瞳は心の鏡
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「………は?」
怒気が混ざったような声を零したプロシュート。そんな彼の手を掴むミエーレは俯いている。
飼い犬同然の、もしくはそれ以下の生活を強いられていたと見える彼女を連れ出してそれなりの年月を重ねたある日、初めてミエーレはプロシュートの行動を遮った。
「おい………何だその手はよォ。服を脱ぎたくねぇ理由でもあんのか?それとも風呂に入りたくねぇのか」
プロシュートがミエーレの服を脱がし体を丁寧に洗う事は出会った初日からしている事で、それに対してミエーレは恥じらう事も躊躇う事もなかった。初めの頃は普通とは言えない彼女のその態度が気に食わなかったプロシュートだが、月日が経ち当然行う日常動作のひとつとなってからは彼女の無反応に対して苛立つ事はなくなっていた。
「………、」
「口が利けなくなったのかミエーレ、ミエーレよォ、ええ?オレはオメーに喋ってんだぜ。このオレを無視するつもりか?」
「い、いえ…すみません…」
「聞きてぇのは理由であって謝罪じゃあねぇ。オレの手を止めるからにはそれなりの理由があるんだろうな?」
「……………」
俯いて目を合わせようとしないミエーレ。誰に何をされようがどうでもいいと言うようにされるがままだった彼女が、自分の意思で相手の行動を遮った事はほんの少しの成長と言えるかもしれない。そう考えたプロシュートは彼女の考えを聞く体勢を作った。
「ミエーレよォ〜オレはいつも言ってるよなァ?少しは自分で考えろって。オメーは人の言いなりになる事に慣らされたせいでそれが苦手だった。だが今オレの手を止めたのは誰かの指図じゃあねぇ、オメーの意思だ。何を考えているのか言ってみな。オレはオメーを否定したりはしねぇんだぜ」
頬を両手で包み込み額を重ねながら優しい口調でそう言ったプロシュートに、落としていた視線を彼に向けたミエーレは小さく口を開いた。
「で………できます、」
「ん?」
「自分で…、…一人で………。これからは…自分で着替えます。お風呂も一人で入ります…」
「……………」
ぱちぱちと数回瞬きをしたプロシュートの表情からは驚いている事が見てとれる。少しの沈黙の後、頬に添えていた手を頭に伸ばして優しく撫でながら返答した。
「成長したなミエーレ。偉いぜ」
褒められた事が嬉しいらしいミエーレは、表情ではなく目でそれを表す。目を輝かせるという表現が当てはまるような顔を見せる事がいつも笑顔の代わりだった。
だがそれはすぐに戸惑いの色に消され、服を脱がそうと再度手を動かし始めた彼を控えめに制止した。
「あ、あの…、プロシュートっ…」
「なんだよ、さっさとしねぇと寝る時間がどんどん減っていくぜ」
「………、………」
手を離して、一人にしてほしい。とそこまではっきり言う事は気が引けるようで、ミエーレは唇を結んでまた俯いてしまった。
「自分一人で出来るからオレがやってやる必要はねぇってお前の考えは分かった。成長も認める。だがオレはオメーと風呂に入ると思ったんだ」
「…思ったらやる…っていうのは分かります。だけど、さっき否定しないって…」
「否定はしてねぇだろうが」
「許可しないのは…否定とおんなじだと思います…」
「違うぜ。オレにそのつもりがなかったらそうは言わねぇ。それよりオメーの方がオレを拒否してるよなァ?さっきからオレの手を止めてオレがやろうとしてる事を遮る。許可しねぇのは否定じゃあねぇか」
「………」
「会話や食事と同じだ。昨日まで普通にしていた事が何だって急に嫌になったんだ?一人で出来るからって理由以外に何かあるって顔だ。言え、怒らねぇから」
静止する為に触れていたプロシュートの手を少し握り離れさせる。真っ直ぐに見つめてくる彼の視線に緊張したように唾を飲み込んでから自分の首に手を添えた。
「プロシュートは、キレイです」
「あ?」
「…わたしは………汚い」
「………」
「体に痕が残っています。やけどとか痣とか…首輪とか手錠とかの…。こんなに汚いものを、キレイなあなたに見せてはいけないと思いました。…あなたに、………見られたくないと思いました」
小さく指先を震わせてそう言ったミエーレを見て、プロシュートはいつにも増して険しい表情を作った。彼女がどんな生活を強いられてきたのか、想像するだけで反吐が出るほどの不快感を覚える。彼女が関わってきた連中を任務として始末したが、もっと苦しむ方法で殺せば良かったと後悔している自分に少し驚く。
…険しい表情とは裏腹に優しい声色で彼女の名前を呼び、震える手を取って唇を付けた。指先から手の甲を通って手首の痕に何度もキスを落とす。
「…プ、プロシュート………」
胸元のボタンを外して首に付いた痕を指でなぞってから、今度は首筋に唇を付けた。
「やめて…ください………見ないで………、」
「今更何言ってんだオメーはよォー。何度も見てんだろ。着替えだって風呂だって毎回オレがやってんだ。オメーの体はオメーよりオレの方が知ってんだぜ。ケツの割れ目にホクロがある事オメーは知らねぇだろ」
「えっ………そのホクロ舐めた事あります…?」
「あるよ」
「…変なところ舐めるなぁって思ったんです…」
「思った時に言えよ」
「あなたがする事に口を出すつもりはなかったので…」
「だったら何で口を出す気になったんだ」
「…嫌になったんです……汚い体を見られる事が…」
「何で。今までは平気だっただろうが」
「何で、かは…分かんないですけど…。あなただけは…嫌なんです…」
「オレだけか?他の奴だったら?」
「………別に何も思わないです。他の人はどうでもいいので…。体を見られた事にプロシュートが怒るかもって思うだけです」
「そりゃあお前………オレに惚れてるって事じゃあねぇのか」
「惚れてる?」
「オレを特別視しているからこそ自分が気に入らねぇ部分をオレに見せたくねぇんだ」
「私は…プロシュートの事が好きなんですか…?」
「…オレに聞くんじゃあねぇよ。そいつは自分の胸に聞きな」
「………、………ミエーレは…プロシュートの事が好きなんですか?…………、」
「……………」
「………胸は返事をしないです」
「だろうな」
自分の胸に視線を向けて問いかけたミエーレを何とも言えないような顔で見つめたプロシュートは、小さく溜息をついてからそっと彼女の体を抱き締めた。
「バカか?胸に聞けってのはそういう意味じゃあねぇ。心で何を感じるか、オレといる状況に何を思うか考えろ」
「あ…後で考えます…」
「何で後だ。今考えろ」
「考え…られないです」
「何で」
「息が…苦しいから…」
「そんなに強く抱き締めちゃあいねぇぞ」
「………、でも、苦しいんです…」
体を離して顔を覗き込んだプロシュートは、恥ずかしそうに瞳を潤ませているミエーレを見て口元を緩ませた。控えめに視線を交えたミエーレは目を細めるプロシュートの顔をぼーっと見つめている。
「………ミエーレよ〜…オメーどんな顔でオレを見ていると思う?鏡見せてやろうか」
「え?」
「オメーの表情筋は心と一緒に死んじまったみてぇだがよォ…目は口ほどに物を言うってのは本当だったらしいな」
「………ん?」
「熱でもあんのか?顔赤いぜ」
「………、プ…プロシュートも、赤いですよ…?ほんのちょっぴりだけですけど…」
「…そりゃあ熱があんだろ」
「熱が………、」
腕を伸ばして彼の首に回したミエーレは、こつんと額を重ねた。「んー…」と唸ってから離れ小さく首を傾げる。
「プロシュートも熱いけど自分も熱いから本当にお熱あるかは分かんないです」
「…そうだな。オレにも分からねぇ。何でこんなに熱いんだろうな、ミエーレ」
「プロシュートは…私の熱が移っちゃったんでしょうか…」
「オメーは何でそんなに顔が赤くなるくらい熱くなったと思う?」
「…分かんないです。プロシュートを見て、触れていたら勝手に…」
「…いつか分かるといいな、その理由がよォー」
「その理由よりも…今はプロシュートが嬉しそうに笑っている理由の方が知りたいです」
穏やかな笑みを浮かべながら彼女の肩に乗った柔らかい髪の毛をそっと後ろへと流したプロシュート。額を重ねるというだけの事でも彼女から行動した事が嬉しかった…そんな理由を知った彼女がどんな顔を見せてくれるのか興味があるが、言葉で教えてやるつもりはないらしい。「…教えねぇよ」と耳元で囁いてから優しく抱き寄せた。
「ミエーレ…」
感情が希薄で自分にも他人にも興味がないという素振りだった彼女が、顔を赤らめ、好きだと訴えかけるような瞳で見つめてくる。そういう意味で意識するようになった事で初めて自分の体にコンプレックスを抱くようになった。その成長を嬉しく思うと同時に、彼女に少なからず影響を及ぼしているという事に心が満たされる感覚を覚える。
「…体の事は…気にすんな。こんなもんはそのうち消える」
「ほ、本当ですか…?」
「消えなかったとしても今更オレが汚ぇから抱けねぇなんて言うと思うか?」
「言いそう…」
「あ"あ?」
「絶対言わないですプロシュートは絶対そんな事心にも思わないです!」
「その通りだ。オレを信用してるならいらねぇ心配は時間と労力の無駄だぜミエーレ」
「…嫌いに、ならないんですか?」
「なる可能性がねぇからオメーは今ここで息をしているんだぜ。言っただろうが、オレはオメーを否定したりなんかしねぇって」
「……………よかった…」
安堵したように息をついたミエーレ。笑顔とはとても言えないが、ほんの僅かに口角が上がったように見えた顔に手を添えて頬を撫でる。プロシュートはふと初めて彼女を抱き上げた時の事が頭を過り眉を動かした。連れ帰ったのは本当にただの気まぐれだったが、その時確かに思った事が一つあった。
「……………、」
「…プロシュート?…どうかしたんですか?」
「…なんか…思い出した」
「何を…?」
「お前を初めて見て触れた時に、…この先こいつを邪魔に思う事はねぇんだ。オレの一部であるかのように当然そばにあるもんなんだ。…って。心の中で思った。だから今そうなっている」
プロシュートの言葉を静かに聞いていたミエーレはゆっくり瞬きをすると頬を撫でる彼の手に擦り寄るように身じろいだ。
真っ直ぐに見つめてくる彼女の潤んだ瞳。視線を交える時間が長ければ長いほど身体の熱が増していく。
このまま永遠に見つめ合っているのも悪くないかもしれない。…そんな柄にもない事を思ったプロシュートは小さく笑い飛ばして彼女のまぶたに唇を付けた。
「風呂入るぞ。…文句はねぇな?」
「………はい、一緒がいいです」
…ひとつ文句があるとすれば、あともう少しだけ…見つめ合っていたかった。
そう思ったが口には出せないミエーレは大人しく手を引かれるがままバスルームへと向かった。
《瞳は心の鏡》
自覚がなくとも、言葉にしなくとも、心の内は瞳に表れる。愛おしそうに見つめる彼の瞳に応えるように、彼女の眼差しにも熱が増していく。月日を重ねれば重ねるほど、知れば知るほど、見つめれば見つめるほどに…それは際限なく───。
Fine.
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