Notte pericolosa e primo bacio.
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愛し方というのは人それぞれで…普段あまり態度に出さない人であっても、きっと気が付けないくらい小さな事の中に愛を詰め込んでいるのかも知れない………。
だから私は本当は愛されていたのかも…と、ふと思う時がある。…でもそれはただの私の願望で、きっとあの人の中に私に向けられた感情は何一つなかったと思う。…だって、愛する奥さんに不特定多数の男性の相手をさせるなんて事は…絶対にしないでしょう。無感情で無関心だったからこそ出来た仕打ちだとしか思えない。もしもそれが歪んだ愛の形だったとしたなら、私には理解する事も受け入れる事も出来ない。…今となっては確認のしようがないけど、…彼の瞳に私への関心はやっぱりなかったと思う…。…プロシュートの瞳を見るとそれがよく分かる。あの人とは全然違うあたたかい眼差しは…何も言葉にしなくても私が存在する事を許してくれていると感じる。…これも私の…ただの願望なのかもしれないけど………。
「お?やあミエーレ。一人かい?珍しいね」
「おかえりなさいメローネ。お仕事お疲れさまでした」
「ああ。で?」
「え?」
「何か悩んでいるんじゃあないのか?」
「え………」
どうしてそう思ったんだろう?確かに考えても仕方ない事を考えてはいたけれど…。
「夜の営みに満足していないのかい?」
なぜすぐにそれに結び付くんだろう…。…でも言われてみれば…プロシュートは満足していないと思う。そもそも最後までした事もないし…。そういう雰囲気でスキンシップをした事もない。初めて一緒に寝た夜に一度だけあったけど、私が不感症だと知ってそれ以降はまったく………、
「ど、どうしたらいいと思います…?」
正直そういう行為はうんざりだけど相手がプロシュートなら…。それにプロシュートが本当は望んでいるのだとしたらどうにかしなければ…!
「不感症は治ったんだっけ?」
「…いいえ…何の努力もしていないので多分まだです…」
「じゃあこれを飲むといい」
「…危険ドラッグですか…?」
「まさか。お前にそんなもん与えたら骨と皮だけの状態で剃刀を吐かせられる。ついでに氷漬けにもされそうだ」
「何ですかそれ?見てみたいです」
「冗談でも言うんじゃあないぞ。こいつはただの…いい気分になれる薬だ。市販のものじゃないが人体に悪影響はない。検証済みだから安心しな」
「媚薬って事ですか?」
「そうなるだろうな」
怪しい薬………変な色だし、匂いも変。だけど試してみるべき…?せっかくメローネが提案してくれたんだし…。
「どうする?プロシュートが帰る前に飲んでおかないと、目を付けたマンマに没収されるぜ」
「…いただきます。いくらですか?」
「何でオレがお前から金を取ると思う?」
「えっ…見返りは?」
「ないよ」
「どっ…どうして…!?」
「よっぽど荒んだ環境で育ったのか。親切というものを知らないらしい」
「メローネが私に親切にするメリットがどこに…!?」
「メリットを考えていたら親切じゃあないだろ…いやそもそも得体の知れない薬を寄越してくる奴を親切と呼べるのか疑問に思うべきだぜ」
「難しい事言わないでください…」
「…今度学習しようか。世の中はどんなクソ野郎で溢れているか教えてあげよう」
「メローネは親切クソ野郎ですか?」
「親切の後にクソ野郎はくっ付かない。親切かクソ野郎のどっちかだ。そしてオレはクソ野郎じゃあない」
「ではこれから親切さんと呼びますね」
「無知ぶって馬鹿にしてるんじゃあないだろうな?」
「え?」
「メローネはメローネだ。親切だが親切さんという呼び名にはならない。今日はこれだけ覚えて帰りな」
「分かりました!」
「もうそろそろプロシュートが帰ってくる。覚悟があるなら今飲むんだ。…きっと悪い結果にはならないさ」
「はい………メローネ、ありがとうございます」
薄く微笑んだメローネは不審な格好も相まって、彼を知らない人の目にはとてもじゃないけど信用できないように映るでしょう。でも私には分かる。思い返せば見返りを求めずに親切にしてくれた事がこれまでも何度かあって、その時は決まってこうして優しい顔を見せてくれたから…。
薬の効果はどれくらいで現れて、何分くらい持続するんだろう…?詳しい事も知らずに訳の分からないものを口にした、って…普通の人だったら恐怖とか覚えるのかな?体がどうなろうがどうだっていい、死んだって別に構わないと思っている私は特に何にも思わないけど…。………変な薬を飲んだ事よりもこう考えている事の方がプロシュートに怒られそう…。
「帰るぞミエーレ」
「はい」
お仕事を終えたプロシュートが上着を羽織らせてくれる。今日の夕ご飯は何かなぁ。プロシュートは何が食べたい気分なんだろう?プロシュートの考えてる事が全部分かったらいいのに…。
「アジトで何か食ったか?」
「ソルベとジェラートがくれたロゼッタとホルマジオが気まぐれに作ったスープを頂きました」
「じゃあ腹減ってねぇのか」
「プロシュートはお腹ぺこぺこですか?何が食べたい気分なんです?」
「いや、家にあるワインとロンツァで十分だ。お前がいいならリストランテには寄らねぇぜ」
「はい」
「ドルチェだけは買っていくか。何がいい?」
「ジェラ…」
「ジェラート以外でだ。昼にギアッチョと氷菓子を食った事知ってんだからな。冷てぇもんばっか食ってたら腹壊すだろうが」
「……………おまかせします」
「なら買うものは決まった!」
ギアッチョと冷たいお菓子を食べた事…誰がプロシュートに教えたんだろう。ギアッチョは「ジジイには内緒だぜ」って言ってたから違う。…きっと一口しか分けてあげなかった事を根に持ったイルーゾォだ…。ちょっと暑いから冷たいのが良かったんだけどなぁ…。
プロシュートがデザートを買ってくれている間にどんどん暑くなってきた………もしかして薬のせい………?
「どうした?」
「えっ…?」
「眠いのかマンモーナ」
びっくりした…何か察したのかと思った…。そういえばプロシュートはいつも私の変化に敏感だ…。私が自分で風邪かも?って思う前に風邪薬を飲ませてくれた事があったりもしたし…。今も何か変に思ったのかも…。
「ひっ…」
会計を済ませたプロシュートに腰を抱かれて思わず声が漏れてしまった…。さっきまでは平気だったのに、何だか急にくすぐったい…ような感覚がして驚いた…。鳥肌がすごい立ってきたし、心臓もドキドキしてきた…。絶対薬のせいだ…。
「ご、ごめんなさい…少し暑くて………上着を脱いでもいいですか?」
「…ああ」
片眉を上げて怪訝そうな顔をしながらも上着を脱がしてくれた。私が暑いって言ったからか、買った物と私の上着で手が塞がったからか…プロシュートは私からほんの少し離れて歩きだした───。
家に着く頃にはもうすっかり息が荒くなってしまっていた。…全身が敏感になってるみたい。今までに感じた事のない気分…。これが…男性を求めている時の感覚という事なんだろうか…。ど、どうしよう…。さっきからプロシュートが何も言わないのがちょっと怖い…。怒ってる…?それとも…様子が変だから気味悪がっているのかな…。
冷蔵庫から何本かミネラルウォーターを取り出して一本だけ私に手渡した。…いつもならコップに注いで渡してくれるのに、ペットボトルのままなのはどうして?キャップを外してくれているからこのまま飲めって事…だよね…。
プロシュートの視線を一身に浴びながら飲み口に唇を付けた。そんなに見られたら…緊張してしまう…。そう思ったら手が滑って少しだけど零しちゃった…。水もまともに飲めないなんて…。
口の端から垂れた水滴をプロシュートの指が拭った…その温もりに………感じてしまった。勝手にピクリと体が動いた事と、熱のこもった声が漏れた事が恥ずかしくて居た堪れない。
「………、………メローネか?…ジェラートか?」
「んっ…、ん………?」
「いつ誰に薬を盛られたか聞いてんだよ」
お…怒ってる………。どうしよう………。
怒らせたかったわけじゃない…。ただ、プロシュートに求められた時に普通の反応を返せるようになりたかった。一般的な感覚を持っていれば恋人同士のように触れ合えるかもしれないと思って…。プロシュートがそれを望んでくれるかは分からないけど…それでも私は…変わりたかった…。
「ぁ…、…っ」
「……………」
ただ手を握られただけなのに、敏感になりすぎていて痛い…っ。手を引かれて連れて来られたのは寝室。…私をベッドに座らせると傍に持っていたお水のペットボトルを置いた。
「はぁ…はぁ…、あっ…あの………」
家でも外でも…いつもはあんなに距離が近いのに…。わざと離れている…?
「もう寝ろ」
「え………プロシュートは?」
「ソファーで寝る」
リビングに戻ろうとしたプロシュートの手を掴んで引き留めてしまった。拒絶されるかもしれない…乱暴に手を振り払われるかも…。変な薬を飲んで変になった下品な女なんて…捨てられて当然………かも。
で…でも、自分から手を伸ばして触れたのは初めてで…、プロシュートはいつも成長しろって私に言っていて…、プロシュートの為に変わりたいって思ったのは…些細な事かもしれないけど私の中では、一つの成長で………、………だから、………無駄に………したくない。
「あの、…っ、…わ…私っ、………今だったら、ふ…普通の反応を…返す事ができます…っ!普通の女の人と同じように…プロシュート………、あなたを感じる事が…」
「ミエーレ」
「っ…」
ひどく冷静に私の名前を呼んだプロシュートの顔はとても険しいものだった。私を求める気も受け入れる気もないと分かる。…彼から手を離して…自分の体を抱き締めるように蹲った。………来る。もう察したのに………私を拒絶する言葉が、プロシュートの口から………。
「求めてねぇんだよ、オレはよォ…」
「………ごめん…なさ…っ」
「勘違いしてんじゃあねぇぞ。オレはお前の体を求めちゃいねぇんだ。まさか体だけを利用してきたクソ野郎共と一緒にしてんじゃあねぇだろうな…」
「………、」
「薬で無理やり体を出来上がらせたって何の意味もねぇ。得られるもんなんて何一つねぇんだぜ。残るのは虚しいって感情だけだ。お前の心以外の何物かが干渉した時点でオレは興味がねぇ。だから薬で善がるお前なんて求めてねぇんだ。分かるか?オレの言ってる事」
「………え…っと、」
「さっきお前が言った事は…よく勇気を出してくれたと思う。だがな、お前が心で、脳みそで、本能で求めて来なきゃあオレは嬉しくもなんともねぇ。…不感症の事なら…気にするな。薬なんぞに頼って一時的に感覚を取り戻してもしょうがねぇだろ。オレはこう見えても気が長ぇんだ。お前の心が正常な感覚を取り戻した時に自ずと体も治ってくる。それまで待ってやるって言ってんだぜ」
「プロシュート………」
「分かったら今日は一人で寝ろ。オレの意志が揺らぐ事はあり得ねぇが、生理現象は意志だけでどうにかできるもんじゃあねぇからな」
「え…?」
「………オレに無駄撃ちさせた女はお前が最初で最後だって話だ。……水たくさん飲んでさっさと出しちまえよ」
それって………、
「興奮してるって事ですか…?私を見て…」
「オイ…言葉で確認する必要あるか?なぁミエーレよォ…そういうとこから直していけよ。察したなら何も言わねぇ方がいい時もあるんだ」
距離をとっているのも、引き止めた時に振り向いてくれずにずっと私に背を向けているのも…そういう事、なんだ…。プロシュートが…私を………、
…初めてだ…こんな人…。男の人はみんな身勝手で乱暴で、自分さえ気持ち良ければそれでいいゴミクズばかりだと思っていた…。でも…私の心を尊重してくれる…プロシュートみたいな人もいたんだ…。
誘うような事を言ったのに…私の心の本質を見て今じゃないと教えてくれた。きっと体は辛いのに私を使わないのは、…"使うもの"だと思っていないから…。純粋に心で惹かれあって求めた時じゃなければ繋がる意味がないんだ…。
「すみません…プロシュート………」
…世の中には体から愛する人もいれば体しか愛さない人もいる。…反対に体を大切にして心で繋がる事を求めてくれる人も…ここにいる。こんな愛し方もあると教えてくれたプロシュートは偉大だ。産んでくれただけで顔も知らない両親より、本当に存在するのか分からない神様よりずっとずっと…プロシュートが一番、私にとっては偉大で…何より美しい。私は…どうやって示そう。些細な事にも愛を詰め込んで…この気持ちを伝えられるように努力しなければ…。何をしたらいいか、今日は一人だから…いっぱい考えよう。
「あの………スカーフ、…貸していただけませんか?」
…何も言わずに首に巻いていたスカーフを解いて手渡してくれた。…口元に近付ければプロシュートの香りが強く脳を刺激して心拍数が上がった。好きだなぁ…この香り。
お礼を言おうと思って顔を上げたら、今までに見た事がないようなプロシュートの表情が飛び込んできた。余裕がないような顔…少し辛そう…。私の首に巻かれていたリボンを解くとドアノブに手を掛けた。
「借りてくぜ。…Buonanotteおやすみ、アモーレ」
それに唇を付けながらそう言うと部屋から出て行った。マフラーのように直接肌に巻いていたリボン…きっと私の匂いが付いている。プロシュートも同じ事を思ってくれたのかな。せめて香りと一緒に眠りたい…って…。もしそうだったら、嬉しい…。
───翌朝、
結局体が熱くてほとんど眠れなかった。今はもう薬の効果はすっかりなくなったみたい。熱くも痒くも痛くも何ともない。昨日敏感になったところを触ってみても何も感じない。もう元通り…。………プロシュート、起きてるかな………。
そっと扉を開けてプロシュートがいる部屋のソファーを覗いてみた。………寝てる。私より起きるのが遅いのは初めてかもしれない。いつも一緒に寝ている時、私がちょっと目を覚ましただけで声を掛けてくる。それくらい眠りが浅いんだ。…きっと職業柄…私が想像できないくらい普段から気を張っているんだろうな…。そんなこの人が、いつもちゃんとしてるプロシュートが、お酒の瓶をそこら中に転がしてスーツが皺になるのもお構いなしに寝っ転がっている。…偉大な超人には変わりないけど…こういう人間らしいところを見るとなんだか安心するなぁ。…ちょっと可愛い…なんて思っている事を知られたら「調子に乗るなマンモーナ」って怒られてしまいそう。
昨晩は何を思って過ごしたんだろう…。私の事を…考えてくれたのかな。…私のリボンを握っているからきっと………。
………本当に綺麗な顔してるなぁ…。彫刻みたい。………美しい人…。…見た目だけでなく、心までも。
ほんの少しかもしれないけど、この人に愛情を向けられている…。今まではただの願望だったけど…昨日の夜、確かに大切にされている事を実感した。…私の体は穢れているし心も正常じゃあないらしい。でもこの人のおかげで正常になりつつある…。私の心は今、大きくてあたたかい何かで満たされている。この気持ちの名前は…何だろう?薬は切れたはずなのに少しだけ胸がドキドキしている。…この人に触れたいと、思ってしまっている…。
「………ごめんなさい、プロシュート………」
起こしてしまわないように小さな声でそう言ってから…そっと唇を重ねた。
「…昨日、無駄撃ちさせたのは私が初めてだって言ったけど………私も、…キスをしたいと思ったのも自分からしたのも、あなたが初めてです。…あなたが、最初で最後です………」
キス自体は初めてではないけど…したいと思ってしたのも、ドキドキしてるのも初めてだから…これが私のファーストキス…でいいですよね。…ってプロシュートに言ったら何て返してくれるんだろう?…勝手にした事を気持ち悪がられたら悲しいので…言えないけれど………。
………何か朝食の代わりになりそうな物用意したいな。…キッチンに何かあるかな?そうだ、昨日買ったドルチェがあるはずっ。あれ美味しいから大好き。冷蔵庫の中かな?
「はぁ……オイ、どこ行くんだ」
「え………あ、おはよう、ございます………」
お…起きてた…?
「そういう事はよォ…ちゃんと起きてる時にしなきゃあ…言わなきゃあいけねぇだろうが」
お、起きてた………恥ずかしい………。
「なぁ?…シェモッタ」
「次の機会があったら…その時は…」
「何言ってんだ、機会なんか自分で作るんだぜ」
ああ………殺される。今でさえこうなのだから、きっと心が正常になったその瞬間…悩殺されるんだ。この神より偉大な麗しい暗殺者に………。
「ミエーレ」
顎を持ち上げるように手を添えると私の唇をそっと指でなぞった。くすぐったい…。…でもくすぐったいだけで、吐き気を催す嫌悪感はない。やっぱりプロシュートは特別だ…。
そうだ…。ひとつ大切な事を言いそびれていた。
「プロシュート、…ありがとう」
あなただけなんです。…私を人として見てくれたのも、女性として大切にしてくれたのも、触れられる事がイヤじゃないのも…全部、あなただけなんです…。
………あ、…この瞳…。柔らかい表情とこのあたたかい眼差しが…安心させてくれる。二人きりの時じゃなきゃ絶対に見られない顔…。生きていていいんだ…ここにいていいんだ、って思わせてくれる…この瞳が、好き。だけどただの私の願望かもしれないから一応確認しておこう…。
「あ、あの…私、…ここにいていいですか…?あなたの…そばに…。…プロシュートと…生きてもいいですか…?」
プロシュートはゆっくり瞬きをすると小さく息を吐いた。…失敗した……面倒な事を聞いてしまった。どうしよう…。
「す、すみませ…」
「昨日も言ったよなミエーレ。心で察したならわざわざ言葉にしなくてもいい時があるってよォ……オレの顔見て分からねぇか?ええ?」
「………勘違いや思い込みという事が…」
「ねぇよ。…もう話はいいだろ、なぁアモ」
" Baciami "
そう耳元で低く囁かれた瞬間 胸を矢で射抜かれたような衝撃が走った…。キスして…なんて、言うよりも言われる方が恥ずかしいかも。
…ワインの味が強く残るプロシュートの唇と優しい瞳を交互に見つめてから、もう一度そっと触れるだけのキスをした。
…その日から挨拶の一つになったキスに慣れるまでとても時間がかかった。…ただ唇を重ねるだけの行為に…今までは何か思う事なんてなかったのに、相手がプロシュートなだけでそうもいかないなんて不思議…。…プロシュートが教えてくれるものはいつも新鮮であたたかくて…私はまた一歩、プロシュートが言う”正常”に近付けた気がした───。
Fine.
愛し方というのは人それぞれで…普段あまり態度に出さない人であっても、きっと気が付けないくらい小さな事の中に愛を詰め込んでいるのかも知れない………。
だから私は本当は愛されていたのかも…と、ふと思う時がある。…でもそれはただの私の願望で、きっとあの人の中に私に向けられた感情は何一つなかったと思う。…だって、愛する奥さんに不特定多数の男性の相手をさせるなんて事は…絶対にしないでしょう。無感情で無関心だったからこそ出来た仕打ちだとしか思えない。もしもそれが歪んだ愛の形だったとしたなら、私には理解する事も受け入れる事も出来ない。…今となっては確認のしようがないけど、…彼の瞳に私への関心はやっぱりなかったと思う…。…プロシュートの瞳を見るとそれがよく分かる。あの人とは全然違うあたたかい眼差しは…何も言葉にしなくても私が存在する事を許してくれていると感じる。…これも私の…ただの願望なのかもしれないけど………。
「お?やあミエーレ。一人かい?珍しいね」
「おかえりなさいメローネ。お仕事お疲れさまでした」
「ああ。で?」
「え?」
「何か悩んでいるんじゃあないのか?」
「え………」
どうしてそう思ったんだろう?確かに考えても仕方ない事を考えてはいたけれど…。
「夜の営みに満足していないのかい?」
なぜすぐにそれに結び付くんだろう…。…でも言われてみれば…プロシュートは満足していないと思う。そもそも最後までした事もないし…。そういう雰囲気でスキンシップをした事もない。初めて一緒に寝た夜に一度だけあったけど、私が不感症だと知ってそれ以降はまったく………、
「ど、どうしたらいいと思います…?」
正直そういう行為はうんざりだけど相手がプロシュートなら…。それにプロシュートが本当は望んでいるのだとしたらどうにかしなければ…!
「不感症は治ったんだっけ?」
「…いいえ…何の努力もしていないので多分まだです…」
「じゃあこれを飲むといい」
「…危険ドラッグですか…?」
「まさか。お前にそんなもん与えたら骨と皮だけの状態で剃刀を吐かせられる。ついでに氷漬けにもされそうだ」
「何ですかそれ?見てみたいです」
「冗談でも言うんじゃあないぞ。こいつはただの…いい気分になれる薬だ。市販のものじゃないが人体に悪影響はない。検証済みだから安心しな」
「媚薬って事ですか?」
「そうなるだろうな」
怪しい薬………変な色だし、匂いも変。だけど試してみるべき…?せっかくメローネが提案してくれたんだし…。
「どうする?プロシュートが帰る前に飲んでおかないと、目を付けたマンマに没収されるぜ」
「…いただきます。いくらですか?」
「何でオレがお前から金を取ると思う?」
「えっ…見返りは?」
「ないよ」
「どっ…どうして…!?」
「よっぽど荒んだ環境で育ったのか。親切というものを知らないらしい」
「メローネが私に親切にするメリットがどこに…!?」
「メリットを考えていたら親切じゃあないだろ…いやそもそも得体の知れない薬を寄越してくる奴を親切と呼べるのか疑問に思うべきだぜ」
「難しい事言わないでください…」
「…今度学習しようか。世の中はどんなクソ野郎で溢れているか教えてあげよう」
「メローネは親切クソ野郎ですか?」
「親切の後にクソ野郎はくっ付かない。親切かクソ野郎のどっちかだ。そしてオレはクソ野郎じゃあない」
「ではこれから親切さんと呼びますね」
「無知ぶって馬鹿にしてるんじゃあないだろうな?」
「え?」
「メローネはメローネだ。親切だが親切さんという呼び名にはならない。今日はこれだけ覚えて帰りな」
「分かりました!」
「もうそろそろプロシュートが帰ってくる。覚悟があるなら今飲むんだ。…きっと悪い結果にはならないさ」
「はい………メローネ、ありがとうございます」
薄く微笑んだメローネは不審な格好も相まって、彼を知らない人の目にはとてもじゃないけど信用できないように映るでしょう。でも私には分かる。思い返せば見返りを求めずに親切にしてくれた事がこれまでも何度かあって、その時は決まってこうして優しい顔を見せてくれたから…。
薬の効果はどれくらいで現れて、何分くらい持続するんだろう…?詳しい事も知らずに訳の分からないものを口にした、って…普通の人だったら恐怖とか覚えるのかな?体がどうなろうがどうだっていい、死んだって別に構わないと思っている私は特に何にも思わないけど…。………変な薬を飲んだ事よりもこう考えている事の方がプロシュートに怒られそう…。
「帰るぞミエーレ」
「はい」
お仕事を終えたプロシュートが上着を羽織らせてくれる。今日の夕ご飯は何かなぁ。プロシュートは何が食べたい気分なんだろう?プロシュートの考えてる事が全部分かったらいいのに…。
「アジトで何か食ったか?」
「ソルベとジェラートがくれたロゼッタとホルマジオが気まぐれに作ったスープを頂きました」
「じゃあ腹減ってねぇのか」
「プロシュートはお腹ぺこぺこですか?何が食べたい気分なんです?」
「いや、家にあるワインとロンツァで十分だ。お前がいいならリストランテには寄らねぇぜ」
「はい」
「ドルチェだけは買っていくか。何がいい?」
「ジェラ…」
「ジェラート以外でだ。昼にギアッチョと氷菓子を食った事知ってんだからな。冷てぇもんばっか食ってたら腹壊すだろうが」
「……………おまかせします」
「なら買うものは決まった!」
ギアッチョと冷たいお菓子を食べた事…誰がプロシュートに教えたんだろう。ギアッチョは「ジジイには内緒だぜ」って言ってたから違う。…きっと一口しか分けてあげなかった事を根に持ったイルーゾォだ…。ちょっと暑いから冷たいのが良かったんだけどなぁ…。
プロシュートがデザートを買ってくれている間にどんどん暑くなってきた………もしかして薬のせい………?
「どうした?」
「えっ…?」
「眠いのかマンモーナ」
びっくりした…何か察したのかと思った…。そういえばプロシュートはいつも私の変化に敏感だ…。私が自分で風邪かも?って思う前に風邪薬を飲ませてくれた事があったりもしたし…。今も何か変に思ったのかも…。
「ひっ…」
会計を済ませたプロシュートに腰を抱かれて思わず声が漏れてしまった…。さっきまでは平気だったのに、何だか急にくすぐったい…ような感覚がして驚いた…。鳥肌がすごい立ってきたし、心臓もドキドキしてきた…。絶対薬のせいだ…。
「ご、ごめんなさい…少し暑くて………上着を脱いでもいいですか?」
「…ああ」
片眉を上げて怪訝そうな顔をしながらも上着を脱がしてくれた。私が暑いって言ったからか、買った物と私の上着で手が塞がったからか…プロシュートは私からほんの少し離れて歩きだした───。
家に着く頃にはもうすっかり息が荒くなってしまっていた。…全身が敏感になってるみたい。今までに感じた事のない気分…。これが…男性を求めている時の感覚という事なんだろうか…。ど、どうしよう…。さっきからプロシュートが何も言わないのがちょっと怖い…。怒ってる…?それとも…様子が変だから気味悪がっているのかな…。
冷蔵庫から何本かミネラルウォーターを取り出して一本だけ私に手渡した。…いつもならコップに注いで渡してくれるのに、ペットボトルのままなのはどうして?キャップを外してくれているからこのまま飲めって事…だよね…。
プロシュートの視線を一身に浴びながら飲み口に唇を付けた。そんなに見られたら…緊張してしまう…。そう思ったら手が滑って少しだけど零しちゃった…。水もまともに飲めないなんて…。
口の端から垂れた水滴をプロシュートの指が拭った…その温もりに………感じてしまった。勝手にピクリと体が動いた事と、熱のこもった声が漏れた事が恥ずかしくて居た堪れない。
「………、………メローネか?…ジェラートか?」
「んっ…、ん………?」
「いつ誰に薬を盛られたか聞いてんだよ」
お…怒ってる………。どうしよう………。
怒らせたかったわけじゃない…。ただ、プロシュートに求められた時に普通の反応を返せるようになりたかった。一般的な感覚を持っていれば恋人同士のように触れ合えるかもしれないと思って…。プロシュートがそれを望んでくれるかは分からないけど…それでも私は…変わりたかった…。
「ぁ…、…っ」
「……………」
ただ手を握られただけなのに、敏感になりすぎていて痛い…っ。手を引かれて連れて来られたのは寝室。…私をベッドに座らせると傍に持っていたお水のペットボトルを置いた。
「はぁ…はぁ…、あっ…あの………」
家でも外でも…いつもはあんなに距離が近いのに…。わざと離れている…?
「もう寝ろ」
「え………プロシュートは?」
「ソファーで寝る」
リビングに戻ろうとしたプロシュートの手を掴んで引き留めてしまった。拒絶されるかもしれない…乱暴に手を振り払われるかも…。変な薬を飲んで変になった下品な女なんて…捨てられて当然………かも。
で…でも、自分から手を伸ばして触れたのは初めてで…、プロシュートはいつも成長しろって私に言っていて…、プロシュートの為に変わりたいって思ったのは…些細な事かもしれないけど私の中では、一つの成長で………、………だから、………無駄に………したくない。
「あの、…っ、…わ…私っ、………今だったら、ふ…普通の反応を…返す事ができます…っ!普通の女の人と同じように…プロシュート………、あなたを感じる事が…」
「ミエーレ」
「っ…」
ひどく冷静に私の名前を呼んだプロシュートの顔はとても険しいものだった。私を求める気も受け入れる気もないと分かる。…彼から手を離して…自分の体を抱き締めるように蹲った。………来る。もう察したのに………私を拒絶する言葉が、プロシュートの口から………。
「求めてねぇんだよ、オレはよォ…」
「………ごめん…なさ…っ」
「勘違いしてんじゃあねぇぞ。オレはお前の体を求めちゃいねぇんだ。まさか体だけを利用してきたクソ野郎共と一緒にしてんじゃあねぇだろうな…」
「………、」
「薬で無理やり体を出来上がらせたって何の意味もねぇ。得られるもんなんて何一つねぇんだぜ。残るのは虚しいって感情だけだ。お前の心以外の何物かが干渉した時点でオレは興味がねぇ。だから薬で善がるお前なんて求めてねぇんだ。分かるか?オレの言ってる事」
「………え…っと、」
「さっきお前が言った事は…よく勇気を出してくれたと思う。だがな、お前が心で、脳みそで、本能で求めて来なきゃあオレは嬉しくもなんともねぇ。…不感症の事なら…気にするな。薬なんぞに頼って一時的に感覚を取り戻してもしょうがねぇだろ。オレはこう見えても気が長ぇんだ。お前の心が正常な感覚を取り戻した時に自ずと体も治ってくる。それまで待ってやるって言ってんだぜ」
「プロシュート………」
「分かったら今日は一人で寝ろ。オレの意志が揺らぐ事はあり得ねぇが、生理現象は意志だけでどうにかできるもんじゃあねぇからな」
「え…?」
「………オレに無駄撃ちさせた女はお前が最初で最後だって話だ。……水たくさん飲んでさっさと出しちまえよ」
それって………、
「興奮してるって事ですか…?私を見て…」
「オイ…言葉で確認する必要あるか?なぁミエーレよォ…そういうとこから直していけよ。察したなら何も言わねぇ方がいい時もあるんだ」
距離をとっているのも、引き止めた時に振り向いてくれずにずっと私に背を向けているのも…そういう事、なんだ…。プロシュートが…私を………、
…初めてだ…こんな人…。男の人はみんな身勝手で乱暴で、自分さえ気持ち良ければそれでいいゴミクズばかりだと思っていた…。でも…私の心を尊重してくれる…プロシュートみたいな人もいたんだ…。
誘うような事を言ったのに…私の心の本質を見て今じゃないと教えてくれた。きっと体は辛いのに私を使わないのは、…"使うもの"だと思っていないから…。純粋に心で惹かれあって求めた時じゃなければ繋がる意味がないんだ…。
「すみません…プロシュート………」
…世の中には体から愛する人もいれば体しか愛さない人もいる。…反対に体を大切にして心で繋がる事を求めてくれる人も…ここにいる。こんな愛し方もあると教えてくれたプロシュートは偉大だ。産んでくれただけで顔も知らない両親より、本当に存在するのか分からない神様よりずっとずっと…プロシュートが一番、私にとっては偉大で…何より美しい。私は…どうやって示そう。些細な事にも愛を詰め込んで…この気持ちを伝えられるように努力しなければ…。何をしたらいいか、今日は一人だから…いっぱい考えよう。
「あの………スカーフ、…貸していただけませんか?」
…何も言わずに首に巻いていたスカーフを解いて手渡してくれた。…口元に近付ければプロシュートの香りが強く脳を刺激して心拍数が上がった。好きだなぁ…この香り。
お礼を言おうと思って顔を上げたら、今までに見た事がないようなプロシュートの表情が飛び込んできた。余裕がないような顔…少し辛そう…。私の首に巻かれていたリボンを解くとドアノブに手を掛けた。
「借りてくぜ。…Buonanotteおやすみ、アモーレ」
それに唇を付けながらそう言うと部屋から出て行った。マフラーのように直接肌に巻いていたリボン…きっと私の匂いが付いている。プロシュートも同じ事を思ってくれたのかな。せめて香りと一緒に眠りたい…って…。もしそうだったら、嬉しい…。
───翌朝、
結局体が熱くてほとんど眠れなかった。今はもう薬の効果はすっかりなくなったみたい。熱くも痒くも痛くも何ともない。昨日敏感になったところを触ってみても何も感じない。もう元通り…。………プロシュート、起きてるかな………。
そっと扉を開けてプロシュートがいる部屋のソファーを覗いてみた。………寝てる。私より起きるのが遅いのは初めてかもしれない。いつも一緒に寝ている時、私がちょっと目を覚ましただけで声を掛けてくる。それくらい眠りが浅いんだ。…きっと職業柄…私が想像できないくらい普段から気を張っているんだろうな…。そんなこの人が、いつもちゃんとしてるプロシュートが、お酒の瓶をそこら中に転がしてスーツが皺になるのもお構いなしに寝っ転がっている。…偉大な超人には変わりないけど…こういう人間らしいところを見るとなんだか安心するなぁ。…ちょっと可愛い…なんて思っている事を知られたら「調子に乗るなマンモーナ」って怒られてしまいそう。
昨晩は何を思って過ごしたんだろう…。私の事を…考えてくれたのかな。…私のリボンを握っているからきっと………。
………本当に綺麗な顔してるなぁ…。彫刻みたい。………美しい人…。…見た目だけでなく、心までも。
ほんの少しかもしれないけど、この人に愛情を向けられている…。今まではただの願望だったけど…昨日の夜、確かに大切にされている事を実感した。…私の体は穢れているし心も正常じゃあないらしい。でもこの人のおかげで正常になりつつある…。私の心は今、大きくてあたたかい何かで満たされている。この気持ちの名前は…何だろう?薬は切れたはずなのに少しだけ胸がドキドキしている。…この人に触れたいと、思ってしまっている…。
「………ごめんなさい、プロシュート………」
起こしてしまわないように小さな声でそう言ってから…そっと唇を重ねた。
「…昨日、無駄撃ちさせたのは私が初めてだって言ったけど………私も、…キスをしたいと思ったのも自分からしたのも、あなたが初めてです。…あなたが、最初で最後です………」
キス自体は初めてではないけど…したいと思ってしたのも、ドキドキしてるのも初めてだから…これが私のファーストキス…でいいですよね。…ってプロシュートに言ったら何て返してくれるんだろう?…勝手にした事を気持ち悪がられたら悲しいので…言えないけれど………。
………何か朝食の代わりになりそうな物用意したいな。…キッチンに何かあるかな?そうだ、昨日買ったドルチェがあるはずっ。あれ美味しいから大好き。冷蔵庫の中かな?
「はぁ……オイ、どこ行くんだ」
「え………あ、おはよう、ございます………」
お…起きてた…?
「そういう事はよォ…ちゃんと起きてる時にしなきゃあ…言わなきゃあいけねぇだろうが」
お、起きてた………恥ずかしい………。
「なぁ?…シェモッタ」
「次の機会があったら…その時は…」
「何言ってんだ、機会なんか自分で作るんだぜ」
ああ………殺される。今でさえこうなのだから、きっと心が正常になったその瞬間…悩殺されるんだ。この神より偉大な麗しい暗殺者に………。
「ミエーレ」
顎を持ち上げるように手を添えると私の唇をそっと指でなぞった。くすぐったい…。…でもくすぐったいだけで、吐き気を催す嫌悪感はない。やっぱりプロシュートは特別だ…。
そうだ…。ひとつ大切な事を言いそびれていた。
「プロシュート、…ありがとう」
あなただけなんです。…私を人として見てくれたのも、女性として大切にしてくれたのも、触れられる事がイヤじゃないのも…全部、あなただけなんです…。
………あ、…この瞳…。柔らかい表情とこのあたたかい眼差しが…安心させてくれる。二人きりの時じゃなきゃ絶対に見られない顔…。生きていていいんだ…ここにいていいんだ、って思わせてくれる…この瞳が、好き。だけどただの私の願望かもしれないから一応確認しておこう…。
「あ、あの…私、…ここにいていいですか…?あなたの…そばに…。…プロシュートと…生きてもいいですか…?」
プロシュートはゆっくり瞬きをすると小さく息を吐いた。…失敗した……面倒な事を聞いてしまった。どうしよう…。
「す、すみませ…」
「昨日も言ったよなミエーレ。心で察したならわざわざ言葉にしなくてもいい時があるってよォ……オレの顔見て分からねぇか?ええ?」
「………勘違いや思い込みという事が…」
「ねぇよ。…もう話はいいだろ、なぁアモ」
" Baciami "
そう耳元で低く囁かれた瞬間 胸を矢で射抜かれたような衝撃が走った…。キスして…なんて、言うよりも言われる方が恥ずかしいかも。
…ワインの味が強く残るプロシュートの唇と優しい瞳を交互に見つめてから、もう一度そっと触れるだけのキスをした。
…その日から挨拶の一つになったキスに慣れるまでとても時間がかかった。…ただ唇を重ねるだけの行為に…今までは何か思う事なんてなかったのに、相手がプロシュートなだけでそうもいかないなんて不思議…。…プロシュートが教えてくれるものはいつも新鮮であたたかくて…私はまた一歩、プロシュートが言う”正常”に近付けた気がした───。
Fine.
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