すれ違い際に振り返る男達の視線の先には軽快に歩く女性が一人。地下街に似つかわしくないと思わせる風貌の彼女を守るかのように、そんな男達に睨みを効かす男が隣を歩く。
「リヴァイ、必要な物は一通り買い揃えたわよ」
「そうか」
「そう言えば…そろそろホウキを買い替えたいのだけど、いいかしら?」
「…確かにボロくなってきたな。俺も気になっていた」
「じゃあ決まりね」
そんな会話をする二人に近付くゴロツキ。リヴァイは
ユーリアの腕を引き匿うように建物側へと移動させると、事故を装って彼女に接触しようと試みたらしい男を今にも殺しにかかりそうな顔で睨み付けた。
―――家に着くと買って来た物の中から一つ、手触りのいい大き目の布を取り出し机に置いたリヴァイ。椅子に腰かける
ユーリアは不思議そうに置かれた物と彼を交互に見た。
「次外出する時はそいつを頭に巻け」
「…え?」
「…布で顔を隠せと言っている」
意図が理解できていない
ユーリアは、数秒間考えを巡らせると何かを察したように眉を顰めて俯いた。
「…私の顔は…、…そんなに醜いかしら…」
隠さなければいけないほどに…?そう言った
ユーリアにリヴァイはああ!?と凄みを利かせて怒鳴るように言った。
「誰がそんな事を言った!?鏡を見て来い!」
「えっ…」
「今だ!すぐ行け!」
声を荒げるリヴァイに驚きおどおどしながら自室に向かう
ユーリア。鏡台に腰かけ鏡に映る自分の顔を見る。
「何が見える。それが醜いと思うのか」
「わ…分からないわ…。自分の顔がどうか…、考えた事がないから…」
部屋の入口に立ち腕を組んでいるリヴァイと鏡越しに目が合う。その睨むような鋭い視線に耐えかねた
ユーリアは控えめに声を掛けた。
「リヴァイ…部屋に入っていいから、鏡越しに睨むのはやめてちょうだい…」
「…ファーランがいねぇのに入るわけにはいかねぇ」
「どうして?何かするわけじゃないんだから大丈夫よ…」
「…」
「ね?ほら……来て?早く」
リヴァイは小さく息を吐くと一歩踏み込んだ。部屋に入りゆっくりと彼女との距離を縮める。そして
ユーリアの横に立つと静かに口を開いた。
「俺の言葉を悪いように捉えるのはやめろ。少なくとも、お前を否定する事は言わねぇ」
「え…」
「お前は自分が周りからどう思われているのか知った方がいい」
「どう…。…私は…周りからどう思われているのかしら…。知るのが怖いわ。知らない方がいい事だってあるもの…」
「悲観的になるな。悪い意味で言ってるんじゃねぇ。知らねぇ内に悪い虫を引き寄せてやがる…今日だってそうだ」
「む…虫?」
「ああ。だから虫よけが必要だろ。必ずしも俺やファーランが傍にいるとは限らない。てめぇ一人で出来ることはしておくべきだ。その為に買った布だ。無駄にするなよ」
伝えたい事は半分も伝わっていないらしい。小首を傾げる
ユーリアを見て小さく舌打ちをしたリヴァイはじっと彼女を見据えた。顔を上げた
ユーリアと見つめ合う状況になりリヴァイの眉間には皺が寄り始める。
「………お前は…、………」
…リヴァイが言葉を詰まらせていると、開いたままだった扉から男が一人顔を出した。
「何やってんだ?お前ら二人で」
「あら、おかえりなさい」
「…ファーラン…」
ファーランは
ユーリアのすぐ傍まで来て彼女の肩に手を置くと、どこか困ったように笑って見せた。
「浮気か
ユーリア?リヴァイだけはやめてくれよ、勝ち目がねぇ」
「違うわよ…」
「…丁度いい、ファーラン。こいつに周りからどう見られてるのかを教えてやれ」
「は?」
「てめぇの面は醜いのかなんて言いやがった」
「誰かにそう言われたのか?」
「いいえ…ただ、リヴァイが外に出る時は顔を隠せと言うから…」
「そういう意味で言ったんじゃねぇ」
「あー…はいはい」
二人のやりとりを見て大体の事を察したファーランはめんどくさそうな顔をした。リヴァイの言葉が悪い事、
ユーリアの解釈が悪い事、そこから勘違いが生じ話が食い違うのは今に始まった事ではなかった。
「
ユーリア、お前は綺麗だよ」
「え…っ」
「だからリヴァイも心配なんだ。素顔を晒して悪い虫がつくことを案じてる」
「…そうなの?」
「…そう言っただろうが」
言いたい事がまともに伝わっていなかった事に溜め息を零しそうなリヴァイはその不満げな顔を背けて眉を寄せた。そんな彼に
ユーリアは頬を赤らめはにかんだ。
「心配してくれてありがとう…リヴァイ。あなたの言う通りにするわ」
「………」
分かればいい。と言うとリヴァイはその場を後にした。心配してくれた事実が嬉しい様子の
ユーリアは、リヴァイの背中を見送った後も閉められた扉をはにかんだ表情のまま数秒間見つめた。
そんな彼女を見据えるファーランの顔には翳りがある。視線に気が付き顔を上げた
ユーリアは、首を傾げながら声を掛けた。
「どうしたのファーラン、不機嫌そうね」
「…リヴァイの方が良くなったら早めに言えよ…。お前を引き留める策を考えるからな」
「…馬鹿なの?」
「俺は策士だ」
「やきもち焼いてるんだ…子供みたい」
「悪かったな!」
「そんなところも…好きよ」
「…やめろ、抱きたくなる」
「…いいよ…?」
「ダメだ、リヴァイに追い出される」
「それは困るわね…」
「だから…っ、触るなって…、」
「好きでしょ…?煽られて…我慢するの」
「っ……、」
「………」
部屋の外…まだ扉の前にいたリヴァイはそんな会話が耳に入り酷く顔を顰めた。
「兄貴ー何やってんだ?
ユーリアの着替えでも覗く気か!?」
「…」
にやにやと笑みを浮かべながらそう言ったイザベルの頬を強めにつねる。彼女の含み笑いに腹が立っただけではない苛立ちが指に力を込めさせた。
「いだ!いだだだだ!ジョーダン!ジョーダンだって!!あ…兄貴!ごめんって!!」
そのままイザベルを引きずり家を出ようとする。家の戸の前で頬を離したリヴァイは、大きな目に涙を溜めているイザベルに視線を向けた。
「外に食いに出るぞ」
「飯!?やったー!ファーランと
ユーリア呼んでくる!」
「ほっとけ。…ちょっといいもん食わしてやる。お前だけな」
やったぁあー!っと飛び跳ねて喜ぶイザベルと共に家を出た───。
───綺麗だ…。ただそれだけの言葉が出て来ねぇ。女を喜ばせる事の一つも言えやしない。
俺が言ったところであいつは喜ばない。クソつまらねぇ冗談だと思われる。ファーランの言葉だからこそ真に受ける。
…てめぇにそんな言い訳ばっかしても、意味ねぇ事は分かってる…。
《無意味な言い訳》
Ende.