私の全てはあなたの為に
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「今日…お散歩に出かけてもいいですか?」
「あ?いいわけねぇだろうが、世間知らずのマンモーナがよォ…」
「…いいお天気なのでちょっとだけお外に出たいです…」
「………」
「この間プロシュートと行った近所の公園までの道なら迷子にならないです…!」
「………チッ…。出掛ける前にオレに電話しろ。出なくても5コールは鳴らせ。絶対に携帯はポケットに入れておくんだ。落とすんじゃあねぇぞ。…あと鍵閉めるのを忘れるんじゃあねぇぜ」
「はい…!ありがとうございます…!」
───ちゃりん、と音を立てて転がった………あれは、鍵…。プロシュートの部屋の鍵だ………大変。拾わなきゃ………。
「動くんじゃあねぇよ」
三人のうちの一人が私の手を強く掴んだ。…痛い。服を破らなかっただけマシだけど…乱暴である事に変わりはない。どうして男性は…話した事もなく身元も分からない女を抱く気になるんだろう。どうして複数人で一人を囲もうと思うんだろう…。最初にダメだと言ったプロシュートの言葉に従っていればこんな事にはならなかった…。一人で外にさえ出なければ…クソ野郎共に目を付けられる事もなかったのに…。どうして私は………、
「全然濡れねぇな」
「下手なんじゃあねぇか?」
…気持ち悪い。体温が、手付きが、息遣いが…全てが気持ち悪くて吐き気がする。
………プロシュートは違った。ベッドの上で優しく抱きしめてくれた。…私の名前を呼んで、まるで大切な物であるかのように…そっと触れてくれた。何も感じる事はできなかったけど、…嬉しかった。自分の欲望を満たす為だけに繋がろうとするのではなく、私を見てくれた事が…嬉しかった。
「もっと気持ち良くしてやれよ、その気になるようによォ~」
私は…自分をコントロールできる。心も脳も殺す事ができる。何も感じない…死体になれる。………戻ろう。プロシュートと出会って人間扱いしてもらって図に乗っていたのかもしれない…。調子に乗っていたからきっと罰が当たったんだ。戻りますよ…呼吸をするだけの死体に。
………あ、なんか…ここにいるはずがないプロシュートの香りがする。………プロシュート………、会いたいなぁ………。このままこいつらに飼われる事になったら…もしくは殺されるのだとしたら…もう会えない。…もしもまた会えたら、今朝までの生活に戻れるのなら…もう勝手な事はしないと誓います。わがままを言ったりしないって…。プロシュートだけを信じてプロシュートの言う事だけに従います。…もしかしたらそれは、飼われている事と変わらないのかもしれない。だけど、鎖に繋がれて自由を奪われている事とは違う。私が私の意思で、彼に従いたいと思っているのだから………。無理やり閉じ込めて苦しいと言う声も聞かずに思い通りに躾ける人達とは違う。プロシュートだけは………そこらへんのクソ野郎共とは違う。
「な、何だこれ!スタンド攻撃か!?」
スタンド………?
盛りのついた犬のようだったクソ野郎共がみるみるうちに歳と取っていく………こんな一瞬で老けるなんてありえない。一体何が…?…私は………、………手や体を見る限り年老いているようには見えない。…死体だからかな?体温もないに等しいただの物質みたいなものだから…”老いる”という事がないのかも………。
扉を蹴破って入ってきたのは煙のようなものを纏った人と…あれは、何だろう…?両腕だけで上半身を支えているように見える………人間じゃあないのかな………?………いや、そんな事よりもあの人は………プロシュート………。助けに…来てくれた?…まさか…。どうして?プロシュートが時間と労力を使って私なんかを助けに来る必要がどこに…?
年老いた野郎共を蹴散らすと駆け寄ってきてくれた…私に手を伸ばして体を支えてくれている。やっぱりプロシュートだ…。ひどい顔をしている…辛そうな顔…。どうしてそんな顔しているの?…プロシュートに対しては疑問ばかり生まれてしまう…。
スーツのジャケットを脱いで羽織らせてくれた…プロシュートの匂い………さっきのは幻覚や願望じゃあなかったんだ………。
「プロシュート………どうして………?」
「………目を閉じているんだぜ、ミエーレ。…てめぇに屈辱を与えたクソ野郎共の死に顔が見たいってんなら別だがなァ…トラウマになっても知らねぇぞ…」
殺すの…?私の………為、に………?
あ…クソ野郎共が立ち上がった…。何だろう?影?一人につき一体…何かがついているように見える………。
「チッ………全員スタンド使いか」
あれが…スタンド?プロシュートのそばにいるこの目がたくさんついている人もスタンドっていうのかな…?
─────
「っ………、」
………何が、起こっているのか………分からない。ただ、プロシュートは………プロシュートの力?は、氷に無効化されるのかもしれない………。きっとスタンドにはそれぞれに特殊な能力があって…相性みたいなものがあるんだ…。三人を相手にする時点で不利なのに、敵の一人と相性が悪かったんだ…。だから………動きを封じられてしまった………私のせいで、プロシュートが………、
「チッ…手こずらせやがって…よォ…」
「───、」
……………酷い音が響いた。………殴った………プロシュートの顔を、殴った。…毛が逆立つような感覚がする。ドロドロとした何かが体の中を逆流しているような変な感じがする。腸が煮えくり返る…ってこんな感じなんだろうと、いやに冷静に思った。
「………な、何だ、地震か?」
「いや…揺れてるのは酒瓶だけだ」
「オイ…どうなってんだ、勝手に落ちて割れてくぞ…!」
殴った。…プロシュートを、………傷付けた。許せない。
許さない…。
……………殺す。全員………ここで殺す。
───ツイてねぇ………今日はツイてねぇ日だったんだ。敵が全員スタンド使いだった事も、能力の相性が最悪だった事もそうだ…。だが策はあった。丸腰で来てるわけじゃあねぇ。このオレが…ド底辺のチンピラ相手に負けるわけがねぇ。能力を使うまでもなく…生身で十分だったんだ。少しばかり油断してみっともねぇ所を晒しちまったがよォ…三人まとめて眼球抉り出すくらいの事は簡単だぜ。………オレに一発食らわせていい気になってる野郎を捉えた瞬間…”それ”は突然始まった。オレは…祟りや呪い、霊障なんてもんは信じてねぇ。だが…、初めて目の当たりにした…気がする。
棚やテーブルの上にあったガラクタがひとりでに動き出し落ちて壊れた。…全部だ。妙な悪寒と同時に部屋中の物が動く。危ねぇと思ったが冷静になって見ると、不思議な事に落ちるガラクタも落ちて壊れた鋭利な破片も…意思を持っているかのようにミエーレとオレだけを避けていた。ありえねぇ偶然だ…瓶や工具箱なんかが直撃している野郎共は何かに掴まれているかのように動こうとしねぇ。
落ちる物がなくなり部屋が静かになったかと思ったら…一人の男が部屋を出て行った。…逃げるようなら引き留めて殺すところだったが…首を90度に曲げ、何かに引かれるようにぶつぶつと独り言を零しながらゆっくりと歩いていった。誰が見たってありゃ正常じゃあねぇよ…。
次に一人、落ちて割れた瓶の破片を手で掬うと、水で顔を洗う時のような動きを見せ始めた。顔面から血が吹き出るのも構いやしねぇ……それだけでも気が触れたとしか思えねぇのに、今度は口に放り込み飲み込んでいるらしい。…内側から喉が裂けて死に至るまでにそう時間は掛からなかった。
それを見ているようで見ていない…視線がおかしいもう一人の野郎は、テーブルの角に自分の頭を何度も何度も打ち付けてやがる。こっちも血が出ようが抉れて変形しようがお構いなしだ。完全にイカれてやがる。ようやく止めた頃には顔の原型すら留めていねぇ…ひでぇ状態で絶命していた。
チッ…ミエーレがこんなもん見たらトラウマになっちまうじゃあねぇか。下衆野郎は死んでもろくでなしの下衆って事がよく分かった。
「……………」
「オイ…ミエーレ………」
静かに立ち上がったミエーレに一歩近づいた次の瞬間…最初に部屋を出て行った野郎が目に入った。…そいつは窓の外………頭から真っ逆さまに落ちて行った。このビルの屋上から飛び降りたって考えるのが自然だろう。見たくもねぇが念のため窓を開けて下を確認すると、内臓まで出してぐちゃぐちゃに潰れている男が死んでいた。………妙な事に、全員突発的に自害していった…どれもえげつねぇ死に方だ。偶然じゃあねぇ…”何か”がそうさせたんだ………。
「っ………プ、プロシュート………!」
ミエーレに目をやったその時…嫌な汗が額を流れる感覚がした。こいつの手を引いて走り出す。
「ど、どうしたんですか…!?」
霊の類を信じてるわけじゃあねぇ………だが、ミエーレの後ろに…無数の人影が見えた、…気がした。奴らの不自然な死が ”何か”の仕業だったとしたら…その”何か”がオレやこいつに危害を加えねぇ保証はねぇ。一刻も早くこの場を離れるべきだ。
「あ…あの…っ、大丈夫ですよ。彼らは…あなたには危害を加えない」
「ああ?彼ら?誰の事を言ってんだ」
「誰…かは分かりませんけど…。力を貸してくれたんです…、た、多分…。私の思った事を叶えてくれました…!」
こいつはたまに訳の分からねぇ事を言う。…今重要なのはこいつが何を言いたいかを理解する事じゃあねぇ…。外へ出てしばらく歩いてから…中途半端に脱がされた服を整えてやった。…またこいつは、抵抗するのが無駄だと分かっているから…黙って自分を殺していたんだろう。野郎共はひでぇ死に様だった。…だがそれでもまだ気は収まらねぇ。…収まるわけがねぇんだ…。
「ご…ごめんなさいプロシュート………私のせいで顔に傷が………」
今にも泣きだしそうな顔でオレの口元を見ている。…殴られた時に切れたんだろう。鼻血も出たかもな。…どうって事はねぇ。こんなもんは舐めときゃ治る。そんな事より問題はミエーレ…お前の方だろうが。ようやく正常じゃあなかった心がまともになりつつあったってのに、こんな事があったんじゃ振り出しに戻っても仕方ねぇ。…やはり一人で出歩かせるべきじゃあなかったんだ…。…甘かった。オレの認識が…。
「……………、」
「………どうした。…どっか痛むか?…吐きてぇなら我慢するんじゃあねぇぞ…」
眉を顰めたミエーレの背をできるだけ優しく摩ってやる。普通の女なら…怖かったと言って泣きながら縋ってきそうなもんだが…、こいつは要らねぇ事に慣れちまってるんだろうな。自分が何かされた事よりもオレが殴られた事の方が…こいつにとっては問題なのかもしれねぇ。そんな顔をしている…気がする。オレのみっともねぇ姿を見て目を潤ませてやがる………あんまり見るんじゃあねぇよ。こんなダセェ姿をよォ…。
「………殺す………と、思いました…あなたを傷付けた事は絶対に………ミキサーに掛けたようにぐちゃぐちゃにしたって気がすまないくらい………許せないです………」
こいつが怒りの感情を露にするところは初めて見た。…心の中で思った時には既に行動していた、って事か…?まさか…ミエーレがやった?奴らの異変はこいつが思った事が実現した…得体の知れねぇ”何か”の正体はこいつのスタンド能力…?………はっ…ありえねぇ。こいつがスタンド使いなわけがねぇ。未熟で不安定なこいつにスタンドを操れるだけの精神力があるわけがねぇんだ。
「…こんなもんはな、時間が経てば治るんだ。オレの為にオメーが手を汚す必要なんかねぇんだぜ。だから殺すなんて出来もしねぇ事思うんじゃあねぇ。………いや、そう思わせたのはオレのせいか………悪かったな。ダセェところを見せた」
「かっこいいところしか見てないです。…初めて会った時から…あなたは私の英雄です。…嬉しかったです。…もう二度と、会えないかと思ったから………来てくれて、…嬉しかった………」
安堵したように息を吐いたミエーレの頭に手を置く。そいつはつまり、オレに会いたかったって事だ。こいつは何か良くねぇもんを引き寄せる体質にある。ギャングで暗殺者……オレだって例外じゃあねぇ。だが、オレは今までこいつが関わって来たクソ野郎共とは根本的に違う。…こいつの心を正常に戻す手助けができる。…それはオレにしか出来ねぇ事だ。何故ならこいつが信用しようとしているのがオレだけだからだ。
「………、何だ」
背伸びをしながらオレの腕を引っ張っている。…屈めってか?
顔を近付けるとオレの頬に手を添え、切れた口元に触れるか触れないかの際どい間隔で指を滑らせた。
「くすぐってぇぞ…」
「………ごめんなさい………」
「さっきから何でお前が謝ってんだ………っ………!」
「許して…」と小さく呟いてからオレの口に唇を付けた…ただのキスなら拒む理由はねぇんだがな。オレの鼻の下から顎に掛けて垂れた鼻血を舐めてやがる………こいつ………、
「よせ馬鹿。汚ぇだろうが…吐き出せ、ほら」
「…やです…」
いや………だって?こいつがオレの言う事にNoと答えたのは初めてだ…。
「プロシュートは綺麗です………汚いのは、私の方………。穢れた私をそばに置いたばっかりに…こんなひどい目に………」
「…あのな、こうなったのはオレの認識の甘さが招いたミスだ。お前を一人で外に出した事も敵を見縊っていた事もオレのミスなんだ。お前は謝るんじゃあなく寧ろオレのせいにしてオレを責めていい」
「…あなたを責めたら…私、いよいよ頭のおかしい奴じゃあないですか…」
「最初からイカレてんだろ。常識がねぇ」
「…イカレてる…は、言い過ぎです…」
「ははっ…」
自然と出ちまったオレの笑い声に…常に曇っているミエーレの顔が緩んだ気がした。
オレの口の端を見るその顔は傷を心配しているんだろう。だがそう唇ばかり見られたらよォ…物欲しそうな顔してるように見えてきちまうぜ。今度は汚ぇもん舐め取らせるんじゃあなくまともなキスを…と思ったが、血の味がしてかなわねぇな…。
「………帰るぞ、ミエーレ」
当然、帰るって言葉は正しい。オレと日常生活を送っている場所が…こいつの居場所だからだ。帰るべき場所だからだ。…それが当然だとお前も早く認識するんだぜ。…そうしたらよォ、たったこれだけの言葉で瞳を揺らし、嬉しそうな顔をする事なんてなくなる。嬉しそうな顔はもっと別な…特別喜ばそうと思った時に見せるもんだ。…って、言っても分からねぇだろうな、このマンモーナは…。
「………あっ…す、すみません…!私、鍵を…失くしてしまいました………」
「あ?…鍵、掛けて出たのか」
「はい…」
「よし…言われた事はちゃんとできるじゃあねぇか。オレは鍵を落とすなとは言ってねぇからな。上出来だ。偉いぜミエーレ」
「そんな…何も褒められる事はできていません………」
「出かける前に電話を掛ける、携帯を落とさずに持っている、家の鍵を閉める…言われた事はきっちりやった。何の問題もねぇ」
「………で、でも…」
「家の鍵なんて変えりゃあいいだけの話だ。気にするんじゃあねぇよ」
「わ…私を甘やかさないでください…」
「ああ?悪い事は叱る、気に食わねぇ事をしたなら怒る。お前に足りないものはそういう普通の日常だ。飴だけやるつもりはハナからねぇぞ。甘やかされるだけだと思ったら大間違いだからな、覚悟しておけよミエーレ」
「…鍵を失くした事は怒られるべき事では……?」
「いいや?叱りつけるほどの事じゃあねぇ」
「あ………そうですか………でも、すみませんでした。余計な手間を増やして…」
「これから気ィ付けな」
「は、はい…!」
職業柄…オレは人の死に慣れちまっている。惨い死体を見たが大した事じゃあねぇ。一々気にしてられねぇからな。明日には忘れているだろう。…だがミエーレはどうだ。死体なんて初めて見たんじゃあねぇのか。自分に危害を加えたクソ野郎だったとしても、すぐそばで人が三人も死んだってのに平気な顔してやがる。…妙な感じだ。こいつの過去を全て知っているわけじゃあねぇ。オレが知っている以上に、思っている以上に…死体に慣れてもおかしくねぇような悲惨な過去があるのか…。
『ミキサーに掛けたようにぐちゃぐちゃにしたって───』
…その言葉と奴らの死体の惨たらしさに繋がりがあるんじゃあねぇかと…思っちまうが、考え過ぎだよな。
立ち止まって振り返ったミエーレに目を向ける。………オレの目には何も見えねぇ。ミエーレが見ている先を見ても、何も。…だがこいつの瞳を見て嫌な寒気がした。瞳に反射した景色の中に…実際にはいねぇ、オレの目には見えねぇ無数の人影が写っていた。見えているのか。ミエーレには…オレには見えねぇ”何か”が………。
後に分かった事だが、ミエーレはスタンドが見える…。…この日あった事、ミエーレの瞳に映る影、不幸体質な事、スタンドが見える事……それら全てに説明を付けるとしたら、霊感が強いって事だろうな…異常なまでに。おそらく見えなくていいもんが見えている。だが怯えている様子もねぇからしばらくは放っておいていいだろう。問題は依然変わりなく、普通の感覚を持たせる事に結びつく心の成長だ…。
───ぶっ殺す、と思った相手に自ら死を選ばせる。…自分を含め殺そうと思った相手を死体にする事ができる。殺しに特化した能力はまた、無意識の内に彼に憑く悪いものを不運として自身の中に取り込み続ける。この能力に気が付いた時、彼女は笑みを溢す。不運である事に幸福を感じて…。
《私の全てはあなたの為に》
Fine.
「今日…お散歩に出かけてもいいですか?」
「あ?いいわけねぇだろうが、世間知らずのマンモーナがよォ…」
「…いいお天気なのでちょっとだけお外に出たいです…」
「………」
「この間プロシュートと行った近所の公園までの道なら迷子にならないです…!」
「………チッ…。出掛ける前にオレに電話しろ。出なくても5コールは鳴らせ。絶対に携帯はポケットに入れておくんだ。落とすんじゃあねぇぞ。…あと鍵閉めるのを忘れるんじゃあねぇぜ」
「はい…!ありがとうございます…!」
───ちゃりん、と音を立てて転がった………あれは、鍵…。プロシュートの部屋の鍵だ………大変。拾わなきゃ………。
「動くんじゃあねぇよ」
三人のうちの一人が私の手を強く掴んだ。…痛い。服を破らなかっただけマシだけど…乱暴である事に変わりはない。どうして男性は…話した事もなく身元も分からない女を抱く気になるんだろう。どうして複数人で一人を囲もうと思うんだろう…。最初にダメだと言ったプロシュートの言葉に従っていればこんな事にはならなかった…。一人で外にさえ出なければ…クソ野郎共に目を付けられる事もなかったのに…。どうして私は………、
「全然濡れねぇな」
「下手なんじゃあねぇか?」
…気持ち悪い。体温が、手付きが、息遣いが…全てが気持ち悪くて吐き気がする。
………プロシュートは違った。ベッドの上で優しく抱きしめてくれた。…私の名前を呼んで、まるで大切な物であるかのように…そっと触れてくれた。何も感じる事はできなかったけど、…嬉しかった。自分の欲望を満たす為だけに繋がろうとするのではなく、私を見てくれた事が…嬉しかった。
「もっと気持ち良くしてやれよ、その気になるようによォ~」
私は…自分をコントロールできる。心も脳も殺す事ができる。何も感じない…死体になれる。………戻ろう。プロシュートと出会って人間扱いしてもらって図に乗っていたのかもしれない…。調子に乗っていたからきっと罰が当たったんだ。戻りますよ…呼吸をするだけの死体に。
………あ、なんか…ここにいるはずがないプロシュートの香りがする。………プロシュート………、会いたいなぁ………。このままこいつらに飼われる事になったら…もしくは殺されるのだとしたら…もう会えない。…もしもまた会えたら、今朝までの生活に戻れるのなら…もう勝手な事はしないと誓います。わがままを言ったりしないって…。プロシュートだけを信じてプロシュートの言う事だけに従います。…もしかしたらそれは、飼われている事と変わらないのかもしれない。だけど、鎖に繋がれて自由を奪われている事とは違う。私が私の意思で、彼に従いたいと思っているのだから………。無理やり閉じ込めて苦しいと言う声も聞かずに思い通りに躾ける人達とは違う。プロシュートだけは………そこらへんのクソ野郎共とは違う。
「な、何だこれ!スタンド攻撃か!?」
スタンド………?
盛りのついた犬のようだったクソ野郎共がみるみるうちに歳と取っていく………こんな一瞬で老けるなんてありえない。一体何が…?…私は………、………手や体を見る限り年老いているようには見えない。…死体だからかな?体温もないに等しいただの物質みたいなものだから…”老いる”という事がないのかも………。
扉を蹴破って入ってきたのは煙のようなものを纏った人と…あれは、何だろう…?両腕だけで上半身を支えているように見える………人間じゃあないのかな………?………いや、そんな事よりもあの人は………プロシュート………。助けに…来てくれた?…まさか…。どうして?プロシュートが時間と労力を使って私なんかを助けに来る必要がどこに…?
年老いた野郎共を蹴散らすと駆け寄ってきてくれた…私に手を伸ばして体を支えてくれている。やっぱりプロシュートだ…。ひどい顔をしている…辛そうな顔…。どうしてそんな顔しているの?…プロシュートに対しては疑問ばかり生まれてしまう…。
スーツのジャケットを脱いで羽織らせてくれた…プロシュートの匂い………さっきのは幻覚や願望じゃあなかったんだ………。
「プロシュート………どうして………?」
「………目を閉じているんだぜ、ミエーレ。…てめぇに屈辱を与えたクソ野郎共の死に顔が見たいってんなら別だがなァ…トラウマになっても知らねぇぞ…」
殺すの…?私の………為、に………?
あ…クソ野郎共が立ち上がった…。何だろう?影?一人につき一体…何かがついているように見える………。
「チッ………全員スタンド使いか」
あれが…スタンド?プロシュートのそばにいるこの目がたくさんついている人もスタンドっていうのかな…?
─────
「っ………、」
………何が、起こっているのか………分からない。ただ、プロシュートは………プロシュートの力?は、氷に無効化されるのかもしれない………。きっとスタンドにはそれぞれに特殊な能力があって…相性みたいなものがあるんだ…。三人を相手にする時点で不利なのに、敵の一人と相性が悪かったんだ…。だから………動きを封じられてしまった………私のせいで、プロシュートが………、
「チッ…手こずらせやがって…よォ…」
「───、」
……………酷い音が響いた。………殴った………プロシュートの顔を、殴った。…毛が逆立つような感覚がする。ドロドロとした何かが体の中を逆流しているような変な感じがする。腸が煮えくり返る…ってこんな感じなんだろうと、いやに冷静に思った。
「………な、何だ、地震か?」
「いや…揺れてるのは酒瓶だけだ」
「オイ…どうなってんだ、勝手に落ちて割れてくぞ…!」
殴った。…プロシュートを、………傷付けた。許せない。
許さない…。
……………殺す。全員………ここで殺す。
───ツイてねぇ………今日はツイてねぇ日だったんだ。敵が全員スタンド使いだった事も、能力の相性が最悪だった事もそうだ…。だが策はあった。丸腰で来てるわけじゃあねぇ。このオレが…ド底辺のチンピラ相手に負けるわけがねぇ。能力を使うまでもなく…生身で十分だったんだ。少しばかり油断してみっともねぇ所を晒しちまったがよォ…三人まとめて眼球抉り出すくらいの事は簡単だぜ。………オレに一発食らわせていい気になってる野郎を捉えた瞬間…”それ”は突然始まった。オレは…祟りや呪い、霊障なんてもんは信じてねぇ。だが…、初めて目の当たりにした…気がする。
棚やテーブルの上にあったガラクタがひとりでに動き出し落ちて壊れた。…全部だ。妙な悪寒と同時に部屋中の物が動く。危ねぇと思ったが冷静になって見ると、不思議な事に落ちるガラクタも落ちて壊れた鋭利な破片も…意思を持っているかのようにミエーレとオレだけを避けていた。ありえねぇ偶然だ…瓶や工具箱なんかが直撃している野郎共は何かに掴まれているかのように動こうとしねぇ。
落ちる物がなくなり部屋が静かになったかと思ったら…一人の男が部屋を出て行った。…逃げるようなら引き留めて殺すところだったが…首を90度に曲げ、何かに引かれるようにぶつぶつと独り言を零しながらゆっくりと歩いていった。誰が見たってありゃ正常じゃあねぇよ…。
次に一人、落ちて割れた瓶の破片を手で掬うと、水で顔を洗う時のような動きを見せ始めた。顔面から血が吹き出るのも構いやしねぇ……それだけでも気が触れたとしか思えねぇのに、今度は口に放り込み飲み込んでいるらしい。…内側から喉が裂けて死に至るまでにそう時間は掛からなかった。
それを見ているようで見ていない…視線がおかしいもう一人の野郎は、テーブルの角に自分の頭を何度も何度も打ち付けてやがる。こっちも血が出ようが抉れて変形しようがお構いなしだ。完全にイカれてやがる。ようやく止めた頃には顔の原型すら留めていねぇ…ひでぇ状態で絶命していた。
チッ…ミエーレがこんなもん見たらトラウマになっちまうじゃあねぇか。下衆野郎は死んでもろくでなしの下衆って事がよく分かった。
「……………」
「オイ…ミエーレ………」
静かに立ち上がったミエーレに一歩近づいた次の瞬間…最初に部屋を出て行った野郎が目に入った。…そいつは窓の外………頭から真っ逆さまに落ちて行った。このビルの屋上から飛び降りたって考えるのが自然だろう。見たくもねぇが念のため窓を開けて下を確認すると、内臓まで出してぐちゃぐちゃに潰れている男が死んでいた。………妙な事に、全員突発的に自害していった…どれもえげつねぇ死に方だ。偶然じゃあねぇ…”何か”がそうさせたんだ………。
「っ………プ、プロシュート………!」
ミエーレに目をやったその時…嫌な汗が額を流れる感覚がした。こいつの手を引いて走り出す。
「ど、どうしたんですか…!?」
霊の類を信じてるわけじゃあねぇ………だが、ミエーレの後ろに…無数の人影が見えた、…気がした。奴らの不自然な死が ”何か”の仕業だったとしたら…その”何か”がオレやこいつに危害を加えねぇ保証はねぇ。一刻も早くこの場を離れるべきだ。
「あ…あの…っ、大丈夫ですよ。彼らは…あなたには危害を加えない」
「ああ?彼ら?誰の事を言ってんだ」
「誰…かは分かりませんけど…。力を貸してくれたんです…、た、多分…。私の思った事を叶えてくれました…!」
こいつはたまに訳の分からねぇ事を言う。…今重要なのはこいつが何を言いたいかを理解する事じゃあねぇ…。外へ出てしばらく歩いてから…中途半端に脱がされた服を整えてやった。…またこいつは、抵抗するのが無駄だと分かっているから…黙って自分を殺していたんだろう。野郎共はひでぇ死に様だった。…だがそれでもまだ気は収まらねぇ。…収まるわけがねぇんだ…。
「ご…ごめんなさいプロシュート………私のせいで顔に傷が………」
今にも泣きだしそうな顔でオレの口元を見ている。…殴られた時に切れたんだろう。鼻血も出たかもな。…どうって事はねぇ。こんなもんは舐めときゃ治る。そんな事より問題はミエーレ…お前の方だろうが。ようやく正常じゃあなかった心がまともになりつつあったってのに、こんな事があったんじゃ振り出しに戻っても仕方ねぇ。…やはり一人で出歩かせるべきじゃあなかったんだ…。…甘かった。オレの認識が…。
「……………、」
「………どうした。…どっか痛むか?…吐きてぇなら我慢するんじゃあねぇぞ…」
眉を顰めたミエーレの背をできるだけ優しく摩ってやる。普通の女なら…怖かったと言って泣きながら縋ってきそうなもんだが…、こいつは要らねぇ事に慣れちまってるんだろうな。自分が何かされた事よりもオレが殴られた事の方が…こいつにとっては問題なのかもしれねぇ。そんな顔をしている…気がする。オレのみっともねぇ姿を見て目を潤ませてやがる………あんまり見るんじゃあねぇよ。こんなダセェ姿をよォ…。
「………殺す………と、思いました…あなたを傷付けた事は絶対に………ミキサーに掛けたようにぐちゃぐちゃにしたって気がすまないくらい………許せないです………」
こいつが怒りの感情を露にするところは初めて見た。…心の中で思った時には既に行動していた、って事か…?まさか…ミエーレがやった?奴らの異変はこいつが思った事が実現した…得体の知れねぇ”何か”の正体はこいつのスタンド能力…?………はっ…ありえねぇ。こいつがスタンド使いなわけがねぇ。未熟で不安定なこいつにスタンドを操れるだけの精神力があるわけがねぇんだ。
「…こんなもんはな、時間が経てば治るんだ。オレの為にオメーが手を汚す必要なんかねぇんだぜ。だから殺すなんて出来もしねぇ事思うんじゃあねぇ。………いや、そう思わせたのはオレのせいか………悪かったな。ダセェところを見せた」
「かっこいいところしか見てないです。…初めて会った時から…あなたは私の英雄です。…嬉しかったです。…もう二度と、会えないかと思ったから………来てくれて、…嬉しかった………」
安堵したように息を吐いたミエーレの頭に手を置く。そいつはつまり、オレに会いたかったって事だ。こいつは何か良くねぇもんを引き寄せる体質にある。ギャングで暗殺者……オレだって例外じゃあねぇ。だが、オレは今までこいつが関わって来たクソ野郎共とは根本的に違う。…こいつの心を正常に戻す手助けができる。…それはオレにしか出来ねぇ事だ。何故ならこいつが信用しようとしているのがオレだけだからだ。
「………、何だ」
背伸びをしながらオレの腕を引っ張っている。…屈めってか?
顔を近付けるとオレの頬に手を添え、切れた口元に触れるか触れないかの際どい間隔で指を滑らせた。
「くすぐってぇぞ…」
「………ごめんなさい………」
「さっきから何でお前が謝ってんだ………っ………!」
「許して…」と小さく呟いてからオレの口に唇を付けた…ただのキスなら拒む理由はねぇんだがな。オレの鼻の下から顎に掛けて垂れた鼻血を舐めてやがる………こいつ………、
「よせ馬鹿。汚ぇだろうが…吐き出せ、ほら」
「…やです…」
いや………だって?こいつがオレの言う事にNoと答えたのは初めてだ…。
「プロシュートは綺麗です………汚いのは、私の方………。穢れた私をそばに置いたばっかりに…こんなひどい目に………」
「…あのな、こうなったのはオレの認識の甘さが招いたミスだ。お前を一人で外に出した事も敵を見縊っていた事もオレのミスなんだ。お前は謝るんじゃあなく寧ろオレのせいにしてオレを責めていい」
「…あなたを責めたら…私、いよいよ頭のおかしい奴じゃあないですか…」
「最初からイカレてんだろ。常識がねぇ」
「…イカレてる…は、言い過ぎです…」
「ははっ…」
自然と出ちまったオレの笑い声に…常に曇っているミエーレの顔が緩んだ気がした。
オレの口の端を見るその顔は傷を心配しているんだろう。だがそう唇ばかり見られたらよォ…物欲しそうな顔してるように見えてきちまうぜ。今度は汚ぇもん舐め取らせるんじゃあなくまともなキスを…と思ったが、血の味がしてかなわねぇな…。
「………帰るぞ、ミエーレ」
当然、帰るって言葉は正しい。オレと日常生活を送っている場所が…こいつの居場所だからだ。帰るべき場所だからだ。…それが当然だとお前も早く認識するんだぜ。…そうしたらよォ、たったこれだけの言葉で瞳を揺らし、嬉しそうな顔をする事なんてなくなる。嬉しそうな顔はもっと別な…特別喜ばそうと思った時に見せるもんだ。…って、言っても分からねぇだろうな、このマンモーナは…。
「………あっ…す、すみません…!私、鍵を…失くしてしまいました………」
「あ?…鍵、掛けて出たのか」
「はい…」
「よし…言われた事はちゃんとできるじゃあねぇか。オレは鍵を落とすなとは言ってねぇからな。上出来だ。偉いぜミエーレ」
「そんな…何も褒められる事はできていません………」
「出かける前に電話を掛ける、携帯を落とさずに持っている、家の鍵を閉める…言われた事はきっちりやった。何の問題もねぇ」
「………で、でも…」
「家の鍵なんて変えりゃあいいだけの話だ。気にするんじゃあねぇよ」
「わ…私を甘やかさないでください…」
「ああ?悪い事は叱る、気に食わねぇ事をしたなら怒る。お前に足りないものはそういう普通の日常だ。飴だけやるつもりはハナからねぇぞ。甘やかされるだけだと思ったら大間違いだからな、覚悟しておけよミエーレ」
「…鍵を失くした事は怒られるべき事では……?」
「いいや?叱りつけるほどの事じゃあねぇ」
「あ………そうですか………でも、すみませんでした。余計な手間を増やして…」
「これから気ィ付けな」
「は、はい…!」
職業柄…オレは人の死に慣れちまっている。惨い死体を見たが大した事じゃあねぇ。一々気にしてられねぇからな。明日には忘れているだろう。…だがミエーレはどうだ。死体なんて初めて見たんじゃあねぇのか。自分に危害を加えたクソ野郎だったとしても、すぐそばで人が三人も死んだってのに平気な顔してやがる。…妙な感じだ。こいつの過去を全て知っているわけじゃあねぇ。オレが知っている以上に、思っている以上に…死体に慣れてもおかしくねぇような悲惨な過去があるのか…。
『ミキサーに掛けたようにぐちゃぐちゃにしたって───』
…その言葉と奴らの死体の惨たらしさに繋がりがあるんじゃあねぇかと…思っちまうが、考え過ぎだよな。
立ち止まって振り返ったミエーレに目を向ける。………オレの目には何も見えねぇ。ミエーレが見ている先を見ても、何も。…だがこいつの瞳を見て嫌な寒気がした。瞳に反射した景色の中に…実際にはいねぇ、オレの目には見えねぇ無数の人影が写っていた。見えているのか。ミエーレには…オレには見えねぇ”何か”が………。
後に分かった事だが、ミエーレはスタンドが見える…。…この日あった事、ミエーレの瞳に映る影、不幸体質な事、スタンドが見える事……それら全てに説明を付けるとしたら、霊感が強いって事だろうな…異常なまでに。おそらく見えなくていいもんが見えている。だが怯えている様子もねぇからしばらくは放っておいていいだろう。問題は依然変わりなく、普通の感覚を持たせる事に結びつく心の成長だ…。
───ぶっ殺す、と思った相手に自ら死を選ばせる。…自分を含め殺そうと思った相手を死体にする事ができる。殺しに特化した能力はまた、無意識の内に彼に憑く悪いものを不運として自身の中に取り込み続ける。この能力に気が付いた時、彼女は笑みを溢す。不運である事に幸福を感じて…。
《私の全てはあなたの為に》
Fine.
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