いつもならとっくに起きてる時間だが、
ユーリアの奴が寝室から出て来ねぇ。様子を見る為に部屋の扉を叩けば、室内から 飛び起きたような寝具の布の音が聞こえた。
「…今朝はずいぶんゆっくりじゃねぇか。昨晩はクソが中々出て来なくて寝るのが遅くなったのか?」
「―――、」
…様子がおかしい…か?
「…入るぞ」
「っ……はぁ…、…はぁ………」
ベッドの上で上体を起こした
ユーリアは、息が浅く前髪が額に張り付くほど汗をかいていた。
「どうした…何かあったのか」
「…、…リヴァイ………行かないで…」
「…今日は出掛ける予定はねぇが」
「壁の…外に…」
両手で口元を覆って俯きながらそう言った。…一体どうしたってんだ。
ベッドに腰かけ顔を覗き込む。宝石のような目には涙が溜まっていた。…見なければ良かったなんて後悔しながら目を逸らす。
「…らしくねぇな。そんな事、思っても口には出さなかったはずだ」
「………」
「次の壁外調査はひと月後だ。…それまでは出たくても出られねぇよ」
「ひと月後…」
…思えば毎度の事だ。この報告をすると必ずこうなる…。
影が濃くなったような暗い顔。
”壁外調査”
それにより伴侶を失ったこいつにとっちゃ、二度と聞きたくねぇ言葉の一つかもな。
「リヴァイ…」
俺の腕に手を添えたかと思ったら、服を掴んできた。その手はわずかに震えている。
何がこいつをこうさせている…?………仲間を失う恐怖、か…?
「…死なねぇよ。…帰ってくる。必ずだ」
「…」
「
ユーリアよ。顔を上げろ」
「…」
「俺はここにいる。…俺が、帰ると言って帰らなかった事があるか?」
「………ここにいるから、それはないわね」
「そうだ。今度も同じだ」
「………。………それでも…」
ユーリアは変わらず沈んだ面持ちで俯く。
…少しはいつもの、朗らかな顔つきが見てぇもんだ。
「…そんなに俺が信用できねぇのか」
「………できないわ。だって…彼もそうだった…。俺を信じろと言った。帰ってくると約束した…!でも戻って来ていない!あなただって、無事に帰れる保証なんてどこにもない!結果は誰にも分からないのにどうやって信じろというのよ…!」
「………」
「………っ。…ごめんなさい…大きな声を出して…。でも…怖いの。…ただ、あなたを失うことが………怖いわ…」
ここまで悲観的で、それを表に出すこいつは珍しい。…今朝はよっぽど寝覚めが悪かったらしい。何て声をかけるべきか…、
「私は…本当は………、…ファーランとイザベルを奪った巨人は憎いけれど、巨人の正体とか…この世界の実態とか、本当はどうでもいいの…」
「………」
「私はただ…大切な人と一緒に…、………あなたと…!」
「言うな」
「っ…、」
「それ以上は、…言うな」
「………」
「その先を聞くべきは俺じゃねぇ。………ファーランだ」
「……………、……………」
何かに気付いたように目を見開いた。そのでけぇ目に溜まった雫が落ちるのにそう時間はかからないだろう。
「………愛してる…、」
「………」
「愛してるのは…ファーランだけよ…。…だから、安心して聞いて…。…あなたは大切な…家族…」
…ああ。…その認識に異議はない。
「もう大切な人を失いたくない…。お願い、行かないで…。…傍にいて…。…私と、一緒にいてちょうだい…っ」
「………いくらお前の頼みでも、それだけは聞いてやれねぇ」
こんな風に手を握られて、そんな事言われたら…、…さすがにな………、
「…俺を困らせるな。…お前の言葉は影響力がある。…俺に、壁を超える事を躊躇わせるな…」
「っ………、…ごめん、なさい………」
俺から離れ頭を抱えた
ユーリア。…そんな姿は見たくねぇんだが。
………こんな時、どうしてやるのが正解か…俺には分からない。
声をかけるべきか。何て?
手を握るべきか。どうやって?
抱き締めてやるべきか。何で?
俺にはコイツに触れていい理由がない。
その権利を俺は持っていない。
一人の女を安堵させてやる術を知らない。
………不甲斐ねぇな。
《不甲斐ない》
Ende.