観察対象との奇妙な生活
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ターゲットの家に元々転がっていた死体は…どうやら本物の死体じゃあなかったらしい。オレの能力で老化しねぇのは死んでるからだと思ったが、単純に体が冷え切っていただけだったみてぇだな。よく見りゃあ少しずつだが効いてきている。…真っ裸で鎖に繋がれた女…。今殺したこの野郎に誘拐、監禁されていたか、それともただ趣味に付き合わされていただけか…。そんなのはどっちだっていい事だ。これなら放っておいても死ぬだろうが、手っ取り早く直触りで殺っとくか。この女に罪はねぇが野郎の連れは皆殺しって命令だ。恨むなら野郎を恨みな。
「……………」
─────
気まぐれ……それ以外の何物でもねぇ。裸で飼われていたと見える犬と同等の女を持ち帰ったのはな。持った時に感じたが、身長に対して体重が軽過ぎる。飯もろくに与えられず体だけ使われていたって事か。幸薄そうな顔してやがるもんなァこの女…。
「………、」
「…よォ、起きたか」
次の朝には目を覚ました。丁度入ったばかりの茶のカップを手渡すと、戸惑いながらもそいつを受け取った。
「おいおい、オメー…何素直に受け取ってんだ?」
「え…?」
「それを飲めって言われたら飲むのか?ええ?名前も知らねぇ今会ったばかりの見ず知らずの野郎から渡されたもんだぞ。何の警戒もしねぇなんてどういうつもりだ?」
「え……え?」
「毒だったらどうすんだ…死にてぇのか?」
「ど…毒………なんですか………?」
「…飲んでみな」
カップの中を覗き込んでから息を飲み込んだ。緊張と怯えが顔に出ているな。手も震えてやがる。…だが数秒後それらは消えた。無表情……いや、全てを諦めたような…そんな顔だ。そしてカップに口を付けた。
「………、お茶…です。…ただの紅茶です」
「気に入らねぇな」
「え………」
「何だ…今のツラは…!」
「っ………」
片手で顔を掴むと驚いたように目を見開いた。ペッシを叱る時と同じように顔を近付ける。毒かも知れねぇと思いながらも死を覚悟してまで飲んだって事だ。人に死ねと言われて素直に死ぬ馬鹿なのか、元々死にてぇと思っていた馬鹿なのか……どっちにしろ馬鹿だ。オレはそれが気に食わねぇ!
「おまえ……名前は?」
「な…名前………ミエーレ…です…」
「ミエーレ」
「はい…」
「ミエーレミエーレミエーレミエーレよォ!」
「はぃ………」
「その諦めたような、希望を失ったような顔、オレの前で二度とするんじゃあねぇぞ!」
「え……………」
「返事!」
「はっはい…」
「よし!」
さっき消えた緊張と怯えが戻ったようにまた手先を小さく震わせ始めた。…それでいい。それが普通だ。それが普通の女の反応だ。
「あ…あの………」
「何だ」
「あなたは…、………えっと………」
「…チッ!言いてぇ事があるならはっきり言え!」
「す、すみません…!教えてもらいたい事が二つ、あります…!」
「言ってみろ。答えるかどうかは別だがな」
「あの………この、紅茶の…種類を、教えてください………」
「はぁ?」
思わず気の抜けたような声が出ちまったじゃあねぇか…おい。どういう事だ?二つだと言ったよな。聞きてぇ事はよ。そのうちの一つがそれか?頭おかしいのかこいつ…。
「ミエーレよォ…おまえな、目が覚めたら見知らぬ部屋で、サイズの合ってねぇ服を着せられて知らねぇ男のベッドに居た。得体の知れねぇオレに対してテメーは何者だと聞くのが普通じゃあねぇのか。オレの正体、それと目的。自分をどうするのか、それらを把握する為に聞く事が二つじゃあどうやったって足りねぇ。なのに一つ目の質問が茶の種類だ?どうかしちまってるとしか思えねぇぞ」
「………、………あなたは、悪い人ではない。だから正体や目的を知る必要はないのです…」
「ああ?悪い人じゃねぇだ?何故そう言える?これからオメーを殺すかも知れねぇぜ。内臓売っ払って金にしちまうかもな。こういう発想がある時点で悪い人だとは思わねぇか?」
「…服を貸してくださっています。…ベッドも。美味しい紅茶まで与えてくれました。ここまで親切にしてくださるのですから、悪い人とはとても思えません」
「……………」
「何か目的があっての事ならば、お役に立てるように尽力します。お金になるのなら売ってもらって構いません。憂さ晴らしになるのなら殺してもらっても。ここまでしていただいたのに、私は返せるものを何も持っていないので…」
「やっぱり気に食わねぇぞ…」
「え…」
「それ以上喋る事は許可しねぇ。イライラするだけだ」
こいつの感覚は狂ってやがる。服を着るのは当然だ。ベッドで寝るのもな。それに対して礼をするのに身を犠牲にしようとする…そこが気に食わねぇ…吐き気がするほどな。…そういや一つ思い出したが、ターゲットの事はある程度調べる。…昨夜殺したあの野郎には嫁がいたはずだ。名前は確か、ミエーレ…。こいつ………、
「オメー、結婚して何年だ?」
「はい…?どうして……、……約二年…です」
約二年…服も布団も飯もろくに与えられずに監禁されてたとなりゃあ、感覚が狂っても不思議じゃねぇ。不思議なのは…むしろオレの方だ。…気まぐれで人を拾った事といい、こんなこいつを厄介だと思うどころか…正常に戻す事に協力してやってもいいなんて考えてんだからな。どうかしちまったらしい。…だがこいつが不幸な事に変わりはねぇな。飼い主が下衆野郎から暗殺者になっただけだ。こいつの置かれた状況は何一つ良い方に変わっちゃいない。
「旦那は人足先に寿命で死んだぜ」
「え?」
「オレが殺したって言ったら、怒るか?ミエーレ」
何があってそうなったかは知らねぇが、最初は愛だの恋だので一緒になったはずだからな。情はあっただろう。…だがこいつは眉一つ動かさずに「そうですか」と言った。その顔に絶望の色は…ない。
「ではあなたは…パッショーネの………暗殺チームの人、ですか…?」
「おまえどこまで知ってる?組織の何を…」
「何も…。ただ彼がパッショーネという組織に属していた事と、暗殺チームに殺されるかも知れないと…誰かと話していたのを耳にしただけです…」
「…そうか…まぁいい。おまえが何をどれだけ知っていようが意味のねぇ事だからな。それよりおまえはこれから自分がどうなるのか知りたくねぇか」
「………どうなるのですか…?」
「教えねぇよ」
それはオレにもまだ分からねぇからな。
「とりあえずは飯だ。………いや、シャワーが先か。来い。どれほどどんな抱かれ方してたか知れねぇ。汚ぇから隅々まで洗ってやるよ」
………元々そのつもりはなかったが…痣や擦り傷を見せられちゃあそういう気分にはならねぇ。オレがやると言った事だが、会って間もない野郎に躊躇いも恥じらいもせず無防備な姿を晒すこいつにもだんだん腹が立ってきて、髪を乾かす頃には多少粗雑になっちまっていた。そもそもこの髪は何だ。伸び過ぎだ。前髪が顔に掛かるのもずっと気になっていた。…邪魔だな。切ると心の中で思ったなら、その時すでに行動は………!
「っ………、か…髪が………」
「………失敗だなこりゃあ。…仕方ねぇから散髪屋に連れて行ってやる。飯の後だがな」
「……………」
「何だ、怒ったか?文句の一つでも言ってみろ」
「………いえ…腰までは長かったので…肩の辺りで揃えます」
「……………」
何の断りもなく突然髪を切られたら怒って当然だと思うんだが、少し驚いたくらいで本当に憤りを感じたわけじゃあねぇらしい……こいつには喜怒哀楽がねぇな。…人間らしさを失った奴が正常に戻るまでどれほどの時間と何が必要か、それを思い出した時にどうなるのか………興味がある。
「オメー何か食いてぇもんがあるなら言ってみな」
「…冷えたびちゃびちゃのパンでなければ何でもいいです」
「冷えたびちゃびちゃのパンって何だ気持ち悪ぃな」
「あれは美味しくないです…」
「だろうな。とりあえず適当なリストランテに行くぞ。ついて来い」
「外に…出るんですか?」
「出れねぇ理由はねぇだろうが」
「………久しぶりです…」
………喜怒哀楽…。喜を思い出させるのは簡単そうだな。小説なんかで目が輝いている、なんて表現を見た事があるが…まさにそれだ。
外を歩いて花を見て、町を歩いて飯を食う。…たったそれだけの事で、こいつの顔はだいぶマシなもんになった気がする。何も特別じゃねぇただそれだけの事で…。………こいつは、なんて不憫な奴だろうと思った。
「えっと…その、………あの………」
「オメーな、人を呼ぶのにあのだのそのだの言うのは失礼だと思わねぇか!」
「す…すみません………では、えっと…何とお呼びすれば………?」
「プロシュートでいい」
「プロシュート………」
「何だ」
「ありがとう、ございます………」
………何がだ。…って、こいつからしたら全部なのかも知れねぇな。それともオレも感覚が鈍っちまってるのか?感謝されてもおかしくねぇ事をやっている…?いいや、オレにそのつもりはねぇ。何せこいつの観察は興味本位だからな。
「冷めねぇうちに食っちまいな」
「…はい…!これ、とても美味しいです…!」
「冷えたびちゃびちゃのパンと比べんなよ」
「プロシュートも一度あの味を知れば…他の何を食べても美味しく感じると思います」
「だから比べんなって言ってるだろうが!」
そういえばこいつ、聞きてぇ事が二つあるとか言ってたな…。まだ一つしか聞かれてねぇ。
「ミエーレよォ、二つ目の聞きてぇ事ってのは何だったんだ。内容によっちゃあ答えてやるぜ」
「もう聞きました」
「あ?」
「プロシュート…です。…はい」
「………ああ?」
満足気に頷いて残りのスープに手を付けた。…意味が分からねぇ。所々会話も成り立ってねぇ気がするし、やはりこいつは頭がおかしいのかもな。そんな奴の面倒を見ようってんだからオレも大概………、
《観察対象との奇妙な生活》
これからそれが、当然の日常になる───。
Fine.
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