Regalo misterioso
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「…何やっとんだ、マンモーナ?」
持ってきた椅子に腰かけ、玄関の扉を見つめているミエーレにギアッチョは不思議そうに声を掛けた。
「プロシュート待ってんのかァ?何も入口で待ってる事ねぇだろうが」
「違いますよ。予約の品を待っているのです」
「予約の品?通販か?オメー何でアジトの住所にしたんだ。リゾットに怒られてもオレは知らねぇぞ」
「通販じゃあないですよ」
「じゃあ何だよ。今日届くのか?」
「分かんないです。でも待ってるんです」
「ああ?ついにおかしくなっちまったかァ?最初からイカレてはいたがよォ~」
悪態をつきながらも傍にしゃがみ込んだギアッチョを、話し相手ができたと思ったらしいミエーレは嬉しそうに目を細めて見つめた。
「なァ?いつ何を予約したんだよ?」
「いつだったかは…分かんないです。子供の頃…?遠い記憶のような気がします」
「はあ?何言ってんだオメー…頭大丈夫か?」
「なんだか不思議な感じなんです。夢…だったのかな…?本当の自分じゃあなかったような気すらします」
「もういいよ。オメーの言いてぇ事はこれっぽっちも理解してやれねぇ」
「何を…っていうのは、内緒にしたいんですけど…」
「いいっつったんだがなァ~…オレの話聞いてねぇだろ」
「ギアッチョには特別に教えてあげます…!耳、貸してください」
小さく手招きしたミエーレに近寄り耳打ちする事を許したギアッチョはある事を思い出した───。
─────数日前、
〔プロシュート視点〕
「ああ…?記憶喪失だぁ………?」
ミエーレが気を失ってから約二時間。奇襲を掛けてきたスタンド使いをとっ捕まえて吐かせると記憶障害を起こしているなんて抜かしやがった。ここ数年の記憶が消えているか、何も分からねぇ真っ新な状態になっているかも知れねぇと。元に戻す方法は攻撃を受けた本人次第……そいつの意思の強さが大きく関わっているらしい。
「つまり…戻らねぇ可能性もあるって事だよなぁ?」
「………」
目を逸らして口を閉ざしやがった。脆くなった脚を踏みつけて潰すと喧しく泣き叫びながら「そうだ」と言った。…元に戻す事が出来ねぇならこいつは用無しだ。首を捻れば簡単に泡を吹いて息絶えた。
「オイ!殺したのか!?まだそいつの目的を聞いてないじゃあないか!何故急にオレ達を襲ったのか?それもスタンドで!目的も素性も分からないままだぞ!こう老いていちゃあ元の顔も分からない!特定のしようがないぞ!」
「うるせぇ。大方組織に属しているチンピラだろう。そもそもオメーが女の尻追ってるからぶつかったんじゃあねぇか」
「ああ、そのおかげで見失ったぜ。いい母親になりそうだったのに…」
「ぶつかられて腹が立ったから襲った。それだけの事だ」
「まずいんじゃあないのか。組織の人間なら尚更…」
「組織の人間なら暗殺されても仕方ねぇだろうが」
………チッ…クソ。オレともあろうものが、動揺しちまっている。記憶が戻るかは意思の強さ次第だと?意思が強いわけがねーんだ…あのマンモーナのミエーレがよォ…。って事はあいつは………、
─────
「まだ起きねえのか」
「………」
「んな付きっ切りで見てる事もねぇだろォ…心配性のジジイかァ?」
「黙って氷出せ。替え時だ」
「冷蔵庫の氷でいいよな?わざわざオレが能力を使う必要はねぇよなァ~~~?」
「………」
「チッ………おらよ」
目が覚めて最初に…こいつは何を言う?…まずは誰だ、って聞かれるだろうな。…何て答える?
「…記憶喪失ってよォ~~これまでの記憶がなくなってんだよなァ?一般常識はどうなんだ?言葉も話せねぇし理解できねぇんだったら、今まで以上に一からすべてをお前が教えてやんなきゃならなくなるなァ」
「………」
文字の読み書きからか…それは構わねぇ。元々学がねぇ奴だったからな。近い事はやっていた。やっと一人で本を読めるようになってきてたってのにまた振り出しか…。
「言語は問題ねぇが過去の記憶だけが思い出せねぇ、自分が何者なのか分からねぇって状況だったらよォ~~別に困る事もねぇよな。オメーが”都合の良い事”だけ教えてやりゃあいいんだからよ。むしろ培ってきたものがない本来持ってる気質が見れて案外面白いかも知れねぇぜ。本当は気が強くて生意気だったりしてなァ?少なくとも表情筋は死んでねぇんじゃあねぇか?」
「…オイ、ギアッチョ てめー…」
「なんだよ。言い過ぎたか?悪いって言やあいいかよ」
「………いや」
考えようによっちゃあ…悪いだけの状況じゃあねぇって事を言いてぇのか。ギアッチョのくせに生意気じゃあねぇか。………まぁ、だが…一理ある。こいつの生い立ちについて詳しく知ってるわけじゃねぇが、普通じゃねぇ事くらい見りゃ分かる。思い出す必要があるか?って言ったら、いらねぇ記憶の方が…多いかもな。じゃなきゃ感情が希薄でニコリともできねぇような奴になるはずがねぇ。辛いだけの過去の記憶なら…ねぇ方がいい。
「…どこ行くんだ」
「茶ァ淹れて来る。…妙な事すんじゃあねぇぞ」
「するわけねぇだろふざけんなカチ割んぞジジイッ!!」
…初めて話をした時に飲ませた紅茶…。世の中にはもっと値が張るいい茶葉があるってのに…あいつはあの時の銘柄を今でも気に入っている。メンバー全員がそれぞれ買って来やがるせいでアジトには売れるほど在庫がある。記憶がなくなっても味覚は変わらねぇだろ。…もういらねぇって言うくらい飲ませてやらなきゃあな。
記憶…。そいつがなくても変わらねぇものが…何か…あるのか…。…服とベッドと紅茶を与えてくれるから、良い人だ。と…初対面のオレにそう言った。…ミエーレは、ギャングでも人殺しでもねぇオレを見ていたんだ。そいつはそれまでに培った”普通じゃねぇもの”がそうさせた。…なら、…記憶がねぇ真っ新なあいつはどうだ。普通の感覚を持ったなら…、…どうだ…?
部屋に戻るとギアッチョの姿がなかった。何しに来たのか知らねぇが…、まぁこいつの様子が気になったんだろうな。
………まだ起きねぇか。…こいつはオレが起きるとすぐ起きる。普段から眠りが浅いこいつの寝顔をここまで見るのは…初めてだ。
「………、ミエーレ………」
「……………」
普通の女なら…目が覚めて知らねぇ野郎がいたらビビるだろうな。それがギャングなら尚更…。
ごちゃごちゃ頭で考えるのはガラじゃねぇってのに…、…こいつが目覚めて何を語ればいいのか、なんて考えちまってる。…まさかこのオレが…ビビってんのか…。これまでの普通の日常が、消え失せるかも知れねぇ状況に…。
「…どうしたんですか?」
「ッ!………あ?」
「そんな辛そうな顔しないでください…」
「ミエーレ、おめー…」
目が覚めた…のか?
上体を起こしたミエーレを凝視する。…目覚めて知らねぇ野郎がいたのに開口一番心配するような事を言うのはおかしい。って事はこいつ、記憶が………?
さっき淹れてきた紅茶のカップを差し出すと、少し首を傾けつつそいつを受け取った。
「………オメー、何素直に受け取ってんだ?」
「え…?」
「見ず知らずの野郎から物を受け取るなって教わらなかったのか?」
オレは教えたぜ…。
「毒でも入ってたらどうするつもりだ」
「毒…なんですか?」
「…さぁな」
…カップの中に視線を落として数秒考えてから口に運んだ。…おいおい…オメーは何も変わってねぇな。警戒心がねぇのか、馬鹿なのか…いや、馬鹿だから警戒しねぇのか…。
「…ただのお茶です…。温かくて美味しい紅茶です」
「………美味ぇか」
「はい」
「………良かったな」
似たようなやり取りを初めて会った時にもした気がする。…それをこいつは…覚えているのか…?
「知らない人から物を貰ってはいけないって強く言われていましたけど…あなたは大丈夫な気がするんです。不思議です…ふふ、」
………笑った…。初めて見た…こいつが笑ったところを…。記憶を無くして初めて………。知らない人と言われた事も案の定記憶を失っているであろう事実も腹が立つが…、それを上回る衝撃だ。こんなに…柔らかい表情ができるんじゃあねぇか。
頭を撫でてやれば不思議そうに首を傾げながらも、どこか嬉しそうに…また笑った。
「おまえ…記憶は?自分の事は分かるのか?」
「ん…?分かんないです。さっきミエーレって呼びましたよね?お兄さんの方がわたしの事知ってるんじゃあないですか?」
「そりゃあ知ってるが…オメーよォ…、訳も分からず知らねぇ場所で目覚めて知らねぇ野郎が居たら普通は不安や恐怖を感じるもんだぜ?」
「そうなんですか?」
「オメーぼーっとした奴なんだな…」
「し、失礼ですよ…っ!」
…むっとしている。…失礼な事を言われて、頭に来ているのか?これは怒っている顔か?
「な…何笑ってるんですか…!」
「いや…オメーが怒ってるからよォ…」
「怒ってる人を見て笑うなんて…変です!」
「はっ…そりゃ悪かったな…。機嫌直せよ、…なぁミエーレ…」
不幸な事に巻き込まれずにまともに育ってりゃあこうなっていたのか。些細な事でも笑って怒る…感情を表に出す、こういう奴に…。
…だが、こいつが不幸だったおかげでオレはこいつに引き寄せられた。こいつが不幸体質だったおかげでオレはこいつの存在を知れた。…これを良かったと思うのはオレのひでぇエゴイズムだろうが、例えこいつに自分勝手のクソ野郎だと言われて恨まれても、こいつを手元に置いておけるならそれでいい…。
「また…その顔、」
「…あ?」
「どうして辛そうな顔をするんですか?笑ってください、ハンサムなお兄さん」
…こいつが何の躊躇いもなくオレの頬に触れた事は…なかった。ただの一度も。躊躇う理由を知らねぇんだろうな、今のこいつは…。…逆を言えばつまりミエーレは…触れる事で何らかの苦痛を味わったって事だ。何も知らねぇ今のこいつを見れば見るほど、いつものあいつが感じてきたであろう苦痛が垣間見えて胸糞が悪い。
…今のこいつにオレが付いていてやりゃあ、心を失う事はねぇ。…自分を殺す苦痛を知らずに成長していける。
「なぁ…ミエーレよォ、…おまえは今から、この先ずっと…オレのエゴでオレに縛られるとしたらどうする?」
「…縄で縛るんですか?…痛い?」
「痛くはしねぇよ。…おまえの心を痛めつけねぇ為に…オレが作った箱庭で、オレの都合のいい物だけを与える。傷を作らねぇ為に…これ以上の不幸を引き寄せない為に」
「あなたの都合のいい物だけ……って、わたしの好きな物はダメですか?」
「何が欲しい?」
「甘くて柔らかいものとか…わたしは好きなんですけど…」
「オメーの好きなドルチェなら毎日与えてやるよ」
「本当?じゃあいいですよ!」
………こいつ、馬鹿だな。…オレが悪人だとまるで思ってねぇ。何で初対面の野郎を信用してやがんだ…。記憶があろうがなかろうが、オレが付いていなきゃあ危ねぇじゃあねぇか。目を離しちゃあいけねぇな…。
「ミエーレ、ミエーレよォ…だからオメーはマンモーナなんだぜ。そんなに簡単に見ず知らずの野郎の言いなりになる事を受け入れるんじゃあねぇ。あとな、さっきオメーはオレに変だって言ったが、オメーの方が変だぜ。普通初対面の名前も知らねぇ野郎とベラベラ喋ったりしねぇ。警戒心ってもんがおまえにはねぇのか」
「…だって、初めて会った感じがしないんです。…あなたが悪い人じゃないって分かるんです」
「何でそう言える?」
「優しい顔を見せてくれるから…。わたしの事知ってるみたいですし、嫌いだったらそんな顔しないです。だからあなたはわたしが嫌がる事をしない人なんです。でも…辛そうな顔をします。それわたしのせい、ですよね?わたしはあなたに何かしてしまったんでしょうか?教えてください」
「オメーのせいじゃあねぇよ」
おまえは何も悪くねぇんだ。おまえはいつだって、ただ運が悪くて不幸に巻き込まれてるだけ…。………こいつ、スタンド使いか…?そのスタンドを使いこなせなくて、暴走して不幸を呼んじまってるんじゃあねぇのか…。何となく思ったオレの勘だが…、こいつの不幸体質はそうでもなきゃ説明が付かねぇほどのもんだ。…もしそうならスタンドを発現させられるだけの意思の強さはある。…だったら、空になっちまった記憶も…意思の強さ次第で戻る………?
辛い記憶が戻ったってこいつに利がねぇ事くらい分かってる。だがこいつの心を育てて、今のこいつのように成長させる事がオレに課せられた責任だ。オレの気まぐれで生かしちまったこいつに対する贖罪だ。
「む………何するんですか…っ!」
両頬をつまんで持ち上げると不満そうな声を出した。
「笑え」
「やです」
「いいから」
「離してください!」
「生意気」
「さっき痛くしないって言ったのに!」
「ん?」
「ん?じゃなくて…もう、…あなたの手を借りなくても楽しい時は笑いますから、離してくださいよー」
よく喋りやがる…。本来持ってる気質…か。普段のあいつがこうなる日も遠くねぇ。…そのはずなんだ。
「ミエーレ、オメーがこのままならよォ、この調子を失わねぇ為に知る必要のねぇ事を知らねぇように育てる。もしも戻れるのならオレはその方がいい。…この本来の気質を取り戻すまであと少しなんだ。おまえの心は成長している。心配しなくてもオメーは楽しい時に笑えるようになる。…オレが付いてんだから当然の事だぜ」
「え…?」
「…今のオメーに言ってもしょうがねぇがよォー…。…オレはオメーの意思の強さを信じてるぜ」
「その…わたしは前とは違うんでしょうか?」
「あ?…まぁな」
「あなたは…前のわたしの方がいいんですか?」
「…そうだな。…そいつもオレのエゴだ。オレがおまえに影響を与えて変わっていくのがいいんだってな」
「ふーん………今のわたしは、イヤですか…?」
「そんなわけねぇだろ。記憶があろうがなかろうがおまえはおまえだろうが」
「でも前の方がいいんですよね…?何か…戻る方法ってあるんですか?」
「…オメーの意思の強さ、らしいがな。本当かどうかは分からねぇ」
「あの…もしも、一週間………一週間経っても戻らなかったら、今のわたしで我慢していただけませんか…?」
「あ…?」
オレの手を強く握って真っ直ぐに見据えて来るこいつは…、あの顔をしている。…いつものこいつがたまにする、頬を赤らめ、瞳を潤ませながらオレを見る…オレに触れてほしくてたまらねぇって顔だ。記憶がなくなっても、こいつはオレにこんな顔を向けて来るのか…。
「…あのな、言い忘れていたがオレはギャングだぜ。所属しているのは暗殺者チームだ。…分かったら手ぇ離しな」
「どうしてギャングで暗殺者だと手を握ってはいけないんですか?」
「…どうしてって…汚れてるからだろ」
「綺麗ですよ?…手も顔も綺麗です!」
「顔ってオメー………オレの顔に惚れたのかァ?」
「そうですね」
「オイ…」
「今のわたしを見ているのではなくても…、その優しい顔を向けてくれる事が嬉しいです。その優しい顔が…好きです」
「……………、」
…なんだ、こいつは…結局、どんな状況になろうが関係なく、ギャングでも人殺しでもねぇオレを見るじゃあねぇか。…顔を通して心の中で思った事を見透かされる。…優しい?ああ、そうさ。オレはオメーに優しくしてぇよ。うんざりするほどな…。
「ミエーレ…」
視線を交えたまま額を重ねた。…ここまで近付いたら目を閉じるように教えたはずだったんだが…、…そうしねぇならお預けだな。
「一週間経って戻らなくてもな、我慢して今のおまえを受け入れるわけじゃあねぇ。そこんとこだけは履き違えるな」
「………Sì。…では予約…しますよ。一週間後に…」
「…おう───」
─────
「………、」
「…よォ、起きたか」
翌朝、目を覚ましたミエーレに紅茶を手渡すとぼーっとしながら受け取った。
「ありがとうございます…」
カップに口を付けながら控え目にオレを見ているミエーレの髪に指を通す。…様子がおかしい。
「どうした、嫌な夢でも見たのか?」
「………」
視線を落とすとおもむろに手を伸ばした。…オレの空いている方の手に触れようとしたらしいこいつの伸びていた指は、躊躇ったせいで折り曲げられ拳を握った。
…躊躇った。オレに触れる事を…。こいつは………、
その手を強く握って引き寄せると小さく戸惑ったような反応を見せた。
「躊躇う理由がどこにあるんだ」
数秒間何かを考えてから意を決したように指に力を入れた。…オレの手から一度逃れると指を絡めるように握り直してきた。…これがおまえの精一杯らしいな。
「なぁ、先週出掛けたがどこに行ったか覚えてるか?」
「え…?す、水族館です。…ニュウドウカジカの写真をギアッチョに見せたらキモイって怒られました」
ああ…そうだ。ミエーレ…。いつもの、ミエーレじゃあねぇか。寝たら治ったのか…ったく余計な気を使わせやがって…厄介な能力があったもんだぜ。
「…プロシュート?なんか、嬉しそうですね…?」
「オレはオメーが心配だぜミエーレ…」
「え?」
「元から変わり者じゃあねぇか。目覚めて見ず知らずの野郎が居たらまずは警戒するんだ。手渡されたもんを素直に受け取って口にするんじゃあねぇぜ。記憶があろうがなかろうがおまえはおまえだった事は…嬉しく思う。真っ新な状態でも、またオレを”見た”事もな」
「…ん…?」
「…オメー、オレの顔に惚れてんだろ」
「えっ…!?ど、どうして………」
「昨日オメーと話したからな」
「はい…?…あの…えっと、顔だけじゃあないですよ…?」
「だが顔もいいんだろ?」
「それは………はい…。…優しい顔を向けてくれるから…わたしに、穏やかな表情を…」
「らしいな」
「だから………好きなんです」
…元のこいつに戻ってまた表情は固まっちまった。だがこの顔は、それが本心だと分かる。好きで好きでしょうがねぇって顔なんだ。…頬を撫でてから顔を近付ければゆっくりと目を閉じた。
「…昨日は悪かったな、預けちまってよォ」
「ん………、え?わたし、昨日キスのお預け食らったんですか?昨日って…何してたっけ…メローネと子育てするゲームをやったのは…昨日?…一昨日?」
「きしょい野郎ときめぇゲームしてんじゃあねぇぞ」
「何だか頭がぼーっとしちゃうんです…。昨日や一昨日の事がぼんやりしていて…」
スタンド攻撃を受けちまったんだからな…無理もねぇ。今日は一日安静にさせとく必要があるな。
「…なんかね、子供の頃の…記憶?夢…?ひとつ…思い出した事があるんです」
「ガキの頃?」
「はい…綺麗で優しい…あたたかい光のような人とお話をしたんです。その人と一緒にいたくて…わたし、予約したんです。…だけどいつの間にか…わたし一人で大人になっちゃいました。あの人の事忘れてたなんて…ちょっとショックです…」
予約って…、…それはよォ…オレの事だよな?ガキの頃?昨日のあれはスタンド攻撃の弊害でガキの頃の記憶に戻ってたってのか?…って事は何だ………ガキの分際でこのオレを予約したのか。こいつ…いい度胸してるじゃあねぇか。
「…生意気、」
「えっ…?」
戸惑いながらキスを受け入れたミエーレの体を強く抱き締める。
感情を表に出せる時期もあった。その頃のこいつをオレは見た。会って話をした。本来知る事のねぇはずのこいつを…。もう少しだぜ。おまえが望んだ通りオレは今おまえの傍にいる。おまえが良い方に変わる事は決まっている事なんだ。このオレが付いてんだからよォ…それは当然の事なんだ───。
──────────
─────
───
「キラキラ…まぶしい、大天使様みたいに綺麗なお兄さんです」
「………、」
数日前、彼女がスタンド攻撃によって記憶障害を引き起こした事を思い出したギアッチョは眉を顰めて少し下がったメガネを押さえた。一度退室した後に何となく入りづらくなり、意図せず二人の会話の一部に聞き耳を立てる形となった事を思い出し一層顔を歪める。
記憶をなくしたからもう一度正式に付き合う事を約束した…って事だったよなぁ?元に戻ったこいつには今更必要ねぇんじゃあねぇのかァ?大体何で一週間後なんだよッ!盗み聞きするつもりはなかったがよォ~ところどころ聞こえたせいで話の流れがよく分からなくてイラつくぜ~~~ッ!つーか結局待ってんのはプロシュートの野郎じゃあねぇかチクショーッ!!などと悶々と考えれば考えるほど腑に落ちない点が出て来るらしいギアッチョの顔には苛立ちが正直に表れていた。
「ミエーレよォー、確かに今日が一週間後だがよォ、あん時の記憶はあるんか?その、記憶がなかった時の記憶が…って何言ってんだオレはもう訳分からねぇじゃあねぇかクソォッ!!」
「ギ…ギアッチョ…落ち着いてください…!ごめんなさい、わたしちょっと何言ってるのか理解できなくて…」
「ああそうだよなァ理解できなくて当然だよなァ!オレだって自分で何言ってんのか分からねぇんだからよォー!」
「ご、ごめんなさい…怒らないで…っ」
「あ”-…まぁさっき何か分からんが待ってる…って言ったよなァ?だったらあん時の記憶も曖昧なんだろうよ。…今は何ともねぇのか?」
「え…?」
「体大丈夫かって聞いてんだよッ!!」
「は、はいっ!元気です!」
「ならいい!!」
痙攣するように片脚を揺らしていたギアッチョと、苛立ちから来るであろうその動きに怯えるミエーレは、ガチャ、と音を立てて開いた玄関の扉をほぼ同時に見やった。
「わっ…な、何やってるんだい…?」
驚いた様子のペッシは、広いとは言えない玄関内に椅子を持ち込んで待ち構えているミエーレの異様な様子に首を傾げる。そんな彼を見て小さく肩を落としたミエーレにギアッチョは「予約のもんじゃあねぇな」と声を掛けた。
「予約のもんじゃないです…」
「ハズレだ」
「ハズレです」
早く行けと言わんばかりのギアッチョにシッシッと手で払われたペッシは、「感じ悪いなぁ…」と呟きながら二人の横を通り過ぎて行った。
程なくしてまた開かれた扉からはどこか上機嫌そうなホルマジオとイルーゾォが顔を覗かせた。
「あー?何やってんだマンモーナ?受け付け嬢か?」
「はっ、しょうもねぇマンモーナの事だからなァ~どうせしょうもねぇ事をやってんだろ?」
「またハズレか」
「ハズレです…」
「は?」
「何が?」
邪険に扱われても特に気にする様子のないホルマジオに対して、顔を見てがっかりされた事が気に食わなかったのか悪態をつきながら通り過ぎたイルーゾォ。
二人を見送ってから数分、しゃがみ込んでいたギアッチョはふと椅子に腰かけるミエーレを見上げた。ぼーっと、ただ真っ直ぐに扉を見つめるミエーレはプロシュートの事しか考えていないのだろう。視線に気が付いてもおかしくないはずだが一向に目を合わせる様子がない。ギアッチョが声を掛けようとしたその瞬間また扉が開き、ミエーレは待ちに待った飼い主が帰宅した事を喜ぶ犬のように目を輝かせた。
「おわっ…あ?オメーらこんな所で何やってんだ…」
「おかえりなさい、プロシュート…っ」
「何驚いてんだよだせーな」
「こんな狭くて薄暗い玄関に人がいるとは思わねぇだろうが」
「ハンッ、ったくよォ〜待たせやがって予約の品が」
「は?」
ミエーレの頭を撫でながら予約の品呼ばわりされた事に首を傾げるプロシュート。
ギアッチョは「一週間だぜ」とだけ吐き捨てると扉に手を掛けた。
「ギアッチョ、お出掛けですか?」
「おう」
「あの、お話し相手になってくれてありがとうございました」
背を向けたまま手をヒラヒラと振って応えたギアッチョを見送る。扉が閉まり玄関に残されたプロシュートはミエーレの髪の毛を弄びながら「あいつ何の為にいたんだ?」と疑問を口に出した。
ミエーレに視線を向け、予約の品、一週間、というワードでピンと来たプロシュートはミエーレから距離を取るように二、三歩下がった。
「え…?プロシュート…?」
”おいで”と言うように両手を広げたプロシュートは顔をほころばせると優しい声色で言葉を発した。
「ご予約の品です。どうぞお受け取りください」
目をぱちくりさせた後、嬉しそうにも恥ずかしそうにも見える顔をしたミエーレは躊躇う事なく彼の胸に飛び込んだ。
「不思議です…。予約したお兄さんは、わたしが子供の頃にお話した人だったと思うのでプロシュートのはずがないのに…。もっともっと年上の人のはずなのに…」
精一杯抱き付くミエーレに応えるように力強く抱き締め返す。
「どうしてこんなに嬉しいんだろう。どうしてこの人だって思うんだろう」
「そりゃあおまえ、その相手がオレだからだろうが」
「…プロシュートだから…?…不思議です」
「…不思議だな。もっともっと年上のジジイがいいってんならなってやろうか?」
「…ううん…いつもの、見慣れたプロシュートがいいです…。…あの、わたし…受け取っちゃいましたよ?」
「ん?」
「お届け先間違ってても、もうわたしのものですからね…?」
「ハンッ…当然だろ。今さら返品取替えは不可だぜ」
「Certoもちろん…!」
抱き締め合ってエスキモーキスとペックを繰り返すプロシュートとミエーレ。
いつから居たのか分からないメローネは、そんな二人に冷ややかな視線を送りながら通り掛かったリゾットに声を掛けた。
「なぁリーダー?年甲斐もなく場所も弁えないバカップルに制裁は?」
考え事をしていたのか興味がないだけか、二人の存在を特に気に留めていなかった様子のリゾットは「あー…」と小さく声を零して数秒考えを巡らせた。
「度が過ぎるようならプロシュートにメタリカだな」
「ミエーレには?」
「プロシュートが苦痛を感じていれば反省するだろう」
「甘ァ~…」
急いでいたのかその場を後にし外へ出かけて行ったリゾットの背に続くように一歩踏み出したメローネは、振り返って二人を見据えると「お二人さん、イエローカードだぜ?」と忠告の言葉を投げかけた。それが聞こえていないどころか自分の存在を認識すらしていない様子のプロシュートとミエーレに、メローネは小さな舌打ちをぶつけてリゾットの後を追った───。
Fine.
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