「話が違ぇぞ」
怒気を含んだリヴァイの声に、エルヴィンは手元の書類から目を離す事なく答える。
「悪いとは思っている。だが、人類最強の兵士長殿を一目見たいと言われては断れない」
「何の為に半年前に休暇の申請をしたと思っている。こうならないようにだ。お前は了承したんじゃなかったのか」
「…リヴァイ。この時期は何かと寄り合いが多い。…お前に休暇を与える事は、毎年苦労しているんだ。今年だけは我慢してくれ」
「今年だけだと?来年も生きてる保証がどこにある」
「…途中で抜けて帰っても構わない」
「行って帰って来るだけでどれだけかかると思ってんだ」
「埋め合わせの休暇を与える。決定事項だ。今更どうにもならない」
「チッ…」
盛大に舌打ちをして部屋を出て行ったリヴァイ。すれ違い際に入って来たハンジは、呆れたように大きく溜息を吐いたエルヴィンを見て首を傾げた。
「何かあったの?」
「寄り合いに出席してもらう事になった」
「え?でもその日は…」
「だからだ」
「…ああ、はいはい…。だからあんなに不機嫌なのね。扉の前ですれ違う時ぶつかりそうになったよ。すごい形相で睨まれた…思わず謝っちゃったよ」
「相当入れ込んでいるな」
「無理もないよ。家族みたいなもんでしょ?たった一人の…」
――――――――――
「リヴァイ、おかえりなさい」
家の扉を叩くと、
ユーリアが笑顔で出迎えた。暖かい部屋に招き入れリヴァイの上着を受け取ると、彼がいつも以上に深く眉間に皺を寄せている事に気付き首を傾げた。
「…どうしたの?暗い顔をして…。分け目から禿げ始めた?人類最強も老いには勝てないのね、ふふ…」
「………」
「あら、怒った?いつもの冗談じゃない…。…それとも、何かあったの?話せる事なら聞くわよ?一人で抱え込まないで…」
ユーリアの言葉に、俯き加減で低く小さい声で呟く。
「………休みが取れなかった」
「え?」
「…24日から25日にかけて、内地に行く羽目になった」
「…、…」
僅かに瞳を揺らした
ユーリアは、申し訳なさそうに俯いているリヴァイを気遣い明るい声で言う。
「そんな事で絶望したような顔しないでよ。心配したじゃない。ウォールローゼが突破されてしまったのかと思ったわ」
「…壁は無事だ」
「ならよかった」
「………。…寄り合いなら尚更行く気はねぇと言ったんだが、エルヴィンに頭を下げられちまった」
「貴族様方のご機嫌取りも大変ね…」
「すまない…」
「大丈夫よ」
全く気にしている様子を見せない
ユーリアに、嫌な感が働いたリヴァイは険しい表情のまま控えめに問う。
「………まさか今年は、…予定があったのか」
「え?ないけど…どうして?」
「………」
リヴァイの表情から何かを察したらしい
ユーリアは眉を顰めながら困ったように笑った。
「違うわよ」
「あ?」
「私に予定があって一緒に過ごせないって言われるくらいなら、仕事が入った方がマシだ…とか思ってるでしょ?」
「………」
「聖なる夜よ?あなたと私の誕生日だし……そんな特別な日に傍にいたいと思うのはあなたしかいないわ」
告白とも取れるその言葉に、リヴァイは目を細めて顔を逸らした。
「でもほら…楽しみにしていたから一緒に過ごしたかった、なんて本当の事を言ったら…あなた気にするでしょう?お仕事とはいえパーティーなら楽しんできてほしいわ。きっと美味しいお料理が食べられるわよ」
「…お前の作ったもんじゃなきゃ味がしねぇよ」
「まぁ…。…嬉しい事言ってくれるのね」
「…お前だって言っただろ。…俺が喜ぶ事を」
「? 何が嬉しかったの?」
…何でもねぇよ。と言ったリヴァイをじっと見据える
ユーリア。眉間に皺が寄りつつも穏やかな表情のリヴァイに、
ユーリアは嬉しそうに微笑みかけた。
――――――――――
12月24日。
朝、リヴァイを見送った後に必要な家事をこなした
ユーリア。普段は暇さえあれば掃除をしている
ユーリアだが、今日は乗り気じゃないらしい。必要最低限だけ済まし、ソファーに掛け読みかけの本に手を伸ばした。
まともな食事も摂らないまま、空想の世界に入り込む。文字が読みづらいと思い顔を上げると、すでに陽が落ち辺りは真っ暗だった。部屋の明りを付けると同時に腹の虫が鳴き、首を傾げる。
「…ごはん…、食べてないっけ?………ま、いっか」
多分帰れないって言ってたし…。そうポツリと独り言を零し、また分厚い本を手に取った。日頃きちんとした食事を用意するのはリヴァイの為であって、自分一人の時は簡単な物も作らずほとんど食事をしない。こんな事を彼が知ったら心配して怒りそうなものだが、今の
ユーリアは物語にのめり込んでいてそれどころではなかった。
部屋には時計の針の音と、紅茶の入ったカップをソーサーに置く音だけが響く。
ほぼ一日中、読書をしていた
ユーリアはふと視線を文字の羅列から時計へと移す。針は日付が変わるまであと数十分のところを指していた。
「もうすぐリヴァイの誕生日…。明日は帰れるかしら…。顔を見ておめでとうって言いたいわ…」
帰れなくても…美味しいごはんを作って待ってよ。そう呟いた瞬間、乱暴に扉を叩く音が耳に入りビクッと肩を震わせた。こんな時間に客人が来るとは考えにくい。
「…どちら様?」
訝しげにそう問うと、聞き慣れた声で「俺だ」と返事が返ってきた。
「リヴァイ…?」
扉を開けるとそこには、肩で息をする彼の姿が。
「間に合ったな」
時計を確認してそう呟いた。
「…走ってきたの…?」
「走ったのは馬だ」
「なら何であなたの息が切れているの?」
「…息切れじゃねぇぞ。…深呼吸だ」
「…そっか。ふふ…」
馬小屋から走ってきた事が一目で分かるが、その事には触れてほしくないらしい。
浅い息を何とか整えたリヴァイは小さく笑った
ユーリアに笑うな、と少し不機嫌そうに言った。
「ねぇ、どうして?夜通しパーティーじゃなかった?」
「一度顔出しゃ十分だろ」
「大丈夫なの…?」
「お前が気にする事じゃねぇ。それより日付が変わったと同時に言わなきゃならねぇ事がある」
「…その為に帰ってきたの?」
「悪いか」
「…ううん…嬉しい…」
はにかみながら
ユーリアはそっとリヴァイの頬を両手で包み込んだ。
ユーリアが触れる度にリヴァイは目を見開いて硬直する。長いこと一緒にいるがこればかりは慣れないらしい。リヴァイは眉間に皺を寄せて視線を逸らした。付き合いが長いからこそ、
ユーリアにはそれが照れ隠しである事が分かる。
「…恒例行事だろう。あいつらがいた頃からの…。今年だけ欠かすわけにはいかねぇ」
"あいつら"と聞き、地下街でゴロツキと呼ばれていた頃を思い出す。恋人と、自分を姉のように慕ってくれた少女。そして目の前にいる彼。毎年四人でバカ騒ぎをしていた事を偲ぶと頬が緩んだ。
「…変なところで真面目なのね」
「バカ言え。俺は元々結構真面目だ」
「知らなかった」
「覚えておけ」
今度は彼の背に腕を回して優しく抱き締めた。雪がちらつくなか馬を走らせてきた、冷え切った彼の体を温めるように。
厚着の上から僅かに聞こえる鼓動をさらに強く感じる為に、より腕に力を込めて抱き着いた。
「オ…オイ」
「…ん?」
「………暑い」
「え?こんなに冷たいのに?」
「………」
「…やだわ。そんなに照れないでよ…こっちまで恥ずかしくなるわ」
「なら…離れろ」
「…嫌なの?」
「誰もそんな事は言ってねぇ」
「じゃあもう少し我慢して。…あと、少しだけ……」
「………」
宙をさ迷う腕は、彼女を抱き締める事を躊躇う。触れ合う事が許される関係ではないという意識がそうさせていた。
それでも気まぐれに触れてくる彼女の温もりが心地良いのは事実で、彼女の言動を否定したくないという思いから無理に引き離す事はしなかった。
数分後、行き場のない手で頭を掻いたリヴァイは時計に目を向けた。針が丁度真上を向いて重なり合った事を確認する。
ユーリアの肩に手を置き、そっと体を離す。そして真っ直ぐに目を見据えて口を開いた。
「…誕生日、おめでとう」
ユーリアは一度恥ずかしそうに俯いてから、嬉しそうにリヴァイの顔を見た。
「…ありがとう。………お誕生日おめでとう」
「…ああ。………ありがとう」
《Frohe Weihnachten》
それと、メリークリスマス。