都合のいい女
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…ミエーレと喧嘩した。…正確にはあいつが勝手に拗ねてるだけだが。オレの言い付けを守らねぇだけじゃあなく口答えしたのが悪いんだぜ。…あいつは所有物じゃあねぇ。そんな事は分かってる。意思があって当然。反抗するのも結構だ。てめぇを殺して野郎の言いなりになってる方が許せねぇ。…だが、問題はものを知らな過ぎるとこにある。自分の身を自分で守る力がねぇんだったらせめてオレの言い付けは守れって話だ。ただそれだけ。単純だろ。
「……………」
部屋の隅で壁に向かって蹲ってやがる。オレは床に座れなんて教えた覚えはねぇんだがなァ?クソ…一生そうしてるつもりかマンモーナ。…正直分からねぇな。女と喧嘩なんてした事がねぇ。勝手に妬いて拗ねた女の機嫌なんか取らねぇからな。このオレがわざわざ、女の機嫌を直す為に何かするなんて事はあり得ねぇ。…あり得なかった。
こいつは適当に甘い言葉を並べときゃ浮かれて寄って来るそこいらの女とは根本的に違う…気がする。少なくともオレの認識は違ぇ。面倒くせぇから放っておく、離れていこうが興味がねぇ、とは…思えそうにねぇからな。
「はぁ…」
ソファーに寝転んで天井の照明に目をやる。そういや電球が切れかかってたな。明日辺り買いに行くか…。確か明日は角のジェラート屋がオープンする日だったな。丁度いい、ついでに連れて行ってやるか。
…今はそれどころじゃあねぇか。思わず吐いた溜め息はミエーレの耳にも入っただろう。布が擦れる音が聞こえた。立ち上がったらしいな。
「………、」
部屋から出て行こうとしたのかと思ったが…違った。ソファーに仰向けに寝転ぶオレの上に乗ってきやがった。覆い被さるように抱き着いてオレの首筋に唇を付けている…。
「何だよ…拗ねてたんじゃあねぇのか?ええ?機嫌は直ったのかよ、Principessa(お姫さま)?」
「機嫌を損ねていたのはプロシュートじゃありませんか…。わたし、考えたんです。どうしたらプロシュートの怒りが収まるのか……だけど考えても分からなくて……」
「それで?」
「…寂しくなりました。プロシュートが同じお部屋にいるのに、すぐ傍で…こうして触れられない事が嫌だなって思ったんです…」
ソファーから落ちねぇように体を支えてやれば、嬉しそうに身じろいで目を合わせてきた。オレの目を見ずにずっと俯いてビク付いてばっかいやがった頃を思えばよく成長したと思う。こいつから近寄って来る事、触れてくる事に悪い気はしねぇ。
「プロシュートは…あたたかいですね…」
「お前よりはな。お前は体温が低過ぎて冷てぇとすら思う」
「………死体、ですから…」
「生きてんだろうが」
「…生きて…いますね。確かに今は…あなたのおかげで。………あなたのせいで、という方が…正しいかもしれません」
「あ?…何が言いてぇんだ」
こいつがたまに見せるこの何考えてんのか分からねぇ顔…。これは吐き気を催すクソみてぇな過去の出来事を思い出している時もそうだが、何でもねぇ夕飯の事考えてる時もするからややこしい。…だが今の話の流れで飯の事は考えねぇだろう。…つまりは過去を振り返る、なんて馬鹿がするような事をやってるってわけだ…。
「ミエーレ…」
「昨日の夕ご飯、」
「え?」
「とっても美味しかったです。ペンネ、って言うんでしたっけ?わたし、ペンネに改名したいくらい好きになっちゃいました」
「…そうかよ。良かったな」
飯の事だった。こいつの思考回路を正しく読めた試しがねぇな…だからこそ面白いってもんだが…。
「名前がペンネだったらプロシュートとイニシャルおんなじで嬉しいです」
「そんな事で改名するんじゃあねぇぞ。ミエーレ、ミエーレよォ。オレはミエーレがいいんだ。ミエーレ以外は認めねぇぜ」
「………わたしも、ミエーレがいいです。プロシュートがたくさん呼んでくれるから…この名前がちょっとずつ好きになったんです」
「何だその理由は」
「プロシュートは…偉大なんです。…ねぇ、どうしてプロシュートはわたしに美味しいご飯を食べさせてくれるんですか?」
「はぁ?どうせ食うなら美味い方が良いに決まってんだろうが」
「でもわたしが美味しくて嬉しいって思ったって、プロシュートには何の得もないじゃありませんか」
「何言ってんだオメーは。得だろうが。オメーが喜ぶんならよォ」
「え………どうしてですか?」
「どうしてかは考えた事ねぇ。そもそも損か得かも考えてねぇよ。普通は一々んな事考えねぇもんなんだぜ」
全然納得出来ねぇって顔してんな。まったく常識外れのバンビーナはこれだから困る。…まぁこいつが今まで関わってきたのはクソ溜め育ちのゲス野郎ばっかだからな。対等な人間としての愛情を向けられた事がねぇとこうなっちまうんだろう。
「ミエーレよォ……オメーが嬉しいと思って言葉や態度に出したその瞬間、そいつはオレに移るんだぜ。例えば毎日オメーの好きなドルチェを買う事をお前は自分の為だと思ってるかもしれねぇが、それはお前だけの為じゃあねぇんだ。オレの為でもあるんだぜ」
「ん…?…どうして、ってまた聞いたら怒りますか?」
「怒る」
「怒るの…?」
「ちょっとは頭使って考えな。何も難しい事を言ってるんじゃあねぇぜ」
「………、」
「分からねぇか…単純な事だってのによォ」
ほんの少しの愛情さえありゃあ気付く事だ。大事な奴であればある程…そいつの幸福に対して幸福を感じるってな。…大事にされてる自覚が足りねぇのはオレの責任だ。分からねぇなら分からせるまでだが、ここは言葉でなく行動で教え込むのが適切だ。…それにはまだまだ時間が必要だな。
「ところでさっきオメーが言った事が気に食わねぇんだが、どういう意味だったんだ?ええ?ずいぶん挑発的だったよなァ、ミエーレ?」
「えっ…挑発的?わたしはまたプロシュートの癇に障る事を…。…すみません、何の話でした?」
「今生きているのはオレの"せい"だって言ったんだぜ。わざわざ丁寧に言い換えてな」
「あ………それは、………」
この顔は……今度は今日の夕飯の事を考えてやがるのか?だがそれじゃあオレの質問の答えにならねぇ。なら何かって言ったら…自分の事を考えているんだろう。オレのせいで生きてしまっている……今の状況が芳しくねぇような言い方だ。おかしいよなァ?生きたくねぇのに生かされてる、って態度じゃねぇのは明らかだ。喜ばす事を毎日しているオレに対してこいつは嬉しいと言っている。それが嘘かどうかは顔見りゃ分かる。つまり発言と行動に矛盾が生じているって事だ。
「………プロシュートの、せいなんです…」
「何が?」
「寂しくて…温もりを感じたい、なんて…思った事なかったのに…。…冷たい床に裸でいる事が普通だったのに…あなたが素材の良い服を与えて、ソファーかベッドに座れなんて教えたから………一時間でも床に座る事が苦痛に感じるようになってしまいました」
「……………」
「優しさや温もりを知ったら…慣れたはずの苦痛が倍以上のものになってしまうんです。何も感じない死体だったのに、あなたが優しいから…あたたかいから…、生きていると実感してしまった…。もう戻れないです。戻るのは…嫌。………どうしてくれるんですか………」
「何だそりゃあ…くだらねぇ」
「く、くだらないって………」
僅かに震えていた体を強く抱き締める。…確かに体温は低い。だが柔らかい。こんな柔い死体があるか。心でも体でも何も感じねぇように自分を殺さなきゃあならなかったクソみてぇな過去があるのは知っている。だが過去は過去だ。戻りたくても戻れねぇのが過去ってもんだ。戻りたくねぇと思ってるなら尚更、戻る事も同じような状況になる事もねぇ。
「くだらねぇだろうが。戻るなんて有り得ねぇんだからな。どうしてくれるって?決まってんだろ。皆殺しって命令に背いてオメーを生かして持って帰って来ちまった時に決まったんだ。責任は取るぜ」
「え…?」
「大体あなたには私しかいない、って考えはねぇのか?オメーにはよォ」
「ないです…。プロシュートはより取り見取りですから…私である意味も必要もないです」
「馬鹿か…意味も必要もあるだろうが」
「ど、どんな…?」
「裏社会の人間は信用できねぇ。かといって堅気とは分かり合えねぇ。…だからミエーレ、お前しかいねぇんだ。常識がねぇからこそ価値観を合わせる事ができる。お前は普通じゃねぇ事を気にしてるようだが…普通じゃねぇのがいいんだぜ。オレにとってはその方が都合がいい。…オレの都合のいい女になるのは嫌か?なぁ、ミエーレよォ…」
堅気の一般的な感覚と常識がねぇおかげで、ギャングや暗殺者…人殺し以前に一人の人間としてオレを見て向き合った。裏社会の人間に近いかもしれねぇがこいつが裏切る事はあり得ねぇと断言できる。何故ならこいつが関わった連中全員をオレがこの手で始末したからだ。こいつを知っているのがオレしかいねぇなら、こいつが頼れるのがオレしかいねぇなら裏切る理由はねぇ。だから信用できる。だからこいつしかいねぇんだ。…オレには、…こいつしか……。
「…わたしはずっと誰かの都合のいい女でした。それは仕方の無い事で抗っても無駄だと諦めていました。…でもあなたに対しては…諦めるとは違うんです。…都合のいい女だと言われても嫌じゃないんです。多分今までの人とは違う…優しさが、あなたにはあるからだと思います…」
「そりゃあオメー…クソ野郎共とは根本的に違うんだぜ、オレは。オレが言ってる都合のいいってのは…思い通りにする、言いなりにさせるって意味じゃあねぇ。オメーが常識外れであるからこそ、分かり合える可能性があるって期待してんだ。…要は条件を満たしているんだぜ。オレが求める条件を」
「条件…。だったらプロシュートも、わたしの都合のいい人です」
「あ?」
「話を聞いてくれます。…目を見て話をしてくれる。嫌な事を無理強いしない。口汚く罵らない…手足を拘束しない。暴力を振るわない。…一緒にご飯を食べてくれる。わたしの名前を呼んで…微笑みかけてくれる…。…こんなに都合のいい人は他にいないです…」
「……………」
「それからわたしが触っても怒らないです。…ギュッてしても…怒るどころか、優しく抱き締め返してくれます…わたしはそれが、すごく…すごく嬉しいんです」
…最初からそうだった、こいつは…。初めて会った時に連れて行ったリストランテは今でもこいつのお気に入りだ。そこで食わせたピッツァとスープは、どこにでもある在り来りなもんだったってのに…" 特別な日 " に頼みたがる。…外を歩いて花を見て、街を歩いて飯を食う…たったそれだけの事で嬉しそうな顔を見せた。…不憫な奴だと思ったよ。最初からこいつは、………可哀想で可愛い。
「ミエーレ、ミエーレミエーレミエーレよォ…」
「はい?」
「さっき心の中で思っただけで言わなかったんだがなァ、オメーから近寄って来る事も触れてくる事も悪い気はしねぇんだぜ。抱き締められる事が嬉しいのはオメーだけじゃあねぇんだ、覚えときな」
「…はいっ」
「それとな、そういうのは都合のいい人じゃあなく、理想の人って言うんだぜ」
「え?」
…瞬きをした後に視線を外した。表情は変わってねぇがどこか不満げだな。こいつはいつだって何考えてんのか分からねぇ奴だが…今のは分かった。
「ならあなたもそう言うべき。…って思っただろ?」
「ど、どうして分かるんですか…こわい」
「怖がるな」
オレは理想なんて抱かねぇ。こいつに出会うまでこんな境遇で世間も常識も知らねぇ奴がいるなんて思いもしなかったからな。こいつを知ってこいつなら都合がいいと思っただけの話だ。…だが、そんな都合のいい奴がこいつで良かったとも思うし、逆にこいつじゃなきゃ都合がいいなんて言葉が出てくる事すらなかった。…これらを理想と言えとこいつが言うなら考えてやってもいいが、一つ気に食わねぇ事がある。
「ミエーレ、お前は理想が低過ぎる。オレにはどう考えたってオメーしかいねぇのに、オメーの条件はゲス野郎を除いたほぼ全ての男に当てはまるじゃあねぇか。それはフェアじゃねぇよな?ええ?」
「え…そんな事言われても…」
「オメーが言った事はオレじゃなくても簡単にできる事だ。それこそオレである意味も必要もねぇじゃあねぇか。それでもオレが理想だと言えるってのか?説得力がねぇぜ」
「…わたしの理想はプロシュートを知って築かれたものだから、プロシュートそのものって事になりませんか?条件だけ見たら他の人にも当てはまるかもしれないけど、わたしにとっては違います。同じ事でもプロシュートじゃなければ嬉しくないから、あなたでなければ意味がないんです。わたしの条件はあなたしか満たす事ができない。だから…プロシュートが理想そのものなんです」
オレがこいつに出会って初めて"都合がいい"と思ったように、こいつもオレを知って初めて"理想"とはこういうもんだって気付いたって事か?だとしたらそれもまた…オレにとっては都合のいい事だ。
「まだ…説得力、ないですか?」
上見がちにオレを見るこいつのでけぇ瞳に映ったオレの顔は自分でも驚くくらいに緩んでいる。こんな締まりのねぇ顔、チームの連中には見せられねぇな。…まぁこいつを抱いて寛いでいるって状況じゃあなきゃ出ねぇ顔だが。
「…足りねぇな。決定打に欠ける」
どうせどうしたらいいか聞いてくるだろうな。オレが一から教えてやらなきゃあ何にも分からねぇバンビーナだ。
…そう思って油断していたせいで唇を塞がれた事に一瞬驚いちまった。…こいつは…知らねぇ事だらけのくせにキスだけは上手い…。
「………Baciamiキスして、って…顔してました」
「………生意気」
「怒る?」
「怒る」
「でも…笑ってます」
嬉しそうにも照れてるようにも見えるがこいつの表情筋は死んでいる。オレだけが笑ってる状況が気に食わねぇからこいつの口の端を上げるように指を添えた。
こいつが触れたいと思って触れるのがオレしかいねぇなら、オレである意味も必要もあるかもな…。
都合がいい。言い換えれば…理想。だがやっぱりそんな事は認めねぇ。お互いが理想の相手だ、なんてバカみてぇじゃあねぇか。そんなのは頭の弱ぇ一般人かマンモーニが言う事だ。だからオレは言い続けるぜ。お前はオレにとって都合がいいんだってな。
Fine.
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