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今日のわたしはラッキーガール

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ヒロイン





「………あ?」


勢いよく扉を開け「ただいまァ!」と声を発したギアッチョに目をやったプロシュートは、怪訝そうな顔で小さく疑問の声を零した。部屋の入り口を見て険しい表情を作ると、買い物袋をテーブルの上に置いてソファーにどっかりと座ったギアッチョに視線を向けた。


「おい…ミエーレはどうした」

「は?いんだろうがそこ…に………」

「…どこだって?」


てっきり自分の後ろをついて来ていたものと思っていた彼女がいない事に気が付いたギアッチョは顔色を変えて立ち上がった。外へ飛び出し左右を確認するがそこにはただ静寂があるのみで人が歩いて来る気配はない。嫌な汗が滲んでくるのを感じながら思考を巡らす。一体いついなくなったのか。確かに後ろを付いて歩いていたはずだった彼女とどこではぐれてしまったのか…。



───



『あの…ギアッチョ。手を繋いでもいいですか?』

『はぁ!?繋ぐわけねぇだろ!!』

『でも…いつもプロシュートが、迷子になったら困るからって手を繋いでくれます』

『………、………バンビーナかおめーは!いいから黙ってついて来い!』



───



会話をしたのはそれが最後で、それからは何となく言葉を交わさずに振り返る事もせず、アジトまでの道を真っ直ぐに歩いて帰った。


「オイ………ギアッチョ、オメー…」

「っ………」


あれは確か公園の前の通りだったと思い出したギアッチョは後ろから聞こえた怒気を含んだ声に振り返った。


「………悪い。見失った………」





─────数分前、

歩く速度が速いギアッチョについていくのがやっとのミエーレは彼を見失わない為に小走りで後を追っていた。


「…!」


プロシュートが日頃から手を引いて歩くのは迷子になるからという理由だけではなく、何もないところでさえ躓き転びそうになる彼女を心配しての事だった。そんな彼女が急ぎ足で前を行く人に追いつこうと焦れば転んでしまうのも時間の問題で、案の定音もなくすっ転びもたもたしている間にギアッチョを見失ってしまったミエーレは向かっていた方向を見て茫然とした。


「大丈夫かい?」

「え………」

「立てるか?」


優しい声色でそう言いながら手を差し伸べて来た人物を見上げる。目が合うと柔らかい笑みを向けてきた彼に戸惑い俯いた。プロシュートやチームの仲間達は明るく笑う事もそれなりにあるが、目の前の男のような柔らかい笑みを湛える者はいなかった。出くわした事がないタイプの人間だからか緊張したように唾を飲み込んだミエーレ。そんな彼女を見た男は目線を合わせるように膝を付いた。


「怪我はなさそうだが…どこか痛むのか?」


心配そうに顔を覗き込んできた男を控えめに見たミエーレは困ったように眉を寄せた。


「………まさか…口がきけないのかい?」

「……………し…知らない人と…話をしてはいけないと、プロシュートが………」

「ああ…そうか。言い付けをちゃんと守るのは簡単な事じゃあない。君は偉いな。オレの名はブローノ・ブチャラティ。今この瞬間から君の知人だ。これで話ができるだろ?」

「知人………知ってる人なら…はい」

「よし。名前はなんて言うんだ?」

ミエーレです…」

ミエーレ、アリは好きかい?」

「あり…?…いえ、好きではないです………」

「そうか。なら尚更 痛むところがないようならそろそろ立ち上がった方がいいぜ。アリが登って来ちまうかも知れねぇからな」

「わ…こんな近くをうろうろしてたんですね…あり…付いてますか?付いてたら取ってください」

「いや、大丈夫だ」

「あ………」

「どうした?」

「足が………」

「痛むのかい?」

「少し…」

「捻ったのか……立って歩くのは難しいか?」

「いえ……大丈夫です」

「無理はするなよ」

「はい…」


手を借りて立ち上がったミエーレはその目の前の男を見上げると悲しげに視線を落とした。ギアッチョとはぐれ帰り道が分からなくなった事を思い出しどうするのが最善か思考を巡らせる。
懸命に頭を悩ませる彼女の邪魔をしないように静かに様子を見守っているブチャラティとは対照的に、頭上には真面目な彼女を小馬鹿にするようにカラスが何羽か飛び回っている。


「っ…!」

「ぅわっ………いた、」


突然突き飛ばされた事で水溜まりに尻もちを着いたミエーレは、目を丸くして突き飛ばした本人を見上げた。


「何故そんな所に水溜まりが…?今日は雨が降ったか?」

「あ………さっきこの辺りに子供たちがいたような…。水遊びをしていたのかも知れないです…」

「そうか…。すまない。カラスが君を目掛けて糞を落とすのが見えたから咄嗟に突き飛ばしちまった。…大丈夫か?」


立っていた場所に目をやると確かに鳥の糞がべチャリと付着している。動かなければ頭に直撃していたに違いないそれに小さく息をついたミエーレを、ブチャラティは怪訝な顔で見つめる。


「言い訳に聞こえるかも知れないがまさか水溜まりがあるとは思わなかったんだ。悪かったな」

「いえ……おかげで大切なお洋服が汚れなくて済みました…」

「なんと言うか、君は……運が悪いな」

「……………はい」

「挫いた足は大丈夫か?」

「平気です。例え折れてもそのうちくっ付くので大丈夫」

「それはそうだが……怪我を甘く見ない方がいい。体を大切にするんだ」

「大切じゃない物をどうやって大切にするんですか?」

「…自分の体が大切じゃあないって言ってるのか?親にもらった体だぜ、大切にしなくちゃあな」

「………?………変な人…」

「………、」


心底不思議そうな表情で「変」と言われ、何か変な事を言っただろうかと首を傾げるブチャラティ。多くの人の共通認識、一般的な感覚というものが備わっていないのかと一瞬疑問に思ったが、ひとまず彼女を立ち上がらせようと手を伸ばした。


「水溜まりに座るのが気に入った訳じゃあないよな?どんどん服が水を吸うぜ。そろそろ立ち上がろう」

「はい…一人で立てます…」


ポタポタとスカートから水が滴っているが、それを気にする素振りも見せずにぼーっと突っ立っているミエーレ。ブチャラティは少し考える素振りを見せてから提案をした。


ミエーレ、家に来るか?そう遠くはないんだ。その服どうにかしねぇと風邪引いちまうぜ。転ばせたのはオレだからな…責任を取らせてほしい」

「で、でも……ここから動かない方がいいんです、わたし……帰り道が分からなくて……」

「迷子なのか?」

「………はい」

「分かった。必ず君を家族のもとへ送り届けると約束しよう。…だがまずは服を乾かさなくちゃあな。付いてきてくれ。…いや、足が痛むなら手を貸そう。おいで」

「………………、」


少し躊躇ったミエーレだが、プロシュートに見付けてもらった時に服が濡れていたら怒られるだろうという考えが頭を過り大人しく従う事を選択した───。





「───さすがに大きいな。少しの間我慢してくれ」


オタマジャクシのような模様が散りばめられた独特な柄のTシャツを借りたミエーレは、その珍しい模様をじっと見つめながら数を数えるように指を添えている。そんな彼女をまるで小さな子供が遊んでいる様子を見守る大人のような顔つきで見つめるブチャラティ。手に持っていたトレーをテーブルに置くとソファーの隅に腰かける彼女から少し距離を取って隣に座った。


「…氷はどうした?」

「氷…?」

「足を冷やす為に渡した氷だ」

「あれ…どこだっけ…?着替える前に渡されて…着替える時にどこかに………」

「…ケツの下に隠れてるんじゃあないのか?そのカボチャみてぇなパンツは色々隠せそうだからな」

「………、ありましたっ!」

「足に当てておけ。ちゃんと冷やすんだ」

「はい」


ミエーレが着用しているのは男の大きめなTシャツ一枚にペチコートのみ。プロシュートが見れば激昂しそうなものだが、ミエーレにはそれが恥ずかしい事だという考えはなく、ブチャラティもまたパンツタイプのペチコートが下着であると気が付いていないらしく特に気にする様子はない。


ミエーレ、紅茶は好きかい?」

「はい」

「コーヒーでもいいぜ。どっちがいい?」

「どちらでも…」

「…なら紅茶をどうぞ」

「…ありがとうございます」


いただきます、と小さく呟き手渡されたカップを口元へ持って行ったミエーレ。だが何かを思い出したように瞬きをしてからカップの中を観察し始める。自分のカップに口を付けコーヒーを一口飲んだブチャラティはその様子を不思議に思い声を掛けた。


「どうかしたのか?」

「あ、あの…毒かも知れないので…」

「毒?オレが君に毒を盛ったんじゃあないかって?」

「プロシュートに言われたんです。会ったばかりの見ず知らずの野郎から手渡されたもんに簡単に口を付けちゃあいけねぇって」

「…なるほどな。警戒するのは悪い事じゃあない。だが少し遅いようだ」

「え?…もう手遅れですか?」

「そうだな…そもそもついて来るべきじゃあなかった。本当なら野郎の家に簡単に上がり込んだりしちゃあいけねぇ」

「…殺す?」

「あっはははは!オレが悪いギャングだったならその危険もあっただろうな。君は何でオレについて来たんだ?」

「服が濡れていたらプロシュートに怒られると思ったから…」

「…それしか考えていなかったのか?オレに対する不信感は?」

「………手を…」

「…手?」

「転んだ時に手を貸してくれました…。名前を言って、知人だって言ってくれました。わたし、多分普通じゃない事の方が多いです…でもあなたは普通じゃあねぇ!って怒鳴ったりしないから……良い人です。優しい人です…」


眉を寄せたブチャラティからは心配している様子が窺える。彼女のその 人を判断する基準はこの街では危険かもしれないと考えるとその表情を作らざるを得ないらしい。もしも今この場にいるのが自分ではない組織の人間だったならば…、本当に悪いギャングだったならば彼女は無事では済まないだろう。
ただ”良い人”だと評価しているにも関わらず毒を盛られた可能性を考慮する警戒心は持ち合わせている。その矛盾に思える彼女の思考はブチャラティの興味を引いた。


「君は不思議だな。…危なっかしくて放っておけねぇ」

「ん………よく言われます………」

「毒は盛ってねぇから安心して飲むんだ。もしも毒を盛っていたならば君に最初に選ばせたオレの行動はおかしいだろ?君がコーヒーと紅茶のどちらを選ぶかなんてオレには分からなかったんだからな」

「………ん?」

「………確実に毒を飲ませたい場合、コーヒーと紅茶のどちらを選ぶのか知っていなくちゃあいけねぇって事だ。どっちを選ぶか分からねぇ時点で賭けに変わる。二分の一で毒のカップが自分の手元に残るんだからな」

「…言ってる事が難しくてよく分かんないです………」

「そうか…。じゃあ、交換しよう。コーヒーも飲めるんだよな?オレが一口飲んだのを見ていただろ。毒が入っていないってのはオレが飲んだ事で証明されている」

「いいんですか?」

「ああ。冷めないうちに飲んだ方がいい」

「はい、ありがとうございます」


ようやく温かい飲み物を口にして一息ついたミエーレ。毒殺されかけた経験でもあるのかと疑問に思うような会話の内容だったが、ブチャラティは詮索する事はなくそれ以上何も言わなかった。


「あ…あの、…ブ………ブ………」

「ブ?」

「………すみません…。人を呼ぶのにあのだのそのだの言うのは失礼だってプロシュートに言われたんです…。だけどわたし、一回聞いただけではお名前覚えられなくて………」

「ああ……何度でも教えるから気軽に聞いてくれ。オレの名はブローノ・ブチャラティだ」

「ブ…ブローノ………」

「どうした?」

「あの…お、お魚…好きなんですか?これ…お魚の本…?」

「…ああ。………父が漁師だったんだ」

「わぁ~、海は綺麗でいいですよね」

「そうだな」

「わたしの…と、友達…?もお魚好きなんです。よくお魚釣りをしています!わたしとプロシュートも傍で見ている事があるんです」

「そうか。話が合うかもな」

「きっと仲良くなれますよ!」

「…そのプロシュートってのは…親兄弟か?」

「いいえ。…でも、勝手を言わせてもらうと…家族、みたいなもの………だったらいいのに…」

「………よく分からないが君にとっては家族と思えるくらいに親しい人物なんだな」

「…はい」

「…どんな人なんだ?」

「えっと…真っ直ぐに向き合って、正しいと思える事を言ってくれます。色んな事を教えてくれて、たくさん褒めてくれます。…あととっても綺麗な人です。…美人さん…です」

「(美人……女か)そうか。いい関係だな。大事にするといい」

「はいっ。…あの、このお魚の本…見てもいいですか?」

「ああ、いいぜ」

「ありがとうございます!」


本を眺めていたミエーレを見て字が読めない事を察したのか、さりげなく本を読んでやる体勢を作ったブチャラティ。解説に興味津々の様子のミエーレに頬が緩む感覚を覚えながら、カップの中身を飲み干した後もしばらく本に熱中していた。
一通り本に目を通した二人はソファーにもたれ掛かり息をついた。知らないものを知れる事が嬉しいのか目をキラキラさせたまま先ほどまで読んでいた本をパラパラとめくるミエーレ。ブチャラティはそんな彼女からふと視線を外し、目に入った彼女の空のカップに手を伸ばすと立ち上がった。


「…コーヒーもう一杯いるか?それとも今度は紅茶がいいかい?」

「あ…では、紅茶で………」

「わかった」

「すみません…お手伝いします」

「いいや、座っていていい。客人なんだからな」

「わぁ~…えっと…、踏んだり蹴ったり…です!」

「………それを言うなら至れり尽くせり、だな」

「そ、それ…です!すごい…国語の先生ですか?本の内容もとっても分かりやすかったです」

「はは。それは良かった」


…数分後、キッチンに向かったブチャラティの手には紅茶のカップと濡れていたはずのミエーレの服が握られていた。


「服が乾いたぜ。着替えるかい?」

「あ!はい、ありがとうございます」

「…いや、紅茶を飲み終わってから着替えた方がいい。零してまた濡らしちまうかも知れねぇからな」

「た…確かに…」

「オレの服ならいくらでも汚してくれて構わないが、火傷でもしたら大変だからな。落ち着いてゆっくり飲むんだぜ」

「優しい……プロシュートみたいです…」

「…恋しいか?」

「ん…はい、会いたくなってきちゃいました」

「それを飲んで着替えたら出よう。手がかりを探して家まで送り届けるぜ」

「おお………踏んだり尽くせり………」

「至れり尽くせり、だ。惜しいぜ」

「いたれり……グラッツェ、国語の先生」

「そういや足の具合はどうだ?…触っても?」

「あ…はい、」

「痛かったら言えよ」

「ん………、あんまり痛くないです!」

「強く捻った訳じゃあなさそうだな。………、」

「………どうかしました?」

「…いや、細ぇな。片手で折れそうだ」

「お、折らないでください…」

「ふふ」

「笑わないで…折らないって言ってください…怖い…」

「折れてもいずれくっ付くから平気なんだろう?」

「そうですけど……くっ付くまで動けなかったらプロシュートに会えないです……それはイヤです…」

「…冗談だ。折らないさ。だが世の中には本気にするクソ野郎もいる。折れてもくっ付くから平気だなんてもう言うんじゃあない」

「…はい、ごめんなさい」

「分かればいい。着替えはどうする?一人で出来るか?手伝おうか」

「一人で出来ます」

「偉いな」

「わ、わたしのこと何歳だと思ってるんです?」

「………立派なシニョリーナだと思っているぜ」

「嘘の顔です………」

「君も分かるのか?相手の表情を見て本当の事を言っているのかどうかが」

「分かんないですけど…。…マンモーナ、って思ってる顔に見えます…」

「あははは!」

「笑わないでくださいっ」

「はは…あー、失礼だったな。これからは気を付けるよ」

「…マンモーナだってバカにしてるのを悟られないように?」

「バカに?可愛いと思う事はバカにしてる事か?オレはそうは思わないが」

「…え?」

「もし君の周りにマンモーナだと言ってからかう奴がいたら、それは愛情の裏返しだと思う。バカにしているんじゃあないぜ」

「そ……そうかなぁ……」

「そうさ」


納得いかない様子のミエーレは特にイルーゾォの顔を強く思い浮かべて、やはりバカにしている以外の何物でもないだろうと思い小さく首を横に振ってから冷めた紅茶を飲み干した───。



─────ギアッチョとはぐれた公園の前に戻ってきた二人。ブチャラティは家の場所を特定する為にミエーレに話を聞くがめぼしい情報になるはずもなくただ時間だけが過ぎていく。
公園のベンチに座り道中で買ったジェラートを片手に空を仰ぐミエーレを、ブチャラティはどうしたものかという表情で見つめる。

Prrrr………、

着信を知らせるその音に反応を見せたブチャラティはミエーレに一言断ると立ち上がり、少し距離を置きながら懐から携帯電話を取り出して着信に応じた。

『電話してる奴に物渡すとそれが何であっても受け取っちまうらしいぜ』
誰かが言ったそんな事を思い出し、試してみようと渡せる物がないか辺りを見渡すミエーレ。持っているジェラートは食べているからあげたくないと考え、手頃な物がないので自分の体を預けようと思い付きブチャラティに近付いた。
受け応えをしながら擦り寄ってきたミエーレの肩を空いている手でそっと抱いたブチャラティに、電話をしている時に何の疑問も抱かずに渡された物を受け取るというのは本当だった。と思い満足したのかミエーレはベンチに戻り脚をぶらつかせながらジェラートを口に運んだ。


「───分かった、すぐに行く」


電話を切ったブチャラティは不思議そうに首を傾げながらミエーレの名前を呼んだ。彼女の意図など知る由もない彼が、突然そっと擦り寄ってきた事を不思議に思うのは当然と言える。


「寒かったのか?」

「え?どうしてですか?」

「擦り寄ってきたじゃあないか。抱かれたいのかい?」

「いいえ。寒くも抱かれたくもないです」

「ならどうした?あまり無防備に野郎に甘えるのは危険だぜ」

「電話してる人はどんな物でも受け取ってしまうと聞いたので本当かな?って思っただけです」

「…オレは物を受け取ってはいないが…君は自分を物だと思ってるのか?」

「…ん?物じゃなかったら何なんですか?」

「………人だろ」

「ふーん………」

「…人としての扱いを受けていない訳じゃあないよな?もしそうなら君を帰す事は出来ねぇぜ」

「ん……プロシュートは優しいですよ。温かいご飯を1日に3回もくれるんです!ドルチェもくれます!それが普通だって言ってましたけど…贅沢ですよね…罰が当たるかも…」

「…贅沢か…。…その彼女の感覚は正常だ。贅沢ではなく普通の事だと、そのうち君も思えるようになるだろう」


プロシュートを"彼女"だと思っているブチャラティの発言に小さく首を傾げたミエーレ。その様子に気付かず言葉を繋げるブチャラティは、先程の電話の内容を思い出し表情を曇らせた。


「悪いが君を送り届けるのはもう少し先になりそうだ」

「はい?」

「急用が出来た。一度仕事に戻らなくちゃあならない…一緒に来てくれ」

「え…」


差し出された手と彼の顔を交互に見るミエーレは悩ましげに眉を寄せた。この男と一緒にいた方が安全のような気もするが、ギアッチョがこの場所に戻って来てくれるかもしれないと考えるとこれ以上勝手な行動はしない方がいいように思える。


「あの……わたし、ここで待ちます」

「誰を待つんだ?迎えに来てくれる約束はしていないんだろう」

「そうですけど…。これ以上あなたの時間を奪う訳にはいきませんし…」

「それは構わない。そもそもオレが君の服を濡らさなければもっと早くに帰れたかもしれねぇしな。こうなった責任をオレは取らなくてはならない。君を送り届ける約束と自分の請け負う仕事、両方やらなくちゃあ意味がないんだ」

「なんか…きっちりしててすごいです…」


リーダーみたい…。そう小さく呟き尊敬の眼差しでブチャラティを見上げるミエーレは、責任感のある彼の発言にリーダーシップを感じてリゾットの顔を思い浮かべた。


「…あ、そういえば電話…」

「電話がどうかしたか?」

「さっき電話が掛かってきたじゃないですか」

「ああ、部下からだ」

「それを見て思い出しました!わたし、携帯電話持ってたんです!」

「何?」

「この…これ、腹巻きのポケットの中に………ありました!この腹巻きは猫ちゃんの顔の柄なんですよ。ホルマジオが買ってくれたんです!」

「…貸してくれ」

「腹巻きを?」

「携帯だ」

「どうぞ」

「………、………着信が102件も入っているな…どうして気が付かなかったんだ?」

「音…鳴らなかったです…」

「…今後は常に鳴るようにしておいた方がいい」

「はい……あの、怒ってます…?」

「何でオレが怒るんだ?」

「わたしがあんまり間抜けだから…」

「怒っているように見えたなら謝ろう。帰る術が見つかって安心している。早く電話を掛けた方がいい。いや、その調子ならまたすぐに掛かってくるだろう」


その直後に着信を知らせたミエーレの携帯。応答するボタンを押したミエーレが返事をするよりも早く、電話の向こうから怒鳴り声に近い呼び掛けが聞こえビクッと肩を揺らした。その彼女の様子を心配の色を隠せずに見つめるブチャラティ。


「はい…すみません、ごめんなさい…はい、…もう動かないです…一歩たりとも動かないです……公園にいます…はい、待ってます………ごめんなさい………」


震える手で電話を切ったミエーレは不安そうに息をついた。怒られるのが怖い、嫌だと顔に出しているがこればかりはどうしようもないと言うようにブチャラティはミエーレの頭に手を乗せると優しい声色で言葉を掛ける。


「家族が怒るのは君を大切に思っている証拠だぜ。これからは心配かけねぇように気を付けるんだ」

「はい…」

「本当に申し訳ないがオレはもう行かなくちゃあならない…つまり約束を果たせないって事になる」

「約束?」

「君を無事に送り届けるという約束だ」

「それなら守れてますよ。ここまで送ってくれました。わたし一人ならこの公園に来る事は出来ませんでしたから」

「いや…これじゃあ責務を全うしたとは言えない。本当は君を連れて行くか、共にここにいるか選ぶべきなんだが……」

「お仕事…行ってください。プロシュートが直ぐに行くって言ってました。プロシュートの直ぐは本当に直ぐなんです。わたし、一人で待てます」

「本当に直ぐならオレも……いや、だが……」

「わたしなら大丈夫です。たくさん気にかけてくれてありがとうございます」


真っ直ぐに上目遣いで見つめながらそう言ったミエーレの頬にそっと手を添えるブチャラティ。目を細め小さく息をつくとその手を動かし優しく頬を撫でた。


「礼なら言葉より笑ってくれた方が嬉しいぜ」

「わぁ……そういうの、口説き文句って言うんですよ?」

「…そうか?」

「気を付けた方がいいですよ。無自覚でこういうのはあんまり良くないです」

「無自覚ではないんだが」

「え?」

「何でもねぇ」


少しの沈黙の後、ブチャラティはおもむろに懐から手帳を取り出すとペンを走らせた。その服のどこに手帳や携帯を入れておくスペースがあるのだろうと不思議に思っている様子のミエーレは、手渡された何かを記した手帳の1ページを受け取り小首を傾げた。


「オレの携帯番号だ。30分経っても迎えが来なかったら電話しろ」

「電話番号…」

「変な輩に絡まれた時も掛けるんだぜ」

「あ…はい」

「糞を落とされねぇように頭上の鳥には注意するんだ。転んで怪我しねぇようにあんまりぼーっともするなよ。怪しい奴に声を掛けられても無視しろ。しつこい様ならオレの名を出していい。菓子をやると言われても絶対に付いて行っちゃあいけねぇ。分かったか?」

「分かりました!」

「いい子だ。無事に家についた時も電話をくれ。心配だからな。約束を破った詫びに後日メシでも奢りたい。その日程も後で決めよう」

「メシ…ハンバーグがいいです!目玉焼きが乗ったやつ」

「覚えておこう。…じゃあオレは行くぜ。一人にして悪いな」

「いえ…子供じゃあないので大丈夫ですよ。お仕事頑張ってくださいね」

「…ああ。またな」


心配しているせいでその場から離れ難いのか、ミエーレに背を向けたブチャラティの足取りは重い。公園の入り口付近で振り返ると、忠告通り空を見上げて鳥を警戒している彼女が確認出来た。素直で従順なその姿に頬が緩むのを感じ、自分もやるべき事をやらなければならないと思い直し先を急いだ。







「───ミエーレッ!!」

「あっ、プロシュート…」

「心配させやがってこのバカがッ!!今までどこにいた!?ここには何度も探しに来たがいなかったよなァ!?電話に出なかったのは何だ!?ずっと一人でいたのか!?まさか誰かに何かされちゃあいねぇよな!?」

「えっと……、」


物凄い剣幕で返事を聞くつもりがないかのように間髪入れずに質問をするプロシュートに圧倒され言葉を詰まらせるミエーレ。どうしたらいいのか分からない様子でただオロオロとしながら言葉を聞いているミエーレを、ふと冷静になったらしいプロシュートはひと息ついてからそっと抱き寄せた。


「ハァ………、無事だな………」

「ん……はい…。ご迷惑おかけしてすみません……」

「迷惑はいい。だが心配は許さねぇ」

「…心配、してくれたんですね…」

「あたりめぇだろバカか。おめーはオレがいなくちゃあ不幸になる。一人でいると不幸を引き寄せるんだ。またどっかのクソ野郎にでもとっ捕まったんじゃあねぇかと思って心配したぜ…」


プロシュートが自分を気に掛けてくれた事が嬉しいらしいミエーレは、少し体を離して顔を撫でる彼へ潤んだ瞳で熱い視線を送る。
どこも怪我がないか、変わった様子がないかを確かめる為に頭の先からつま先にかけて目で見て確認したプロシュートは、ミエーレの手にある紙切れを掴んで眉間に皺を寄せた。


「何だこりゃあ……電話番号じゃあねぇか。誰の筆跡だ?どこのどいつがおめーに連絡先を渡したんだ」

「あ……それは……」

「まさかおめー野郎といたのか?…何かされたなら正直に言え…」

「嫌な事は何も……とっても優しい人でした」

「どんな奴だ?名前は?」

「え…えっと、……ブ…ブ…ブディーノ…?」

「………ブディーノはおめーの好きな菓子の名前だろうが」

「そ、そうなんですけど…似てるんです!確かにそんな感じの名前だったんです。えっと…ブディーノ・ブブチャチャ…みたいな名前です!」

「そんな甘ったるい名前の野郎がいるか」

「ブから始まる事以外覚えてないです…覚えづらい名前でした」

「いや…おめーが興味ねぇ奴の事を覚えようとしねぇだけだろ」

「…それは…ダメな事ですか?プロシュートの事だけ覚えるのはダメですか…?」

「はっ…ダメなわけねぇだろうが、シェモッタ」


額にキスをされ恥ずかしそうに身じろいだミエーレは、「帰るぜ」と言い電話番号の書かれた紙を細かくちぎってその場に捨てたプロシュートに戸惑い腰に回された手を微かな力で拒んだ。


「ど、どうして…これ、番号…分かんなくなっちゃいましたよ?」

「あ?」

「家に着いたら電話をするように言われたのに…」

「ぁあ?」

「心配してくれたんです…ご飯に行く約束も…」

「…オイ、おめーおかしな事言ってる自覚ねぇのか」

「え?」

「何堂々と浮気しようとしてんだ?ええ?」

「う 浮気…?違いますよ…お世話になったので改めてお礼を言わなくちゃあ……無事に帰れたか心配してくれているし……」

「必要ねぇ。おめーの無事はオレが確認した」

「え…でも……、」

「名前も覚えられねぇくらいどうでもいい奴だろうが。そんな奴よりチームの連中に顔見せる方がよっぽど大事だろうがよォー。奴らが全く気に止めてねぇとでも思ってんのか」

「…え、皆さん…わたしの心配を……?」

「んな事おめーには言葉にも態度にも出さねぇだろうがな」

「………帰りたいです。早く…みんなのいるアジトに…」

「おう。もう二度とはぐれねぇように捕まえとくからお前も手ぇ離すんじゃあねぇぜ」

「はい…っ」


歩き出したミエーレは風で飛ばされた紙切れの一部を目で追い、彼と並んで座ったベンチへ振り返ると申し訳なさそうに眉を寄せた。
この街で出会った親切な人。この街にいればきっといつかまた出会えるだろう。無事を知らせる電話を掛けられなかった事を謝れるように、偶然また出会える事を願いながら前を向いた───。



《今日のわたしはラッキーガール》

ギアッチョとはぐれて迷子になって転んで足を挫いて鳥にフンを落とされそうになって水溜まりに落ちてお気に入りの服が濡れてしまったけれど、親切な人に助けてもらったしみんなが気に掛けてくれた事とプロシュートが心配してくれた事が知れたので嬉しい事がたくさんあったとても良い日でした。

Fine.
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