ」
「好きで私の都合のいい人になってくれてるの?」
「………お前の戯れ事や悪癖に付き合うのは趣味の範囲って事だろ」
「やだ……リヴァイが私のこと好き過ぎて照れちゃう」
「馬鹿言ってねぇでさっさと体治せ」
「はーい」
あ、そうだわ。キスしてあげなきゃ。寝てる時じゃなくて起きてる時がいいー!って言ってたもんね。
「リヴァイ、」
前髪を避けてあげるとくすぐったそうに片目を閉じた。その仕草とっても可愛らしいわ。なんて言ったらきっと野郎相手に何言ってんだって怒られちゃうわね。
ほっぺに手を添えながら珍しく皺が寄っていない眉間にそっと唇を付けた。
「今日もいっぱいわがまま聞いてくれてありがとう」
「………、………」
照れてる照れてる。リヴァイと居ると何て言うか…心が温かくなるわ。…眠る直前までそばに居てくれたらいい夢が見られそう。きっと明日には体調もすっかり良くなっているはず。
ベッドに入ってリヴァイを見上げる。眠るまでここに居てくれないかなぁって思ってるのを見透かしてるのかな。部屋から出て行く様子がない。
リヴァイに見つめられる事に気恥しさを覚えながら目を閉じた。しばらくじっと視線を送っていた様子のリヴァイが動いたと思ったら、おでこに優しい温もりを感じた…。…お返しのキス…してくれるんだ………。
「…今日も良い一日だった。お前のおかげでな。明日も頼むぞ。………おやすみ、
ユーリア」
「…………………………」
《私のこと好き過ぎちゃう?》
Ende.