初めて敵に感謝した日
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「私にはあなたしかいないの…!」
どっかの女がそう言った。顔も名前も覚えてねぇ、何度か寝ただけの女だが…その言葉だけが妙に記憶に残っている。
オレしかいねぇ…か。
「あ…おかえりなさい、プロシュート…!」
「おう、ミエーレ。オレのミエーレ」
嬉しそうに駆け寄ってきたこいつは出会った当初と比べれば見違えるほど成長したと言える。薄汚ぇ牢獄のような所から連れ出した最初の頃なんかはオレが動いたり喋るたびにビクビク怯えてやがった。服を着る事、ベッドで寝る事、食事を三度摂る事すら許されなかったこいつはオレが教える”当然の事”に対して感激していた。
…オレしかいねぇ…。心の底からそんな事を言う女がいるとすればこいつだけだ。オレしか頼れる奴がいねぇ…ミエーレだけ。オレがその状況を作ったんだから当然だ。こいつを生かしていた周りの連中を皆殺しにして、本来そいつらと一緒に死ぬはずだったこいつをオレの気まぐれで生かした。こいつには行く場所、生きる場所がねぇ。本当の意味でオレしか………、
「プロシュート…」
…頬を撫でればオレの手にすり寄るように身じろぐ。オレを見据える瞳は………オレを欲し、オレを好いて、こうして触れられる事に幸福を感じるとでも言っているようだ。仕草を見れば分かる。こいつがオレに惚れてる事くらい。
「おまえ、今何を考えているか言ってみろ」
だがこいつの口から直接聞いた事はない。好き、愛してる、あなたしかいないから捨てないでほしい、なんて…他の女なら名前を呼んだ次にはそれだ。喧しいし面倒くせぇと思う。…一番その言葉を言うべきこいつが、オレが唯一煩わしく思わねぇこいつが、そんなような事を一言も言わねぇのはどういう事だ?
「ん…?………ただいまのバーチョはまだかなぁ…?です」
「………ふっ…」
挨拶代わりにキスをすると教えたのはオレだ。こいつはオレが教えた事を疑う事なく信じて真面目に実行する。…馬鹿で素直で…可愛い。ハグとキスをすれば瞳を潤ませて唇を結んだ。
「ミエーレ、」
「はい…?」
オレを信じて頼りにしているのは明らかだ。オレに縋って生きるしかねぇ事も悟ってるだろう。だが生きる事に執着してねぇ所を見れば、生きる為にオレの機嫌を取ってるとか気に入られようと小賢しいマネをしようとはしてねぇ。女である事を利用してあざとさを武器にしようなんて事もねぇんだ。そんな事は考えもしねぇ奴だ。
何の計算も思惑も裏もなく、ただ純粋にオレを見ている。ただオレと在る事を望んでいる。…絶対的な信頼を寄せてくるこんな無垢な存在を…この薄汚れた世界で手に出来るとは思ってもみなかった。
「おめー…オレになんか言う事ねぇのか?」
「言う事…?んー………。……待ってました」
「うん?」
「プロシュートの事を考えながら、プロシュートの帰りを待ってたんです」
「…それだけか?」
「え………えっと、あ、絵を描きました!この間連れて行ってくれた大きな…噴水?あれ、とってもとっても綺麗だったので…」
「………」
「また行きたいです。プロシュートと…一緒に綺麗なものを見たいです」
やっぱりこいつは言わねぇ。他の女と同じ事を言ったとしても鬱陶しいなんて思わねぇのによォ。こんな事を言ったら嫌われるんじゃあねぇかって考えが頭を過ぎって言わねぇ様に気を付けてる感じでもねぇ。
ただオレと見た物を思い出し、オレの事だけを考えてオレの帰りを待つ。…オレの目にしか入らねぇこの部屋でただひたすらに…。それに忙しくて他の事は考えられねぇんだろうな。…愛しているから同じだけの愛が欲しいだの、惨めになるから捨てないで欲しいだの、それらは全て自分の事だ。自分が可愛くて守りたいばかりにオレに求める物が多い。…こいつが他と違うのはそこだ。自分の事ではなくオレの事を考えている。オレに何も求めちゃいねぇ。むしろオレがやるものを持ち切れなくて困ってやがる。
「おまえは欲がねぇな…」
「そうでしょうか?…けっこう欲張りだと思ってました」
「どこがだ?」
「…プロシュートにギューってされたいな、とか…いつも思ってるので…」
「それのどこが欲張りだって?ったく…何にも知らねぇバンビーナがよォ~」
「…プロシュートにギューってされるのね、あったかくて大好きなんです…」
強く抱けば嬉しそうに身じろいで控え目に抱き締め返してくる。瞳、表情、仕草…全てから伝わって来るこいつのオレに対する好意に、空だった何かが満たされていくような感覚を覚える。…だが、それと同時に虚しさに似た何かも感じる。…こいつがオレに惚れるのは…当然の事なんだ。そうなる状況をオレが作ったんだからな。こいつが持っているもんは全てオレが与えたもんだ。クソみてぇな環境から救い出し持ってねぇもんを与えてくれる奴に好意を抱くのは当然の事じゃあねぇか。
………つまり、こいつはたまたまオレに惚れてるだけだ。たまたま拾ったのがオレだったってだけの話で、例えば別な奴がこいつを見つけ出して生かしていれば…飯を与えて寝床を与えてやってたとしたら………今オレに向けられている好意はその別な誰かに向けられているに違いねぇ。…こいつは最初に飴をくれた奴に懐いただけ。オレだから惚れたわけじゃあねぇ。…必要なのは守ってくれる存在であって…オレじゃあねぇんだ…。
──────────
─────
───
「兄貴ィ~…」
「ダハハハハ!だっせぇなァペッシ!どこに売ってんだよそんな服よォ~!」
あ………?なんか………妙な感じだ………。
「う、…兄貴はどう思う?」
「ああ?クソだせぇ捨てろ」
「ひ…ひどい………」
………違和感がある。…いや、正確には既視感だ。
クソだせぇ服着たペッシをイルーゾォが腹抱えて笑っている…こんなような事が前にもあった。…確かに、あった。
「そういやプロシュート、オメー昨日の女どうだったよ?」
「女?」
「今朝ホテルから出て来るところ見たぜ?アジアの女か?黒髪はいいよなァ~」
何言ってんだこいつ…。ミエーレがいるのに朝まで女とホテルに居るわけねぇだろうが…。出張でもねぇのにあいつを一人で寝かせられねぇからな。
「兄貴、今年貰ったチョコラータの中にあったさ、ベリー系の詰め合わせってどこで買ったか聞いてないですかい?美味かったから買いたいんだよなァ~」
「はあ?」
今年のサン・バレンティーノは誰からも受け取ってねぇぞ…。貰ってミエーレにやっても良かったが、去年食いすぎて鼻血出してぶっ倒れたから今年はなしだった。オレが何も貰わずに帰って来たのをこいつも見たよなァ?
………やっぱり、何かがおかしい。
「………!」
目に入ったカレンダーを見て驚愕した。こいつは…過去の日付だ…!同じような会話をしている既視感じゃあねぇ!”その日”に戻っているんだ…オレは過去に戻っている…!どういう事だ…スタンド攻撃か…ッ!?いつ受けた?攻撃を、どこで………ッ!!
「あ…兄貴、大丈夫ですかい?なんか顔色悪ぃですぜ…?」
いいや…待て、落ち着くんだ。…過去に戻ったって事以外はまだ何も起きてねぇ。体に異常はねぇし意識もはっきりしている。…まずはリゾットに報告だ。
───だがその後一週間、リゾットとはすれ違ってばかりでまともに話をする時間が取れなかった。
「───リゾットに女だァ?」
「まさかだろ?」
「だが確かに最近妙な動きが多かったぜ」
「ああ…そういやさっさと帰るようになったしドルチェに詳しくなったよなァ?」
「ドルチェに詳しいのはおかしいだろ。甘いもんなんか食ってるところ見た事ねぇぜ?」
「じゃあまさか本当に…?」
くだらねぇ…女の一人や二人いたって何も不思議じゃあねぇだろうが…。それよりそれが理由で捕まらねぇわけじゃあねぇよなァ?ええ?リゾットよォ…。
リゾットがどんな女に入れ込んでんのか気になってるらしいこいつらの疑問はすぐに解けた。…どういう訳か自宅に置いていたその女を…アジトに連れて来たからだ。………オレは、そいつを見た瞬間に理解した。ただ過去に戻っているわけじゃあねぇって事を。………動揺を隠し切れねぇ。………何で、………どうなってやがんだ………。
「ミエーレだ。こいつをからかうようなマネをしたらただじゃおかねぇからそのつもりでいろ」
野郎共の視線にビビってんのかリゾットの後ろに隠れて震えてやがる。…オレが初めてアジトに連れて来た時と同じだ。………ミエーレ………何で、何でリゾットがミエーレを連れて来る?ここ最近の行動を考えれば…入れ込んでる女ってのは…ミエーレだった…?まさか………、よりによって、オレがミエーレを拾った事が…なかった事になるなんてな…。
「オ…オイ………ミエーレ………」
「っご、ごめんなさい……な、殴らないでください…っごめんなさい…」
……………オレが一度だってオメーに手ぇ上げた事あったかよ…。
………いや、違う。今のは…オレが悪い。最初の頃のこいつは………話こそ落ち着いて出来たが、目もまともに合わせられねぇし…手を伸ばされりゃあビビって許しを乞うしかできなかった。…だが本当の最初は、何がどうなろうがどうだっていいとでも言うように全てを諦めていた。今…殴り殺されても構わねぇという態度じゃあねぇって事は………リゾット、おめー少しはこいつがまともな思考を持てるように人間扱いしてやったらしいな………。
─────
…やっぱりそうだ。オレの考えは正しかった。
「リゾット……これ、」
「なんだ?」
「美味しかったです…ありがとうございます」
自分から声を掛けるのはリゾットに対してだけだ。…頭を撫でられて嬉しそうに身じろいでいる。
…数週間経って慣れてきてもいい頃だが…他の連中とはまだ打ち解けられねぇらしいな。………気に食わねぇが特にオレは………苦手意識を持たれているとすら感じる。初日のあれがまずかったのか…チッ………。
「ミエーレ、ミエーレミエーレミエーレよォ」
「ひっ………」
「おい逃げるんじゃあねぇ!」
「やめろプロシュート。ビビらせてんじゃあねぇ」
「チッ!」
すっかり保護者気どりかよ。しゃがんでリゾットの服の下に潜って行きやがった。膝裏まである服のビラビラしたとこを掴んで隠れようとしてる………馬鹿が、裾の方は汚ぇだろうが。
「お前…何かやったのか?」
「あ?」
「ここまでビビるのは何だ」
「オレが聞きてぇ事だぜそれはよォ!」
「そのすぐ怒鳴るのをどうにかしろ。でけぇ音や声が苦手なんだとまだ分からねぇのか」
この野郎………オメーよりもオレの方がそいつに詳しいんだがなァ…?…クソ、だがそんな事は言っても仕方ねぇ…。それより元の時間軸に戻る方法を探さなきゃあならねぇ。一刻も早く………、
「…チッ…。…あの件はどうなってる?」
オレが何者かの攻撃によって過去に戻されている事実を知るのはリゾットだけだ。…仲間を信用してねぇ訳じゃあねぇが、ここでの出来事が未来に影響を与えねぇとは限らねぇからな。軽率な言動は取るべきじゃあねぇ。…もっともミエーレを拾ったのがリゾットになってる時点で本当にあった過去じゃねぇが。…もしかしたら今ここに存在している事実は事実じゃあなく、ただのオレの幻覚や悪夢の可能性もある。それでもオレ一人じゃあどうにもならねぇ状況に変わりはねぇ…。
「…それらしい能力を持った人物はまだ見つかっていない」
「………だろうな」
ここに来てすでに数週間…。現実のオレはどういう状況なんだ…。…ミエーレは飯食ってんのか?アジトには誰かしらいるから心配するほどじゃあねぇとは思うが…。
「……………、」
「…おいミエーレ…」
リゾットの脚の間から覗き見ていたミエーレに声を掛けるが目が合うとまた隠れちまった。…何でこんなにビビってんのか知らねぇが…こいつを手懐ける方法ならオレが一番よく知っている。すでに成功している確実な方法だ。過去が変わろうが人の味覚までは変わらねぇだろう。
あいつの気に入っている店のドルチェを渡すだけで会話はねぇ。渡したらすぐに立ち去る。ただそれを繰り返した結果───、同じ空間に居ても震えねぇ程には慣れたらしい。
「───あ?おいミエーレ!ブラウスのボタン掛け違えてるじゃあねぇか!」
「っす、す…すみません…」
「リゾットはこんな事もしてくれねぇのか?ああ?ったく…服くらい着せてやれってんだ…。貸しな」
「………、」
…大人しいな。オレが手を伸ばしても逃げて行かねぇ。黙ってオレのやる事を見れるくらいには成長したな。
「あ…あの、プ…プロシュート…」
「どうした?」
「リ…リゾットが…、…男の人に服を着せてもらうのは恥ずかしい事なんだって………だから、自分で出来る事はやれって………」
「はあ?出来てねぇから言ってんだぜ。どうやったらこんなふうになんだァ?」
「あ………すみません………」
「いいかミエーレ。出来ねぇ事を出来ねぇって言うのは恥ずかしい事じゃあねぇ。難しい事があったなら周りの奴を頼って良いんだ。甘えて良いんだぜ」
「……………」
「………なぁ、プロシュート」
「あ?何だ居たのかメローネ」
「ずっと居たぜ?それよりリゾットが言った”恥ずかしい事なんだ”って…女としての羞恥心の話じゃあないか?」
「は?」
「…なぁ、ミエーレ。おまえもそう思うだろ?」
「………?」
「分からねぇんだ…じゃあいいよ。首突っ込んで悪かったな」
「訳分かんねぇ事言ってんじゃあねぇぜ」
「ディ・モールト…納得いかない」
「…苦しいか?一番上は開けとくか?」
「いえ…苦しくないので留めてもらって大丈夫です」
「…よし」
「………ありがとうございます…」
「おう」
「あの…ありがとうございます」
「聞いたぜ。礼は一回でいい」
「違うんです………最初のお礼はボタンを留めてもらった事に対してで、二回目のお礼は優しい事を言ってくれた事に対してです…」
「優しい事?…どこをそう思ったか知らねぇがオレは当然の事しか言ってねぇぜ。当然の事を言われて礼を言うのはおかしい事だ。だから礼は一回でいい」
「えっと…すみません、”当然の事”が分からなくて…」
「おいおいミエーレ、ミエーレよォ~!分からない事は誰にだってあるんだ。オレにだってある。おめーにとってそれが一般常識や”当然の事”ってだけで、それは何にも悪い事じゃあねぇ。悪い事をしてねぇなら謝る必要ねぇよなァ?ええ?すみませんなんて口癖みてぇに言ってんじゃあねぇぜ」
「あ…はい、すみま………、あの………えっと………」
「そうだ!それでいいんだぜ!おまえには理解能力がある!もっと自信を持て。そうすれば今みたいに途中まで言う事もなくなる。自然と言わなくなるのもすぐだぜ」
「………はい…」
頭を撫でても拒絶しねぇ。嫌がる素振りもねぇ。………連れて帰って飯食わせてぇが今のこいつにはリゾットがいる。…飯を食わせるのも風呂に入れるのも寝かし付けるのもオレの仕事じゃあねぇ…。
「戻ったぞ」
「リゾット……っ!おかえりなさい……!」
「ああ」
…当たり前の日常がある日突然当たり前じゃなくなる…その違和感と喪失感は十分わかった。…これが何の目的の攻撃か知らねぇが…困惑させ気力を失せさせるのがひとつの目的だとするならばそれは達成してるぜ。
嬉しそうに駆け寄るのはオレに対してだけだった。…絶対的な信頼を寄せるのはオレに対してだけだった。…オレだったもんが今は全てリゾットになっている。
…やっぱりそうだった。あいつはオレに惚れてるわけじゃあなかった。オレだから惚れたわけじゃあなく、守ってくれる存在だったからその信頼が好意に思えただけ。…最初からオレである意味はなかった。オレである必要はどこにもなかった───。
─────
ミエーレ………、
「よぉ…一人か」
「あ…プロシュート」
だいぶ慣れたな。二人でいても平気そうだ。
「…あ?オイおめー何だその頭は!」
「あ…頭?」
「寝癖ついてるじゃあねぇか!リゾットはこんなのも直してくれねぇのか!身だしなみはきちんとしなくちゃあいけねぇだろうが!いくらマンモーナって言われようがおまえは立派なシニョリーナなんだからよォ!!」
「マンモーナ?シニョリーナ…?」
「甘ったれてたって立派な女なんだからちゃんとしろって言ってんだ!ほらそっち向いてじっとしてろ!!」
ったくリゾットの野郎は何やってんだ!服も適当に着せるし髪だっていつもボサボサだ!今日はいつにも増してひでぇ!よく見りゃあこんなに傷んでるじゃあねぇか!こいつは何も分からねぇし一人じゃ何も出来ねぇんだからちょっとした事でも気にかけてやらなきゃいけねぇだろうが!!
「………、………」
あ?なんか…縮こまってんな。何だ?慣れてきたはずだったが…オレに背を向けるのが怖いのか?髪を触られるのが嫌なのか…?まさか………、………いや、そうか。
「…痛くしねぇから安心しな。オレはおめーの嫌がる事はしねぇぜ」
「え………、」
「髪を引っ張ったりなんかしねぇ。痛かったら言え」
「………髪の毛…掴まれて引きずり回されたのが痛くて嫌だったってお話した事ありましたっけ…?」
「………ああ」
…今のおめーにじゃあねぇが。こいつを拾ったのがリゾットになってるって事以外は何も変わりねぇらしいな。こいつのクソみたいな過去の経験も…。
「………あ…あの………?」
小せぇ背中を抱き締めればその身をよじった。こいつを痛め付けた野郎共をオレがこの手で始末出来なかった事に腹が立って仕方ねぇ。リゾットなら当然…むしろオレが殺る以上の苦しみを与えて始末しただろうが…、オレが殺らなきゃあ意味がねぇんだ。
「………痛ぇか?」
「え?」
「背中」
「…い、いえ………。………あったかいです…」
『…プロシュートにギューってされるのね、あったかくて大好きなんです…』
………そんな事を言ってたな…オレに一番懐いていたこいつは………。
「不思議です…」
「うん?」
「なんだかプロシュートは…全部知っているみたいで………とても不思議です…」
「知ってるぜ。おめーの事なら何だって」
「…どうして…?」
「そりゃあ秘密だ。その理由が知りてぇならもっとオレの他の事をよく知るんだな」
「他の事…?わたしはプロシュートの何を知ったらいいんですか…?」
「おめーの知りてぇ事だろうが」
「………知りたい事………」
「考えておくんだな。…よし!ほら見ろ!きっちり結べば可愛い顔がよく見えるだろうが!」
「わぁ………すごい。プロシュートは器用ですね!…ありがとうございます…!」
「おう」
「リゾットに見せたいです…!早く帰って来ないかなぁ~…」
「……………」
「あ…そうだ。あの、プロシュートが買ってきてくれるドルチェ、いつも…全部美味しいです…!全部好きになっちゃいました…」
「………そりゃあそうさ。おまえの好きなもんだけを選んで買ってんだからな」
「…どうしてわたしの好きなもんが分かるんですか…?」
「分かるからだ」
「………やっぱり不思議です…」
…この潤ませている目の純粋な眼差しは現実のこいつを思い出させる。真っ直ぐにただオレの事だけを考えていたあいつを…。今はその目でオレを見ているようで見ていねぇ。…リゾットの事を考えてリゾットの帰りをただ待っている。こいつの目に映るには…”最初”である事が重要なんだ………。
「………、………」
…何やってんだ?…菓子の包み紙が上手く剥がせなくて手こずってんのか…?不器用な奴だ。オレは言ったよなぁ?頼れる仲間がいるならそいつに甘えろってよォ〜。
「………あの、プロシュート…この、…これ、お菓子…開けてって言ったら怒りますか…?」
「何で怒ると思う?」
「み、みんな…そんな事も出来ねぇのかマンモーナって言うので…」
「誰に言われたって?」
「………イルーゾォと、ギアッチョとメローネです」
だろうな。リゾットとペッシはまず言わねぇしホルマジオはあれでいて気が利く。こいつが傷付くような言葉を避けるくらい酔ってても出来る。ソルベとジェラートはこいつの存在に気が付いてねぇのかってほどに無関心だ。からかったりバカにするマンモーニはあいつらくらいだからな。
菓子を剥いて顔の前に差し出せば素直に口を開けてかぶり付いた。…このオレが他人に物を食わせてやるなんてな。相手がこいつじゃなきゃあ有り得ねぇ。
「美味ぇか」
「はい…!」
オレは元々こいつと二人でいる時こんなふうに菓子を食わせてやったり、髪を結ってやったり本を読んでやったりしていた。…今のこいつは…リゾットと二人でいて何やってんだ…?想像もつかねぇ…。
「おめー普段リゾットと二人でいて何話してんだよ」
「話…?…昨日は、リゾットにミエーレ(はちみつ)を掛けたらご飯なのかドルチェなのか…話し合いました」
「くだらねぇ事喋ってんな…」
「プロシュートはどっちだと思いますか?」
「何掛けようがリゾットはリゾットだろ」
「わたしもそう思います。だけどリゾットの意見はドルチェでした。甘いものはみんなドルチェだそうです」
「奴が言いそうなこった。で?結論は?」
「…話しただけです。どちらか決まったわけではありません…眠くて寝ちゃいましたし」
「しょうもねぇなァ~………だがそれがいい。何も生まねぇが何も失わねぇ、くだらねぇ事ばっかやってたらいいんだぜ、おめーはよォ」
それがお前を守りながら育てる一番いい方法だからな。オレが傍にいなくても……こいつにとって大事な奴がオレじゃあなくても……こいつがこれ以上傷を負わずに心が正常になるように成長していけるならそれでいい…。
─────
「プロシュート、お前ってミエーレに本気なのか?」
「はあ…?」
メローネの質問に場にいるペッシとギアッチョも顔を上げた。何バカな事言ってんだァ…?オレの膝を枕代わりにして寝ているミエーレを三人同時に見遣った。…見てんじゃあねぇぞ…。こいつの寝顔を隠すように手を翳したら誰かが馬鹿にするように笑いやがった………。
「オイ………何笑ってんだ?メローネよォ~…」
「いやぁ今笑ったのはオレじゃあないぜ?ペッシだ」
「ちっ違うよォ!メローネですぜ、兄貴!」
「ははは。ギアッチョも笑ってるって」
「何も面白くねぇのに笑うかよ。オメーは何がそんなに面白いんだァ~?」
「ふふ…まるで自分の所有物とでも言うように膝に乗せて頭撫でて、オレ達に見せねぇように手で隠したのにお前らは面白くないのか?」
「頭撫でてんじゃあねぇ…髪を指で梳かしてんだ」
「それはどっちだっていいぜ。しかし意外だ。こんな発展途上の少女のような女にあのプロシュートが本気になってるなんてな」
「チッ………」
「え?否定しないんですかィ?」
「マジかよ。そりゃあ確かに面白ぇかもなァ~!」
ガキかこいつら…しょうもねぇ…。
「本気ならいいんだ」
「…どういう意味だ?」
「遊びやからかいで物贈ったりそうやって甘やかしたりしてるんなら止めた方がいいんじゃあないかと思ってな。トラウマになったら可哀想だろ?リーダーだって黙っちゃあいないぜ」
…ハンッ。世間知らずのお嬢さんを弄ぶなって事か?そいつはいらねぇ心配だぜ。何故ならこいつがオレに気がなきゃ弄んだ事にならねぇからだ。口説いたところでこいつは靡きゃあしねぇ。動物の刷り込みみてぇなもんだ…”最初に拾った”って事が肝心で、最初じゃあねぇ今のオレにこいつが興味示す事はねぇんだからな…。
「………プロシュート兄貴…」
「あ?………起きたか」
「…重くないですか…?」
「重くねぇよ」
「脚…痺れてないです?」
「おめーの頭一つくらい乗ってたって気付かねぇぜ」
「脚の感覚が鈍いという事…?お医者さんに診てもらいますか…?」
「痺れてねぇから気にすんなって言ったんだ…」
「そうですか………よかった…」
「無理に起きる事はねぇだろ。眠いなら寝てろ」
「ん………リゾット………」
「……………、」
「まだ………」
「…リゾットならまだだ…」
「まだ…帰って来なくて大丈夫です………もうちょっと…プロシュートのお膝を借りていたいので………」
………あ?それは何だ?リゾットよりオレと居る方を望んでるって事か…?
「おい、ミエーレ…」
「………」
また寝たか…。………オレだからいいものの…油断し過ぎだぜマンモーナよォ…。こういう無防備な姿を晒す相手は選べって、起きたらきつく言う必要があるな。
「「「……………」」」
「…何見てんだてめぇら。文句があるなら言ってみろ」
「「「いや別に…」」」
─────
───ここでのミエーレはリゾットに絶大な信頼と好意を寄せてる……それは誰の目にも明らかだ。
その理由はよく分かる。現実のオレに向けるのと同じだからだ。最初に救いの手を差し伸べた奴に懐き、何よりも優先させ常にそいつの事だけを考えている…。………そう、思っていた………。
だが………、
「あ、プロシュート…」
いつからか…オレを見るこいつの瞳が変わった気がする。…現実のこいつと同じだ…。手を伸ばせば嬉しそうにすり寄ってくる…仕草と表情から読み取れるのは…好意そのものだ。
「………おいミエーレ、またブラウスのボタンを掛け違えてるぜ。貸しな」
「っ………だ、大丈夫です…」
「あ?」
「じ、自分で…出来ます」
「……………」
ブラウスのボタンを外せば肌が見える。…こいつの体には色んな痕が残っているが、最初の頃はそれを見られる事に何の抵抗もなかった。…それが、こんな風に隠すようになったのは…オレに対する好意を自覚した時だった。オレに惚れてるからこそ、体の痣というコンプレックスを隠そうとしたんだ。…現実のこいつが踏んだ道順をこいつも辿っている…。
「………っ!」
顎を持ち上げれば紅潮した顔と目が合う。…潤んだ瞳に映るのはオレだ。…こいつはオレを見ている…。
「ミエーレ…昨日寝る前に何を考えていた?」
「えっ…寝る前…?リゾットがくれたホットミルクが美味しいなって………それで、プロシュートは…寝る前に何を飲むのかな?って………」
「………ワインかブランデーだ」
「お酒…」
「今日は…何を考えていた?」
「んー…リゾットが夕飯はラザニアだって言ったのでその想像を………リゾットはラザニアを作れるけど、プロシュートは作れるかな?って………」
「オレに出来ねぇ事はねぇぜ」
「そっか!…すごいです…」
リゾットの事を考えているのは確かだ。だが同時にオレの事も考えている。…"最初"が重要なのは間違いねぇが…、"最初"じゃあねぇから有り得ねぇってオレの考えは…違うんじゃあねぇか?
「プ…プロシュート…っ?ど、どうしたんです…?」
「抱き締めると心の中で思ったから行動したんだぜ」
「え…っ」
「…嫌か?」
「………嫌…じゃ、ないです…。………あったかいから、………嬉しいです」
こいつは………、………オレでいいのかも知れねぇ。こいつがオレに惚れたのは…最初に拾ったのがオレだったからっていう偶然じゃあねぇ。たまたまオレに惚れたんじゃあねぇ。…オレだから、惚れたんだ。相手がオレじゃあなきゃ…最初に救いの手を差し伸べた特別な存在であっても…この顔はしない。
好きで好きで仕方ねぇ、触れて欲しくてたまらねぇ…まるでそう言うようなこの瞳をリゾットに向けてるところは見た事がねぇ。好意にも種類がある。…リゾットに対する好意とオレに対する好意には…相違があるんじゃあねぇか…?
…現実のこいつはキスが嫌いだと言っていた。だがオレだけは特別だからできると…。
「なぁ………リゾットとキスをした事があるか?」
「え………リゾットは…優しいですよ。わたしを道具扱いしないです。…わたしの体を使うような事はしないです」
この的外れな返事は………てめぇの欲望を満たす為だけに無理強いしてきたクソ野郎共と比べてんだろうな。
「されたとしたら?」
「…されたくないです………キスが嫌なんです…なんか気持ち悪くって………」
「オレも同じか?…気持ち悪ぃか?」
「………してみないと、分かんないです………」
されたくないと言わねぇ。試しにしてみても良いと思ってるって事だ。………それが答えだ。
正しいと思った考えに疑問が生まれ、それが確実な否定に変わった。こいつは…たまたま拾ってくれたからオレを見ていたんじゃあなく、人として向き合ったうえでオレを見ていたんだ。今のこいつがその証拠だ。拾ってくれたリゾットには親兄弟のような親しみの好意を、…拾ってやらなくても気にかけ世話を焼き名前を呼んで可愛がっているオレには…それとはまた別の形の好意を…。現実で知る事が出来るはずのねぇ事を…まさか敵の攻撃のおかげで知れるなんてな…。
「───呼んだかリゾット」
「遅ぇぞ」
「オレの可愛いマンモーナが離してくれなくてな」
「オレの…?」
「おめーミエーレをちゃんと育てる気あんのか?未だに服のボタン一つまともに留められやしねぇ。身だしなみも適当だしよォ〜肌や髪の手入れはきっちりやって教えなきゃあならねぇだろうが」
「………服を着る事、床に座らねぇ事、飯を三度食う事、ナイフとフォークの使い方、相手の本心の見抜き方は教えた」
「そりゃあ人間としての生活で必要な事は優先させるだろうがよォ〜………最後のは何だ?もっと他にあるだろ…」
「お前には関係ねぇだろ。教育に関してはまだメローネの方が当てになる」
「関係はあるぜ。オレのミエーレなんだからな」
「は………?………お前…!幼女趣味だったのか…!」
「待て、幼女ではねぇだろ…。………幼女じゃあねぇぞ」
「何故二回言う。まったく…お前ともあろう者がよりによって………よくあんな手の平サイズの小動物に欲情できるな…大丈夫か?」
「手の平サイズでも小動物でもねぇぜ。逆に大丈夫か」
「言っておくが嫁にはやらねぇぞ。お前のような女に不自由しねぇ奴には尚更。目移りしてんじゃあねぇかって不安が常に付きまとうようじゃ困る」
「親父かおめーは…面倒くせぇな…。それより本題だ。オレだけを呼んだって事は例の件だろ?」
「ああ……敵の居場所を突き止めた訳じゃあない。だがお前の射程距離内にはいるはずだ。過去を改変する能力なんてものがあるのかは分からないが、攻撃を受けたお前本人が成す術もなくただやられっぱなしなんて状況はフェアじゃあねぇ。打開策は必ずある。完全無欠の能力は存在しないからな」
「…なるほどな。つまり射程距離限界まで能力を使って敵をあぶり出せばいいって話だな?時間かけたわりにぱっと思いつく提案しかしてくれねぇんだな、リーダーさんよォ…」
「この数週間お前は何をやっていた?」
「オレなりの調査だ」
「結果は?」
「結果が出てりゃあここにはいねぇ」
「自分の事を棚に上げるか。これ以上時間をかけても見込みがねぇからした提案だ。あくまで推測で確証はねぇが試す価値はあるだろう。…お前の射程距離は広い。切羽詰まった状況じゃあねぇんだ、やるなら一般人を巻き込まねぇ所でやれ」
「おう───」
───
─────
──────────
「───………、」
ここは………、
………見慣れた部屋のベッドの上だ。…隣には………ミエーレ…。
………戻ったらしいな。人気のねぇところでスタンドを出して数分…、普通の人間なら寿命でくたばってる筈だ。…敵は本当に潜んでいたらしい。寿命でくたばるギリギリまで能力を解除しなかった事は褒めてやっていい。ギャングに向いてるぜ。
「ん………プロシュート………?」
「おう、ミエーレ…オレのミエーレ」
オレが攻撃を受けていた間 現実はどうなっていたんだ?…日付は…、最後に確認してから二日が経過している。あそこでは数週間経ってたが実際にはたったの二日か…。結局あれは夢だったのか幻覚だったのか…どちらにせよ妙に現実味があって生々しかった。
「なんかすごーく長い夢を見ました…」
「夢…?どんな?」
「うーん…よく覚えてないですけど…なんか、リゾットと暮らしていたような………?………また一から…プロシュートと親しくなるような夢だった気がします」
…オレに対する攻撃だと思ったが…こいつも受けていたのか?射程距離内の相手に幻覚を見せる能力…?だとしたらまだこの辺りに………、
「───、」
「───!」
「………何だろう?外が騒がしいです…虹でも出てるのかな?」
そんな事で騒ぐのはお前だけだぜマンモーナ…。
ミエーレの頭を撫でてから窓の外を確認すると、野次馬の中心に一人の老婆がぶっ倒れているのが見えた。………そいつが着ているのはオレのスーツのジャケットだ。………ああ…、あれか?やけに執拗い女が一人いたが、服をくれれば付き纏うのをやめると言って渡した事があった。そういや幻覚の中である女に何度か会った気がする。よく覚えてねぇから顔も名前も分からねぇが。
………幻覚の中でのスタンド攻撃が現実に戻った今も有効なのはあいつの能力の弱点だろうな。幻覚の中で起きた事が現実に反映されている。…しかしまさかあの女がスタンド使いだったとはな…。逆恨みにミエーレまで巻き込んじまった。…あの女の能力でオレたちは同じ幻覚を見ていたわけだ…。
「悪かったな」
「はい?」
だがオレは…知るはずがなかった…知りたかった事を知れた。幻覚や夢であるならただのオレの願望って線もあるが……それは違う気がする。こいつがオレを選ぶ事をオレが願ったからあんな内容だったんじゃあねぇ。どんな出会い方をしようとも、こいつはオレを見てオレを選ぶと確信している。…こいつの瞳がそう言ってるからだ。
「おまえ………たまたまオレに惚れたんじゃあなかったんだな」
「え…?た…たまたま惚れるなんて事があり得るんですか…?」
「あるはずだったんだ……だがその考えは間違っていた」
「………よく分かんないですけど、わたしは…あなただから…プロシュートだから、そばに居たいと思うんですよ」
「…ああ。…疑って悪かったな」
「何を疑われていたのでしょうか…」
「知らなくていい。…ミエーレ、Baciami」
「え?」
「早くしろ」
「…ど、どうしたんですか…?何だか変です…」
「早く」
「も、もう……強引なんだから……」
生意気にも文句を垂れながら、…それでもどこか嬉しそうにオレが教えてやった通りに唇を重ねてきた。
…やっぱりこいつを育てるのはオレじゃなきゃあならねぇ。…他の野郎は認めねぇ。例え相手がリゾットだろうが、こいつを正しく育てられるのはオレしかいねぇんだ。
「なぁ…もう一回言え」
「もう一回…?」
「さっき言った事」
「さっき…?えっと、………わたしは…、プロシュートだからそばに居たいと思うんです」
ちゃんとオレの聞きてぇ事を言えるじゃあねぇか。何でもかんでも、自分が言った事すらオレに聞いて確認しなきゃ分からねぇような奴だったのによォ〜。
「…成長したな、ミエーレ」
「プロシュートのおかげです。プロシュートがいなかったらわたしはただの息をするだけの死体でした。もしもそばに居てくれる人がプロシュートじゃあなかったらこうはなってないです。…プロシュートじゃなければダメなんです」
「………ああ」
「だから…、…これからも………」
まさかこいつがオレの欲しい言葉を言えるようになるなんてな。拾ってきた当初は想像もつかなかったぜ。
まだ何か言おうとしていたが口を塞いじまった。オレのキスに応えるのに必死なこいつは本当に………、
「…これからも、何だって?」
「…何言おうと思ったのか忘れちゃいました…」
「バカだなァ、オレのミエーレ」
「プロシュートのせいなのに…」
「生意気な事を言う口は塞がなきゃあならねぇな?」
「ん………」
これからも………、そばに居るのはオレだけだ。オレ以外はあり得ねぇ。…お前もそう思うだろ?そばに居ろって、オレじゃあなきゃ嫌なんだって言おうとしたんだろ。…何で分かるかって?分かるからだ。オレには分かる。…瞳を見りゃあな。
《初めて敵に感謝した日》
まさか攻撃を受けて良かったと思う日が来るなんてな。…まぁこんな事がなくたってミエーレにはオレしかいねぇと気付くくらいすぐだったが。
Fine.
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